5 心休まらない休日
評価、感想、レビューお願いしまっっっっっす!
土曜日。
三度寝をしていたら十時半に目が覚めた。
金曜日から土曜日にかけての夜にはいくつか視聴しているアニメがあるのだ。
次の日が休みなので、俺はリアルタイムで観るようにしていた。次の日が学校なら控えるが。
ちなみに『俺の幼馴染が一途すぎる』は毎週金曜の二十五時半から放送だ(つまり土曜の一時半)。面白かったです。
「ふあ……」
布団から起き上がるとまずは特大のあくびをした。
ボーッとする頭でガシガシ頭をかきながら階段を下りて洗面所に行く。途中二回ほど転げ落ちそうになった。
顔を洗うとそんな頭もスッキリする。靄が晴れていくようだ。
そのまま着替えて、リビングの扉を開けた。誰もいない。
リビングどころか他の部屋からも人の気配がしなかった。
もしかして俺以外の時間が止まったのかとスマホを確認すると、いくつかのメールが来ていた。親父は仕事、母さんは買い物、姉さんは大学のオープンキャンパスらしい。
その中には宅配便が来るから荷物を受け取っておいてくれという内容もあった。母さんからのものだ。
「いやだったら宅配便来てから買い物行けばいいんじゃねぇの?」
ボソっとつぶやく。
人使いが荒いとでもいうのだろうか。もしくは俺のことを信頼しているとか。後者であってほしい。
だが母さんは俺が起床するのが遅いことは知っている。俺が寝ているときに来たらどうするつもりだったのだろうか。
ボリボリと頭をかいているとチャイムが鳴らされる。
どうやらギリギリだったようだ。
何が来ているのかは分かっているので、ろくにインターフォンも確認せずに玄関を開けた。
「おはよー」
「おはよ」
白い七分袖のチュニックを着た鈴丘と青いジャージの功刀がいた。
即座に玄関を閉める。
鍵をかけるのも忘れない。
さらにチェーンもつけた。
ふう……これで安心。俺の防犯意識の高さが武藤家を救った。セコ○やアル○ックもびっくりだ。
するとドンドンと玄関ドアを叩く音がする。
「ちょっと!なんで閉めるのよ!」
外から㓛刀が叫んだ。かなりの声量で、ドア越しでもはっきりと聞こえてくる。無視する。
「…………」
「ねえ、聞いてるの!?」
シカトする。
「…………」
「ちょっと武藤!?」
うるせえな。仕方ないので返事をしてやることにする。
「うるせ。だいたいなんでお前ら当たり前のようにいるんだよ。玄関開けたらサ○ウのご飯か」
「誰がサト○よ! いるのは分かってるんだから今すぐ開けなさいっ!」
「お前は闇金か」
「違うわよ!」
「ちょっと㓛刀さん。少し静かに。近所迷惑になるから」
扉の向こうで鈴丘が㓛刀をなだめる声が聞こえた。
俺も家に来られるのは迷惑なんだが。
功刀はしぶしぶだったが静かになったようだ。
「で、なんで来たんだよ。というかなんで俺の家知ってるんだよ」
「お菓子作りのとき自分で近所って言ってたわよ。アンタ」
呆れたとでも言いたそうな功刀の声。そうだった。不覚……。
なんだろ、身元を特定された指名手配犯ってこんな気持ちなのかな。
「何で来たのかっていうとね、昨日の夜功刀さんとメールしてたんだけど」
「ほう……」
こいつら、いつの間にかメールアドレスを交換したのか。
LINEの方が楽な気がするが。あれは同じグループに入ってれば、メンバーリストから連絡取りたい相手とトークができるのだ。だからアドレスとか関係ない。クラスのグループがあるんだからその点はなんとかなるはずだ。
あれ? でも、それだと俺にも連絡取れたはずだよな? せめてアポは取ってほしかった。そうすれば何処かに逃げられたのに。
「それで、校外学習に着て行く服を買いに行こうってことになったの」
「おう。行ってくればいいじゃん。女子二人で」
「いや、武藤君にも一緒に来てもらおうと思って」
そんなことだと思ってましたとも。ええはい。
だが一つ気になることがある。
