54 冴えてる祭りの歩き方。
視聴覚室にて行われた劇、『ロミオとジュリエット』は、基本的には原作準拠だった。
原作準拠といっても、別に原作を読んだことがないので、どこまで正確なのかは分からないが、少なくとも大筋は捉えていたと思う。
違うところといえば、セリフが現代風になっているところと、ギャグ成分がプラスされているところだろうか。時々起こる笑いが、この物語が悲劇であるということから目をそらさせてくれた。
しかし目をそむけた現実は、いずれなんらかの形で目の前に現れる。
やがて訪れたラストシーン。
「死の毒」を使ったジュリエットを見たロミオは絶望し、自らを毒で殺す。
そして目覚めたジュリエットは、ロミオの短剣で自分の心臓を突く。
そのシーンはより力を入れて練習したのか、何か迫るものがあった。
こうして、ロミオとジュリエットの両家が和解し、劇は終わった。
一時間程度のを見終わった俺らは、視聴覚室を後にした。
「悲しい。悲しいお話だね」
鈴丘は号泣していたが。
試しにハンカチを渡してやったが、漫画みたいにチーンと鼻をかんで返されるみたいなことはなく、普通に涙を拭っていた。まあそりゃそうか。普通借り物のハンカチで鼻かんだりしないよな。
「確かに悲しい話ではあったけど、そんな号泣するほどか? ○月は君の嘘の方がよほど泣ける」
「武藤君泣いたのっ!?」
「これ涙を止めるほど受け入れがたい事実? お前は遠回しに俺のことを血も涙もない人間と言いたいのか」
だいぶ薄まってる感は拭えないが、一応俺にだって血も涙もある。そう抗議すると、鈴丘は違う違うと手と首を振る。
「なんか、武藤君が泣くところって想像できなかったから……」
「人の泣き顔想像するのかよお前」
「しないよ! 今日の武藤君ちょっと意地悪なんだけど!」
非難がましい視線。
まあ、朝、無駄に軽いテンションだったのをいじったりしたしな。確かに意地は悪いかもしれない。でも意地が悪いのはパッシブだと思う。
「まあ、俺のスーパーラノベタイムを持ってかれたわけだしな。仕方ないだろ」
「う……。それはごめんって」
「別な大して気にしてないけどな」
「じゃあわざわざ言う必要なかった気がする……」
完全に手玉に取られて顔をしかめる鈴丘。けどその中に楽しげな色を感じたのは、俺の気のせいだろうか。
「まあそれはそれとして。まだどこか回る予定でもあるのか?」
「うん。次は、こっち」
「そうか」
人の表情を読むのは、やはりそこまで得意じゃない。彼女の感情がどういったものなのか見とる前に先導は始まる。
起こった疑問はひとまず後回し。その甘美な響きを楽しみながら、俺は彼女の背中を追った。
***
鈴丘が練ったという、文化祭歩き方スケジュールに則り午前中は過ごした。
ロミオとジュリエットの後にはもう一つ、三年生がやる劇を見て、いい時間になったので、昨日に引き続きコスプレ喫茶で昼食を取った。
姉さんの「ハーレム計画進行中なのか〜? このこの〜」というからかいは総スルー。ちょっと鬱陶しかったが、飯は当然美味かったのでプラマイゼロだ。むしろプラス。
そうして次の劇を見ようと廊下を歩いていた時だ。迷子の女の子に遭遇した。
年の頃は四、五歳くらいだろう。ポツンと、今にも泣きそうな顔で周囲を見回すその様に、子供大好き鈴丘さんが瞬時に動いた。自分で作ったスケジュールなんかかなぐり捨てて、である。まあ鈴丘らしいが。
「どうしたの?」
顔の高さを揃えて問いかける姿はさながら聖母。
いや別にそこまでじゃないが、普通に優しく話しかけていた。
「あ、あのね。ママが、いなく、いなくなっちゃったの」
「そっか。大丈夫だよー。お姉ちゃんたちがちゃんと見つけてあげるから」
なでなでと。実に自然に女の子の頭を撫でて落ち着かせようとする。この光景、話しかけたのが俺だったら即通報だったんだろうなぁ。
世の中の不平等を嘆いていると、鈴丘が手はそのままに俺の方を振り返ってくる。
「どうしよう」
「先生見つけて丸投げ。もしくは文化祭本部に直行だな」
なにをそんな簡単なことを。と思ったが、どうも迷子の女の子に感化されて微妙にテンパってたらしい。しっかりしろよお姉さん。
「そだね。ああでも、丸投げはダメだと思う」
