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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
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58 『優しさ』なんて。

 片付けもあらかた終われば、机の搬出搬入などの大掛かりなものは後日に回され、本日残されたイベントは後夜祭のみとなる。

 後夜祭と言っても、別段特別なことがあるわけではない。

 軽音楽同好会を中心に、ダンス部や吹奏楽部が体育館の舞台上でライブじみたものをするだけだ。

 その熱気たるや相当なもので、体育館内の舞台側三分の一は生徒で埋め尽くされる。全校生徒が集まるとはいえ、体育館なんだから、それなりにばらければ楽そうなものを。舞台上見たい! むしろ見ないと! 見ない豚はただの豚だ! という勢いで前へ前へと前進するので、毎年毎年おしくらまんじゅう。喧嘩は起こるし、一番前の人は圧迫されて怪我するしで、毎年のように開催を危ぶまれているのだ。

 とはいえ、普通に後ろの方で観覧する人も多数いるので、バランスは取れていると言える。俺は断然後者だ。まあ去年は自由参加を楯に参加しなかったんだが。


「武藤君、お疲れ様」


 机や椅子が壁際に重ねられ、いつもよりも広く感じられる教室。各々が思い思いに時間を潰す中、俺はかけられた声に振り返った。

 俺が座る椅子の後ろ。そこに片山が、ちょっと過剰に疲れた様子で立っていた。


「おう、お疲れ様」


 俺、片付けしてないけど。

 その時間、ちょうど思考にふけっていた俺は教室にいなかった。どことも知れぬところをほっつき歩いていただけである。つまり労いの言葉がこれ以上ないくらい必要ないのが俺であり、そのことに関してはそれなりに申し訳なく思ってる。

 だから同じ言葉を返すことで威力を相殺。罪悪感を消し去る。

 そんな下衆な俺の作戦には一切気がつく様子もなく、片山は近くにあった椅子を引いて座った。


「いやはや、今年の文化祭は成功だね。うちの劇、大盛況だったよ」


「そうか。脚本に時間かけたからな」


「はは、まったくもってその通り」


 俺の皮肉に片山は乾いた笑い。その節はお疲れ様でした。


「でも本当に凄かったよ。ピークなんか、この教室に百人入ってたんだから」


「それ、軽く地獄と化してないか?」


 即席控え室や備品に圧迫されて、使用スペースはなかなかにギリギリなこの教室。客が入れるスペースは多く見積もっても部屋の面積の半分もいかないくらいで、そこに百人入ると考えると閻魔もびっくりの人口密度を誇る。早い話、満員電車の再現だ。端的に言って地獄だ。


「まあ、そこはスタッフの方でギリギリまで広げたり、立ち見を増やしたりってしたよ。役者陣は大変そうだったけどね。演技する場所狭くて」


 そこで片山の表情に影が差し、一気に年をとったようになる。


「一番大変だったのは西倉君の相手をした俺だけど……」


「呼んだ?」


「呼んでねえよ」


「呼んでないよ」


 どこからともなくヌッと現れた西倉に、俺と片山の声が重なる。片山のツッコミがあまりに手慣れてて驚くと同時に親近感を持った。


「呼ばれたらすぐに現れる! 呼ばれてなくても現れる! それが俺、スーパーマン!


「相手してたってどういうことだよ?」


「今日の最終公演が終わってからすぐに捕まったんだよ。『武藤が構ってくれないー』って」


「おい、恨めしそうな顔すんなよ。誰が好き好んでアレの相手するんだよ」


「その点は全面的に同意だよ。恨みは消えないけど。まあ、途中で甲斐君も巻き込んだから、負担は軽減されたんだけどさ」


「第二の被害者が……」


「あのー、もしもしー? ぼくもしかしてスルーされてますー? そんなわけないよね! だって俺だし!」


 視界の端でわちゃわちゃ動き回る西倉は完全にスルーして、俺は片山と被害状況の確認。といっても、甲斐が頑張ってくれてたらしく、この二人以上の損失はなかったらしい。罪悪感とか感じないで済んだ。


