番外編6 文化祭最中のほんのひと幕。
文化祭二日目、最後の公演が終わり、片山はようやく一息ついた。
文化祭実行委員である彼は、準備段階はもとより、当日が始まってからも働き尽くめだ。別に自分で選んだことだから構わないのだが、予想以上の忙しさだった感は否めない。
観客がすっかりいなくなった教室で、片山はキャスト陣共々、手近な椅子を引いてそこに腰掛けた。
特に、つい先ほど終わったクラス最終公演の忙しさは秀でていた。
文化祭仕様に模様替えされた教室の、想定された当初の最大観客動員数はせいぜいが六十人。
しかし思っていた以上に劇は好評で、一日目最初の公演から行列は七十人近くにも上った。仕方なく立ち見をしてもらうなどして対策をしていたのだが、このままではいけないと打開策を募ったのが一日目終了後。用いられた方法は、客席を増やすという、いたってシンプルなものだった。
これにより最大観客動員数は七十五人程度にまで増え、そして挑んだ二日目最終公演。
ラスト公演を最も忙しくした要因は端的に言うと「百人来た」というものである。
それまでの公演では、どうしても入りそうになければ「次の公演にお越しください」と言って、心苦しいながらも追い返していた。だが、事は最終公演。次なんてものはなく、追い返すのはどうしても気がとがめるというクラス内世論が高まった。
結果、来た人は全員教室に打ち込み、舞台部分を限界まで縮小。詰めに詰めて、立ち見も大歓迎してなんとか事を収めた。
その間のスタッフの尽力は相当なものであり、今や役者陣よりも疲れていた。
ーーただ一人を除いて。
「かーたやーまくぅーん。あーそーぼー!」
どこまでも我が道を行く西倉は、疲労困憊が支配する教室内において、異質を極めている。
飛雄馬がいないせいで、暇だった彼は、やる事を求めてクラス企画に尽力尽力。すべての公演の前座でヨーデルヨーデルをしていた。
その手綱を握って、なんとか制御していたのが片山だったために、今や飛雄馬の次に片山に懐いてしまった。
「今、俺疲れてるから無理」
「武藤が遊んでくーれーなーいー!」
「話聞いてる?」
いっそ清々しいほどのスルーに、片山は半眼を作る。とはいえ、西倉が人の話を聞かないのは今に始まった事ではない。
片山とて、この二日間で西倉という人間の持つ病的なまでの面倒臭さは理解していた。
「遊んでくれないっていっても、ちゃんと探してもないんでしょ? 見つけていつもの調子で絡んでいけば相手にしてくれるよ」
「えぇー、そこまでして探したくないー! 手っ取り早く遊びたいぃ」
「だからさ、俺疲れてるから……」
「明日の分まで絞りだせぇっ!」
「そんな超常体質してないんだよね」
「なにっ! お前もしやエドラスの人間か!?」
「ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない」
ちなみに今の片山の発言はフェアリー○イルに由来するものだが、アニメ等に疎い片山には分からない。飛雄馬ならば即答できる類のパロディネタをスルーされ、西倉もちょっと残念そうに眉をひそめた。
本当にちょっとだが。そも西倉はそんな細かいことにいちいち注意を払わない。会話の流れも大してくまず、オンリーマイウェイで、
「分かるとか分からないとかどうでもいいから遊ぼうぜー!」
「ちょ、うるさいって……」
「あぁーそぉーぼぉーうぅーぜぇーっ!」
「うるさいって!」
ガンガンと鳴り響く西倉の声。周りの事なんて知るか、という勢いで駄々をこね始めてしまい、片山は周囲から冷たい目で見られる。
ここ一ヶ月と少しでやけに慣れてしまった視線だ。つまり、「実行委員なんとかしてくれ」という類の。
別に西倉の介護、もとい相手は別に片山がやる必要は全くないが、しかしそこは西倉である。この男子はおかしい、というのは、クラスメイトの全員が知るところであり、積極的に関わろうとは誰もしない。重ねて今はみんな疲労困憊だ。
それは片山とて変わらないものの、西倉の駄々と冷たい視線の同時攻撃は疲労を加速させるだけだ。休もうとしているのにこれでは辛い。
「遊ぼうぜー! 遊ぼうよー!」