「真面目か。なんにしても、文化祭本部目指すのが一番手っ取り早いと思うぞ」
「うん。……それじゃあ、私たちについて来てね。君、お名前は?」
「ゆ、ゆうか」
「そっか、優香ちゃんか。私は可憐で、こっちのお兄さんは飛雄馬っていうんだー」
「ほし?」
「う、うーん、似たようなものかな……」
「似てねえよ」
つーか、なんでそれ知ってんだよ。世代が違うどころの騒ぎじゃないだろ。
だがまあ、迷子の女の子、もとい優香ちゃんにも少し余裕が出てきたらしい。目に溜まってた涙はすっかりなくなっていた。
「そういえば武藤君。私、文化祭本部がどこにあるのか知らないんだけど、分かる?」
「愚問だな鈴丘」
「そだよね。知ってるわけないよね」
「いや、知ってる」
「知ってるの!?」
「いや、昨日暇すぎて、わりかし隅々まで見たからな。文化祭本部なら分かる」
「そ、そっか。じゃあ案内よろしく……」
なんとも複雑そうな表情を浮かべながら、鈴丘は優香ちゃんと手をつなぐ。それを確認してから、俺も歩き始めた。
文化祭中の廊下は人口密度が高い。劇が始まるのを待つ行列や、単純に大人数で来てる人。あとは無駄にテンションの上がった在校生。これだけ人が溢れていれば、優香ちゃんが親とはぐれたのも納得だ。
おいおい親しっかりしろよ。このご時世、幼女なんかマジでどこに連れて行かれるか分からないぞ。特に西倉あたりに出くわさなくてよかったよかった(偏見)。
鈴丘は、優香ちゃんの緊張を解そうと色々話しかけているらしい。繋いだ手を離さないように。そして優香ちゃんが人混みに揉まれないように最大限の配慮をしてるのが見えた。
「優香ちゃんは、何歳なのかな?」
「よんさい!」
「そっかー、四歳かー。四歳にしてはしっかりしてるねー。泣かないのは偉いよ」
「あのね。ゆうか、ママにあっちいってくるってゆってね。それでね。バーンってかいじゅうが出てきてね。きゃーって逃げたの。そしたらママいなかったの」
「そうなの。どんな怪獣?」
「くろかった! くろくてギラギラしたお月様持ってた!」
「お月様?」
「くろい棒がついてるの。お月様がギラギラしてるの!」
「そっかー」
さすが鈴丘。四歳児特有の滑舌の悪さ、話題のぶっ飛び性、訳の分からん説明をものともしない。自然に合わせて笑顔を絶やさない。
つーか、迷子になったの、主に動き回っちゃった優香ちゃんのせいなんじゃないの。あと怪獣はたぶん、うちのクラスの劇の死神だ。お月様は大鎌のことだろう。確かに黒くてギラギラしてる。
そうして行けば、さして障害もなく文化祭本部には辿り着いた。
小会議室を用いているそこは、特に散らかっているわけでもない。ついでにひと気もないので、騒がしい校内においてどこか異質だった。
「あの、すみません。迷子見つけたんすけど……」
開いてる扉を一応ノックしてからくぐる。
中には文化祭実行委員と見られる男子生徒二人と、教師が一人。確か、永峯先生だったはずだ。音楽教師の。
「迷子……?」
相変わらず半開きの瞳を俺の後ろに持って行き、「ああ」と呟く先生。
「まさか犯罪かと思ったけれど、鈴丘さんがいるなら違うみたいね」
「先生、今サラッと俺の心抉りに来たのなんでですか? 思っても言わないみたいな心遣いしてくださいよ。教師でしょ」
「教師だって一人の人間よ。それに、犯罪でなくても面倒ごとには変わりないもの。邪険にしても文句は……」
「あるに決まってると思うんですけど。明らかにおかしいと思うんですけど。言動が教師らしかぬものばっかで自分の耳を疑うわ」
なんなのこの先生。こんな性格してたっけ。毒舌キャラってのは超絶美少女がやるから許されるのであって、年齢不詳の女性教師がやっちゃいけないからね? つーか年齢不詳のの女性教師が毒舌ってマニアックな大人ビデオっぽいんだけど。どうしてくれる。
永峯先生の教師を完全にやめたセリフにたじたじしていると、文化祭実行委員の男子生徒が耳打ちしてきた。
「吹奏楽部の演奏を見に行きたかったらしいんだけど、ちょうどここにいないといけない時間とかぶっちゃってて……」
それで不機嫌なのかよ。子供か。
優香ちゃんと会話をしていた鈴丘も、「どうする?」という視線を向けてくる。
しかし不機嫌とはいえ、子供を預ける選択肢なんてここ以外にはないわけで、
