59 軋轢
受験勉強で全然書いてなかったので、どうも前と同じようにとはいかず、微妙に読みづらい点が多々あると思います。
勘が戻り次第改訂する予定ですので、何卒ご容赦ください。
*鈴丘可憐視点*
時間って過ぎるのが早いんだなぁって、そう思う。
文化祭から早くも二週間。高揚していた学校の空気は、微かな余韻を残して消えていった。
そして九月も終わり間際の今日は体育祭。
『祭』とはついていて、『木城高校三大行事』と呼ばれてはいるけど、その規模は合唱祭、文化祭と比べても小規模だ。地味、といってもいいかもしれない。
まず、合唱祭みたいに特にどこかの公共機関を借りたりもしない。文化祭みたいな装飾もこれといったものはなくて、せいぜい毎年使いまわされる得点板とPTAの人や教職員のテントくらい。
肝心の競技も、男女の百メートル走、持久走、クラス対抗リレーに、選抜りレー。障害物競走みたいに何とか工夫を凝らして個性を出そうとはしてるものもあるけれど、基本はただ走るだけで、少し退屈。
見応えや楽しさを見れば、二月半ばにある球技大会のほうが上かもしれない。
そんな体育祭も、他二つの祭にも勝って凄いのが熱気だ。消えたと思っていた高揚が今日一日限りで復活。文化祭みたいな思いっきり楽しもう! というのとはまた違った、絶対に勝つ! ってもいうのだ。特に三年生は球技大会には出られない。高校最後の一大行事ということもあるのだろう。
木城高校は赤、白、青の三つの団に分かれて争うけど、どの団も始まる前から充実した戦意に満ち溢れている。一人一人が勝利への欲望を掻き立てて、開戦の時を今か今かと待ち続ける。
……とはいえ、全員が全員そうだってわけではないみたいだけど。
私の視線の先にいる男子ーー武藤飛雄馬君は、相変わらずヌボーっと黒いオーラを身にまとって本を読んでいた。
時折顔を上げて、照りつける太陽を恨めし気に睨めつける様子は親の仇でも見るよう。うん、気になるよね。日焼け。
彼がいる辺りは、心なしか他の場所よりもテンションが低めで、やる気があまり感じられなかった。言うなれば、他とは隔絶された絶対的な空間ってことかな。
体育祭が始まるのは今から十分後。ちょろっと話すくらいの時間はあるけれど、武藤君の空間は完成されていて、どうしてもしり込みしてしまう。なんというか凄いの。こっち来んなって空気が。
と、視線に気がついた武藤くんが、鬱陶しげにこっちを見返してきた。
目が合い、一秒と待たずに私の方が目を逸らしてしまう。
武藤くんはしばらく私を見ていたけれど、諦めたように視線を本へと戻してしまった。
ちょっと前の私なら、目を逸らしたりはしなかったと思う。
いや、照れて逸らしたかもしれないけど、その後は図々しく話しかけてたかもしれない。人嫌いって感じの武藤君だけど根は優しくて、嫌そうな顔はしても邪険にしてくることはなかったから。
あれ、結構邪険にはされてたのかな。本気で嫌だって感じはしなかったけど……。
ーー武藤君とはあの文化祭、正確に言えば後夜祭以来、ほとんど喋っていない。
本当にちょっとした挨拶とか、どうしても知らせないといけない連絡事項とか。そういうとき以外は、前みたいな他愛もない、なんでもない雑談はしてない。まるで、私たちの関係性が、功刀さんの恋愛相談以前に戻ってしまったみたいに。
いや、本当は戻ってなんかない。確実に進んで、着実に仲良くなって、その結果として今のこの状況。
そして、こうなってる原因はきっと私にある。
後夜祭の時、武藤君が私に吐き捨てるように言った言葉。
ーー『優しさ』なんて、この世にねえよ。
その時の彼の横顔は怒っていて、同時に悲しそうで。その言葉の意味が分からなかったのに聞けなかった。
武藤君は、これ以上踏み込んできてほしくないんだと思う。あれは拒絶の意味を含んでいる。けど、心のどこかでは、踏み込んできてほしいって思っていて、その感情がたまに垣間見えるのだ。
きっと、踏み込んできて欲しくても自分からは言えないのだろう。もしかしたら自分でも気がついてないのかもしれないけど。
これだけ読み取れる。こんなにも読み取れる。昔から周りのことはよく見えてたけど、こんなにも誰かが何を望んでるのか分かったのは初めてだ。
しかし、それでも。こんなにも読み取れたのに、あの時の私は聞けなかった。
ううん。後夜祭の時に聞けなくっても、次の日とかにすぐ聞けばよかった。たぶんそれだけで、今の状況は解決しただろうし。
結局のところ、「『優しさ』なんてないってどういう意味?」とだけ言えないからこうなってるわけで。
言えないだけならまだしも、言おう言おうって変に力が入ってるから会話がつながらないんだろうなあ。
そうやって慣れない自己分析をしても、やっぱり聞けないものは聞けないのでした。
ケンカとかをしたあとにすぐ謝らないとなかなかケンカは終わらない……。そんな空気感だ。
もちろんケンカしてるわけじゃないし、武藤くんと私のどちらかが悪いってわけじゃない。
けど早めに聞かないとやっぱりこのままだよなぁ。でも聞けないなぁ。
同じところをぐるぐると回って、一人でムーとうなっていると、放送が鳴る。
