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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
59/75

53 曰く

 *??視点*



 かの有名な数学者パスカルは自身の著書「パンセ」においてこう語っている。

 曰く、人間は考える葦である、と。

 人間はひどく脆く壊れやすく、一人で生きていくことは不可能だが、それでも考えることが出来るというのは偉大である。そんな意味だったはずだ。

 しかしこの言葉は、裏を返してみればまた違った意味を持つ。


 ーー考えなければただの葦である。


 思考の放棄、思慮の欠如、あるいは熟考からの逃避。

 考えることをやめた葦は偉大でもなんでもない。むしろ愚かしいただの葦へと成り下がる。

 ただただ脆く壊れやすく、一人で生きていくのが不可能な者など、存在する価値すらない。

 人間が人間である所以。すなわち考えることをやめた瞬間、人間は人間ではなくなるのだ。

 それなのに、ただの葦のなんと多いことか。

 思考停止したこの輩は、人間の世であるはずこの場所に掃いて捨てるほど溢れている。

 学生、サラリーマン、教師に至るまで。

 ソクラテスは無知の知を説いたが、思考停止した世に気がついた時ほど、この言葉を正しいと感じたことはない。自分は考えていると信じ込んでいる輩ほど、その実何も見えていないのだから。

 自分を「人間」だと信じこみ、それについて考えないのは、ただの葦よりも愚かだ。


 だからボクは考え続ける。人間であり続けるために、ね。



 *武藤飛雄馬視点*



 文化祭中の朝は早い。会場前の準備ということで、普段より一時間早い登校となる。

 昨夜、遅くまで紫苑の愚痴を聞いていた俺としては朝が少々辛い。とはいえ、親友の失恋だ。意図せずとはいえ告白の瞬間を覗いてしまった手前、無視することもできないし、するつもりもない。結果、だいぶ気持ちは楽になった様なのでいいだろう。

 そんな風に結論付けて教室のドアをくぐると、すでに集合時刻から五分ほど過ぎていた。


「武藤君、五分遅刻」


 ふざけた調子で指摘するのは、今日も今日とて文化祭スタイルの鈴丘だ。

 あまり似合わないいたづらっぽい笑みを浮かべた彼女は、いつになく軽く絡んでくる。


「武藤君いけないんだー。先生に言っちゃおーっと」


「なんだよそのノリ、小学生か」


「小学生じゃないです。高校生の女の子です」


 普段とは違うノリを不思議に思いつつ、ぐるりと教室内を見渡す。普段より一時間早い時間にしては、かなりの生徒が登校してきてる。文化祭ということも関係しているのだろう。

 だがそれにしても、


「遅刻してる奴、結構いると思うんだけど。俺が責められる所以はないだろ」


「いやいやいや、遅れて来てるのは事実だよ。別に責めるつもりはないけどさ」


「そうかい。まあ言いつける相手が先生ってのもなんかな。幼稚さが見えるよな」


「む、昔からある言い回しじゃん」


「昔からあるってフレーズから漂う年寄り感は異常だな」


「ままならない!?」


 なんとか俺の追求から逃れる鈴丘は、最後には諦めて叫んだ。頬は薄っすらと染まっていて彼女の羞恥が伺える。


「そう。らしくないことをすると、後で思い返した時に恥ずかしい思いをすることになるんだ。人はそれを、黒歴史と呼ぶ」


「たぶん武藤君が何も言わなければ自然に忘れてたよ!」


 非難がましい視線を感じるが、しかし俺は俺で言い分がある。


「いや、実際黒歴史っていうのはその時は黒歴史になるなんて思っちゃいないんだ。むしろ自然と忘れてたと思われる記憶こそ、黒歴史であると言ってもいい」


「……嫌に実感こもってるけど、何かあったの?」


「鈴丘よ、じゃあ逆に聞こう。何もない人間っていると思うか?」


「……そだね。何もない人はいないよね……」


「だよなぁ」


 なにもない人間なんてこの世にいない。基本的に誰しも黒歴史は抱えているし、現在進行形で黒歴史を生産してる奴もいる。


「うまるーーんっ!」


 その最たる例である西倉は、相変わらずわけの分からん挨拶で教室内にゲットイントゥー。言い訳できないレベルで干〇妹うまるちゃんの効果音だなぁ。結構派手な感じだったが、慣れとは恐ろしいもので教室にいる連中は誰も振り向かない。