「永峯先生、一応この子預かってもらっても……」
「ええ、それは構わないわ」
恐る恐る口に出すと、あっさり要求は通ってしまった。
なんだ、話せば分かるじゃないか永峯先生。さすが教師。伊達に有志合唱に力入れすぎて、人の集まりを悪くしてない。あの節は大変だった。
「ーーただし」
しかしあっさり通ったはずの要求には何か条件が必要らしい。
なんだよ、やっぱり話しても分からないじゃん永峯先生。さすが教師(皮肉)。
「なんすか?」
聞いとかないと話が進まなそうだったので問うと、永峯先生は眠たげな瞳のままなんということもなしに言った。
「そのこの子面倒はあなた達が見なさい」
「…………」
いや、なんでですか。
***
優香ちゃんの母親を呼び出す放送を入れて戻ると、文化祭本部は大きく二つのグループに分かれていた。
優香ちゃんを預かる鈴丘グループと、永峯先生率いる文化祭実行委員グループだ。簡単に言うと、優香ちゃんの相手は鈴丘一人がしていた。
まあ、あの子供を扱うテクニックは早々真似できるものじゃないし、こうなるのも分かる。
「けど、丸投げってどうなんだよ……」
「私たちが面倒見るってことなんだし、仕方ないよ」
そういう条件を出してくる教師ってどうなんだよって意味なんだけど。本人がいいならいいか。
「それより、放送は入れてきた。文化祭本部の場所さえ分かればすぐに来るだろ」
「うん、ありがと。ごめんね、わざわざ」
「俺らで役割分担しなきゃいけない以上、これが最善だ。子供の扱いはお前の方が上なわけだし」
「武藤君も結構懐かれる方だと思うけどなー。ボランティアの時もそうだったし……ああ、ごめんね、優香ちゃん。しりとりしてたんだよねー。河童からだったから……パールで」
「る? る、る……」
四歳児にはちょっと難易度が高めの遊びをしていた。
「る」から始まる言葉なんて、そもそもあまりないんだから、優香ちゃんには少し難しいだろう。
三十秒くらい経っても全然出てこないらしく、見兼ねた俺は助け船を出す。
「俺がヒント出そうか?」
「だす!」
「おお、即答か……」
堪え性ないなぁ。
「まあいいか。ゲームとか遊びで、決まりごとあるだろ?」
「決まりごと?」
「おう。例えばしりとりなら、「ん」がついたら負けとか。それのことを何て言う?」
「ルール!」
「だとよ鈴丘」
「うーん、なんか釈然としないけど……。じゃあルビー」
「び、び、び……びー?」
再び固まる優香ちゃん。その瞳はチラチラと俺の方を見ている。
「ヒントいるか?」
「いる!」
うーん。ヒント出すのは構わないが、これがきっかけで困ってたら誰か助けてくれると思い込んでしまう可能性も……。優香ちゃんの将来を考えるのであれば、あえて考えさせるという手もある。
けどいいか。しょせんしりとりだし。
「お金持ちのことを何て言う?」
「お金持ちー?」
「そうだ。なになに待遇とかよく聞くな」
「わかんない」
「分からないか……」
さすがに四歳児にビップは出てこなかったか。なら仕方がない。俺は優香ちゃんに耳打ち。言葉の意味をよくわかってないようだったが、構わずに口にした。
「びっぷ!」
「な、なんかズルい気がする……」
「何言ってんだ鈴丘。四歳児に、大人気ないぞ。次は「ぷ」からだな」
「えー? ぷ、ぷー? あ、プラス!」
鈴丘のセリフを聞くや否や、俺は即座に優香ちゃんに耳打ち。
今度は言葉の意味が分かったようで、さっきよりも顔を明るくして口に出す。
「スープ!」
「ぷ、プレーンヨーグルト!」
耳打ち。
「とっぷ!」
「武藤君性格悪いっ!」
「何言ってんだ。しりとりにおける常套手段じゃねえか」
「お姉ちゃん、ぷー」
「ぷ」攻めに悲鳴をあげる鈴丘に、あくまで優香ちゃんは逃げを許さない。悪意が全くない分、逆に恐ろしい。
そんなある意味拷問と言えるような状況は、すぐに終わる。
「あのー。放送聞いて来たんですが、ここに優香は?」
「ママー!」
申し訳なさそうに小会議室を覗く女性。永峯先生より老けて見えるが、それでもそこまで歳をとっているようには見えないその人に、優香ちゃんはすぐに反応。椅子から降りて猛然とダッシュし、そのまま抱きついた。
「こら優香。勝手に行かないようにって言ってたでしょうっ」
