少年ゴーストのハッピーハロウィン
魔法薬学の授業を終え、
(結局透明薬は盗めなかった)
おれとアシュメルは次の授業に向かった。
「次の授業何?歴史?」
「そう」
「つまんねー。
オレ、歴史って暗くて好きになれない」
「わかる」
「ところでナルミ、その
ポケットから飛び出てるの何?」
「あー、これ?ばれたか」
おれは指摘されたそのブツを
取り出した。
薬包紙に包まれた固形物。
小さな丸いタブレットのようなものだ。
「イタズラの道具」
「ナルミもつくってたの?」
「まあね」
だって眠り薬とかすぐ作れちゃって
時間余ったから。
「ちくしょー!
ナルミなんも言わないから
なんもしてないのかと思ってた!」
「おれがなんもしないとか
ありえないでしょ。
…そういうアシュメルも、ソレ。
左手に握ってんのなーに」
「うげっ」
アシュメルはばれた?というように
舌を出した。
「ばればれだよ」
どうせおれに仕掛けるんだろ?
おれがにやにやしてそれを見てると
アシュメルは左手を体の後ろに隠して
ほっとけよ、という目でおれを見返した。
「で、な、なに作ったんだよナルミは」
「ひーみつ」
「…じゃあオレも教えないっ」
…お互い仕掛けられたときが
勝負ってことか。
なんだろうな。こいつのことだし、
きっとしょーもないもんなんだろうな…。
とかいって、たかをくくってると
度肝を抜かれるからなあ、
こいつに関しては。はぁ怖い怖い。
そんなこんなでふたりで
廊下を歩いていると、
突然ばあっと目の前に逆さまになった
人の顔が現れた。
「うぉあ?!」
ふたりして声を合わせて後ずさった。
なんだ、ゴーストか!
「トリック、オア、トリート?」
歌うような調子の
トリックオアトリート。
くぐもったこの声。
逆さまに浮いてる幽霊は
にたにたしながらおれたちを見ている。
おれたちより少し幼いくらいの男の子だ。
目だけは異様に大きいが、
なんとなく空っぽな感じがする。
ってかこの声、
どっかで聞いたことあるな…。
「あーーーーーっ!!」
アシュメルが突然声を上げた。
「こいつ、今朝おれたちのトイレに
立てこもってたやつだ!!!!」
今朝…トイレ……ああ!!
「おまえだったのか!」
くっそ、あのときはよくも!
(結局あのあと隣の寮のトイレに駆け込んで
なんとかなったことにはなったんだけど)
あのときはほんとに、死ぬかと思ったんだぞ。
ゴーストはくるりと回転して、
地面に降り立った。
「お菓子をくれなきゃ
いたずらするよっ!!」
「うるせー、成仏魔法かけるぞ!」
アシュメルは今朝のことが
どうも許せないらしい。
年下のゴーストにも、
杖を構えて容赦なく怒鳴りかかる。
さすがに少年ゴーストも、すこしたじろいて、ぺこっと頭を下げた。
「ご、ごめんなさいっ!!
でも、成仏魔法だけはやめてくださいっ」
…なんだ、わりといい子なんじゃないか。
「だってぼく、お菓子
食べたことなかったから…。
生きてるとき、体が弱くて、
病院から出たことなかったし….。
でも今日ならきっと、
くれる人、いるんじゃないかって….」
「………」
「重っ!!!!!!」
確かに突然ヘビーな話題だな。
「しょ…しょうがないな…」
アシュメルは気まずそうに
少年ゴーストから目線をそらした。
そして構えた杖をやさしく動かす。
「わ…」
みるみる少年ゴーストの手いっぱいに
お菓子が溢れていく。
棒付きキャンディ、クッキーの箱、
ガム、チョコレート、キャラメル…。
「わあ…すごい….すごいっ!」
少年ゴーストは満面の笑みで
ありがとう、とアシュメルに言った。
アシュメルは照れていて、少年ゴーストから目をそらしたまま、
おう、とだけ返事をした。
それはなんだか、横から見てて
すごくすてきな風景だった。
「ぼく、今すごくしあわせだ。
ありがとう、ほんとにありがとう…」
少年ゴーストは涙ぐんだ声で言う。
ぎゅうっとお菓子を抱きかかえて
目を伏せて、とても安らかな表情だ。
彼の足元からきらきらと光が上りたち、
やがて少年ゴーストの全身を包み込む。
彼の”ありがとう”がこだまする。
彼の姿はだんだん薄れ、そして消えた。
はあ。なんてまたドラマチックな。
「これこそまさに
ハッピーハロウィン、だな」
「てか、結局成仏するのかよ!!!」
アシュメルは地団駄を踏んで
ぎゃんぎゃん吠えていた。