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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
55/75

49 文化祭で定番の出し物の一つ。

 午前十時四十五分。

 俺は暇になった。

 西倉の体力を大きく削ることになった我がクラス最初の公演は、概ね上手くいって終了した。

 劇を行うクラスは、公演さえなければやることがない。今日の公演は午後にもう一度あるだけ。そして俺のシフトは午前のみ。

 ラノベを持ってくるのを忘れるという大失態を犯した俺は、他にやることもないので文化祭を見て回るしかない。

 本来なら、紫苑と無駄話を繰り広げるという選択肢もあった。

 俺の数少ない友人において、その中でも親友という立ち位置にいるのが紫苑だ。ただただ無意味で無生産的な会話をするだけでも、不思議と時間は過ぎてゆく。

 だが今日、あいつは鈴丘と一緒に文化祭を満喫するようなので、お邪魔虫は退散するしかあるまい。劇が終わって紫苑が鈴丘と接触するや否や、音もなく教室を後にして今に至る。

 別に俺は自分が空気の読める奴だとは思ってないが、我ながらあれはナイスアシストだったと思う。あとは頑張るんだぞ紫苑。

 ちなみにササッと退散した理由の半分は西倉から逃げるためでもあったので、アシストと言い切れない部分もある。

 そうして校内徘徊をしながらも、一応向かうのは四階。一年生のフロアだ。

 汐留に見に来いと言われた手前、無視するわけにはいかないのが現状。

 そういう宿題みたいな義務やら面倒ごとやら厄介ごとは、後回しにせず速攻で終わらせるのが俺。伊達に夏休み初日から二日徹夜して宿題片付けてない。

 時間は腐るほどあるので、いつもより五割増しくらいダラダラと階段を登った。

 と、付けられてることに気がついた。

 なにしろ今は文化祭中。さしもの俺も、混雑した場所で尾行に気がつくほど感覚が鋭いわけじゃない。廊下は人で溢れかえっていたので、人の少ない階段に来たから気がつけたのだろう。

 とりあえず階段は目的である四階まで登る。登ってすぐのところにある角を曲がって、しかしそれ以上は進まずにターン。階段側を向く形になる。

 数秒後、パタパタという足音が聞こえ、俺が隠れてる壁ギリギリに止まったかと思うと、目までを出して慎重にこちらを覗き込む瞳と目があった。


「っ!」


 直後、ほとんど反射的に顔が引っ込められた。そして確かめるように、再び目までを出して慎重にこちらを覗き込む。


「何してんだよ」


「き、奇遇ね……?」


「尾行を見破られてばったり出くわすことは、間違っても奇遇とは言わないぞ」


 言うと功刀は気まずそうに視線をそらして壁からその姿を表した。

 彼女も鈴丘と同じように文化祭バージョンの装いだ。ブラウスの代わりにクラスTシャツを着ている。

 居心地が悪いのか、後ろで束ねた青い髪を手で撫でつけている。


「俺を尾行するとかお前、どんだけ暇なんだよ」


「ひ、暇じゃないわよ!」


「は? じゃあなんで尾行なんかしたんだよ」


「すごい暇よ!」


「どっちなんだよ……」


 たった二言で矛盾を作り出すその手腕。流石すぎる。


「まあ、文化祭とかなにすりゃいいんだって気持ちはわからんではないどころかばっちり理解できるから文句は言えないけどよ。だからって尾行はどうかと思うぞ。尾行するにしてももっと面白そうなやつたくさんいるだろうに」


「そ、それは私の勝手じゃない! 文句あるの?」


「今ないって言ったばっかじゃねえか」


 こいつとの会話、西倉の十分の一くらい疲れるなあ。

 全然大したことないじゃん、とは思うなかれ。西倉の面倒臭さは想像を絶する。十分の一でもそれなりに脅威だ。


「なんにしても、尾行ごっこは他でやれよ」


「私が何をしようと勝手でしょ!」


「いや勝手じゃねえよ。尾行されることで微妙に俺に不利益になるんだよ」


「……何かするつもりなの?」


「単純に監視されてるみたいで嫌だろうが」


 軽蔑の視線を向けてくる功刀に至って真っ当な反論。今日みたいな状況では、見つけにくい分余計にたちが悪い。

 ともあれ一応納得はしてもらえただろう。誰だってストーカーされるのは嫌だ。


「それで、どこに行くのよ」


「ん、いや、お化け屋敷にな……」


 汐留のクラスの出し物は文化祭で定番の一つ、お化け屋敷。定番ゆえに本当によく意見として上がるが、いざやろうとなると本当に準備が大変なものだ。まず教室に暗幕はるだけで重労働。通路作るのも重労働。脅かし役のメイクも大変。そしてできるやつはそれなりに残念なことが多い。なんとも救われないものである。