「優香ちゃんと言ったよ。向こう行ってくるって」
「そんなの聞いてません!」
「言ったもん」
あー、あるある。ちゃんと言ったのに親が覚えてなくて「聞こえるように言わないお前が悪い」って言われること。逆にこっちがよく聞こえないって状況だと「ちゃんと聞いてないお前が悪い」って言われるんだよなぁ。なんだろあの理不尽。
けどまあ、今回に関して悪いのは優香ちゃんだろう。だから助けを求めるように見られても困る。
と、そこで優香ちゃんの母親は俺たちに気がついたらしい。
「どうもすみませんでした。ご迷惑をおかけして」
「いえいえ。私も優香ちゃんと話せて楽しかったですから。ね、優香ちゃん」
「楽しかったー」
頭を下げる母親に対し、優香ちゃんはどこまでも無邪気だ。
「優香も、ちゃんとお礼言いなさい。ありがとうは?」
「ありがとー」
「うん。どういたしまして」
そうしてお礼を言った後、さらに優香ちゃんは無邪気に、
「お姉ちゃんとお兄さんは付き合ってるのー?」
「へっ?」
完全に意表を突かれて間抜けな声を上げる鈴丘。おいおい、この子ませてるぞ。女の子はいくつでも恋バナ大好きなのか。
優香ちゃんの母親も、この質問は止めるべきか止めないべきか迷っているようで、困ったように優香ちゃんと鈴丘とを見ている。
数秒固まった鈴丘はその表情に再び優しい笑みを浮かべた。
「ううん。まだそういう関係じゃないよ」
「……。えーと、その言い方だと、いつかはって感じに受け取られるから止めような。気をつけような」
びっくりするなぁ。もう。
***
「で、これからどうすんだ?」
「うぅーん。もう観ようと思ってたやつはじまっちゃったしなぁ。武藤君はどうしたい?」
「ラノベ読みたい」
「それ以外で」
柔和な笑みでバッサリと切り捨てられる。
優香ちゃん迷子事件は無事解決し、今はひと気の少ない廊下を鈴丘と並んで歩いてるところだ。
劇は、公演する時間がだいたい被ってるらしい。廊下に溢れてた人は、ほとんどがその劇を観てるのだろう。
静かなのはいいことだが、観る劇は全て公演中で途中参加不可となれば話は別だ。完璧だった鈴丘スケジュールも崩れ去り、ただただ暇な時間が訪れていた。
「ラノベ以外って言われてもな。実際することはほとんどないわけだろ? どうしようもなくねえか?」
「でも劇とかの公演じゃなくても、展示とかあるじゃん。そこらで見たいのない?」
「ない。逆に聞くが、お前は?」
「……一応あるけど」
なぜだか言い淀む鈴丘。不思議に思い見ると、一瞬目があってから逸らされた。
「なんだよ」
「りょ、料理研究同好会の展示を……」
ちょっと頬を染めて恥ずかしそうに言う。でも何が恥ずかしいのか、俺にはてんで分からない。
「ほら、なんか変にアピールしてるみたいでどうかなって思ったりとか。あとは、 武藤君興味ないだろうなって……」
「そんな言い訳しなくても……。興味ないのは本当だけど、逆に俺の興味のあることの方が少ないぞ」
あと変にアピールってなんだ。
最後の疑問は口に出さなかったが、俺の興味うんぬんに関して鈴丘は呆れ顔。
「そうだった。武藤君ってそういう感じだった……」
ため息をつき、諦めの境地を覗かす鈴丘はなぜか優しい笑み。母親かとツッコミそうなのをこらえ、いつも通りの無表情で言う。
「だろ? 俺の興味があることなんてアニメ関連とかくらい……」
「ーーそう? キミはどちらかというと、割と色々なものに興味を持つ方だったと、そうボクは記憶しているけれど?」
おちゃらけた言葉は、背後から不意に投げかけられた声で打ち止められる。
咄嗟に生まれた焦りによって、反射的に振り返り。さっきまで気配なんて微塵も感じなかった背後に人影を認めた瞬間。
「ぅおっ……!」
予備動作なしで放たれた上段回し蹴りの衝撃が、防ぐために構えた腕に伝わった。
ミシリと音がしそうなほど鋭い威力。全身で衝撃を吸収して、なんとか体勢は崩さずに済む。
そんな容赦のない攻撃をしておいて、俺の目の前に現れた少女は涼しい顔を少しも揺らがせない。
「とりあえずは、久しぶり、と言っておこうか。飛雄馬」
あくまで好意的に言った彼女はよく知った顔だ。
俺がこの世で最も苦手な空虚な笑みが、そこにあった。




