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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
63/75

57 今までのーー

今回短めです。

 逃げることが悪だとは思わない。

 かの徳川家康だって武田信玄相手に敗走してる。しかし、家康は知っての通り征夷大将軍に任命され、幕府を開くに至った。だから逃げた事を責められる言われはない。

 確かに逃げを悪と見る風潮は存在する。

 逃げるな。立ち向かえ。現実を見ろ。それが出来ない奴は劣っている。

 ふざけるな。誰もかれもが逃げず、立ち向かえるわけがない。辛く悲しいことだらけの現実に耐えられない人だっている。

 自分がどうにもできない領域を相手に、それでも一歩も下がらないのは格好いい? そんなわけがない。そんなものは勇気でもなんでもない。ただの蛮勇、愚かな行為だ。

 それなのに人は逃げないことを強要する。悪辣な風潮を顧みず、自分がその人に対してしたことの重さを考えず。

 なら、むしろ、逃げることこそ必要なのではないのか。

 本当の勇気とは、周りの間違った目など気にせず逃げることなのではないのかーー。


 そうして自分を正当化していたのは、やはり心のどこかで罪悪感を感じていたからだろう。

 逃げることそのものが悪だとは、今でも思っていない。展開した論理をーー言い訳と呼ぶものかもしれないがーー間違ったものだとも思っていない。

 だが俺が必死に正当化しようとしていた『逃げ』と、俺が行っている『逃げ』は別のものであると、知っていた。知っていて、そこから目を背けた。蓋をした。最初からなかったことにした。

 その際の言い訳は……そう。「面倒臭い」とか、「どうでもいい」だ。

 なんて馬鹿な言い訳だろうと、自分でも思う。でも、そんなものにすがるしかなくて、俺は逃げ続ける自分に順応した。


 そんな折だった。

 功刀の恋愛相談、という、ある種の事件が起こった。

 本当だったら即座に断っただろう。本当に嫌であったなら、全力で拒否しただろう。

 頭をひねれば、断るためのそれっぽい理由はいくらでも出てきたし、おそらく鈴丘なら、本当に本気で嫌がる奴に頼ろうとはしない。自己犠牲すら厭わない彼女は、それをしないだろう。功刀だって、あの瞬間テンパってただけで、少し待てば説得することは容易だったはずだ。開き直る能力を彼女は十分持っている。


 ーーそれなのに何故、俺は恋愛相談を受けた?


 恋愛相談を受けていき、最後、あの駅前で。俺はどうして、躊躇した。

 ビデオカメラに反抗の一部を収めるという、一つの結論に至っておきながら、どうしてさらに考えようと思ったのか。

 鈴丘が心配だったからか。功刀を見ていられなかったからか。

 どちらも違うと、そう断言できる。


 ーーでは何故、俺は甲斐を断罪した?


 合唱祭で。

 本気で有志合唱の人数を揃えるのであれば、俺が自ら参加するのも一つの手だった。

 だが俺が実際に取った行動は、間接的に人を集めるということだけだ。

 そして最終的な解決案に至っては、紫苑にその道標を作ってもらうというグズグズさ。結局したことは、彼の案をいじくりまわしたことだけ。

 頼まれたのはここまでだからと言って、すでに首を突っ込んだ案件を受動的にしかこなさない。


 ーー俺が、そんな中途半端な行動をとったのは何故だ?


 夏休み前には汐留から恋愛相談を持ちかけられた。

 今度の場合は、断るのは困難だったろう。あまりにしつこかったというのもあるし、奴には個人情報という最恐の切り札がある。どんなにうまく逃げたところで、結局は手伝わされることになったに違いない。

 だから問題はそこではない。

 最初は、汐留の想いと甲斐の真実。彼女の真実と、甲斐の想い。それらを知った時、俺は悩んだ。板挾みという言葉の意味を身を以て知るような体験。なかなかに貴重でありながら、そりゃ中間管理職は大変だよなぁと、現実逃避気味に思ったのを覚えている。

 そんな板挾み。具体的に、どんな気持ちに板挾みにされていたのだろう。

 最終的に俺が取った行動は、あまりに意味が分からない。

 何も知らないフリをするならそれでよかったはずなのだ。

 甲斐の真実を知りながら、それを口外せずに恋愛相談を受けることは、難しくともなんともない。

 汐留の行動に不審な点を見つけたからといって、わざわざ問い詰める必要もなかった。

 問い詰めた結果、一旦は間違った答えを得て。再びの邂逅で、汐留に謝罪した。甲斐にも、彼にとってはよく分からないであろうアドバイスもした。

 中途半端だ。

 特別な行動を起こす必要はなかったのに、わざわざ動いた。動いたら動いたで、その行動はどっちつかず。


 ーー俺が、そんな煮え切らない態度だったのは何故だ?