「分かったよ! だから寝っ転がってジタバタしないで! 埃が舞うし足がちょいちょいかすってる!」
「あ、マジで? 遊んでくれんの? お前もしかしていい奴なの? いい奴だよな! 百円ちょーだい」
「太陽系ぶっちぎる勢いで話題が飛んだ!」
引き返せない、ただひたすらに面倒臭い世界に足を踏み入れた片山を、しかし助けてくれる者は誰もいなかった。
***
「それで、どこ見に行くの?」
変に肩を上下させたり体を左右に振ったりと、無駄な動き尽くめで歩く西倉を前に片山は問いかける。
奇怪な歩き方をする西倉には先ほどから結構な数の視線が集まっているが、彼は気にする素振りすら見せずに振り返って小首を傾げた。
「さあ?」
「いやいや、そこはもっとこうキレのある感じで『サァ!』って言わないと伝わらないよ。ていうか何でいきなり卓球の愛ちゃん?」
「思ったけど、テニスの王○様はあるんだから卓球の女王様があってもいいと思うんだよね! この前までジャン○で連載してた卓球漫画、すげー早く打ち切られたけどね!」
「ジャン○読まないから知らないけど……。あと多分だけど、王子様と対になるのは女王様じゃなくてお姫様じゃない?」
「大きな差はないだろ! 女王様の方がSっぽくて心をくすぐる!」
「西倉君ってMなの?」
「失礼な! 俺は健全じゃい! じゃじゃじゃい!」
「納得できない……。それともワカチコワカチコーってことなのか」
「何を訳の分からないことを言ってるんだ!」
「その責任の半分くらいは西倉君だけどね」
もはや最初の話題どころか、当初の目的さえ忘れて噛み合わない話を始める二人。ここまで何もかもズレているといっそ清々しいが、残念ながらここは学校の廊下という公の場所。ついでに文化祭中というオプションまでついているため、いつも以上に人通りは多く、立ち止まって無為な会話を続ける二人は邪魔にしかならなかった。
西倉はともかく、片山にはそこらへんの分別がある。もう三言ほど会話を続けてから、度々突き刺さる迷惑そうな視線に気がついた。
「って、こんなところでくっちゃべってる場合じゃなかった。西倉君、どこ行こうとしてたの?」
「さあ?」
「なんでまた卓球やねんっ!」
キレのある動きで手の甲を西倉の胸に叩きつける片山。派手なのは見た目だけで、実際の威力は伴わなかったのか、西倉は怪訝そうに眉をひそめて片山に目をやる。
「お前卓球好きなの?」
「別に好きじゃないけど……ってちょっと待って。もしかして『サァ!』じゃなくて、疑問系の『さあ?』って言ってる?」
「ご名答! そんなあなたには番組から豪華な景品が……」
「送られなくていいよ! 遊ぼうって連れ出しといてまさかのノープラン!?」
「Yes! プ○キュア!」
「何言ってんのか分からないけど正解を引き当てたことだけは理解してしまったぁぁあ!」
頭を抱えて唸る片山。
飛雄馬であれば鉄拳制裁しそうなものだが、片山は殺意よりも虚脱感が勝った。
「帰りたい……」
「You! 命を粗末にするものじゃないゼェ!」
「還りたいじゃないよ……」
むしろお前が還れと言いたい気分にさせる。それが西倉だけに許されたパッシブスキル。通常の感性なら自らの呪われた体質に絶望するそれを、西倉は甘んじて享受する。むしろ気がついてない。
沸々と湧き上がる片山の怒りには一片たりとも気がつかず、今日も西倉は我が道を行く。
「で、どこ行って遊ぶ?」
「西倉君はどこ行きたい……?」
「どうでもいい」
「君が俺をさそったんでしょうがぁぁあ!?」
片山の絶叫に廊下にいた人々の視線が集まった。
「おいおーい。廊下なんだから静かにしろよーぅ」
「納得いかない!」
項垂れる片山。客観的に見て非は五分五分にも関わらず西倉は悪びれる様子もない。
ここまでくれば片山も諦めがついた。ーー目の前にいる男とまともな会話はできるはずがないと。
「よし、じゃあそこの劇、見ようか」
片山が指差すのは『六人の部長』と書かれた看板を掲げる教室。一年生の劇で、もうすぐ開演らしく、入り口には長蛇の列ができていた。
「今並べば間に合うし、いいんじゃないかな」
