46 暑いと言う理由で夏休みがあるなら、もうちょっと長くてもいいと思う。
夏休みとは言い難い夏を過ごしている作者です。
祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響き有り。沙羅双樹の花の色。盛者必衰の理をあらはす。
誰もが聞いたことがあるであろう、平家物語の一説だ。
また似たような言葉に、万物は流転する、というのがある。
どちらも言ってることは大体同じだ。永久不滅のものなんてないよ、と。
この世に存在するものは常に変わり続け、同じでいることなどありえない。人の心、命、呼吸の一つに至るまで。
だからどうしようもないものは必ずあるし、それに抗うことなど愚の骨頂だ。起きてしまった変化には抗わず、ただひたすらに順応していくしかない。
長々と言ったが、まあつまり、俺が何を言いたいのかというと。
夏休みが終わった。
終わってしまったぁ……。
八月に入った瞬間から覚悟していたといってもこの喪失感は拭い難く、家を出る前からお家が恋しくてたまらない。
つーか、夏休み中も普通に学校行ってたのに、どうしてこんなに嫌なんだろう。学校の七不思議あたりに加えてもいいんじゃないだろうか。よし加えよう。異論は認めない。
そんな下らない事を延々と考え、姉さんが作った朝食を食べたらそれなりに気も紛れた。
夏休みが終わってしまったという事実は変えられない。だから順応していくしかないのだろう。
今日から新学期が始まる。
***
夏休みが終わると、文化祭の準備は佳境を極めていた。
片山が担当した次善案、コメディ系の脚本は結局使わないこととなった。
脚本係が手がけていたSF台本が無事、というには色々ありすぎたが、一応締め切りまでに完成したのだ。
片山の微妙に残念そうな顔は今でも覚えてる。どんだけ満足できるのできたんだよ。
「今となってはもう関係ないからね」と言う片山によって、それは公開される事はなかった。
脚本が完成すれば、進行可能な作業はどんと増える。
具体的には小道具とか小道具とか小道具とかだ。つまり小道具だ。
SF台本は設定に無駄に時間を使っていたおかげで(せいで)無駄に緻密だった。セリフとかはセンスないのに、設定だけはやけに細かい。
だから使う小道具も結構出てくる。
「だからって大鎌は小道具なのか……?」
新学期初日の放課後、俺たち小道具班は、比較的集めやすい物を集め終え、収集困難な物資について検討していた。
俺がいつ小道具班になったんだという謎は置いておくにしても、大鎌を劇で使うという謎は見過ごせない。
だって舞台は電車だぞ。しかも時代は現代。なんでデカイ鎌が出てくんだ。鬼呪装備じゃあるまいし。
「なんか死神が使うんだってさ」
「ああ、だから黒いローブってのも小道具に入ってんのか……」
片山の言葉に納得する。
そうか、死神が使うのか。って事は卍解もするのかもしれない。
「てゆーか武藤、脚本は読んだ?」
「は? 何当たり前の事言ってんだ」
「だよね。そりゃそうか。読んでないわけ……」
「もちろん読んでない」
「って読んでないんかいっ!」
指を揃えて手の甲で叩く綺麗なツッコミ。さすがです。
流れるような動作だったが、片山は特に何も考えてなかったらしい。「ん?」と我に返り、俺のセリフを理解すると、
「なんで読んでないの……」
「いや、そんな世界がひっくり返ったみたいな顔されても……」
実際、劇の内容を把握しなくても必要な物リストは上から渡されたし、やる事も逐一教えられた。だったらラノベ読む時間削ってまで読まなくていいかーとなるのは自明の理。
じゃあなんで設定細かいとかセリフがどうとか知ってたかというと、単純にどこかの女子グループの会話が聞こえてきただけである。教室内でもそんな会話を普通にできちゃう女子って怖いなぁ。
「とにかく、武藤はしっかり脚本を読んでおくこと。いいね?」
