64 過去編③
忘れもしない、初めて思優里とスパーリングをした時。俺はコテンパンにやられた。前に出たところを、タイミングを合わせて繰り出された前蹴りの衝撃に貫かれ、止まったところにハイキックをもらった。わずか二発でノックアウトだ。しばらく立てなかった。
それは彼女の類まれなる観察眼がなせる業だったのだろう。相手の体重移動や構え、目線や表情から次の動作を予測し、それに合わせたクリーンヒットのカウンターを繰り出す。空手歴三年目の小学一年生がするにしては恐ろしく高難度のこの技術を、思優里はこの時点ですでにものにしていた。
それから一年は歯が立たなかった。俺だけではない。同年代で、思優里に敵う者はいなかった。真也先輩も、悲しいかな打ちあえはしても勝てなかった。
そこから俺は努力をした。
もともと、誰かを助けるためには力がいると考えて始めた空手だ。同じ道場の、同い年の、それも女子に勝てないなんてことは許容できなかった。
二年が過ぎ、まともに戦えるようになっていた。
三年が過ぎ、初めて技ありを取った。
小学四年生になって、初めて勝った。
だが悲しいかな、このくらいになると男子と女子の間に純粋な腕力の違いが出てくる。俺が、胸を張って思優里に勝てたとは言い切れない部分はあった。
とはいえ思優里だ。腕力だけで勝てるような相手ではない。事実、同年代の中で俺と思優里の実力は抜きんでいた。
気がついたころに俺は、真也先輩を越えてしまっていたのだ。
***
始まった瞬間、フェイントをかけて距離を詰めてきた先輩の挙動を見切った俺は、体を先輩から見て斜め四十五度の位置にスライドさせながら勢いのままに回し蹴りを放った。
距離を詰める勢いと俺の回し蹴りの勢いとが相乗され、先輩の腹に相応のダメージを与える。
もちろんそれだけ膝をつく先輩ではない。効いたという手ごたえはあったが、先輩はそのまま下がらず接近戦に持ち込んでくる。
背の高さとパワーを生かした攻撃は、二回戦目あたりに戦った相手とは精度が違う。より的確なタイミングで攻撃を仕掛けることで、俺の動きを封じ込めてきた。
これはやりづらい。こういう展開になるから、重量級の相手とは戦いたくなかった。仕方ない、仕切り直すか。
そう考えてからの俺の挙動は素早い。
先輩は体が大きい分、小回りは俺ほど利かない。左右にステップを踏んで先輩がそれの対処に出る。自然、頭部を守る手は少しだけ留守になり、ついでに俺と先輩との間に半歩もないほどの空間ができる。それだけで十分だ。
「……っ!」
胴回し。
上体を倒し体を宙で回転させ、まっすぐに伸ばした右足が、遠心力を伴って先輩の脳天に吸い込まれる。
確かな手ごたえを感じた俺の体が地面に落ちると同時、笛が鳴った。
開始地点まで戻り、審判の判定を待つ。具体的には技ありになるかどうか。だが俺は別に技ありを取りたいわけではない。単に、この開始点まで戻って仕切り直しをしたかった。胴回しはその性質上、威力と引き換えに技を放った後地面に無防備な姿をさらけ出す諸刃の剣だ。だがそれも本当の戦いにおいてのみ。試合の場では、倒れた相手に攻撃することはできない。さっきのように開始地点まで戻って仕切り直されるのだ。
とはいえあの手ごたえ、果たして審判の判定は技ありだった。
そもそも胴回しは難易度が高い分、試合で繰り出されることはほとんどない。当たるかどうかも博打、避けられるかどうかも博打だ。
始めの合図に従って俺と先輩は同時に動き出した。
再程の再現。先輩が距離を詰めてくる。今度は俺も何もしないで、先輩の懐に潜りこんだ。
先輩の体は大きい分、間合いが長い。その代り、懐に入り込めば攻めるのが難しくなる。
コンパクトにまとめた連打を叩き込むがそこは先輩。うまくステップを踏んで距離を取り。
「っ……」
後ろ回し蹴り。
綺麗な軌道だ。だがこれは追撃をさせないためのモノ。狙いは顔面ではなく、少し甘い。距離を取って躱すのは相手の思うつぼ。だから俺は攻撃を食らう覚悟で前へ。
左手を右腕で支えて足を受ける。
