45 俺の仕事がとどまるところを知らない。
大白熱だった会議のあと、脚本係たちはさっそく作業に入った。
教室の端っこで机をくっつけ、囲むようにして座ってなにやら話し合ってる。時折向けられる俺への視線には、あまりいい感情は見られなかった。
ただ俺の目の前にいる奴から向けられる視線からはいい感情がバンバンほとばしってる。
「いやぁ、ありがとう。助かったよ」
「別に。あんまいいことしたわけじゃないんだよなぁ」
ただ妥協させただけである。しかも脚本係の作る台本を人質に取るという形で。冷静に考えると、結構悪いことしたなぁ俺って感じだ。
「つーか、お前なんで脚本係に七人も人数振ったんだよ。まとまりなくなるって気がつかなかったのか?」
「いや、気がついてはいたんだけどさ……」
気まずそうに目をそらす片山。
それでなんとなく察しがついた。
「お前、もしかして討論みたいなのに負けた?」
「その通り。俺一人対七人だったから、仕方ないって言いたいんだけど、実際は最後の方、確かに何人かで書いた方が面白くなるかもしれないって思って……。ほら、芸人さんだって二人でネタ出ししたりするじゃん」
「お笑いと劇の台本って全然違うと思うけどな」
「俺に脚本書けって言った人の言葉とは思えないっ!?」
裏切られたような表情を作る片山だが、そもそも味方かどうかも怪しいので心は痛まない。だいたい片山の仕事は俺のせいで倍率ドンっと増えたので敵の可能性の方が高かった。
本当、現場の仕切りと脚本とって大変だろうなこいつ、と思っていると、「それはそれとして」と片山は一枚の紙を取り出す。
「これ、現時点での現場の作業進行表だから、よろしく」
「お? おう。ん? いやよろしくって何を」
「今日から二日は君が現場監督だ」
言いながらポンと肩を叩く片山はちょっといい表情。現場監督って大変そうだし、解放されるとあればそれは嬉しいだろう。気持ちは分かる。
分からないのは、なんで俺が? ってとこである。
そんな心境が顔に出ていたのだろう。片山は人差し指を立てた。
「もちろん、武藤君が信用できるからだよ」
「はあ?」
「夏休み中ちゃんと来てくれてたし、さっきの会議だってまとめてくれたじゃん」
「いや、ちょっと待て。俺よりももっと適任な奴いるだろ。鈴丘とか。鈴丘とか。あとは鈴丘とか」
少なくとも現場監督なんて俺に務まるとは思えない。控えめに言ってアホの所業だ。
だが片山は首を横に振る。
「鈴丘さんにはもう結構頼んじゃってるから、この上現場監督までってのは心が痛いよ」
「俺に頼むなら心は痛まないと……」
言うて俺、結構色々頼まれてたけどなぁ。
しかし片山の仕事を増やしてしまったのは事実。その埋め合わせはしなければならない。
俺はせめてもの抵抗にため息をついて、進行表とやらを受け取った。
「うん、ありがとう。それじゃ任せるよ。俺は帰ってアイデア練って書くから!」
お前帰んのかよ。
俺も帰りたいわーという心の抗議は完全スルーで、片山は教室を後にした。
それを尻目に進行表を確認する。
様々な大道具、例えば電車のセットみたいなものはすでに完成している。あとは小道具と、書かないといけない書類がいくつか。キャスト陣への連絡だのクラスメイトへの連絡だのと細かいことがたくさん。ポスターも未完成らしい。
……ポスターまだだったのか。
汐留に描ける人間を聞きはしたが、別段興味があったわけではないのですっかり忘れていた。
締め切りは……始業式の日までらしい。あと一週間くらいか。ひとクラスの上限は五枚。校門あたりの掲示板に貼るやつを含めると計六枚。なかなか大盤振る舞いだ。そんなに貼るところがあるのだろうか。
ともあれすぐに終わらせることのできる仕事は早く済ますに限る。
教室内を見渡して功刀の所在を確認する。彼女は鈴丘とお喋りしていた。
手が空いているならちょうどいい。話しかけようと近づくと、俺が声を発するよりも早く鈴丘が気がついた。
「武藤君、ごめんね。押し付けちゃって……」
「あ? 何を」
「会議で収拾つけるのを」
「あー、そうだな。おかげで俺の仕事が増えたしな」
「それもあるけど……」
ちらっと、彼女は視線を俺の後ろに向ける。
「脚本係の人たちと折り合い悪くしちゃったし……」
「……あ? ああ、心配いらん。俺が自分でやったことだから自業自得だ。あとあいつらと喋ったことない。名前も知らないレベル」
「夏休みも後半なのに、クラスメイトの名前も覚えてないってアンタ……」
功刀がこめかみを押さえて大きくため息をついた。
一方鈴丘も、ため息こそつかなかったものの困り顔で、
