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68 そうして

「武藤君、お話があります」


 放課後、唐突に話しかけてきた鈴丘の声はそれとわかるほどに強張っていた。

 そもそも、授業中からして鈴丘の様子はおかしかった。

 なんかすごいチラチラ見てくるし。俺のそばを通る時になにやらソワソワと落ち着かない。

 何かあったんだろうなぁと考えるには充分すぎた。


「話ってなんだ?」


「ここだとちょっと……」


「なに、告白フラグ?」


「……似たようなものかな」


 正確には、こいうような時は告白でないことの方が多い。サブカルチャーが教えてくれた。

 では一体どんな要件なのかは、さすがに予想がつかない。


「まあなんでもいいけどな。校舎裏?」


「じゃあそこで」


 鈴丘は軽く頷くと、そのまま歩き出す。緊張しているのか、やけに動作が硬く、その代わり結構早かった。

 俺は慌てて、そのあとを追った。


 そうしてやってきた校舎裏。

 放課後の今と言えど、校舎の陰になっていて肌寒くじめじめしているここはひとけがない。あちこちから生徒の声会聞こえてくるものの、ここには俺と鈴丘の二人しかいなかった。


「それで、なんだよ話って?」


 開口一番、俺はそんな言葉を投げかけた。


「う、うん、唐突だね」


「別に、本当に告白するわけでもないんだろ。そろそろ十月も半ばだし、ここ寒いんだよ。早く帰りたい」


「本当に告白するんだったら我慢してくれるの?」


「は?」


 思ってもみなかった切り返しをされて、俺は素っ頓狂な声を上げ、それでも何とか絞り出した。


「そりゃまあ……相手が勇気出して言ってくれてるんだからなぁ……。あんまりじれったいんならともかく、常識の範囲内なら我慢するだろ」


 とはいえ、告白なんてされたことないから実際はどうなるのか分からない。もしかしたらその空気に耐えられなくて、早々に逃げ出すかもしれないし、呼び出されたときに告白をするんだろうと察したら呼び出し自体に応じないかもしれない。

