表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/75

61 固心塾

 *武藤飛雄馬視点*



 面倒で面倒でたまらなかった体育祭が終わってから二日が経った放課後。いつもなら迷うことなくお家に直行する俺は、珍しくまっすぐには帰らないである場所にと向かっていた。

 学校から二駅のところにあるここに来るのは、実に二年ぶり。駅前になんかすごいでかいマンションができていたりと、ところどころが記憶と違っていて、微妙に懐かしさが薄らいでいる。

 ……別に家からだって一駅程度しか離れていないところでなんて感想を抱いてるんだ俺は。俺の偏見かもしれないが、家から一駅のところに行くのが二年ぶりとかにはならないと思うし、故に少しも懐かしいとは思わないはず……。つまり、俺どんだけ引きこもってんだよ。太陽の下に出てこないとか、これは絶対二ートかヴァンパイアの素質がある。できるならクルルの血を飲んでなりたいなあ。俺、別にロリコンじゃないけど。

 そんな自分でもちょっとと引くくらいどうでもいいことをぼんやりと考えながら、記憶が示すとおりにダラダラと歩く。特に気が重いということはないけれど、なんとなく足は重い。まあ理由がなくとも、一度離れてしまったコミュニティというものは行きづらいものである。

 駅からせいぜい五百メートル程度しか離れていない道のりを、十分ほどかけて踏破すると目的地が見えてきた。

 五階建てアパートの一階。ちょうど通りに面した部分がガラス張りのそこは、一階だけがテナントとして貸し出されている。看板がドデンと張り付けられており、無駄にかっちょいい毛筆が踊っていた。

『固心塾』

 テナントを借りている空手道場の名前であり、以前俺が通っていた場所でもある。

 固心塾は微妙に変わった通りの中でも、見慣れた様子のままたたずんでいた。大して広さがあるわけでもないのに、びっくりするくらい存在感があるところとかそのままだ。扉は閉まってるのに、覇気が伝わってくる。

 そんな感想を抱きながら一歩一歩近づいて行くと、道場の前に何やら見たことのある背中が確認できた。


「……?」


 茶色い髪をショートカットに切りそろえ、頭頂部には一房のアホ毛が不安げに揺れている。

 汐留朝日しおどめあさひは、堂々とのぞき込めばいいものを、控えめに、すぐに見られていると気がつかないくらい微妙な立ち位置でガラスの向こう側を見ていた。

 え、何してんのあいつ……。

 予想外の場所で予想外の人物を見つけてしまい、いったん思考がフリーズ。

 いつもなら、俺の動きが止まったこの数瞬の間に気配かなんかを察知されて、逃げ切れない状況へと移行するのだが、幸い無効にもあまり余裕はなかったらしい。道場へと向けられた瞳がこちらを振り返ることなく、俺はその隙に道路沿いの木の陰に隠れることができた。

 もうこのまま帰ろうかしらん。

 俺が昔通っていた道場前に汐留がいるというのが、どうにも悪い予感しかしなくてネガティブな思いが頭をもたげた。俺がネガティブなのはいつも通りだった。

 実際、別に今日でなければならない理由なんてない。思い立ったが吉日と、特に予定もなかったから来てみただけなので、諦めることは可能だ。

 というか思い立った日に行動した結果汐留と遭遇するとか、吉日でもなんでもないな。

 脳内結論は即帰宅にまとまった。あとは行動あるのみ。

 隠れている木から目だけを出して確認。よし、汐留の視線は道場に向いている。今なら行ける。

 今にも決死の強行逃避を仕掛けようとした時だ。道場の扉が開いた。

 そしてのそっと出てきたのは、道義姿の三十代前半の男性。


「師範だ……」


 今の時間はちょうど稽古の真っ最中。出てくることなど……いや、普通にあるか。別に学校じゃあるまいし。ミット打ちとかならずっと見てる必要ないし。俺が通ってた時にも、ああして出てって、道場の外から中を覗き込む人と話したりしてた。

 今回も目的はそれなようで、師範はさっきからいた汐留に話しかけた。


「こんにちは」


「こ、こん、にちは」


 なにを萎縮しとんねんあいつ。

 だがまあ分からなくもない。あるレベルまで武の道を進めば、人はなにかしらのオーラのようなものを纏うのだ。人によってはそれを、威圧感ととらえるかとがあるかもしれない。