「ああ、だから甲斐、さっきから俺のこと睨んでんのか」


「? 確かに甲斐君は困ってたけど、嫌な顔してなかったよ。全然気にしてないって事はないだろうけど、睨んでるのは気のせいでしょ」


「……あー、うん。そうな。気のせいだな。あいつは俺を睨んでない。睨まれてるのは西倉だろ」


「呼んだ?」


「だから呼んでねえよ」


「だから呼んでないって」


 うっかり甲斐の学校での顔のことを忘れてしまい、慌てて西倉を使って緊急回避。そうだった。クラスの人気者たるあいつは、そんなあからさまに誰かに向かって悪感情を向ける事はなかった。

 いや、でも睨んでたのは間違いないな。他の奴らが気がついてないだけだ。

 そうして一人で納得していると、さすがに二回もバッサリと切られたのは我慢ならなかったのか、西倉が喚く。


「おいおいおいおーい! 呼んでないってどういうことだよぅ! このスーパーマンに向かってなんてことを! 俺の拳が火を噴くぜ?」


「お前の拳なんか怖くねえよ……」


 キリッと構えられたところで何ら脅威を感じない。横で頷く片山も、俺と受けた印象は同じようだ。


「バッカお前。あんましスーパーマンをバカにすんなよ。奴の拳はビルもグッシャグシャにするんだぞおっ」


「奴って言っちゃあ、お前=スーパーマンってならないことに気がつこうか。それにビル一つ壊すくらいなんてことないだろ。ワ○パンマンのサイタマだって余裕でできる。ブ○ーチなら剣の一振りで山が消し飛ぶし、ナ○トだって地形が変わるのはしょっちゅうだ。調子のんな」


「やばい、何言ってるのか全然分かんなかった……」


 二次元におけるスーパーマンの攻撃力の低さを羅列すると、片山がすごい困った顔をする。

 が、悲しいかな西倉には全部通じてしまう。


「そこがアメコミの限界なんだよ。しかぁっし! まずはそのふざけた限界をぶち壊す!」


「壊さなくていい」


 そんなドラゴ○ボールみたいに地球を破壊できるような光線とか出されても困る。


「つまりあれかな……。コントと漫才ではジャンルが違うけど、漫才の中にちょっとしたコントみたいなのが入るのはジャンルを超越してるってことみたいな。だからある意味コントに漫才は勝てないみたいな」


 遅ればせながらさっきの俺のセリフを理解したらしい片山。


「けど何言ってんのか分からない。お前がコントよりもコントを上に見てるってことくらいしか」


「なに? 俺はコントの塊みたいに面白いって? ありがとう!」


「お前はお呼びじゃねえよ」


 真面目に考えた結果変なボケをかました片山に、西倉がぶっ飛んだ解釈を重ねてくる。

 そうしてバカみたいな、ひたすら非生産的な会話をしているうちに、後夜祭の時間になった。




 ***



 床一面にビニールシートが敷かれた体育館には木城高校の生徒の多くが集まっている。ざっと見渡したところ五百人程度。人口密度は高く、おまけに窓という窓に、カーテンまで閉め切られているため、その熱気は相当なものだ。

 今すぐに換気を求めたいところだが、なんでも、騒音対策で窓は開けられないらしい。吹奏楽部に軽音楽同好会と、大音量で定評のある部活動が参加するのが後夜祭だ。そこらへん、しっかりとした対策を取らないと、近隣住民からも許可は出ないのだろう。

 とはいえ、体育館は例年通り、後ろと前では人口密度に差がある。熱気は後ろに下がろうとも治らないが、人混みからの脱出は容易だった。

 俺は一人で、すし詰め状態の体育館舞台側を見ながら、真ん中よりやや後ろのなんとも言えない位置に陣取った。

 空間にはこれから始まる後の祭りへの期待感だけがある。

 不意に照明が落ちた。

 ザワッと、より一層あたりが騒がしくなる。それから全員の視点が一点へ集中した。すなわち、舞台上に。

 瞬間、舞台に光が灯った。暗闇から当然の光源の出現は、まるでカメラのフラッシュだ。

 大音量の音楽が流れ出し、ダンス部員が躍り出た。

 あちこちから歓声が上がる。手拍子が鳴り響く。大騒ぎだ。

 やけにスタイリッシュなBGMに合わせて、跳んで、回って、跳ねるダンス部員。やがて曲が終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 確かに、今のダンスはなかなかだった。かなり格好いい。俺もできるようになりたいな、とほんの一瞬だけ思うくらいに。

