51 喫茶店の定義がブレブレする。
「で、お前いつまで付いて来るんだよ」
お化け屋敷を見終わってしばらくぶらぶらしているうちに時刻は昼時。
すっかり一般参加者も多くなった廊下を歩きながら、ふと振り返り尋ねてみた。
功刀は問われた内容の意味が分からなかったのか、きょとんと首をかしげた。
「いや、お前一応友達いるんだから、そいつらと一緒に見て周んなくていいのかって」
「別に私が誰と一緒にいようと勝手でしょ」
「……俺としては一人で伸び伸びと生きていきたいんだが」
お化け屋敷終わってからもずっと付いて来るもんだから、柄にもなく気を使っちゃってんだよ。山岳部の展示見たり、映像文化同好会の展示見たり、音楽室を覗いたら軽音楽部の奏でる爆音が聞こえてきて、すんでの所で回れ右したり。
いずれも大して興味はなかったが、じっくり見てればまあまあ暇を潰せた。ただしその間互いの間にあまり会話はなかった。微妙に気まずいったらありゃしない。
俺の文化祭ライフはもっとこう、人には気を使わずに、興味のない所は見ないで、疲れるからぶらぶらもしない。そんな文化祭を馬鹿にし腐ったような意味のない感じが理想だ。もちろんラノベがあったらそっち優先。
だが今俺が相対しているのは功刀愛華。少なくとも俺の要望に傾ける耳はない。
「私が誰と一緒にいようと勝手でしょ」
先ほどと全く同じセリフを重ねて小首を傾げてみせた。うん、言ってみた俺が馬鹿だった。
これ以上は徒労になるだけだと対話を断念。小さく前を向くと溜め息を一つ。
そこで不意に空腹感に気がついた。
今は昼時。健全な男子高校生ならそりゃ腹が減りもする。
「なんか、飯食わないとだな……」
「あ、三年二組。喫茶店やってるみたいよ」
「今の独り言だったんだけど」
「見なさいよ、文化祭だけあって安いわよ」
「無視ですかそうですか。別に構わんけども」
机上高校文化祭のパンフレット片手に、もう片方の手で三年二組の欄を指差す功刀。
鮮やかに彩られた頭の軽そうなデザインそこには無駄にフワフワした感じのフォントで喫茶店と書かれている。ただ喫茶店は喫茶店でも、純粋な喫茶店ではない。三年二組は『コスプレ喫茶店』とのことだ。
「コスプレと喫茶店って合わせられんのかよ。つーかそれってメイドカフェと大して変わらないんじゃ……」
「メイドカフェってあれよね。オタクが行くやつ……」
苦々しく偏見を吐き出す功刀は、声の通りにうへぇという顔。
それからじっと俺を見て、
「そういえばアンタってオタクだけどそういう所は行かないわよね」
「確かに行ったことはねえけど。俺は外出するくらいなら家でラノベ読むタイプだ。……なんか、まるで見てきたっつーか、監視してたみたいな口ぶりだな」
「そそそそそそんなわけあるわけないじゃない!? 家の前で張り込みするとか警察じゃあるまいし!」
「百歩譲って警察でもおかしいだろ。俺なんもしてないぞ。それはもうしなさすぎて引くぞ」
「そ、そんなことより、今はそのコスプレ喫茶店の話よ」
「おお、そうだな」
危うく話が脱線してしまう所だった。
二人して再びパンフレットに目を落とす。
「別に俺は飯さえ食えればどこでもいい。それこそ生徒会でやってる弁当屋みたいなのでも」
姉さんが作ったものに味が劣るのは明らかだが、別に構わんだろう。
その姉さんは、文化祭ということもあってか今日は弁当作ってくれなかった。文化祭には色々あるんだからそっちで食べなさい、とのことだし、
「だからまあ、どこでもいい。姉さんが作ったのでなければ全ての料理は等しく同列だ」
「なんなのよその神の前では皆平等みたいな理論」
「イスラームだな。この前の世界史でやったからお前でも覚えてたか」
「馬鹿にしてる!?」
「…………」
「なんで黙るのよ!」
うん、まあ、ほら。察して。