 試合会場にいる師範クラスの人たちは、道着を着てなくても割と分かったりするし。

 そんなわけで、おそらく威圧感ととらえてしまったのであろう汐留は、完全に気おされてしまっている。

 だが当の師範は、こういった反応をされることには慣れている。


「大丈夫大丈夫、そんなにビビらないで。取って食いやしないから」


「は、はあ」


「空手に興味あるの?」


「え、ええっと。興味、というか、たまたま通りかかっただけで」


「そうかー、残念だなぁ。君、運動神経良さそうだから、結構いけると思うのに。部活かなんかやってるの?」


「バレーボールをやってます」


「バレーボールかぁー。確かに俊敏そうだ!」


 どこが? 師範、今完全にテキトーなこと言っただろ。汐留は別に俊敏そうには見えない。運動はできそうに見えるけど。


「なんだったらうちの稽古、中で見ていく? このクラスはもうすぐ終わるけど……」


「い、いえ、結構です。用事があるので」


「そうかー、残念」


 前後の話題を微妙にすっ飛ばして勧誘を試みる師範だったが、汐留に引き下がられてあっさりあきらめた。

 まあ無理に引き留めるわけにもいくまい。妥当なタイミングだろう。

 汐留はあわただしく会釈するとその場から足早に立ち去るが、いったん止まって後ろを見た。その時には師範は道場の中だ。

 汐留はほっと一息ついてまた歩き出す。……俺のいるほうへ。

 しまった。逃げる機会を逸した。

 しかし、師範と話し込んでいる間にどっか行くという手は普通に悪手だったのでどうしようもない。あの人の気配感知能力は俺を軽く凌駕する。迂闊に出ていけば見つかって、そのまま汐留の前にジ・エンドだ。

 だからといってこの状況も望ましくない。こっちに来られればまず見つかる。今から逃げても手遅れ。かくなる上はーー。


「…………」


 極限まで体面積を小さくし、なおかつ存在感を極限まで薄くする絶技。その名も……その名も……。その名もなんだろう。特になんも考えてなかった。

 とにかく木の後ろに隠れたまま見つかりにくいように頑張った。

 その間に汐留は距離を詰め、今まさに俺の真横を通り過ぎーー。


「ひっ……!」


 寸前、バレーで鍛えられたであろう反射神経で汐留は俺とは反対側へサイドジャンプ。それだけにとどまらず、ぐるりと前回り受け身。そして瞬時に反転して、たった今彼女を驚かせた脅威をその瞳に映した。


「なにしてるんですか、センパイ……」


「いや、うん……」


 そうだよね。たぶん見つかるだろうとは思ってたけどね。鈴丘にも通用しなかったし。

 それにしても汐留さん、ものっすごいいい動きするんですね。師範が言ってた俊敏そうってこういうことかよ。



 ***



「で、なんでここにいるんですか? ていうか、何で隠れてるんですか。隠れきれてなかったですし」


 通行人の邪魔にならないようにと、だいぶスッカスカなコンビニの駐車場に移動。そして真っ先に言われた言葉がこれだった。

 ぶっちゃけ、何でここにいるのかって質問はむしろ俺がしたいのだがその前に、


「細かいこと気にすんな。ハゲるぞ」


「ハゲませんよ!?」


 アホ毛は怒りマークでボルテージ全開。汐留が目を三角にしてツッコんだ。

 そのキレを心の中で賞賛しつつ、俺は質問を質問で返す。


「お前こそ何でこんなところにいるんだよ。なに、空手に興味でも?」


「あんなトコに隠れてたんなら見てたんですよね? だったら聞いてたはずです。私が空手なんかに微塵もこれっぽっちも爪の先ほども興味がないってこと!」


「そこまで言うか……」


「実際、護身術とかなら腕ひねるやつとか、あとは急所を思いっきり蹴り上げるとか、もっとえげつないことの方が効果あると思います。やる意味ないです」


「何でそんなに空手disるの?」


 恨みがあるのか。言ってることには一理あるが……。


「でもそもそも、現実に不審者と対峙したら、そんなお手軽な護身術使えないだろ。それに空手やってる奴は護身術が主な目的ってわけじゃないだろうし……」


 俺が通ってたあそこだけかもしれんが、わりと「強くなりたいから」という少年漫画チックな目的で来てた奴も多かった。強くなってどうするんだよ。俺も人のことは言えんが。


「つーかそんなことはどうでもいいんだよ。お前が道場の前にいた理由。お前のことだし、俺が昔あそこに通ってたことはとっくに調べがついてるんだろ?」


 言うと汐留は途端に微妙な顔になる。ちらっと目線を逸らしながら、決して大きくはない声で、


「ええ、まあ」


 と言った。なんなんだ、歯切れの悪い。

 汐留の特性上、ああした行動は一概に否定できないが、それでも詮索されるのは気持ちのいいものではない。この件は特に。


「なんにしても、あんまし人の過去の事とか詮索すんな。知らないのが怖いって言ったって、全員のことを何から何まで調べられるわけじゃないだろ」


 意識したことではないが、声に少しだけ棘が入った。

 それにうろたえるそぶりを見せながら、汐留は食い下がる。


「それは確かにそうですけど、この人には何か裏があるって確信したら調べずにはいられないんですよ……」


「迷惑な体質だな」


「それに……」


「あん?」


 そこでなぜか汐留は言いよどむ。その表情にははっきりと逡巡する様子が見て取れて、どちらかと言えば飄々としている彼女にしては珍しい。アホ毛が不安げに揺れるのと、目の前の少女の決心を見つけたのはほぼ同時。


