8 恋愛相談は終わりに向かう?
校外学習終了後の最初の恋愛相談。
ちなみに校外学習終了後の最初の放課後、つまり昨日は恋愛相談をやらなかった。功刀が甲斐に一緒に帰ろうと誘われたからだ。
その時のクラス内女子の殺気たるや……。鈴丘なんて青ざめてた。俺もちょっとびっくりしたくらいだ。
そんなこんなで今日の恋愛相談。
「これは……いけるかも!」
「うん! いけるよ、功刀さん!」
「まあ最初の頃を思うと飛躍的な進歩ではあるな」
昨日の甲斐の行動を受けての各々の感想は概ね似たようなものだった。
かくいう俺も、本当にすごい進歩だと思う。
なんて言ったって、ストーカーからチャンス有だ。これを進歩と言わずしてなんと言おう。超速変形? 絶望的にかっこいいぜ!
「これはもう、告白してもいいんじゃないかな!? 功刀さん!」
「え!? こ、告白!?」
功刀が素っ頓狂な声をあげる。顔はみるみる紅潮していった。
まあ話すようになって二週間くらいしか経ってない。ちょっと早いと思うのも頷けるな。
「けど別に告白するのは悪くないかもしれないぞ」
「武藤!?」
功刀が驚くが別に難しいことではない。
何かのラノベでも主人公がヒロインから告白されてから好意を自覚することがあった。
仮に俺が告白されたとしても、その告白してきた子のことが気になると思う。まあそんな子いないだろうが。
それならば告白することは悪手とは言えないだろう。むしろ相手の気を引くという意味では良手ですらあるかもしれない。
「そもそも成功率百パーセントの告白なんてないんだよ。どうしたってある程度は勝負になるんだ」
「両思いだってちゃんと分かってれば百パーセントなんじゃないの?」
「例え両想いでも付き合うのは嫌だって奴もいるかもしれないだろ。それにテンパって逃げ出してとかあるかもしれんし」
「甲斐君はそんなことしないわよ!」
「いや甲斐のことを言ってるわけではないんだが……」
面倒なところで突っかかってきた功刀を諌める。なんだこいつ。
「あとは告白した相手に付き合ってる奴がいたり、とかな」
「あー、確かにそれはあるね」
「え? か、甲斐君って誰かと付き合ってるのかしらっ?」
「俺はそういう情報は知らん」
だが甲斐なら十分にあり得ることだろうとは思う。サッカー部のエースでイケメンなコミュ力高い奴がリア充でなかったら、俺は一生リア充になれないことになる。いや、なりたくて仕方ないわけではないのだが。
「でも甲斐君は付き合ってる人いないと思うよ。甲斐君が特定の女の子と仲良く話してるの、見たことないから」
「そうなのか?」
「うん。最近は功刀さんとよく話してるね」
鈴丘がこう言うのならそれには信憑性がある。
まあ誰かと付き合ってるのに功刀と一緒に帰るわけはないよな。してたら浮気だし。そうだったら俺は甲斐殺害計画を練らないといけなくなる。とりあえず睡眠導入剤はたくさん買っておかないとな。
それにしても鈴丘はどれだけ観察眼が鋭いのか。オブザーバーすぎてホント怖い。
「で、でもまだ付き合えるかは分からないし……」
「でも甲斐君から一緒に帰ろうって言われたんだから! 絶対大丈夫だよー」
それと今気がついたが、鈴丘の目が輝いてる。こいつ……恋バナ好き系女子かよ。告白を視野に入れたとたん生き生きしてやがる。
まあ俺は違う理由で生き生きしてるんだが。解放は間近だ。
だから功刀を説得することにしよう。
「功刀、付き合えなくても気にしてもらえるようにはなるぞ。一回目の告白なんて今までの作戦と同じと思えばいい」
「付き合えない前提で話してるのがすごいネガティブっ!」
功刀が叫んだ。
仕方ないだろ、俺の持ち味なんだから。