『開会式を始めるので、各団は整列してください』
放送とほとんど同時に、各団の団長が前に出て全体に指示を飛ばす。
放送席のある、校舎側の校庭とはちょうど対称になる位置に生徒たちは並んでいく。私のクラスは赤団だから白と青に挟まれる形になる。
私も、実行委員以外が待機する、校庭の後ろの方に作られた生徒待機席(直射日光晒し)から移動した。
ガヤガヤとおしゃべりする声が止むまでしばらく待つ。武藤くんは此の期に及んでまだ本を読んでた。大事にしすぎでしょ。むしろ大事にしなさすぎかも。汚れるでしょうに。
そうしてだいぶ静かになったら、再び放送がかかる。
『これより、開会式を始めます。生徒、入場』
瞬間、怒号が響く。
それが各団を率いる団長のものだと分かるのに数瞬、「赤団行くぞ!」と叫んだと理解するのにさらに数瞬要した。
大きく全体に響く声。次の瞬間には、団の全員、いや生徒の全員が「おぉう!」と応える。
そして全力で走り出した。雄々しい入場だ。
私も、何もなければ周りと一緒になって気合を入れてたんだろうなぁ。そうやって、まだ無駄な思考を挟みながら。
わだかまりを抱えた私たちの体育祭は始まった。
***
午前も十時を回ると、太陽が高度を増すのに従って体育祭は大盛り上がりを極めていた。
みんながみんな一生懸命になってひたすらに競技に熱中する。中には運動が苦手な子もいただろう。
けど、今日は行事だからか、はたまたみんなに迷惑をかけたくないという意思か。少なくとも手を抜いている人は一人も見当たらない。武藤君ですらそうだ。いや、こんな言い方は失礼かもしれないけれど……。
勝利に貪欲に、何が何でも勝つ! という気力は残念ながら伝わってこなかったけど、私が見る限りでは頑張ってる。頑張ってるというよりかは、手を抜いてない。
まあ武藤君は、合唱祭の時も文化祭の時も、与えられたことはちゃんとこなしてたから、別に不思議でもないけど。
そんな白熱している中にあっても、三年生のそれは際立っていた。
競技はもちろん全力。自分の出る競技がしばらくなくて、生徒席にいる人たちも全力で応援。学校の備品である大きな団旗をふりかざし、一目で自前と分かるうちわを手に大声を張り上げていた。
その全力で楽しんでる様子、いいと思います。
三年生のやる気が伝播したのか、自然と一年生と二年生も気合が入る。私も声を張り上げた。
今やってるのは障害物競争。ちょうど西倉君が出てきたところだ。
彼は大きい袋に両足を入れると、異常な速さでけんけん進む。ハードルを飛び越え、次の障害はネット。
四方を実行委員が抑えたそれの下をくぐるらしいけど、西倉君はこれもトップでクリアした。……残念ながらすごいクネクネしててあまりかっこよくはなかったけど。
結果西倉君は、二位と結構な差をつけて一位でゴール。赤団に点数が加算される。
他には甲斐君の奮戦もあって、赤団は現在トップだ。赤団の三年生は心なしか嬉しそう。
他の団の三年生は、悔しそうな顔はしていても、まだ諦めてはいないみたいだった。
そう、確かにまだ赤団がトップだけれど、午後には大量得点を期待できる競技がある。
おなじみの学年対抗リレーや騎馬戦。選抜リレーなどだ。
それが分かってるからか、赤団の団長も、まだまだ気は抜けないぞ! と喝を入れていた。
結局、午前は赤団のリードで終わった。
***
午後は応援合戦から始まった。直射日光が照りつける残暑の中、格団それぞれの長袖の学ランを着て互いに檄を飛ばすのだ。その様子は、控えめに言ってもすごく暑そうだった。半袖のTシャツでもよさそうなものだけど、たぶん応援団には応援団の矜持があるんだろう。
「フレーッフレーッ」という一般的なものから始まり、次はダンス。どこに隠していたのか、団の色のボンボンを取り出して、音楽に合わせて踊りだす。結構な完成度だった。ていうか、もしかして長袖の学ランだったのってボンボンを隠すためだったのかな。
そうして全部の団の応援が終わると、いよいよ午後の競技が始まった。
赤団は引き続き優勢だった。
それどころか、白団、青団との間にあった点数差はどんどん広がっていく。
すごい、赤団早い。学年対抗リレーと選抜りレーでは、すごく珍しいことだけどまさかの赤団が首位独占。騎馬戦の結果もまずまずで、赤団は終始色めきだっていた。
かくいう私も空気にのまれてか、憂鬱な気持ちも忘れてクラスのみんなとはしゃいでた。やっぱり行事って楽しい。
まあ、それでもはしゃがない武藤君をチラリと横目にとらえちゃって、複雑な気持ちになったりもしたけど……。でもおおかた楽しかった。
***
それに気がついてしまったのは偶然か必然か。
生徒の待機場所自体、まとまって設置されているので、目に入らない方が不自然だった。けど、周りの興奮に混ざっていた私は、珍しく視野が狭くなっていた。
だからふと、他の団の様子が目に入った時、我に返った。正確には気づかされた。
当然のことだけれど、他の団は赤団ほど盛り上がってはいなくて。
それどころか、どちらかといえば沈んでいて。
それを見た瞬間、今まで見えていなかったものの一端に触れたような気がした。




