ひょっとこ
彼女のマンションのエレベーターを上がり、三階の通路を歩いていると一番奥にある部屋の扉が開けっ放しになっているのが見えた。
そこが彼女の部屋だ。
玄関前に立つが、テレビの音がするだけで室内からはなんの音も聞こえない。
室内の様子を気にしつつ、忍び足でゆっくりと室内へ侵入する。
はいってすぐの場所はキッチンだ。朝に出し忘れたとおもわれるゴミ袋が置かれている。それ以外はきれいに整頓されており、いつもどおりだ。
キッチンを抜けて、リビングのドアの前へすこし離れて立つ。
すりガラス越しに人影と思われるモノが見える。
ゆっくりと、音が立たぬように取っ手を下ろし、わずかに空けた隙間からリビングをのぞいた。
なかには、ワイドショーがつけっぱなしになったテレビとそれを前にして腕組みで立つ人間がいた。
リアルなひょっとこのお面をつけて、白地に青いドット柄の手ぬぐいを頭に巻いている。
腕を出す場所がついた茶色の毛布、着る毛布とよばれるモノで全身が包まれている。丈が引きずるほどに長く、生地が分厚い。
彼女なのだろうか。
進むべきか戻るべきか悩んでいると、風の流れを感じたのか、ひょっとこがこちらを向いた。
目が合う。
しばらく見つめ合っていたがひょっとこはコマーシャルが終わったらしく、ふたたびテレビに目を向けた。
彼女か、もしくは彼女の友達かなにかなのだろう。
ボクはリビングへとはいっていく。
こちらを見ることもなく、ひょっとこの注意はテレビへと注がれている。
テレビがふたたびコマーシャルに変わる、そして、ふたたびひょっとこと目が合う。
ひょっとこがボクに向けてコミカルなしぐさでポーズを決めた。
それをボクは軽く鼻で笑う。
満足したらしく、腕組みをしてテレビへと戻る。
彼女なのか違うのかだけでもはっきりさせたかったが、なんとも声がかけづらい雰囲気だった。
そのとき、玄関の扉が開く音がした。
「たっだいまー」
スリッパをパタパタと鳴らしながらだれかが部屋へはいって来た。
ビニール袋のこすれる音とともにリビングへとはいってくる。
彼女だった。
彼女は、ひょっとこを見て、ボクを見る。
ボクは、彼女を見て、ひょっとこを見る。
そして、彼女とボクの目が合う。
「え――」
彼女のその一言と手から落ちた買い物袋とで彼女の考えていることがはっきりとわかった。
たぶんだが、互いに同じことを考えているのだろう。
長い付き合いの彼女だが、こんなにも心が通じ合ったことは初めてかもしれない。
三人のうち誰ひとり身動きもせず、言葉も発せず、テレビから流れる芸人の馬鹿笑いだけが部屋に響いている。
玄関のチャイムが鳴った。
立ち尽くすことしかできなかった彼女とボクは我に返った。
テレビに集中するひょっとこを刺激しないようにそろりそろりとリビングを出る。
ひょっとこは相変わらずテレビだけを見ていた。
彼女を先頭にして、キッチンを抜け玄関へ向かう。
ノブに手をかける彼女をとめて、二度目のチャイムが鳴り響くなか、ボクが玄関を開けた。
ボクの後ろで、彼女が小さく悲鳴を飲み込んだ。
いりぐちには、おかめの仮面をつけメイド服を着込んだ女がいた。
メイドという服装からそう判断しただけで、本当に女かどうかはわからない。
前方にはおかめが、後方にはいつのまにかひょっとこが。ボクと彼女は挟み撃ちに合っている。