 ただ、そんな事を気にしないのが西倉なので、教室内に入った後全身で「命」を作った。


「あ、グッドモーニング武藤!」


「ぉぅ。ぉはょぅ」


「なんで小声!? 元気が足りないぞ!」


「いや、元気はそんなない。つまりいつも通りだ。小声なのは、単純にこいつと知り合いって思われたくないなぁって思っただけだ」


「なんだよぉー。恥ずかしがっちゃってぇー!」


「お前の『恥ずかしがり』の定義広すぎるだろ。元か」


「あ、それ知ってる! あれだろ! あの、あれ、あれだろ!」


「どれだ」


「あれだよ!」


「だからどれだ」


「チンギス・ハンが建国した大帝国だよ……」


 あれあれ言いすぎて、もやは頭がアレな西倉に、見兼ねた鈴丘が助け舟。元の正体を聞いた西倉はうんうん大仰に頷いて「なるほど……」と呟く。


「別に、言われなくても知ってたんだからね!」


「朽ちろ」


「なにゆえっ!?」


 いやだって、未だに「命」ポーズのお前にツンデレされても萌えないし。そもそも西倉別に美少女じゃないし、性別男だし。様々な要素が絡まり合って一つになった結果、西倉は朽ちた方がいいという結論が導かれた。つーかこいつバランス感覚いいな。いつまで「命」なんだよ。


「そんな事よりだ、武藤」


「文化祭、一緒には回らないからな」


「思考を読まれた!?」


「不本意ながらな」


 次の瞬間にはなにをしでかすか分からない西倉の思考が読めてしまうだなんて、なんて不名誉な事なんだろう。ああ、俺ももう終わりかもしれない。

 まあそれはさておき、


「だがしかぁしっ! お前は俺と一緒に回らなければいけないのだぁ!」


 こんな事言い出した西倉の相手をしなければ。


「どうしてそうなる?」


「さあ? どうしてだろうな?」


 なるほど、セリフだけ見れば焦らしスキルに長けているように思える。

 けど、焦らしスキルを使う西倉の顔はガチだった。


「お前、脊髄反射で喋るなよ……」


「あれ、どうしてバレた?」


「あっさり認めんな。せめて悪びれろ」


「あっちょんぶりけ!」


「ケンカ売ってんのか」


 やっぱり俺がこいつの思考を読めたのって錯覚なんじゃないの? そう思い始めるほど、西倉の言動が暗闇からパンチすぎて絶望しそうになる。完全に予測不可能。回避不能。カウンターはもちろん、先制攻撃すら許させない。それはさながら酔拳。

 自らと相手の間に開いた、絶対的な実力差、もとい知能差に絶望していると、横から上がる笑い声がある。

 見れば鈴丘が口元を押さえて笑っていた。


「二人とも、仲良いね」


「鈴丘よ。冗談でも言って良い事と悪い事があってだな……」


「こいつと俺が仲良いってぇ!? はっはっはっ! 妖怪のせいだな!」


「お前のそれは肯定なの? それとも否定か?」


 大変不本意な勘違いをされ、それを正そうとするも西倉がボケて邪魔してくる。それにツッコめばまた鈴丘がまた笑い出す。

 どうも無限ループにはまってしまったらしい。

 だから勘違いを正そうとするのを止めてみる。すると一応終息した。


「あと、ごめんね西倉君。武藤君は、今日の文化祭、私と一緒に回るから……」


「え、いやそれ初耳なんだけど……」


 今日は一冊だけだがラノベを持ってこれている。久しぶりに忘れなかったのだ。だから読書時間を設けるのは必然で、誰かと一緒に回るつもりなんて欠片もない。が、


「ダメ?」


 そう聞かれてしまうと、はっきりダメだと言えないのが日本人のサガ。「いや、ダメというか、困るというか……」とモゴモゴした言い訳は通じない。

 稀に見せる強引さを見せて鈴丘は、


「じゃあ、決まりね!」


 と一緒に回るのは決定事項に。

 ああ、俺のラノベタイムが……。嘆いている中、西倉の俺に対する殺意の瞳だけはガチだった。



 ***



 九時になり文化祭が始まるなり、俺は鈴丘と一緒に教室を出た。

 鈴丘は昨日働きづめだったらしく、今日はまるまる休みらしい。かくいう俺も、シフト表のミスにより、初日の最初にしか仕事がなかった。存在を忘れられていたとは、思いたくない。


「で、どこ行くんだ?」


 一緒に歩いてはいるが、目的地について何か聞かされているわけではない。どこに向かっているのか気になり尋ねてみた。


「内緒っ」


 しかしそんな答えが返ってくるだけで、はぐらかされてしまう。

 口にこそ出さないが、文句を心の中ではガンガン垂れ流していると、やがて目的の場所にたどり着いたのか足を止める鈴丘。見ればそこは視聴覚室。片山が、劇をやるなら取りたかったと言っていた教室だ。

