50 文化祭で定番の出し物の中で起こったラブコメみたいな展開。
絶叫をあげたのは功刀。
腹の底から響かせたような、大音量の叫び声。
それは近くにいた俺だけじゃなく、お化け役の人まで後ずさりさせた。
「おおおおお化けっ!? 出たぁっ!」
「落ち着け功刀お化けじゃない。お化け役の人だ。人間だ。ヒューマンでありピープルだ」
確かに「うがぁぁ」と脅かしにかかったお化け役は、周囲の薄暗さも手伝って高校の文化祭にしてはかなり高いクオリティをしてた。
血の気のない肌。べったりと血糊がついた服にはナイフが刺さっている。髪は乱れに乱れ、瞳はカラーコンタクトによって真っ赤に光っている。
そんなのが突然現れれば驚くのも分かる。来るのが分かってなければ俺も驚いたかもしれない。
けど、驚いたからって抱きつくのはどうなんですかね。
現在俺の右腕は、功刀の両腕でこれでもかとホールドされている。その拍子に二つの山が押し付けられ、柔らかな感触が伝わった。
姉さんとは大きさは比べるべくもないが、功刀は別に姉でもなんでもない。普通に異性なためか、俺にしては珍しくちょっとドキッとしたのは誰も責められないだろう。
脅かし役の人がちょっと硬直状態にあるのも多分これが原因だ。
俺とて男子であるため、そりゃこの感触が惜しいという気持ちはないと言ったら嘘になる。が、正直言って困る感情の方がかなり増している。俺は至って冷静に隣の少女に語りかける。
「功刀、離れろ」
「…………」
俺の要求に、功刀は無言で首を横に振る。超振る。「ムリムリムリムリムリムリムリ!」って感じの振り方だった。そんなに怖いのにどうして嬉々としてお化け屋敷入ったんだよ。
脅かし役も、いつまでも黙ってはいない。職務を思い出したのか、それとも見た目だけなら美少女である功刀に抱きつかれるという俺にリア充○ねと思ったかはわからない。
いずれにせよ次の瞬間には、角を曲がった出合頭の時よりも一層演技に力を入れて迫ってくる。
「う、ぅがぁぁ……ぁぁあ」
「きゃぁぁぁぁぁあっ!?」
「うおっぐ!?」
現状で早くもギリギリだったのだろう。功刀が暴走した。
すっかりパニックに陥った彼女は、俺の右腕を抱えたまま、迫る脅威から逃れようとランランラン。らんらん言ってるけど別にスキップじゃなく、俺を引きずるレベルで走り出した。その拍子に変な声が口から漏れる。
「功刀……肩痛い肩痛い。外れるからちょっと止まれ……」
「…………っ!」
二つ目の曲がり角。
バッとでてきた脅かし役は、しかし功刀の全力疾走で見向きもされない。
だが一応彼女の視界には映ったのだろう。腕をホールドする力が一層強まり、代わりに俺の要望は即却下された。なんなら聞こえてたかも怪しい。誰か助けて。肩やばい。
そんな俺の願いが天に通じたかは分からないが、功刀は三つ目の角を曲がったあたりで息を切らして立ち止まる。別に太ってはいないとはいえ、男子高校生一人を引きずって走るには女子の腕力では相当辛かったに違いない。
彼女は自分がもう走れないと悟ると、通路のど真ん中でしゃがみこんだ。俺の腕に回されていた腕は頭を抱えている。
「終わった……」
「たかだかお化け屋敷でなんつー絶望……」
確かにお化けメイクは全部クオリティが高いが、基本的に奴らの挙動は不意打ち「わっ!」か、「うがぁぁあ」と呻き声を上げながら向かってくるだけだ。それ以外に他に何があるんだと聞かれたら特に思い浮かばないものの、ワンパターンには変わりない。怖いか、と聞かれたら首を縦には振りかねる。
が、功刀はそうは思わないようで、顔を覆った腕から俺をキッと睨む。
ただその瞳も今はどこか力がない。目尻に涙を浮かべてるのもあるし、単純に精神的ダメージがあるんだろう。その様子は、普段の彼女とは少し違って、どこか新鮮だった。
「なによ、アンタだってホントは怖いんでしょう。そうでしょう。女子の前だからって格好つけてるだけなんでしょう。いいわよ、私はわかってるから」
「いや別にお前は何もわかってねえぞ」
「特別に私に頼ることを許可するわ。私は怖くないもの」
「何もわかってねえって言ったんだけど。しかも此の期に及んで怖がってないのを主張するか」
お化け屋敷で頭抱えて座り込む女子が怖がってないわけない。
嬉々として入ったのは功刀だが、ついてくるような形にしてしまったのは俺にも少々責任がある。