「えー、俺お化け屋敷行きたいー」
「さっきどうでもいいって言ってたでしょうが! つべこべ言わずに行くぞ!」
「あいあいさー」
特にゴネることなくついてくるあたり、西倉の「どうでもいい」宣言は本物だったようだ。それだけに何故土壇場でお化け屋敷を提案したのかは全くの不明。しかし彼の思考を理解するのは不可能なため、片山は特に気にしない。
それだけの評価を、西倉はこの短時間で積み重ねていた。そして実際、お化け屋敷の提案に何かの意図があるはずもなかったのだった。
片山と西倉が列に並ぶと、まもなくして客入れが始まった。
***
片山が劇を見ようと言ったのは、劇でも見てれば西倉も静かにしてるだろう、という目論見からくるものだった。
なるほど、西倉とて分別というものがまるきりないわけではない。そう考えればかなり良い線をいったアイデアだ。
しかしここに飛雄馬がいたならこう言っただろう。「甘い」と。「分別があるっつってもあくまで気休め程度だし。TPOをわきまえない大会あったら西倉が優勝するぞ。つまり西倉を止めるのに劇を見させるだけじゃ意味ない」と。
それは片山が及び知るところでは到底なかったが、事実その通りだった。
「疲れた……」
教室を出た時点でかなりの疲労を抱えていた片山に、余剰体力はもうほとんどない。
西倉の暴挙は劇が始まっても続いた。
公演中に話しかけてきたり、もぞもぞ動いたりするのは序の口。挙句の果てには勢いだけで劇に参加しようともしていた。それらすべてを止めてたしなめていたのが片山である。暴走を止めようとしたのに、逆に逃げ場がないという地獄を味わった。
「いやぁー、劇面白かったなぁ」
「そう思ってるのは君だけだと思う」
『六人の部長』は、片山に言わせれば完全に爆死作だ。
大まかなストーリーは、六人の部活の部長が部費について話し合う、というものだ。
しかしその実態はただくっちゃべってるだけである。劇にも関わらず動きがほぼなく、掛け合いにも面白みがない。
唯一笑いが起こったのは豆つかみ同好会なる同好会が脈絡なしに登場した時で、それすら微妙な笑い。教室内に張り詰めた空気は重々しく、いっそ哀れだった。
しかし周りの空気をどこ吹く風で生活している西倉にとって重要なのは、ノリである。
「いやいや、面白かったって。豆つかみ同好会。俺、あいつらとは友達になれる」
「向こうは嫌がると思うし、そう思ったからって乱入しようとしないでほしかった。てゆーか、その豆つかみ同好会のコントにも物申したいよ俺は。テンポ悪いし、あの豆つかむところ、もっと観客に見えるようにしないと意味ないし。それよりももっとひどいのが本筋だよ。劇をって言ってるけど、実質ほとんどコントなんだから、もっと動きを加えないと。あとはボケとツッコミとをちゃんと分けて、登場人物の関係を踏まえた上でセリフと反応を考えて……。あとセリフ忘れるのなんて論外だし、あのせいでテンポが悪いどころか空気を悪くしちゃってるし……西倉君聞いてる?」
「ウンキイテルキイテル。あれっしょ。あれあれ」
別に高校の文化祭に求めるレベルの高い片山の酷評に、西倉はテキトーな返しをする。当然聞いてるはずもなかった。
「とにかく俺が言いたいのは……」
「あ、リア充だ」
「は?」
唐突な西倉の発言に、片山はその視線を追ってみる。そこにいたのは、女子を連れるでもなく一人でいる甲斐だった。
「別にリア充ってわけじゃ……」
「あいつの顔に唾かけようぜー」
「君甲斐君に何の恨みがあるの!?」
甲斐の裏の顔を知らない片山にしてみれば、甲斐は頭が良くスポーツもできるイケメン。さらに優しいクラスの中心人物だ。誰にでも分け隔てなく接する彼に、悪感情など本来抱きようもない。
「リア充は敵って常識だろ」
「どこの世界軸の? いや、待てよ……」
何かを思いついたらしい片山。
それを口の中でブツブツとつぶやいて確認し、十分に有用性のある策と断定。
となれば、ためらう理由はどこにもない。
「おーい、甲斐君」
そしてその瞬間、西倉お守り被害者が増えた。
今回でいったん更新は停止です。
再開は何もなければ二月半ばごろを予定しています。