 出番が終わったのか、ダンス部員たちははけていった。

 そのあと出てきたのは、ついさっきまで見てた顔だった。


「片山だ……」


 お前出るのかよ、という純粋な驚きを伴った片山はスタンドマイクを抱えている。コントだ。コントするつもりだ。


『コントします! コンビニ!』


 そしてやるコントは夏休み中に見たことあるやつだ。さっきのダンス部のかっちょいい流れからそれやるのかよ。空気読め。まあカメラの用意はするけど。あのコント面白いから。

 ポケットをまさぐりiPhoneをスタンバイ。動画撮影モードにして、舞台上をズームアップ。

 直後、大爆笑が起こった。



 ***



 後夜祭もいよいよ大詰めだ。次が最後のバンドらしい。

 ダンス部に片山と、序盤からヒートアップした後夜祭は大成功と言っていいだろう。今年は大した問題も起こらず、一旦中断して教員の注意が入ることもない。

 観客がバンドに向かって飛び跳ねる中、それでも最低限の理性を残して楽しむのは、そんなに簡単なことじゃないだろう。周りを気遣う思いやりがあって初めて成り立つ。

 思いやり。換言すれば優しさ。

 前方に群がるあの集団が行っているのは、果たして、本当にそう呼べるのだろうか。

 ただ単に問題が起こっていないだけなのに、そんな大層なことを考えてしまう。


「武藤君、楽しんでる?」


 思考の渦に飲み込まれそうな俺に、鈴丘が声をかけてきた。

 その背後には、だいぶグロッキーな功刀の姿もあって、どうしたんだと目で問いかけた。


「あー、えっと。前の方にいたんだけど、結構熱気とかすごくて……」


「それで避難してきたのか。そんなんなるなら最初から行かなけりゃいいだろ」


 よく見れば鈴丘の額にも汗が滲み、息は切れていた。

 功刀は功刀で、鈴丘よりも汗をかいている。多分半分は冷や汗だ。


「功刀、大丈夫か?」


「……これ、が。大丈夫に見える、なら、アンタの目は……うっ……」


「辛いなら頷くか首振るかにすりゃいいだろよ……」 


 どうしてわざわざ皮肉で返そうとしちゃったんだよこの子は。

 暗くてよく分からないが、顔色も結構悪いようだ。

 さて、どうしたものかと考えていると、準備の整った、後夜祭最後のバンドが演奏を始めた。

 大音量。大熱狂。ここ一番の盛り上がり。

 その音は、グロッキー功刀には辛かった。へなへなと、その場に座り込んでしまう。


「おい、大丈夫か?」


「功刀さん、大丈夫?」


 声を張って問いかけると、功刀は力なく首を振った。


「わ、私が死んだら……うっ」


「なんで今の状況で冗談言おうとするんだよ。鈴丘、先生呼んでこい」


「分かった!」


 力強く頷いて、鈴丘は手近な先生に声をかける。監視のためか、後ろ側にも何人か先生が控えている。すぐにやって来た。……永峯先生が。


「その『うわぁ、嫌な先生来ちゃった。俺もう帰りたい』って目は何かしら? 音楽の成績下げるわよ」.