功刀の全力疾走のおかげで、すでにこの屋敷の三分の二程度は攻略できた。あと少しで出口だ。
「ほれ、立てるか?」
「…………」
手を差し出す俺に、功刀は間抜けな顔。
「なんだよ」
「アンタ、やっぱり怖いんじゃないの?」
「らしくないって言いたいのかよ。別にいいんだぞ。お前置いて俺だけ先に行っても」
「悪いわね助かるわ」
「お、おう」
普段の謎ツンデレすらも押し隠した高速手のひら返し。お前どんだけお化け屋敷怖いんだよ。
しかし功刀は差し出しされた手をなかなかとらない。
「どうした」
「え、あ、いや、なんでもないわよ」
なんでもない、と言いつつ微妙に覚悟を固めた顔で手を取った。そのままグイと立ち上がらせる。
「よし、じゃあ行くぞ。別に叫んでもいいけど、パニックにはなるな」
「努……力はするわ」
「言い淀むなよ不安になるわ」
肩は一応無事だったとはいえ、何回もさっきみたいに引きずられるのは御免被りたい。
そんなこんなで進み始める。するとシャツの裾が引っ張られる感触があった。
見ると、俺のクラスTシャツを、功刀が控えめに握っていた。その表情は薄暗いのと俯いてるのとでうかがい知れないが、ちょっと無意識っぽい。
ここでわざわざ言うのも野暮だし、余計面倒くさそうなことになりそうだ。気がつかないふりをする。
功刀のペースに合わせて歩く速度は少し遅く。
お化け屋敷は残すところ三分の一ほど。角を曲がれば脅かし役がいるというパターンはもう飽きた。未だに功刀は悲鳴をあげるが、それでも少しは慣れているらしい。パニックになることはなかった。
とはいえ、仕掛けが完全にそれだけというわけでもない。途中曲がる角を間違えたのか行き止まりに辿り着き、そこにあった井戸(素材はおそらくダンボール)から落ち武者が出てきたときはなだめるのが大変だった。驚く前に落ち武者が井戸から出てきたことを不思議に思ってほしい。
そうしてちょいちょいある凝った脅かしもくぐり抜け、ようやく出口が見えた。
「た、助かった……」
「大げさだ」
「なによ、最後の方はちょっとは大丈夫になったでしょ。だから今更こんな置物くらいでびっくりはしないわ」
「あん?」
功刀が指差す方向にはやけに精巧に作られた蝋人形が一体。壁に寄りかかるようにして横たわっている。ピクリとも動かないそれは、不気味でこそあったものの、圧迫感というか、威圧感は感じない。
けどーー
「それにしても、中はあんなに怖……手が込んでたのに、最後は置物だけって締まりがないわね」
「ん? うん」
「私も舐められたものね」
「もう終わりって分かった途端すげえdisりようだな。あと別に特にお前個人を舐めてたわけじゃないと思うけどな」
「うっさいわね」
不満げな声を漏らしながら、功刀はすぐに外に出ようとはしなかった。そのまま一歩、蝋人形に近づく。
あ、これはやばいかもと思った。
「おい功刀、一応言っとくと、多分それ……」
言いかけたときには遅かった。
蝋人形を功刀が覗き込んだ瞬間、今までピクリとも動かなかったそれは、とびかかる勢いでで襲いにかかる。
本日で、最も巨大な悲鳴が、功刀から上がった。
***
「もう懲り懲りよ!」
受付の机を勢いよく叩くのは功刀。その目尻には、未だに薄く涙をためている。
完全に理不尽な怒りをぶつけられた汐留は微妙な顔をする。
「功刀センパイ、お化け屋敷ダメなんですか?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「決まってねえだろ……」
もはや悪びれもしない功刀に茶々を入れると睨まれた。どうもすみませんねえ。そんな彼女に汐留は当たり前の質問。
「入る前、あんなにやる気満々だったじゃないですか」
「高校の文化祭レベルなら大丈夫かなって思うじゃない!」
「まあ、うちは力入れてますからね。プロにも負けませんよ☆」
「お化け屋敷のプロって何だ……」
揺るぎない自信を披露する汐留に茶々を入れると睨まれた。どうもすみませんねえ。そんな彼女にまたもや降り注ぐ文句。
「全然ナイスアシストじゃなかったわ」
「いやいやいやいや。怖がる女子に別に怖がりもしない空気の読めない男子っていう条件は満たしましたから。一応アシストにはなりますよ。ナイスかどうかは別として」
なんだろう。今さらっと罵られた気がする。
「それに、演技じゃなくて本当に怖がってたならいいんじゃないですか? アピールするのに、わざとらしくないっていうのは大きなポイントですよ」