「お化け屋敷って……アンタ興味あるの? 自主的に行くくらいに?」


「自主的っつーか、脅されてるようなもんだけど」


 情報という、近代科学が生み出した凶器に。


「脅されてるって穏やかじゃないわね。何かしたの?」


「……何もしてねえよ。軽蔑の視線やめろ」


 実際はちょっとやらかしたけど。

 だが行かないと多分個人情報ばら撒かれるんだろうなぁ、というのに俺がやらかしたことは関係ない。

 功刀はしばしの間思案。そして覚悟を決めるように小さく頷いた。


「わ、私が一緒に行ってあげてもいいわよ?」


「は?」


「お化け屋敷なんて怖いに決まってるんだから、二人の方がアンタ気が楽なんじゃないかって、私が気を使ってるのよ!」


「いや、できるなら一人で行きたいんだけど」


 その気遣い、ノーセンキュー。


「うるさいわね! つべこべ言わずに行くわよ!」


「優しさの押し売りって知ってるか……?」


 あれって絶対に優しさじゃないと思うんだよなぁ。そもそも……と。

 そのまま深く考えてしまいそうになって、ギリギリで思考を押しとどめた。危ない危ない。

 先に歩き出した功刀はすでに何歩か先に行っており、チラチラと後ろを伺ってきてる。

 その表情には何故か不安の色が混じっていて、一緒に行かないことに罪悪感を感じさせた。


「行きゃいいんだろ。行きゃ」


 どうせ行くつもりだったし、いいよもう。この際一人だろうが二人だろうが変わらん。



 ***



「よーこそセンパイ! と、功刀センパイ!」


 ハイテンションで俺たちを歓迎するのは汐留朝日。アホ毛が楽しげに揺れているところを見れば、今のテンションが作り物でないことがわかる。

 汐留の格好も文化祭バージョンだった。

 口からは普段見える八重歯よりもなお鋭い牙が二本。黒いマントを羽織っていて、爪が尖り赤く塗られているところを見るに吸血鬼だろう。

 汐留自体、バレーボール部に所属していて、肌は若干日焼けしているので、吸血鬼にしてはやけに健康的な肌をしているが。牙とか爪とかは手が込んでるのに、そういうところは微妙に詰めが甘い。予算の問題かもしれない。所詮は高校の文化祭だな。

 彼女は全力で歓迎する態度を取った後、「あれ?」と眉を潜めた。


「ちょっ、センパイ、文化祭だからってはしゃぎすぎですよ」


「はあ?」


「だってセンパイ、周りがどれだけはしゃいでても、『なんでみんなはしゃぐんだろー。馬鹿じゃねーの。けっ!』とか言いながら黒いオーラ放出しまくる人じゃないですか! それが女子連れ!? 意味分かんないですよ! 付き合うことになっちゃったんですか! それともこれから告白する予定なんですか! ホントまったく未知の領域で私のデータベースには全然入ってない類の情報なので根掘り葉掘り、人には言えないあんな事からそんな事まで全部白状してください。黙秘すると個人情報ばら撒きます」


 最初こそふざけ半分くらいの問い詰めだったが、それだけ俺が功刀と一緒にここに来たのが意外だったらしい。途中からどんどんエスカレート。どこからともなく手帳を取り出す。情報の亡者たる裏の顔をクラスメイトが近くにいるかもしれないのに晒した。

 そして悲しいかな。その時の彼女の顔は、マジだった。あかん、個人情報晒される。


「待て待て汐留。俺は全然はしゃいでない。むしろラノベ持ってくるの忘れてテンション低い」


「はあ、じゃあなんですか」


 なんですかと聞かれると一言では説明し辛いが、


「尾行されたんだ」


「センパイ何かしたんですか?」


「なんでみんなその発想に行き着くの?」


 そんなに俺、何かやらかしそうか。確かに纏ってるオーラは真っ黒。けど中身はいたって善良な一市民なわけで。

 しかし汐留は「尾行された」という、到底自体が伝わりそうもない一言で納得したらしい。ふむふむと、俺の後ろにいる人物に視線を向け、最初から分かっていたように頷く。


「なるほど、だいたい分かりました。はしゃいでたのは功刀センパイってことですね」


「何に納得したのか全然分からん」


「んー、まあ、教えるのもやぶさかじゃないですけどー。でも教えたら大変なことになりそうですしー。……場合によっては警察沙汰」


「最後に聞き逃せない一言がついた気がするけど、それ気のせいだよな? そうだよな?」


「まあまあまあー。とりあえずうちのお化け屋敷見てってくださいよー」


「ずいぶん雑にはぐらかされた気がするなぁ」


 けど警察沙汰になる可能性があることをわざわざ聞き出すのも上手くない。だってそれすっごく面倒臭そう。

 自己完結する俺を尻目に、汐留は俺の斜め後ろにいる功刀へと目をやる。そして困ったような笑みを浮かべながら、


「功刀センパイも、そんな警戒するみたいな目やめて武藤センパイと"一緒に"見てってくださいよー。私そういうポジションじゃないですし。功刀センパイ的にはお化け屋敷ってナイスなイベントになると思いますよー」