「なんにせよ、どこでもいいからそこでいい。お前がいいんなら行くぞ。腹減った」
「ちょっ、何勝手に決めてるのよ」
「じゃあ他のところにするか? もしくはもう一緒に行動すんのやめるか。それがいいな」
「よくないわよ。私も別にそのコスプレ喫茶店で構わないわけだし……」
いいのかよ。だったら異論挟みかけることないじゃねえか。
ずいぶん無駄に話した気がする。さっきまでほとんど会話がなかったことに比べれば、まあ気まずさは薄れただろう。ただ西倉の十分の一の面倒臭さを味わう羽目になっただけで。
人生とはままならぬものだなぁ、と現実逃避気味に思考。そして唐突に一つの事実に気がつく。
三年二組って確か……。
***
「飛雄馬が女の子と二人で文化祭を周ってる!?」
俺の目の前、目を白黒させる超絶美人は武藤香。つまり俺の姉。
姉さんは俺と功刀を交互に見比べてから感極まる。
「そうか〜、ついに飛雄馬にも、春が……」
「来てねえよ」
今までも、そしてこれからも冬の予定だ。春とか絶対来させない。面倒臭そうなんだもの。
姉さんを前にして固まる功刀は、俺と姉さんの問答で我に返る。
「こ、こんにちは。お義姉さん」
「ん〜、こんにちは。でもお義姉さんって言われるにはちょっと早いかな〜。私は大歓迎なんだけど」
「え、じゃあ何て呼べばいいの……いいですか?」
「まあ普通にお姉さんで」
「え、えーと。あ、はい」
「結局おねえさんって呼ばすのか……」
全くもって不毛なやり取りに呆れ顔を作ると、姉さんはカラカラと笑った。
「うん、会話の上じゃ分からないよね~」
「え、なに。俺がなんかおかしいこと言ったのか? 会話の上じゃなけりゃ理解できるってことなのか?」
「その通り。だけど教えないよ〜」
「けち臭い……」
口に指を当ててウインクする姉さんは超絶美人(常識)。
と、グダグダと何の益体もない話をしているのは三年二組、コスプレ喫茶店の前。チラリと中を覗いた俺にいち早く気がつき出てきた姉さんに捕まり今に至る。
そんな姉さんの装いは、コスプレ喫茶店だけあって異彩を放っていた。
まず頭にはうさ耳。ロングの髪は後ろで編まれていて、普段と違った印象を受けた。腕と脚は甲冑っぽいうさぎの手足で覆われている。腰に下げた細剣は高校の文化祭にあるまじき煌びやかさ。極め付けはうさぎの尻尾だ。通常サイズでは小さすぎて納得いかなかったのか、大きめに作られたそれはボンボンっぽい。
それら以外は普通にクラスTシャツとスカートで、すごい半端な感じがする。端的に言うと残念だ。
けど"それら"への力の入れ方がすごい。甲冑に関してはものっそい完成度が高かった。俺も欲しい。うさぎのじゃないやつで。
「ところでどう? このコスチュームは。すごいでしょ~。完成度高くない? 六〇の勇者のナッシェタニアだよ☆」
自慢げに笑うと姉さんはその場でくるりと一回転。廊下を行く人も、一瞬立ち止まって見ていく。
「なんというかあれだな。集客効率とか半端なさそうだな」
「え」
素直に思ったことを口にすると、姉さんは硬直。そのまま俺の全身を上から下までまじまじと観察。
「飛雄馬、どこか具合悪かったりしない?」
「悪くねえよ。むしろやる気と周囲への興味のなさ含めて通常運転だ。システム、オールグリーンだ」
「いやいや、そんなはずはないはずなんだけどなあ~……。じゃあ飛雄馬、もう一回私の格好見て、さっきのとは違う感想どうぞ」
どうぞと言われても。
しかし姉さんの目は反論を許さない様子だ。仕方なしにひねり出す。
「そういや野ウサギって、結構広い範囲に生息してるらしいな。アフリカ、ヨーロッパにアジアとアメリカって感じで」
「そうなの?」
「なんでお前が食いついちゃった功刀。……うろ覚えだけどたぶんそうじゃねえの。前にWikipediaさんに教えてもらった気がする。どうしてそんなこと検索したのかは覚えてねえけど」