「まあ、似た者同士の武藤センパイになら言ったっていいでしょう!」


「誰と? 誰が? 似た者同士だって?」


「もちろん、私と武藤センパイに決まってます」


「決まってねえよ。それに似た者同士でも……たぶんない」


「あれ、今言いよどみました?」


「気のせいだ。もしくは幻聴」


 似た者同士と汐留はよく言うが、そんなわけがない。

 そんな頑なな気持ちがあったはずなのに、なぜだか今日は見つからなくてつっかえた。

 どうも不思議でならないが、汐留にとっては些末なことのようで、大して追求しないで話を続ける。


「なんにせよ、後輩の悩み相談だと思ってくれればいいです」


「えぇー……」


 嫌だという気持ちが声に出てしまう。当たり前だ、自分のことで手一杯なのだから。


「なんですかその面倒臭がり方。いいですけど。相談とは簡単なこと、私の情報収集能力の低さです!」


「は?」


 一番ありえない相手から、一番ありえない言葉が飛び出した。どういうこっちゃ。


「待てよ。同じ学校の生徒全員の名前だけでなく、ちょっとした過去だの思想だのに加え、あまつさえ連絡先まで網羅している自分のことをもう一回よく見直してみろ? な?」


「そんなマジ顔で言われましても……。私の情報網にもかなり痛い弱点があってですね。学校の外になると途端に無知になるんですよ」


「知らねえよ」


 が、納得はできた。

 確かこいつの情報は主に、クラスの連中や部活の知り合いを通して集められるものだ。探偵のように、自らがガンガン動いて収集されたものではない。

 であればこそ、集まる情報は汐留の交友関係と、その一つ外側程度までで制限がかかってしまう。

 ”知らない”相手と話すのが怖いこいつのことだ。あまり積極的に学校外にまで交友関係を広げようとはしなかっただろうし……。


「けど、学校内だけで十分じゃね?」


 今までもそれで何とかなってきていたのだし、できていたのだろうから、今さら範囲の拡大など必要ないのではないだろうか。


「それがまあそうではないと言いますか……。ていうかセンパイは知ってるじゃないですか。私がセンパイ本質だというか、過去を知りたがってる事」


「いや、それはやめろって言ったじゃん」


「そうは問屋が卸しません」


「卸せよ」


 頑なに否という汐留。だが俺だって否だ。


「いいか、汐留。怖いなんてのは関わるから感じる感情だ。お前が俺に話しかけたりしなければまったくもって何の問題もない」


「センパイのその話じゃ、怖い話に感じる恐怖は説明できないです」


「ぐ……」


「だいたい、何かあるって知っちゃったらもうどうしようもないです」


 何かあるとわからなければ、そもそも怖がる対象を持たずに済む。だが何かあると知れば、怖がる対象が生まれてしまう。対象が生まれてしまえば、知ることなしにその恐怖を克服しえないのが汐留という少女だ。


「だからって俺にお前の情報網の拡大に協力してほしいと? 無理だろ」


「いえ、そういうことじゃありません。知るってことは、また知らないことを増やすことでもありますから。これ以上範囲を拡大しようなんて思いませんよ」


「おう、そうか」


「それに、センパイにそんなことの協力ができるとは思いませんし」


「おう、そうか……」


 地味に心をえぐる言葉を吐きながら、彼女はもう一度迷いを振り切るようにかぶりを振り、「だからーー」と言葉を続ける。


「だから、もうセンパイに直接聞いちゃおうかなって。センパイの過去話」


「はあ?」


 予想もしていなかった、というより、予想はしていたがまさか本当に言うとは思はなかった言葉い素っ頓狂な声を上げてしまう。

 俺が過去のことをわざわざ話したことはない。聞かれないというのもあるし、話したがらないというのもある。むしろ理由としては後者の比重が圧倒的に重い。

 大した話ではなく、なにより決して理解されない類の話だから。

 そこまでの心情を推し量ってるかは知らないが、俺が決して口を割らないと気づいていたのだろう。汐留は俺の過去を詮索しこそすれ、真正面から聞いてきたことはなかった。

 なのにどうして今。


「…………」


 そうして意識して改めて見てみると分かった。今の汐留にはどこか余裕がない。

 原因は分からないが、どこか切羽詰っているのだ。口調もどこか、演技めいた部分が薄まっていたし。

 道場前で見た時の動揺の仕方がずば抜けていたせいで、今の今まで気がつかなかった。

 それに気がついてしまったからかは分からない。

 ただ従前たる事実として言えるのは、


「……分かった」


 少しのためらいの後、俺が自分でも驚くほど簡単に口を開いたことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