「間違いなく被害妄想ですね。あと俺、芸術選択は音楽じゃないです」


 今舞台上にいるのは吹奏楽部ではないとはいえ、永峯先生は無類の音楽好きだ。妙な案件を持ち込まれて不機嫌そうだった。

 でも、グロッキーな人放置して、バンドの音量に負けないように声を張ってする会話じゃない。

 そこは永峯先生とて分かるようで、多くは言わず、かがみ込んで功刀を見やる。


「脱水症状かしらね。とりあえず体育館を出て、保健室に行きましょう。立てる?」


 こくりと、力なく功刀は頷いた。そのまま緩慢な動きで床に手をつき立ち上がる。それを永峯先生が支えて歩き出した。


「あの、なんか手伝います?」


「いいわ。わざわざあなたが手伝ってくれなくても、他の先生に助力してもらうから。後夜祭楽しみなさい」


「あ、はい……」


 思わず我が耳を疑った。これが迷子を押し付けた永峯先生か。

 そんな失礼な感情が表情に出ていたのだろうか。永峯先生は、照明が落ちた暗がりにも関わらず見事に看破した。


「面倒ごとを押し付ける相手が他にいるなら、私だってわざわざ生徒に押し付けないわよ」


 やっぱり永峯先生だった。

 それってだって、他に押し付ける人がいなければ、生徒だろうが押し付けるってことだよな。

 教師らしからぬ、という感想は聞く気はないらしい。永峯先生はそのまま去って、ドアの前に立ってる男性教師に助力を求めていた。


「功刀さん、大丈夫かな……?」


「大丈夫だろ」


「そんなこと言って、さっきちゃんと心配してたじゃん。ちょっと妬けちゃう」


「おいおい、大丈夫とは言ったけど、あのタイプのグロッキーって結構辛いぞ。それに好き好んでなりたいとか、お前ドMかよ」


「違うよっ!」


 鈴丘のツッコミが、バンドが爆音を響かせる体育館において一際大きく聞こえた。

 彼女はそのまま拗ねて、プイとそっぽを向いてしまう。そんな怒らんでも。

 曲はそろそろ最終局面。前方の集団も、拳を突き上げて飛び跳ねてる。


「……けど、いつもの武藤君みたいで安心したよ」


 その声は、先ほどとは違い、別段大きくなかったのに、はっきりと耳に入った。


「は?」


「ほら、思優理さん、だっけ? その人と話してから様子が変だったから。いや、もちろん今も完璧に普段通りって感じじゃないんだけど……」


 そこで鈴丘が浮かべていた微笑みには、安堵の色が含まれていた。


「やっぱり武藤君って、優しいよね」


「…………」


 優しい? 俺が? こんな俺が?

 どこかでタガが外れる音がして、不意にバンドの曲が遠くなる。

 鈴丘が言っているのは、ついさっき功刀を心配したことだろう。そうと分かっていながら、他でもない『俺』を『優しい』と断じることだけは見過ごせない。


「受け手が優しさだと思えば優しさだ、か」


「え?」


「だったら、受け手じゃなかったお前が、あれを優しさだって言うことなんてできないだろ」


 鈴丘の瞳が、困惑に見開かれる。それでも止まらない。止めることができない。


「それに、そんなのは優しさじゃない。お前の言うそれは優しさなんて尊いものじゃない。それは甘さだ」


 獅子は我が子を谷に落とすという。

 あえて試練を与えることもまた優しさであり、だからこそ、受け手の感情で左右されてしまうものなど、優しさではありえない。


「それでも、あえて厳しく接することのすべてが優しさでもない」


 鈴丘の困惑は深まるばかりだ。

 当然だろう。突然、堰を切ったように訳の分からないことを言われて、困らない奴なんていない。

 俺の口から出て行くのは、ある種妄言だ。戯言だ。取るに足らない、ガキの絶望だ。


「なあ、鈴丘」


 本当だったら言わなかったろう。

 本当だったら思いとどまったろう。

 いや、もっと根本から言うのであれば、関わることすらなかったのに。

 なまじ、それなりの時間を一緒に過ごしてしまったから。許容できていたものができなくなったから。

 吐き捨てるように言った致命的な言葉は、舞台上の曲が終わったその瞬間に、スルリと滑り込んだ。


「『優しさ』なんて、この世にねえよ」









今回含めあと二話です。

つまり次の一話で一旦更新ストップです。

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