「でも功刀さん、武藤君の言ってることももっともだよ」
「そうだぞ。さっきも言ったが、成功率百パーセントの告白なんてないんだぞ」
「で、でも……」
功刀は頬を染め、いつか見せたように乙女オーラ全開でなおも食い下がろうとする。
だが俺と功刀の言っていることは正しいと思ったのか、小さくため息をついた。
「分かったわよ。甲斐君に、こ、告白する」
こうして、功刀の恋愛相談は終わりに向かって進み始めた。
***
(おそらく)最後の恋愛相談は熾烈を極めた。
告白する場所、時間、シチュエーションに始まり告白する言葉。さらにはいきなり告白するのか、急に呼び出したことを詫びるのか。告白前にどのくらい喋るのか。告白時の服装、髪型、メイクの有無。
そんなに細かく決めてどうするんだよと言いたいほどに様々なことを考えた。
というか、服装は制服でいいだろ。どうせ学校内で告白するんだろうし。
そして何かが決まるごとに、それは本当に正しいのかと考える。
告白に正解なんてないだろうから、正しいかどうかなんて分からないと思うけどなぁ……。
とにかく本当に色々と考えた。
今までの恋愛相談の中でブッッッッッチギリでキツかった。
二日かけて作戦が完成する頃には全員疲弊しきっていて、メモは黒い字でビッシリと埋まっていた。
かなり緻密な計画だ。穴が見つからない。これならば功刀のアドリブ能力のなさを補ってくれるはずだ。
解放の日は近い……!
***
告白当日。
土日を挟んだため、校外学習からは一週間と少しが経っている。
ちなみに俺の左肘も完治した。俺の経験則すごいなと思った。
甲斐への告白は昼休みにすることにした。
HR前は朝練、放課後には部活があり、捕まえようにも捕まえられないのと、捕まえると部活に影響が出ることからやめた。
昼休みも昼食食べるのに影響が出ると指摘したが、甲斐は食べるのが早いという鈴丘情報によってねじ伏せられた。
午前中、功刀はずっと上の空だったようで、鈴丘が必死にメンタルケアをしていた。あいつはメンタルカウンセラーとか向いてそうだな。観察眼すごいし優しい(甘い)し。
そんなこんなで昼休み。
俺らは校舎裏にいた。
ここは日中ずっと日陰なので、この時期はまだ少し寒い。それゆえ、ここで昼食をとる者はいないのだ。ちなみに夏場は人が殺到する。
「功刀、大丈夫か?」
「う、うううん。だだ大丈夫よ」
「どこがだよ……」
狐の式神再臨。もしくは携帯電話のマナーモード。
これはあれだな。始めて甲斐に話しかけたとき同様どもりまくるな。
「ほら功刀さん。深呼吸しよう。ゆっくり、吸ってー吐いてー」
「すすすすすーっ、はははははははぁーっ! す、すすすぅー、は、はは、はぁーっ」
おいホントに大丈夫かこいつ。深呼吸すらまともにできてないぞ。
「功刀、落ち着け。すべてをどうでもいいと思うようにするんだ」
「そ、そそそそそんなことできるわけないでしょ!」
やっぱりダメか。
「功刀さん。人って文字を書いて飲み込もう!」
「え、えと。ひひ人……はむっ。ひひ人……はむっ。ひひ人……はむっ」
人という文字を食べる仕草は少し可愛いかったが、目が据わってるためまったく萌えなかった。
あれは人食いの目や……。
「どう? 緊張とれた?」
「ど、どどどどうかしらっ?」
「全然だね……」
「もう何しても無駄だろ。もう時間もないしこのまま挑ませるしかない」
「うん、そうだね……」
甲斐を呼び出した時間はもうすぐだ。
そろそろ隠れた方がいい。
「功刀さん。頑張って」
小さく拳を握る鈴丘は心からそう言ったようだった。
「つーか功刀、俺ら本当に見てた方がいいのか? 余計に緊張するんじゃないかと思うんだが」