重い。すさまじいパワーは、万全の体勢から放たれていたらガードしていても吹き飛ばされていただろうという想像させる。それでも足の力まで動員して何とか受け切る。
後ろ回し蹴りを振り切らずに終われば、無防備な背中が露わになる。
俺は慌てて振り返った無防備な先輩の腹に正拳付きを叩き込んだ。
***
一方的だったと思う。
明らかに身長でもパワーでも劣っている俺が、先輩を追い詰めていく様はいっそ痛快ですらあっただろう。
技ありが一つに、二度にわたる腹への痛撃で、先輩はすでに満身創痍。誰がどう見ても、先輩の負けは確実だった。
そうして追い詰めていく中、俺はどうしてもとどめの一押しができなかった。
そもそも、今はまだ準々決勝。せめて準決勝なら、負けても三位決定戦には出られる。そして先輩の実力を加味すれば十分可能性はある。
だが今は、負けたら何も残らない。空手の大会において、ベストエイトは特に意味を持たない。空手の大会は、一つのトーナメントの人数が多くないのだ。それは一日の内に全工程を終了させなければならないという理由にもよるのだろう。モノによっては、始まる前からベストエイトであることもある。
だから、ここで負けても何も残らない。
俺がここで勝ってしまえば、先輩には何も残らない。
先輩は今日が中学最後の試合だ。固心塾での最後の試合だ。
勝ちたいはずだ。できることなら、優勝したいはずだ。出来なくとも決勝まで生き残るか、さもなければ入賞はしたいに決まってる。
俺はまだ来年がある。今年も、まだ他に大会はいくつも残っている。チャンスはいくつもあるのだ。
先輩は最後だ。来年はないし、今年にもない。
先輩が俺との試合に生き残れば、おそらく入賞できるだろう。優勝だって不可能ではない。
つまり、俺のせいで先輩は負けるのだ。優勝どころか、入賞すらできなくなるのだ。
ただ、トーナメントの変更が起こったというだけで。先輩は努力しているのに、こんな運命のいたずらで最後のチャンスを逃すのだ。
ーーそれは、許容できなかった。
努力は報われるべきだ。
今報われるとしたら、それは俺ではなくて先輩であるべきだ。
優しくあろうと心に掲げるなら、信念は守り通さなければならない。
それは俺にとって勝ち負けよりもなお一層大切なことで。
だからこそ、俺の胸一つで先輩が報われると案が得た時。
迷うはずもなかった。
***
真也先輩が苦し紛れにはなった回し蹴りが俺のか頭の側面に直撃したのは、本戦一分半の針が三十秒を切った時だった。
満身創痍でもすさまじいパワーに大きな減退は認められない。直撃の瞬間、俺の平衡感覚は一時だけ狂い、しかしノックアウトには至らず開始線に戻るだけの思考は十分に働いた。
技あり。
その言葉が放たれ、大したインターバルも挟まずに試合が再開される。
先輩が技ありを取っても、俺もすでに取っている以上、判定は未だ押している俺の方が有利だ。先輩がここから勝利をつかむには、もう一度技ありを取って、合わせて一本を取る以外に道はない。
通常、相手をノックアウトないし膝をつかせなければ取ることのできない一本だが、合わせて一本は技ありを二つ重ねることで取ることが可能だ。合わせてようが何だろうが一本は一本。取ればその時点で勝ちとなる。
そのことは先輩も十分に承知している。未だ先に受けた回し蹴りのダメージが残り、押してはいても先ほどまでの勢いはない俺に向かって猛烈なラッシュを開始した。
まともに受けていたらただでは済まない猛攻を、俺はあえて正面から受ける。
別に策なんてない。それでも、これから先輩ができる限り追い上げてくれれば、合わせて一本は無理でも延長戦にもつれ込ませることは可能かもしれない。そんな思いから出た行動だった。
「しっ……!」
そして俺は、わざと大振りの蹴りを放った。
勢いをつけるために振られた腕はもう顔面を守りはしない。先輩はそれを見逃さずーーしかしあからさまに懐疑的な視線を向けながらーー俺に、本日二度目となる回し蹴りを食らわせた。
ーーそして俺は、後に引けなくなった。