「なるほど、一理あるわね……」
うまく丸め込まれてる感じはしないでもないが、どうやら悪質クレーマー功刀はなりを潜めたらしい。
「つーか、お前らさっきから何の話をしてんだよ。なんだアシストって」
「えー、いやそれはー、教えるのはやぶさかではないんですけどー、あんまり聞かないほうがいいと思いますよ。それに世の中には情報料というのがありましてねー」
「金を払えと? だったらいいよ教えてくれなくて。聞かないほうがいいかもしれないんだろ?」
「はい、そうですね」
にんまり笑って頷く汐留。隣でなぜか焦っていた功刀も、ほっと胸をなでおろした。何が展開されてるのか全く分からん。なんだよこの無理解の空間。
そんなことを思っていると、汐留はふと、違和感を覚えたように眉をひそめる。
突然のことにきょとんとする俺と功刀を尻目に彼女は腕組み思案。数十秒ののち、答えを出した。
「センパイ、本当に分からないんですか?」
「述語プリーズ」
「アシストの意味です」
「は? 舐めんな。そのくらい分かるわ」
「えっ!?」
瞬間、功刀の顔が真っ赤に染まった。青い髪の毛と妙なコントラストを作り出す。
しかし汐留は冷静に、
「とかいって、『アシストは手伝うって意味の英単語じゃねえか』っていうのなしですからね」
「え、その話じゃねえの?」
「へ? ああ、なんだ……」
人知れず安堵している功刀を視界に納めず、汐留は目を細めてボケた俺を注視する。それこそ、些細な変化も見逃さないようにと意識している様子で。
表情にあった先までの仮面を引っぺがしその下を表す彼女は情報の亡者。俺よりも一つ年下の女の子から放出されたかすかな圧迫感。普段なら冷静に受け止めていられたはずのそれに思わず息を飲む。
情報の亡者はそれを見逃さない。
さらに眼力を強めて、俺の意思を、感情を読み取ろうとしてくるが、
「はあ……、鈴丘センパイみたいな観察眼がないのが口惜しいです……」
何の変化も見受けられなかったらしい。疲れたような溜息をつく目の前の少女は、情報の亡者としての顔をその仮面の下に隠した。
「みんながみんな鈴丘と同じ目になったら、よく分からんけど大変なことになりそうだな」
「そうですね。生きづらそうです」
確かに。迂闊に町とか出られなさそうだ。普段から出ないけど。
功刀はそんな俺らのやり取りについていけていない。ポケーと、場を眺めているだけだった。
「じゃあ、俺はもう行くぞ。いつまでもここにいたら迷惑だろうし」
忘れかけていたが、ここは汐留のクラスが開くお化け屋敷の受付。四階の角教室と、立地条件的にまったく恵まれていないどころか、めちゃくちゃ不遇とはいえ、まったく人が来ないわけではない。あまり長居しすぎると、営業上邪魔だ。別に金とってないみたいだから営業と言われても……て感じはあるが。
まあ、汐留はやる気あるみたいだし、邪魔になるようなことはしないのが吉だ。
その辺の意図は、汐留も汲んでくれる。もしかしたらさっさとどっか行けと思ってたのかもしれない。
「ですねー。わざわざ来てくれてありがとうございました。センパイに一杯食わせられなかったのが非常に残念ですけどね」
「お前そんなこと考えてたのかよ……」
お化け屋敷よりもお前のその思考の方が怖いがな。
まあお化け屋敷のお化けって基本的には人だから、気配で大体どこにいるのか分かってしまう。俺があまり怖がらなかったのはそれが原因だ。
ともあれ手を挙げ別れを表明。その場を後にする去り際、
「あ、功刀センパイのお化け屋敷嫌い情報追加しとかないと……」
そう言って手帳を取り出すのが見えた。
「私の情報追加ってなに?」
「あん?」
功刀も聞こえたらしく、なぜか俺に聞いてくる。
本人そこにいるんだから直接聞けばいいだろうに。とはいえ答えにくいことを聞かれてしまった。
「あー、あれだろ。人の好みって割と忘れやすいだろ。忘れてたせいで失礼があるかもしれないって考えたら、そりゃメモる。つまりそういうことだろ」
「なるほど……」
苦し紛れの答えだったが、相手は功刀。特に疑問もなく納得してくれた。
「相手のことを多く知りたいなら、下校時間とか乗る電車とか調べてメモるものね……」
「お、おう……?」
納得してくれた……のか?
「分かるわ」
そんなところで共感してもらっても困る。