功刀には、告白のときは陰で見ていてと言われている。
俺としては見ている人は少ない方が気が楽になると思ったのだが。
「う、ううん。見てて。ち、ちゃんと相談に乗ってく、くれた人がいた方が、こ、心強いから。それに……」
「それに?」
「私が逃げ出さないためにも、見ててほしい」
その言葉だけは、功刀はどもらずに言った。
それは、功刀の告白するという決心が、俺の想像を越えるほど硬いということを表すようだ。
「ああ、分かった」
「うん。任せて」
言って俺と鈴丘は校舎の角に隠れる。
俺は、少し功刀を舐めていたかもしれない。
どうせ、この告白も失敗するんだろうなと考えていたと思う。だからこれを作戦の一つと考えて甘く見ていた。
けれど功刀は違う。おそらく鈴丘もだ。
彼女らはこの告白が成功すると、いや、成功してほしいと心から願っている。
そうやって、一つの目標が達成されることをただひたすらに願う様子は、かつてよく知っていた者を見ているようだった。
いつの間にかすべてを諦め、どうでもいいと言い訳して生きるようになってしまったそいつを。
だから俺には彼女らがとても眩しく見えた。
正直に言って、俺は鈴丘や功刀を何とも思っていない。恋愛相談についても、功刀がリア充になろうがならなかろうがどうでもいいと思っている。
だが、今この瞬間は。恋愛相談最後となるかもしれないこの瞬間は。成功を、祈ってみよう。
そう思った。
***
甲斐は時間通りに来た。
昼休みはあと十分ほどある。時間的には少し余裕があるだろう。
「で、功刀さん。話って何かな?」
甲斐が問うと、功刀はかすかに震えた。
後ろ姿から緊張を必死に押し殺そうとしているのが伝わってくる。
隣で鈴丘が緊張するのが分かった。
俺は静かにその様子を見守る。
「と、とりあえず、わざわざこんなとこに呼び出しちゃってごめんね」
「うん? 別に構わないよ」
功刀は少し俯きながら言う。
甲斐はいつもの通り、微笑をたたえている。
本当になんで呼び出されたのか分かっていないという風だ。
鈍感なんだろうな……。俺だったら呼び出された時点でいろいろと勘ぐると思う。
「それでね……話っていうのは……」
「うん」
「あの……」
「…………」
辺りが、緊迫した空気に包まれる。
生まれた静寂は誰かが動くのを阻むようだ。
俺や鈴丘はもちろん、功刀も甲斐も動かなかった。
だがそれも、一瞬のことだ。
「私……甲斐君のことが好きなの……!」
功刀は視線を上げ、甲斐の目を見つめるように言葉を紡ぐ。
彼女の想いの丈をすべて込めた言葉。
それは不思議な重みを持っていることだろう。
「功刀さん……」
甲斐は困ったように、いや驚いたように言う。だが満更でもないないようにも見える。
「俺も功刀さんのこと、いいなって思ってたんだ。付き合ってくれるかな……?」
功刀の表情はここからでは伺えないが、きっと嬉しそうな顔をしているだろう。
「うん!」
踊っている声は微笑ましい。
隣で鈴丘が小さくガッツポーズをするのが見えた。
俺も安堵のため息をつく。
「さっそくだけど功刀さん。今週の土曜日って空いてる?」
「え?」
「デートしようよ。初デート」
初デート、という単語に功刀の耳が真っ赤に染まるのが見えた。
鈴丘も隣で「ひゃー」と声をあげた。
ほう、漫画とかでの告白の後は大抵うやむやになっていたが、実際はこんな感じなのか。
「あ、空いてるけど、甲斐君、部活は?」
「あー、何かグラウンドに業者が入るみたいで、今週の土日は休みなんだ」
「へ、へぇー。そうなの」
「うん。今週土曜の十時に学校近くの駅前広場でどうかな?」
「う、うん。いいわよ」
「じゃ、決まり」