「……へーい」
予期せずして予定が増えてしまった。
そんな俺と片山の一連の流れには目もくれずに、他の小道具班メンバーは着々と打ち合わせを進めている。どうやら鎌は作ることになったみたいだ。
そうして次々と懸念事項が片付いた。
基本的に小道具は大道具と違ってやることが少ない。じゃあ当日持ってくるってことで、という流れでほとんどが片付く。
だから俺のやることはなくなってしまって、一気に暇になった。
さて、どうするか。
そもそも俺が放課後にわざわざ残ってたのは、小道具班の仕事があるからである。
面倒臭いことからはガンガン逃げる俺も、そういう義務のようなものからは逃げられない。
その小道具班も終わってしまった今、わざわざ残る必要性はない。
「帰るか」
よしそうしよう。
決断するや否や、俺は自分の席へカバンを取りに行く。と、必死の形相で追い込みをかけている奴がいた。功刀だ。
渡されたポスター用の紙目掛けて結構繊細に筆を動かしていて、表情とのギャップがすごい。手元だけがやけにクリーンな空間だった。
「なあ、お前大丈夫か……?」
頼んだのは自分な手前、スルーするということもできずに声をかけた。
すると功刀は、その美人な見た目には全く似合わない虚ろな眼差しを向けてきた。
「締め切りって、延ばせないかしら……?」
「無理だと思うぞ」
「そうよね。今は、描かないとよね……」
デスマーチみたいになってる。
どうやら一週間でポスター六枚というのはなかなかハードらしい。絵なんて描かないから全然知らなかった。
悪いことしたなあと思いつつ、横に重ねて置かれた、完成済みのポスターに目が止まる。
そういえばこいつはどんな絵を描くんだ。萌えか。それともかっこいい主人公とかか。
だがそのどちらでもなかった。
そもそも「ツンデレ」という単語すら知らなかった功刀のことだ。当然漫画とかラノベとかアニメのイラスト調ではない。いわゆる美術系の絵だ。まさしく「絵」だ。
全体的に暗めの印象を受ける。描かれているのは骸骨……いや、死神か。
大鎌を持ったそいつの手の上には電車がある。骸骨ゆえに表情がないはずだが、これはいやらしく嗤っているように見えた。まさしく手のひらの上、ということか。センスがある。
そして何と言っても、たなびく黒いローブが超かっこいい。中二心を揺さぶる絶妙な感じで描かれている。
おいおい、なんだこのすごい強そうな骸骨は。絶対に帰刃形態してるぞ。死の息とか使いそうだぞ。
柄にもなくテンションが上がってしまった。だって十刃の中で一二を争うレベルで解放形態がかっこいい奴だもん。ウル○オラと争えるってまじで。
それほどまでに美術調で描かれた骸骨はかっこよかった。この畏怖を感じさせるタッチ、王だわぁ。
功刀には欠片も分からないであろう感慨を感じていると、彼女はチラッと顔を上げた。
「あまり見ないでよ。恥ずかしいわ」
「別にいいだろ。当日は校内に貼るんだし」
「……せっかく忘れかけてた事実、思い出させないでくれるかしら」
よほど恥ずかしいのか、功刀は頬を染めて頭を抱えた。
「忘れんなよ」
「忘れてないとやっていけないわ。そんなこと意識してたら、私一生描けないもの」
「羞恥心が振り切れすぎだろ。つーか、間に合いそうか?」
数えてみたところ完成したポスターは四枚。あと二枚描かないといけない。
「………………………………………………微妙ね」
「溜めたなぁ」
詰まる所無理らしい。
「こんな時、ポストぽんがいると助かるのよね」
「ぽすとぽん?」
なんじゃそりゃ。迫り来る締め切りのせいで頭おかしくなったか。ポスター頼んだの俺だからちょっと罪の意識感じちゃうだろ。と思ったら違うらしい。
功刀はシャーペンを取り出すと、まだ使ってない紙にサラサラと走らせる。みるみるうちに足の付いた四角い赤い箱、ポストが出来上がった。それにミニキャラらしい目と口と腕を足してはい出来上がり。