 思優理は言った。俺は逃げ切れていないと。

 その通りだ。俺は自分の問いを振り切ることができていない。

 必死に逃げようとして、事実、逃げるために自分を正当化するための論理も組み立てて。

 そこまでして、一番大元の、逃げることそのものに失敗してる。

 考え続けることが怖いのに。結論を得るのが怖いのに、己に問いかけることだけは止められない。

 羅針盤も航海図も持たずに船に乗り、自分の身一つでひたすらに広い大海原を漂う感覚。一目見ただけでも危険なのに、そこから逃れることができない。

 それこそ、思優理が言う『素質』なんだろう。

 人間であるために、考え続ける素質。考え続けなければ、どうともならない因果。考えないことを受け入れられない宿命。


 それを別にありがたいとは思わない。俺は特に、考えることが人間にある証だとは思っていないし、人間であることにそこまでこだわってない。

 だからと言って、突然体が黒光りするGになっても困るが、そういうことではなく。今の状態のままであるなら、人間だとか、そういう定義づけには全くと言っていいほど重きを置いていない。


 けれど。確かに、俺は考えることイコール人間という等式は持っていないけど。『人間』に特別な執着はないけど。


 己の問いには、向き合わなくてはならない。


 今まではずっと逃げてきた。

 逃げ切れはしなかったけど、それでも逃げてきた。

 外れかけた蓋を無理やり閉めて、外れたら外れたで、中身をうかがうこともせずにまた閉めた。

 日常のほんの些細な会話で開いて、それを閉めるのに苦労しても、ひたすらに目を背け続けた。

 でももう蓋はない。思優理が壊した。壊してしまった。あるいは、壊してくれた。

 もう目をそらすことはできなくなった。

 諸行無常の響きあり。あるいは、万物は流転する。

 状況は刻一刻と変わり続けている。その変化からは誰も、何も逃れることはできなくて。そして、やり過ごすことすら不可能になって。

 だったらもう順応するしかない。

 逃げ場がなくなってから初めて立ち向かうと決めるなんて、なんて無様なんだろうか。立ち向かうことが必ずしも格好いいとは思わないが、今の俺は相当格好悪い。ひたすらに無様だ。

 あてもなく、ただふらふらとしたこの身において。

 それだけは断言できる。



 ***



 すでに文化祭終了のチャイムは鳴って、各クラスや団体は片付けに追われている。

 祭りの余韻を抱え、飾り付けされた教室に名残惜しさを感じながら、いい文化祭だったと話す彼らは満足げだ。

 そんなどこか空虚さが漂う時間。慌ただしく暗幕を引き剥がし、ベニヤ板を運んで行くクラスメイトを尻目に、俺は一人教室を出た。

 日は沈み初め、影は長く伸びている。もうすぐで、この空間は闇が支配するだろう。

 あてもなく廊下を歩く。バタバタと通り過ぎていく生徒を避け。邪魔そうに見られたりしてのそのそと、ただ歩いた。

 足取りは重い。目的地のはっきりしない旅は、階段に差し掛かって一旦止まる。しばしの躊躇いの後、下に降りた。

 今までの俺の行動を思い出し、違和感を探り当てていた。

 過去の俺が無意識に疑問に思わないようにしていた、行動の数々。今日以前なら答えを出せなかった。いや、出さなかっただろう。それ以前に考えようともしなかったに違いない。

 だが、今は違う。


 ーー最初の恋愛相談を受けたのは、それが人助けであると同時に、自分の問いの答えがあるかもしれないと考えたからだ。


 ーー甲斐を断罪したのは、ある時の自身の問いの答えであったからだ。もちろん、あとからそれは否定された。


 ーー中途半端な行動ばかりだったのは、一旦出かけた答えを否定して、宙ぶらりんの感があったからだ。


 ーー煮え切らないことばかりしていたのは、その時の状況が、自身の問いに向けられる問題として、あまりに具体的に過ぎたからだ。逃避と思考を同時に行った結果、自ら無駄な問題を作って論点をずらすことになった。


 問いに絡んだから。深く考えると、問いにたどり着いてしまいそうだから。

「面倒臭い」「どうでもいい」と言葉を並べてきた。無理やり押し込めて、隠して、それ以上の場所に踏み込まないように手を尽くした。

 そうして背を向け続けた問いは。三年の時を経て、再び言葉になっている。


「"優しさ"って、なんだ……?」


 脳内を満たすその疑問が。

 かつては自分の信念だったその概念が。

 信じた結果裏切られたその絶望が。


 ーー思わず、口をついて出た。

作者の都合により、『最近の俺はコンサルタント』の更新は、十月いっぱいで一旦中断します。今回含めてあと三話ですね。


再開は来年の二月の中盤くらいを予定してます。


……だからどうか忘れないで。

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