チャチャっとデートの約束をしてしまうあたり、甲斐が慣れているように見える。何人かと付き合ったことはあるのだろう。
ただ、そのやり取りには少し違和感があった。まあついさっき想いを伝え合ったばかりだ。違和感なく、という方が酷な話かもしない。
と、予鈴が鳴った。
「あ、もう時間だ。戻ろうか、功刀さん」
「え、ええ。そうね」
功刀は一瞬だけチラリとこちらを見る。甲斐に気が付かれないくらい小さくガッツポーズをして教室に戻って行った。
それを見届けてから、俺と鈴丘は校舎の角から出る。
精神的にくる時間だった。
「はぁー、うまくいって良かったね」
「ああ、そうだな。やっとこれで解放される」
「もー、そんなことばっか言って」
「でも事実だ」
「そりゃそうなんだけどさ……」
鈴丘は呆れたように言うと歩き始める。俺もそれに続いた。
「甲斐君、楽しそうだったね」
「ん? そうなのか? 若干照れてたように見えたけど、ほとんどいつも通りだったぞ」
「いやいやー、楽しそうだったよ。特にデートに誘ったとき。おもちゃを前にした犬みたいだった」
「どんな例えだよ……。功刀に怒られるぞ」
なにせもう甲斐はあいつの彼氏だ。
いや彼氏になる前でも怒りそうだな。盗撮するような奴だったんだし。
「えー、でもそんな感じに見えたけどなぁ」
「そうか……」
まあ鈴丘が言うのであればそうなのかもしれないが。
というか甲斐の表情なんてもうどうでもいいな。終わったことだし。
それにしてもおもちゃを前にした犬……ね。どんなだよ。
***
ニンマリと笑う青い髪のポニーテール。
午後の授業は別の意味で上の空だった。
その幸福オーラはすさまじい。幸福エナジーがすごくて貧乏神が来ちゃうんじゃないかと心配した。
「おめでと! 功刀さん」
「うん。ありがとうね。鈴丘さん」
ふわふわとしたように功刀が言う。
そう、おめでとうなんだ。功刀は甲斐と付き合うことになったんだ。恋愛相談は完遂したはずなんだ。
なのなんで放課後の教室に三人で残ってるんですかね……?
なんだこれ、宿命? 呪縛? それとも勉強?
「あと、武藤も。ありがとうね」
「お、おう……」
功刀が素直に礼を言ったぞ。
やばいってこれ。嵐が来るかもしれない。電車が止まったらまずいんで帰っていいですかね?
「それで今日残ってもらったのは一つ頼みがあるの」
「なに?功刀さん」
「二人はすでに知ってると思うけれど、今週の土曜日に甲斐君とデートすることになったわ!」
「そのデートプランの手伝いとかだったら受けないぞ」
先回りして釘を刺すと功刀が口を尖らせる。
「何よ、恋愛相談受けてくれるって言ったじゃない」
「俺が引き受けたのは甲斐とお前が付き合うまでの恋愛相談だ。付き合った後の面倒までは見きれない」
「ケチ! ちょっとくらいいいじゃない」
いやお前、なんか結婚するまで……いや結婚した後すらもバンバン相談してきそうな感じで怖いんだよ。
「武藤君、初デートくらいは面倒見てあげよう? 告白を見届けたんだからそれくらいはさ」
鈴丘がなんか甘いことを言っている。
こいつ、子供を甘やかしてニートにしそうで怖い。
だがまあ、付き合うまでとは明言してないんだよな、俺。しっかりいつまでと明言してから終わらせるのが筋な気がする。
仕方ないな……。
「じゃあ、初デートのことまでは相談にのってやる。ただし外出はしない。すべてここでの相談とする。それでいいな?」
「えぇー……。あ、でも問題はないわね……」
「ありがと、武藤君」
というわけで恋愛相談は延長された。グダグダといつまでも面倒を見ないように気をつけなければなるまい。
サブタイトルってどうしてあるんだろうなぁ……。