「なんで俺まで行かないとなんだよ」
「は? 男子の意見をもらおうと思ったに決まってるじゃない」
俺の疑問に㓛刀が答える。相変わらず偉そうでもう慣れた。
「ええと、突然で悪いんだけど……頼めるかな?」
対する鈴丘も通常運転だな。冷たく接っされた後に優しくされると心にしみるよな。
まあそれでも行きたくないわけで、そして今の俺には小さな使命があるわけで。母さんに感謝。
「悪いが宅配便が来ることになってる。家に誰もいないから俺がいないとなんだ」
「宅配便? それなら今来たんじゃない? 家の前にトラック止まったよ」
「え? マジで?」
玄関を開けて確かめてみる。
たしかにトラックが止まってた。
それだけではなく宅配業者の人がうちの門まで来ていた。目をパチクリしている。
俺はしばし固まり、そして脱力するしかなかった。
***
電車に揺られてたどり着いたのは隣町。
鈴丘と㓛刀から三歩下がって駅を歩く。
かなり混んでる。人混みがすごい。普通に家で過ごすより、体感温度が五度くらい上がってるような気がする。暑い。
久しぶりに休日に外出した。
具合的にどのくらいぶりなのかは覚えていないが、一ヶ月以上ぶりだと思う。
そんな俺にこの人混みはキツイ。二人を見失わないようについて行くだけでもかなり疲れる。もはや苦行だ。これを繰り返していれば全ての煩悩から解き放たれて僧になれるかもしれない。そしてゆくゆくは仏に……。まあ別になりたくはないけど。
そうやって下らないことを考えてないと心が折れそうだった。
帰りたいなぁ……。
鈴丘と㓛刀は仲良く話しながら歩いてる。ずいぶんと楽しそうだ。ガールズトークという感じがする。
だが二人の会話はクラスの女子みたく、頭の悪そうな印象はない。笑いかたが上品だからなのかもしれない。ギャハハではなくてクスクスというような。
そうしてしばらく行くと巨大な建物が見えてきた。
「おぉ……」
高校の校舎よりももう少し大きい。ちょっと圧倒されてるくらいには巨大な建物だ。
「何アンタ、間抜けな声出して。何も特別なことなんてないでしょ」
㓛刀に毒づかれた。
え、特別じゃないの? この大きさの建物が?
「いやー、でもここまで大きなショッピングモールもそんなにないんじゃないかなぁ。大きいだけじゃなくて、たくさんお店も入ってるし」
「えー。でもそれはアメミヤだったら当たり前じゃん?」
アメミヤ、という単語に聞き覚えがあった。
なんだったっけかなー。アメミヤ…アメミヤ……。
雨宮だったら『俺の幼馴染が一途すぎる』のヒロイン役の声優さんだけど……。でも違うよな。
じゃあなんだろう、と考えたら思い出した。親がよく買い物に行くところだ。あそこは特別大きいからいろいろ捗るわーとか言ってた。
……特別なんじゃん。
「そういえば武藤君、ここアニメショップみたいなの入ってたよ。好きでしょ?」
「ああ確かに好きだが、学校の近くにも普通にあるからわざわざここに来る必要はないな」
「そ、そうなんだ、学校の近くに……。初めて知った」
「知ってる人の方が少ないと思うわよ、鈴丘さん。私も知らないし」
「あ、ちなみに一店舗だけじゃなくて三店舗くらいある」
すると功刀の目が驚愕へと見開かれた。
「そんなに!? オタク怖っ!」
「おいこら。俺なんかをオタクにしたら本物に失礼だろうが。オタク様に向かって土下座しろ」
そんな雑談をしながら店の中に入る。
外から見ても圧巻がったが、内部もかなり広い。それに鈴丘の言うとおり、多くの店が入っているようだ。わんだふる。
ただ一つ問題を上げるとすれば、中も人混みだということだな。
駅での悪夢再来。なんで人ってこんなにいるんだろう。一人見かけたら、百匹いると思えってことなのか? なんだそれ、名前を言ってはいけないあの虫か。具体的にはゴキブリか。
しかし、本当にたくさんの店がある。服屋なんていくつ見たか分からない。こんなにあってどうすんのかね?