 鈴丘はそんな俺の回答を受け取ると薄く笑った。


「やっぱり、武藤君は優しいよ」


「……逃げ出す可能性もあるって言ったろ。呼び出してんのに応じないって、それどんな優しさだよ」


「えー? でもそんな可能性もあるって言ってる武藤君、自分は絶対そんなことしないってわかり切ってる顔してたよ? だから後半は完全に冗談なんでしょ」


「……観察眼め」


 そんな事細かに表情に表れているだなんてさっぱりわからなかった。やはり、思優里や鈴丘のような奴は怖い。


「けど、それはそれとして、前にも言ったろ。優しさなんてないって」


「…………」


 それは文化祭の終わりに、俺が鈴丘に吐き捨てた言葉。そして現時点での俺の結論。

 鈴丘に「優しいね」と言われるたびに、俺の胸中には複雑な思いが去来していた。

 優しさなどないという思いと、優しさとは何かという問いから逃げた俺が俺自身を皮肉る感覚。

 それは今思えばこそわかるのであって、それまでは欠片も理解していなかった。分かっていたとしても、見当もつかないふりをしていた。

 鈴丘は、沈黙している。

 痛みをこらえるように目を伏せて、黙っている。だがそれも長くはない。

 顔を上げ、迷いを振り払って。そうして彼女は俺の瞳をのぞき込んだ。


「まずは、ごめんなさい」


「……なにが」


「この前、香さんに武藤君の過去のことを聞きました。たぶん、あまり知られたくはないんだろうなってわかってたけど、聞いちゃいました。まずはそれを、ごめんなさい」


「ああ、やっぱり聞いてたのか」


 何日か前、姉さんの様子がおかしかったことを思い出す。それは俺には内緒ですべてを話したことに対する、後ろめたさのようなモノったのだろう。


「あともう一つ。何も知らなかったころ、私は武藤君に何回も言ってたよね。『優しいんだね』って。それ、本当はすごく嫌だったでしょ? だからごめんなさい」


「……ああ」


 頭を下げる鈴丘。顔を上げろ、とも、気にするな、とも言えない。


「つーか、さっきも『優しいね』って言ったよな」


「うん。やっぱり、私から見た武藤君は優しく見えるから。これからは、嫌ならだけど言わない。だから最後に一回と思って」


「優しいねって言いたいだけなら、そこら辺の電柱でいいだろ」


「えー、なにその考え方……」


 若干引く鈴丘に、俺は小さく笑った。それに鈴丘も続く。

 なぜだか、今の少しのやり取りだけで心がだいぶ軽くなった気がした。


「ーーそれで、本題だけどさ」


「ああ」


「さっきも言ったけど、私は、武藤君の過去を聞きました」


「ああ、そう言ってたな」


「それでさ、武藤君はまだ諦めてないんだよね? 武藤君が思う優しさを見つけるのを」


「……ああ。諦めてない。正確にはリトライだけどな。一回は逃げてるんだし」


 そして、二回目も逃げないとは限らない。俺は未だに、逃げることが悪だとは思っていないけれど一度失敗した手前、自信をもって考え続けられるとは言えない。

 険しい道なのだ。この上なく。そして同時に辛くもある。

 道には不安がいっぱいで、今でも進むのをためらってしまう。それでも進まなければいられない辺り、俺には思優里が言うところの素質があるのだろう。

 そんなふうに、くらい先行きを見通す俺だからこそ、鈴丘の次の言葉は意外だった。


「これからは、私も一緒に考えるよ」


「……何言ってんのお前」


「え、私そんなにおかしいこと言った?」


「いや、おかしいっていうか。予想外っていうか。どっちにしろ驚いたな」


 というか単純に鈴丘にメリットがない。それどころか、デメリットだらけだ。


「驚くようなことでもないでしょ。悩んでる人がいたら一緒に考えるなんて普通のことんだから」


「それはそうだけどな……」


 そもそも、俺の抱える悩みは他とは格が違いすぎる。いや、俺の悩みが高尚とかそういうんじゃなく。

 下らないことには違いないのに、人ひとりの存在に根本からかかわるというものなのだ。

 それは一言で言ってしまえば、この上なく面倒臭い。


「姉さんが面倒臭いから諦めたんじゃないってことは分かってるけど、それでも姉さんが諦めたんだ。並大抵じゃないと思うぞ」


「でもそれだけなんでしょ? 面倒臭いくらい、大した問題じゃないよ」


「…………」


 知らないのか。答えの出ないことの怖さを。

 求める答えははるか遠くで、蜃気楼の可能性すら存在する。それは思優里ですら忌避する問いだ。


「たぶん、分からないことってたくさんあるんだよ。それこそ、世界にあるもののほとんど全部、答えなんかでないんだと思う」


「…………」


「だから、答えが出ないことっていうのは、全然怖いことじゃないんだよ」


 それは俺が考えもしなかったことだ。求める答えが得られないのは恐怖以外の何物でもないと、俺は二年前の思い知ってしまった。だからこそ思い至らなかった考えに、鈴丘は、まだ何も知らないがゆえに至った。

 そう言う風に考えられるのなら俺に言うことはない。

 もとより、誰かに忠告をしたりできるほどたいそうな人間では俺はない。


「本当にそれでいいんなら、好きにすればいい」


「うん、好きにする。だから武藤君も、私にちゃんと言ってね?」


「……善処する」


 気恥ずかしい思いをこらえながらそれだけ述べた。



 ***



 鈴丘という協力者を得て、置いてきた鞄を取りに教室に戻る道すがら。そういえば聞き忘れたことがあったなと、思い至る。


「そういや、一緒に考えるなんてことにはなったわけだが、動機についてはさっぱりだったな」


「動機?」


「お前が俺にそうまでする動機だ。さっき言ってた、悩んでる人がいれば一緒に考えるってのがすべてだって言うなら、俺なんかよりよっぽどお前の方が優しいぞ。……いや、優しいってよりはお人よしだけど」


「それ、褒め言葉じゃないよね?」


 まあ、お人よしってのは言い換えれば自分の意思がないってことだからなあ。優しいとは若干違う。


「さっき言ったのももちろん噓じゃないよ? 困ってる人がいたら助けたいって思うのは当たり前なんだし」


「ああ」


「でも確かにそれだけじゃ、私もここまで言えなかったかもなあ。考えるのってすごく大変なんでしょ?」


「ああ。それはもう引くくらいには」


 鈴丘は頷き、しばし考え込むように人差し指を唇に当てる。

 それから一瞬だけ早足になって、わずかに俺の前に出る。彼女の表情は、この位置からは影になって見えない。代わりに、ただ事実を事実として告げたような、それでいてわずかに緊張をはらんだ声音が耳に残った。


「やっぱり、私が武藤君のことを好きだからかなぁ」


「…………」


 …………。

 ………………。


「そうか」


「うん、そうだよ。……もっと驚いてくれてもいいと思うんだけど」


「いや、それが不意打ちで言われたこと以外は割と冷静なんだよなあ。なんでだろう」


 いや、びっくりはした。びっくりしたし、嬉しくもあった。そりゃ人生初告白だ。思うところはある。

 だがなんだろう、この心の凪は。


「ああ、たぶん俺気づいてたんだな」


「嘘っ!?」


「いや、たぶん気づいてた」


 だいぶ前。これも文化祭だったと思うが、汐留に本当に気づいてないのかと聞かれたことがあった気がする。

 この妙にしっくり来た感じ。汐留の言う通り気づいてたと考えるのが妥当だ。

 鈴丘は恥ずかしいのか、廊下の隅にうずくまって頭を抱えている。


「うぅ……。一応勇気出したのに」


「おう。俺が言うことじゃないかもしれんけど、ドンマイ」


「ほんとにその通りだよ……」


 そうしてひとしきり恥ずかしがった後、鈴丘は振り切ったのか妙に堂々とした顔つきでもう一度宣言した。


「そういうわけだから、私は武藤君のことが好きです。はい、感想は!」


「何で怒って……そりゃ当たり前か。いや、感想って言われても。つーかそれって返事はってことか?」


「え」


 ふむ、どうしたもんかと、考える俺を、鈴丘はぶんぶんと手を振って押しとどめる。


「や、やっぱり怖いから返事はいい!」


「あ、そう……」


 言っといて今更何言ってんだ。

 だがまあ、俺も返事を返せと言われたら困るからありがたい。俺、鈴丘のことどう思ってんのかわかんないんだよなあ。

 だから、もうしばらくは協力者という関係に甘んじよう。

 ーーもしかしたらこれは思優里の言う逃げなのかもしれないけれど。

 だったら俺はこう言おう。

 より良い答えを得るために逃げるのは悪いことではない。


「それじゃ、帰ろうか。……あ、でもこのままだと一緒に帰ることに……」


「あ? 別に俺は一人で帰るのでも全然いいんだけど」


「いやっ! なんかそれは悲しいから一緒に帰ろう」


「おう……」


 恥ずかしいんじゃなかったのかなあ。

 早くしてと、いつの間にかだいぶ先に行っていた鈴丘が手招きする。俺はそれに短く答えて、一歩を踏み出した。

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