 そこにはすでに何人か人が並んでいて、劇に対する期待値が伺える。


「ロミオとジュリエット、か」


 立てかけられた看板には明朝体でそう書かれていた。

 定番中の定番。学園物の、漫画やラノベ、およびアニメにおいて、どんな劇にするか迷った作者が「もうこれでいいや!」という勢いだけで使うことの多いロミジュリ。

 実際それで結構本編に関わってきてたりするから、あながちバカにできない。すごいなロミジュリ。締め切りに追い詰められた作家の味方。


「いやー、前から見てみたかったんだよね。有名な割に、私ってあまりロミオとジュリエットの内容知らなかったから」


「一応言っとくと、これ悲劇だからな? ラブラブチュッチュなハッピーエンドじゃないぞ?」


「そうなの!?」


 どうやら完全に知らなかったらしい。驚愕を表情に浮かべて鈴丘が俺を見る。

 何で知ったんだったか。ロミオとジュリエットはハッピーエンドではない。

 ロミオだかジュリエットだかが何日間かだけ眠る薬を飲み、周りには死んだという認識を与える。

 しかし飲んだのはただ眠るだけの薬。実際に死んだわけではなく、数日後に起きるようになっている。

 それを利用して、二人は親にバレないように結婚しようとするが、この計画は相手には伝えずに実行された。

 最愛の人の死に絶望するロミオだかジュリエットだか。残された方はマジモンの毒を飲み死ぬ。眠りから覚めたロミオだかジュリエットだかは、相手の死を悲しみ、確かこっちも自殺した。

 かなり荒いが、ロミオとジュリエットの全容は大体こんな感じだ。

 まあさすがに、ここまでのネタバレを鈴丘にするつもりはない。アニメ好きにとって2ちゃんねる等の感想は完全にネタバレの巣窟であり、視聴する前に検索することは完全にご法度だ。つまりネタバレは悪だ。

 以前、楽しみにしてたアニメをネタバレされた時の気持ちといったら……。

 確か、姉さんが俺より先にアニメを観た時の話だ。その時同じ部屋にいて横目に内容を知った親父が、「いやー、あのキャラが死んじゃったのは、マンガとはいえ悲しいよなー」とか、俺が観る前にほざいたんだ。

 以来、親父には冷たく当たるようにしてる。

 それは置いておくにしても、以上の理由で鈴丘に内容は話さない。


「っていっても、悲劇ってことだけで相当なネタバレだと思う」


「ああ、悪い悪い」


 そこは普通に俺が悪いので素直に謝った。 

 しばらくそうして無駄話をしてると時間になった。

 廊下に溢れ出た行列は、ゾロゾロと視聴覚室になだれ込む。

 通常の教室の二倍以上の座席数がある視聴覚室といえど、この行列を完全に座らせることは出来なかったらしい。後ろや横、通路に至るまで、ぎっしりと人が詰まっている。この一室だけ、無駄に人口密度が高かった。三百人くらいいるんじゃねえの。

 俺らはといえば、鈴丘が立っていた人に席を譲ったせいで立ち見だ。

 別にどうしても座って見たいわけではないが、わざわざ得た安息を手放すのはどうなんだろう。

 そんな旨のことを言ったら、


「いいじゃん。私たち、まだ十七歳で若いんだから。ちょっと立ってるくらいが丁度いいの」


 と、やけに年寄り臭いことを言われた。


「しかしだな、若い頃から無理して体を動かすと、後々の動きに支障が……」


「武藤君、今無理してるの?」


「……してないっす」


 ごもっとも。

 いい感じに丸め込まれたが、その実立ち見を選んだ理由はそれだけではないだろう。

 たとえ自分が泥を被っても、みんなを幸福にしたい。

 他でもない彼女が、つい昨日言ったばかりの信念だ。信念である以上、行動はそれに準拠したものになる。

 大した信念も持ち合わせていない俺が、口出ししていいものでもないだろう。


「けど、この人口密度で立ち見ってのはキツイな……」


「文句言わないの」


 せめてもの抵抗として呟いたら、めっと釘を刺されてしまった。ですよね。

 ザワザワとうるさかった周囲も、次第に静かになっていく。

 だから聞くつもりはなかったとしても、その声は明瞭に聞こえた。


『これより、ロミオとジュリエット、公演します』


 マイクを使って反響させた音は鼓膜を震わす。照明が落とされて、舞台の上だけが明るくなった。


 悲劇が、始まる。


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