「へえ。じゃあ日本でもどこか行けば野ウサギに……」
「保障はしない。会えなくても俺を責めるな。Wikipediaさんを責めろ」
大事なとこだけはしっかり責任放棄。
だが姉さんは無反応。気になって見てみると、結構ガチで心配してるときの顔をしていた。
「飛雄馬、お姉ちゃんの目を見て正直に答えなさい」
「お、おう」
そんな顔で目をのぞき込まれてたじろぐ。有無を言わせない迫力は、俺から目を逸らす機会を奪った。
「何かあったの?」
そして投げかけられる質問。
完全に部外者介入禁止となった空間で、横の功刀は自分の立ち位置を見失って周りをきょろきょろ。気持ちは分かるが、今はフォローできない。嘘をつかせない雰囲気に、俺も完全に呑まれている。
昔からそうだった。普段はへらへらしてるくせに、こういう時はやたらと、変な力がある。
それに俺は逆らえないし、逆らったこともない。けど、
「何もない、はずだけど……」
何もないことは本当のことで、だから正直に言えと言われても俺は困るしかない。
確かに姉さんがここまで追求してくるということは、俺は普段と少し違うんだろう。しかし俺にはその自覚がないし、理由も分からない。分からない。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
それは姉さんは何かを悟ったようにため息をついて破られる。
「うん、私の勘違いだったみたいだね~。ごめんね飛雄馬。あと愛華ちゃんも」
「……い、いえ。大丈夫、です」
あまり大丈夫ではなさそうに、功刀は作り笑い。
姉さんはことさら明るく、
「ま、近くまで来たんならうちのコスプレ喫茶店見て行ってよ! 結構すごいんだよ! 私を見ればわかるだろうけどね。可愛いでしょ~、このウサミミ」
「可愛いと思うわ……思います」
「お、即答とは、愛華ちゃん見る目あるねえ。よし、文化祭が終わった暁にはあげよう!」
「いいの!? ……じゃなくて、いいんですか!? ……でもなくて、ありがたく受け取ってあげてもいいですよ」
「なんか敬意を表したいのかツンデレしたいのかよく分からないセリフだけど、まあいいか。で、二人は来店ってことでいいんだよね?」
姉さんの問いに功刀はちらりと俺を見た。別にさっきの一件があったからって他のところにするとは言わん。
「ん、来店ってことでオールオーケーだ。最初からそのつもりでここまで来たんだしな」
「あらそう。お姉ちゃんとしては、たまには私以外が作ったお昼ご飯も食べてみてほしいところだけどね~。まあいいや」
言葉を切った姉さんはそのまま店内(教室)に「二名様ご来店~」と声を投げかけた。汐留のとこといい居酒屋か。
「じゃあ、入ってきていいよ~」
「お、お邪魔します……」
おっかなびっくり入ってゆく功刀に俺もついていく。
ただ、別のことを考えていた俺の頭には内装とか、そういうものはあまり入ってこなかった。
勘違い。
そう姉さんは言ったが、果たして本当だろうかと、勘ぐってしまう。
たぶん嘘だろう。
姉さんが俺と接する際、未だに自覚のない様子のおかしさに気がついたように、俺とて姉さんの変化、違和感くらい分かる。
だから姉さんが嘘をついていたのは明らかだ。その時の姉さんの悟ったような、諦めたかのような顔。
それを見たのは、ずいぶんと久しぶりだ。いや、つい最近に一度だけ見たような気っもする。たぶん、汐留の一件が終わった後だったと思う。ただし今日見せたのは、もっとはっきりとしたものだ。
あんな表情をする姉さんはあまり見たくない。しかし、姉さんが感じたモノの正体は、原因は、今なお不明のまま。手がありすらありはしない。
決して答えの出ない問いに立ち向かうほど愚かではないつもりだし、むしろ面倒臭くて積極的に遠慮願いたい。
そうして、俺はまた逃避した。