「ほら、ポストぽん」
「いやだから何だよこれ」
郵便局のキャラクターか。
いきなり摩訶不思議なキャラクター」を提示されて、普段の自分がよく言ってるアニメパロディに微妙な反応しか示さない奴らの気持ちを理解していると、功刀は呆れたと言わんばかりに首を振り、
「英単語で『postpone』ってあるじゃない。延期するっていう意味のあるあの……」
「ああ、あるな」
「『ポストポン』っていう発音から閃いたのよ。締め切りを引き延ばしてくれる力があるんじゃないかって。ついさっきね」
「ほう」
なるほど、擬人化とは少し違うが、似たような発想らしい。しかしーー
「……一応言っておくと、『postpone』の発音って、『ポストポン』じゃなくて『ポスポウン』だぞtは発音しない」
「え……」
功刀が固まった。そして目をそらし、羞恥からか顔を赤らめながら、
「し、しし知ってたわよ?」
「言い逃れできないからな? 『ポストポン』って発音から閃いたのよって言っちゃってるからな?」
言うと功刀は再び頭を抱えた。足をバタバタする。
「うぅ……この英単語可愛いって思ってたのに……!」
うん、まああるよな、そういうこと。decadeとかちょっとかっこいいから俺も覚えてるし。ちなみにdecadeの読みは『ディケイド』で、意味は十年だ。仮面ライダーっぽい。
功刀はしばらくそうしていたが、目の前に転がる仕事を思い出した。再び絵筆をとると、社畜っぽさをその目に宿して作業に戻る。
それを見ていると、作業がないのをいいことに帰ろうとしていることに罪悪感を覚えるから不思議だ。
俺は鞄を取りには行かず、そのまま教室を出た。
教室を出てすぐのところにある階段を一回まで下りて外へ出れば、そこはピロティーだ。
設置されている自動販売機で緑茶を買い、のどを潤す。
ピロティーは静かだ。それぞれのクラスが、各々の教室で文化祭の準備に勤しんでいるのだろう。青春の思い出に、と。
そんなものに興味のない俺は、少しの疎外感を感じていたのかもしれない。誰もいない静かなこの空間が心地よかった。でもいつまでもこのままいるわけにはいかない。
放課後にも関わらず未だ熱気のある教室に戻ろうと踵を返しかけてふと立ち止まる。
自動販売機の前まで戻って財布を取り出した。
あいつにはなんか買ってやるって約束したし、安いやつでいいか。
適当に見繕って購入したお茶を手に教室へ。功刀の絵は、出た時よりもだいぶ進んでいた。
「ほれ」
「……?」
作業していた顔を上げた功刀は、差し出されたお茶を見て疑問符を浮かべた。
「差し入れだ差し入れ」
「えっ、ちょ……」
微妙な反応には取り合わないで、半ば押し付ける形で渡す。
彼女はしばしペットボトルを見つめて呆然としていた。
「なんか買ってやるって言ったのとは無関係だから気にしなくてもいいぞ」
「べ、別に気にしてなんてないわよ!」
「なにそのツンデレ」
別にいいけども。
功刀は何かを考えるように押し黙る。俺も特にやることもないので言葉を待った。
やがて彼女の中での合点がいったらしい。頬を朱に染め、上目づかいで見つめてきた。
「なんか、武藤ってこういう気遣いするような奴だったんだって、意外に思っただけよ」
「は?」
「なんていうか、こう、意外に優しいのね。ま、まあ、私は紅茶のほうが良かったけど!」
付け足すように言われたセリフは聞いていなかった。彼女のセリフの前半を聞いた瞬間、なにか、己の奥底からせりあがってくるものがあったから。
いやな感覚だ。見たくないものが、すぐそこにあるような感覚。
それを飲み下したくて、なおも何かを言い続ける功刀には目もくれず、手に持っていた緑茶のペットボトルの蓋を開けた。
一度開いてしまった蓋は、さして力を入れたわけでもないのに、いともたやすく開けることができた。できてしまった。