 何故か「一緒に」を強調する汐留。すると功刀は、汐留が俺らを歓迎してからずっと放っていた圧迫感を消して、


「ナイス……アシスト……!」


「ふふ。そうでしょうそうでしょう。私にかかればこんなもんですよ」


「あなたの事見直したわ」


「それは光栄です」


「……何だよこの状況……?」


 この空間に流れる妙な連帯感はなに。

 だが俺の疑問には誰も答えてくれない。


「それじゃお二人さまー、ご来店ー!」


「居酒屋か」


 汐留の手によって教室、もといお化け屋敷との扉が開かれる。功刀は浮かれ気味に、俺は渋々中に入った。


「じゃあ楽しんできてくださーい。怖くて泣いたりしないでくださいねー」


「いや、高校の文化祭だろこれ」


 どんだけ自信あるんだよと言葉を投げかけた相手はすでに扉の向こうだ。


「武藤、早く行くわよ!」


「へいへい」


 無駄にやる気の功刀に返事して前へ。

 教室内は薄暗かった。そのせいでよく見えないが、おそらく窓という窓にぴっちり暗幕がかけられているのだろう。

 そんな中での光源は足元に点々と設置されたライトのみで、それすら淡く頼りない。

 通路を仕切るのはカーテン。上から吊るされていて、しかもひざ下まで垂れ下がってるので、その向こう側を見るには腹這いになるしかあるまい。まあならないが。

 これだけならただ暗いだけの教室だが、入ったのはやはりお化け屋敷。カーテンやら地面やら壁、はては天井にまで、呪符がびっしりと貼られている。書かれている文字は赤で、この暗さなら血と言われれば信じそうだ。

 しかし残念なことに、それらを見て俺が最初に抱いた感想は「怖い」ではなかった。

 つまり、「片付け大変そうだなぁ」。二番目すらも「準備大変だったんだろうなぁ」だったあたり、救いようがない。

 そもそも準備期間中に呪符大量使用の件は聞いていた。だから今の惨状は予想通りだ。

 そして女子であるところの功刀さえも、特に怖いとは思ってないらしい。


「ふむ、この呪符描いたのは絵上手い人ね。あ、でもこっちは下手。線がバラバラじゃない」


「ほーん、どれどれ……」


 えーと、こっちが上手くてこっちが下手ね。言われてみればそんな気も……しないな。全然分からん。


「あとこっち。壁に血が飛び散ってるなら、血がついてから少し垂れた感じにした方がリアルだと思うわ。それと、飛んできた方向によって飛沫のつけ方を変えた方がさらにリアルに……。そもそも赤い絵の具を原色そのまま使ってるのが気に入らないわね……」


「おう、そうか」


 どうやら壁に飛び散った血、の模様がえらく気に入らないらしい。ガンガンdisってた。美術班、ドンマイ。


「つーか、お前絵描けるの秘密にしてただろ。こんなところでそんなに専門家発言? みたいなのしてていいのかよ」


 汐留には筒抜けだった情報だが、実際クラスの連中が知らないくらいには隠してたことだ。ふと気になって問うと、功刀は不思議そうな顔をする。


「別にもういいわよ? アンタはもう知ってるんだし。今更取り繕うようなことでもないでしょう」


「そうか」


 分からんでもない。

 甲斐のことも大して尾を引かなかった功刀だ。そういうところはサッパリしてるというか、いい意味で諦めがいい。


「さて、んじゃ行くか」


 それなりに入り口付近で立ち止まったままだ。このままでは迷惑になろう。


「そうね」


 功刀も頷き、前方を確認。一歩を踏み出す……ことはなく、しばらく硬直して動かない。「あれ……?」という声まで聞こえてきた。


「どうした」


「……武藤先に行きなさいよ」


「? 別に構わんが。なんだよ、怖いのか?」


「こ、ここ怖くなんてないわよ!?」


「どもって言われてもなぁ……」


 信じられんがな。


「それに、所詮高校の文化祭の出し物だぞ。大して怖くないのは確定的に明らかだ。せいぜい不意打ちで『わっ!』くらいだと思う」


「それが怖いんじゃない!」


「怖いって認めてんじゃねえか」


「っ! い、今のは嘘よ! 思ってたより不気味だっただけ!」


「それを怖いって言うんじゃないのかよ。まあいいけども。面倒臭い」


 謎ツンデレに付き合うのはそれなりに疲れる。

 つーわけで俺が先に行くことに。

 特に怖くもないので何の迷いもない足取り。後ろから功刀が「ちょっと……」と声を上げる。


「なんだ?」


「そんな急がなくても……。もっと慎重に行きましょう。何が出てくるか分からないんだし……」


「十中八九、メイクとか変装した人間が出てくると思う」


 とはいえ、怖がっている女子を置いてけぼりにするのも忍びない。自然、功刀の要望は聞く形になる。

 そうしてしばらくーーといっても場所は教室なのでそんなに広くはないーー歩くと、最初の曲がり角に到着した。

 人の気配。

 この先に誰かいるのは確定だ。

 さてどんな仕掛けが、とほんの少しだけ期待しながら進む。


 次の瞬間、絶叫が響き渡った。

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