校長スティラのトリック・オア・トリート
そのあと実用魔法研究と
占い学の授業を済ませて、
(その2つの授業はさすがに
静かにしていた。というか寝ていた)
すっかり夜になった。
ハロウィンの夜、
このラシュテルゲンでは
パーティーのように楽しい夕食があって、
さらにそのあと学校中の
幽霊を慰めるとかいう名目での
ダンスパーティを行ことになっている。
夕食までの間、課題を済ませよう
ということになって一度寮に戻った。
「そういや、ナルミは
ダンスパーティの相手きめたわけ?」
「決めてないよ」
「ナルミがたったひとりの
女の子選んじゃったら、
他の女の子の生霊が大量発生して
まさしくハロウィンパーティーになりそうだな」
「そんな影響力ないよ、おれ」
アシュメルはたまにおれを
過大評価しすぎるんだよな。
いっとくけど、ないから、
そういうの、ほんとに、全然。
「じゃあアシュメル、おれと踊る?」
「何が楽しくて男と
踊らなきゃなんねんだよ」
あ、そこは冷たいんだ。
「おーわりっ。
ほらほらもう結構いい時間だよ、
食堂行こ、ナルミ」
「あーはいはい」
広い食堂には、4列の長い長いテーブルが
用意されていて、いつもと
すこぅし雰囲気の違う料理が
ぎっしりと並べられていた。
もうすでにほとんどの生徒が
席についてきゃあきゃあやっている。
「あ、ナルミ、最前列が空いてるぞ」
アシュメルが指さしているのは
食堂の一番奥、校長のスピーチ台の真ん前だ。
校長…っつっても、
おれからしたら普通に育ての親だし。
全然気にならないんだよね。
「そこいくか」
席についてしばらくすると、
校長スティラが台に立った。
自然と食堂が静かになっていく。
その様子をスティラはにっこりと
ほほ笑んで眺めている。
彼はほんとうにおっとりした人で、
かつ優雅な人だ。
めったに声を荒げないし、
暴力的な魔法も決して使わない。
まるで神話に出てくる
聖霊の分身のような雰囲気を持っている。
顔は若くも見えるし、
さまざまな経験を重ねている
ようにも見える。とにかく年齢不詳だ。
しんと静かになったタイミングで
スティラはそっと、
泉の水が湧くような声で話し始めた。
「みなさん、ハロウィンは楽しく
過ごせましたか?」
ウォァアァアアやらイェェエイやら
声にならない声で生徒はこたえる。
スティラは満足げに笑った。
「よし、よし。いいことですね。
私も、ハロウィンという行事は大好きでした。
ちなみに今日の衣装、薄い飴のローブに、
キャラメル製の糸の刺繍が
入っているのです。ほら、みてください」
スティラ校長は、嬉しそうにその場で
くるりと一回転した。
まるで新しいワンピースをもらった
少女のように。
薄い飴のローブは食堂の蝋燭の光を
きらきらと反射させてたしかに
きれいだった。
「かつ、チョコレートの靴と、
耳飾りはマシュマロです」
やる気満々じゃねーか!
ていうか力を入れるベクトルが
微妙にズレてる気が…。
生徒は楽しそうに笑い、
中には拍手をする者もいた。
「さあみなさん、
今日はたくさん魔法を使って
疲れたでしょう。
存分に食べてくださいね、明日から
テスト一週間前になりますから。
ただ…」
スティラは意味深にほほ笑んで
ぐるりと視線をめぐらした。
「トリック・オア・トリート。
ただの食事だと思わないでね?」
「………………」
スティラがそう言った瞬間、
目の前に並べられたボール型のドーナツが
ひとつ、ぼんっとはじけた。
「校長…容赦ねえ…」
アシュメルが苦笑いで言う。
スティラは相変わらず
おっとりした声で言い放った。
「それではみなさん、グラスを高く上げて
……かんぱーいっ☆」