と、二人が店に入った。
功刀はそのまま一人で物色し始める。
俺も特に何も考えずついて入る。
バリバリの女性服エリア。ちょっと右を向けば女性下着のエリアが見えた。
普通の男子なら気まずくなってしまうところだが俺は違う。両親が共働きのため、我が家はそこらへんの家事は子供任せだ。だからしょっちゅう洗濯物を畳んでいる。もちろん姉さんの下着も。そのせいで、女性下着は見慣れてしまった。女子が直接つけてないならなんとも思わない。
「で、俺は何してればいいんだ?」
「うーん、選んで来るまでは待っててもらうしかないけど……」
「分かった。じゃあ待ってる」
待つのは得意だ。正確にはボーッとすることが得意だ。
「うん。あ、なるべく早く選ぶからね」
「おお、そうしてくれ。早く帰りたい」
「あ、ははは……」
鈴丘は苦笑いをすると、服を選びに行った。
というわけで待つことになった。
ぶっちゃけ自分たちで選ばなくても店員に頼めばやってくれると思うのだが、まあいいか。
近くにあった柱に寄りかかってボーッとする。
すると通りかかったご婦人やカップルに不審者を見る目で見られた。
違うよ。付き添いだよ。何もしないからね、安心して。その証拠にほら、普段から何もしてないよ。
周りからの視線に耐え、ついでに慣れてどうでもよくなってきたころに、二人が戻って来た。
「武藤! これなんかどうかしら?」
見ると功刀はいくつか値札のついた服を着ていた。
襟付きのシャツにカットソーカーディガン。ジーンズを履いてカッコイイ女性という風ないでたちだ。雑誌で見たまんまみたいな感じだが、そこそこ似合っていた。
でもなんというか、山にカレー作りに行く格好じゃないなぁ……。いや山にカレー作りに行く格好がなんなのかもよく分からないんだけど。
「なんか、校外学習っていう格好じゃないな」
「うん。渋谷で買い物してそうな感じだよね」
「ええ!?」
というわけで功刀、選び直し。
立ち去るときに「自信あったのに……」という声が聞こえてきて、鈴丘が申し訳なさそうな顔をしているのが印象的だった。というかそもそも、そういう試着の仕方って大丈夫なの?
さて次は鈴丘の番である。
「こんななんだけど……」
そう言って鈴丘は自分が考えたコーデの写真を見せてくる。そんな鈴丘は少し自信なさげだったが、コーデ自体はよくできていたと思う。別にそこらへん詳しいわけではないから、むしろ俺の方が自信なかった。
「これに、これを合わせたらいいと思うんだ」
青みがかった膝丈くらいまであるワンピースの写真と、薄い黄色のボレロの写真。あとは山の中でも動きやすそうなブーツの写真だ。
これを全部合わせれば、森ガールのようになりそうだ。山にいてもおかしくないだろう。
ただ。
「いいとは思うけど、これって功刀に似合うか?」
「あ、そうか……」
あいつの髪型的に、そして性格的に似合わない気がした。
「鈴丘が着れば似合うだろうけど、功刀は色々な方面からダメだろ」
「え!? あ、うん」
鈴丘は一瞬驚いたような声を出すと、少し顔を赤らめた。
まあ、自分に合うように選んで来ちゃったらちょっと恥ずかしいよな。
というわけで、鈴丘も選び直し。
鈴丘はまだ顔を赤らめたままパタパタと去って行った。
どうでもいいけど俺のポジション、ものすごく偉そうじゃない?
ボーッとして、二人が選んで来たらダメ出しするだけなんだけど。下手したら功刀よりもよっぽど偉そうだ。何もしないことこの上なし。
まあ、何もしないのなら天職と言えるんだが。
将来はこういう仕事に就きたいと思いました。
***
なかなかこれだ! というものが出てこないで、そろそろ十三時になる頃だ。
朝食をなし崩し的に抜いてしまっている俺の胃袋もそろそろピンチ。腹の虫が鳴く鳴く。
さっさと決めて帰りたい。
「それは山にカレーうんぬんとか、功刀に似合う似合わないとか以前に、ファッションとしてどうなんだ?」
「うん。そうだよね……」
「ジャージ着てる私が言うことじゃないけど、あまり……」
二人も覇気が足りなくなってきた。限界が近い。
脳のブドウ糖が消費されてきたのか、頭の働きも悪くなっている。そのせいでさっきからファッション的にどうなの? というものが多数である。
誰がどう見たとしても手詰まりだ。
「なんか、思った以上に上手くいかないね」
「そうね。もうちょっといけると思ったのに。なんかさっきから店員さんがこっち見てくるし」
それはお前がむやみやたらに試着するからだよ。店に迷惑かけてるから。なんでだろみたいな顔すんな。気づけ。
「まあこのまま続けてても意味はないよな……。店員に頼むか」
何の気なしに言うと二人は表情を明るくした。
今までの鬱な空気が超速変形してフレッシュなフレグランスになった。店員すげぇ……。
「そうよ! その手があったじゃない!」
「盲点だったねー」
「お、おお? そうか?」
どうやら店員案は大絶賛のようだ。
ぶっちゃけ他人に丸投げするだけなのだが、まあいいだろう。店員にとってはそれも仕事だ。それにダメな時は人任せ。結構じゃないか。
***
店員に任せるとすぐに決まった。
やはりプロは違う。
俺にはよく分からなかったが、女子二人相手には様々なアドバイスもしてくれた。
これであとは校外学習当日を待つだけだ。