トリックアンドトリック
歴史の先生イファンは、淡々と教科書の
説明をするだけのタイプで、
生徒がなにやっててもなにも注意しない。
そのくせ成績のつけ方は厳しいし
テストも難しいなんて、
理不尽にもほどがあるよな?
だから、あんまり生徒から人気がない。
席も決まってないから、
おれとアシュメルは毎回一緒にすわる。
こんなくだらない授業なのに、
教室だけはやたら立派だ。
魔法歴史学のための塔があって、
天井なんかも普通の校舎より
全然高いし、
そこらじゅうに装飾がほどこされていて、
ステンドグラスなんかもあって。
噂じゃあの先生が自腹で建てたって話しだ。
それにしてもねみぃ〜っ。
「なあ、ナルミ」
仏頂面のまま、アシュメルが言う。
おうおう、そうだよな。
おれも同じこと考えてたぜ。
「言わなくてもわかってる」
おれはそっと杖に手を伸ばす。
トリック、オア、トリートだろ?
アシュメルがおれを見てにいっと笑う。
「選択の余地はないぜ。
問答無用でトリックだ!」
ふたりして、同時に先生に
杖をつきつけた。
ビュッとふたつの光線が一直線に
イファン先生に向かって走っていく。
かわすまもなく、
二つの魔法は見事に命中。
「教科書の32ページの年表ヲミルト、
コノ違イガヨクワカルノデっ…」
突然、先生の声がカエルのような
ケロケロした声になった。
生徒たちは思わず吹き出し、
にやにやとおれたちを見る。
へえ、なかなかやるねアシュメル。
時間差で、おれの魔法が効き始める。
空気が抜けていく風船のように
しゅるしゅると彼の姿がしぼんでいく。
「ナンダコレハ!ダレダ!」
わめく先生、沸き立つ生徒。
さっきまでうたた寝していた生徒も
大爆笑している。
まさにスタンディングオベーション。
サイコーだね。爽快。
ちなみにこの魔法、案外難しいんだぞ。
まず、一つのものに対して
同時にふたつの魔法をかけるのは
魔力のバランスをとるのがむずかしいんだ。
それに瞬間的な変化より
時間をかけて変化するものの方が
ストレス(魔法の負荷)を調整するのにも
よっぽど集中力をつかう。
さらにおれはショー要素を組み込むために
効果音や視覚効果をつける魔法を
ちょいちょいっと付け足す。
つまりそう、いたずら魔法も
ただのいたずらじゃないんだぜってこと。
「ほんとそれな。いたずらって、
学生生活の芸術だと思うぜ。」
アシュメルはそう言って、
へへっと笑った。
カエル声のちいさなちいさな
親指サイズになった先生は
教卓のうえでぴょこぴょこ跳ねながら
何かをいっている。
自分で魔法解きゃいいのに。
でも、ちょいとやりすぎたかもしれない。
さすがにまずいかな、解いてやろっか。
という気になって、
再び杖を構えなおした。
すると、小動物と化した先生は
ぴたりと動くのをやめた。
な、なんだ?
まばたきするうちに、
彼の姿はぐわりと膨らんで、
教卓がばきばきっと音を立てて壊れた。
「う、うわっ?!」
彼は元のサイズを超え、
さらにさらに増大していく。
やがて高い高い天井に頭が
つきそうなほど巨大化した。
な、なんだよ、やればできるやつかよ。
「教師をなめるなぁぁあああ!」
ゴゴゴゴっと教室が揺れた気がした。
きゃぁああっと悲鳴が上がる。