「フォロー、できないよ武藤君……」
「うっせ」
だいたい俺が人の名前を覚えないのは今に始まったことではないだろうに。そんな珍しいものを見るような目を向けられても困る。
と、本来の目的を思い出した。
「そういや功刀、お前ポスター描けるよな?」
「へ?」
それまで呆れの色が濃かった表情から、一切の色が消えた。
功刀は一度天井を見上げ、口の中だけで俺の質問を繰り返し、ゆっくりと十分な時間をかけて咀嚼する。そして理解した。
「っ……! な……あ……!? うぇ……??」
顔を真っ赤に染めて意味の分からない文字列を口走る功刀。口は高速で開閉し、瞳は彼の北島康介もびっくりというレベルでクロールしてる。…… 北島康介ってクロールだよな。
やっべー、押しちゃいけないボタン押しちゃった? となっていると、鈴丘が合点がいったという風に手を打った。
「ああ、だから功刀さん、あんなに綺麗に垂れ幕塗れたんだね!」
「あふぅっ!」
「鈴丘よ、お前の、その時々見かける追い討ち性能なんなんだよ……」
鈴丘の言葉がトドメとなったのか、功刀は頭を抱え、うずくまってしまう。「あぁぁ……」とか「うぅぅぅ……」とかいう、黒歴史を思い出した時に発する例の声が聞こえてきた。
「お、追い討ち性能って、私ちょっと気にしてるんだよ武藤君……」
「お前まで凹むな。手に負えなくなる」
つーか一人凹んだ時点で十分手に負えてない。
まさか功刀がここまで劇的な反応を示すとは予想もできず、俺もどうしたらいいか分からずにいる。
しばし呆然としていると、功刀は頭を抱えていた手を少しだけずらして、目だけを俺に向けた。
「どうして知ってるのよ……?」
「いや、汐留に聞いたんだよ」
「汐留って誰よ」
「ほら、合唱祭のあとくらいに武藤君と一緒にいるのを見たあの子だよ。武藤君が『汐留』って呼んでたし多分そうでしょ」
「おお、そいつだそいつ。アホ毛が生きてるあいつ」
「それは初耳な情報だけど……。生きてるの?」
「さあ、尋常じゃないくらい変な動きするってだけだ」
「なるほど。それなら見たことあるかなー」
鈴丘が相変わらずな観察眼を披露。すっかり慣れた俺たちは特別なリアクションをすることはしない。
羞恥心からようやく立ち直った功刀はよっこいせと立ち上がる。
頬は相変わらず赤いままだが、毅然と俺を睨むように見つめた。
「で、私絵描くこと誰にも言ってないはずなんだけど、どうしてその汐留って子は知ってたのよ」
「そりゃまあ……そういう奴だからとしか」
あいつが情報収集するのは、彼女自身の性質によるものだ。が、それをわざわざ人に言うことはできない。
つーか汐留は誰にも言ってないはずの情報をどうやって手に入れたんだ。タナトスさんかよ。
功刀はしばらく納得いかない様子だったが、最後には諦めた。
「まあいいわ。けど嫌よ」
「なんで」
「私絵描くこと隠してたのよ? わざわざ大っぴらにはしたくないもの」
「……ああ」
確かに。
しかしここでポスター描く奴を決めないと、最終的には俺か鈴丘が描くことに……。それだけは避けねば。
でも嫌だと言ってる奴に強制的にやらせるのもなぁ。
「どうしても、ダメか?」
ほとんど諦めながらも、もう一度聞いてみる。
すると功刀は顔を逸らした。
「だ、ダメよ」
なんで今どもった。
あれ、これひょっとしたら行けんじゃね?
「功刀、頼むわ。じゃないと本人には自覚のないかなりアウトなイラストが描かれることになる」
「それは確かに心配だけど、でも嫌よ」
「描いてくれたら、なんか安いものなら買ってやるから」
「……それは、プレゼントってこと?」
「あ? ああ、そうなんじゃねえの?」
「やるわ」
「はえぇな」
なんつー手のひら返し。現金すぎないか。やってくれるんなら別にいいけど。
なんにせよこれで解決。仕事はひとつ完了である。
と、ジトッとした視線に気がついた。
「どうした鈴丘」
「別にぃ」
「……拗ねてる?」
「拗ねてないもん」
拗ねてんじゃねえか。一体どこに拗ねる要素があったのか。あれか、しばらくお前抜きで会話してたからか。
鈴丘はそれで拗ねるような奴じゃないか。
以前にも拗ねたことあったよなぁと、今回と前回との共通点を探すも見当たらない。
まあいいや。鈴丘が拗ねてるとどうこうってことはないし。
というわけで仕事だ。
現時点で現場が進めることのできる作業はない。小道具なんて、脚本が出来上がらないと用意できないだろう。とすればやることは、書類か……。
書類というこの上なく面倒臭そうなワードに辟易していると、肩を叩かれた。
「なんだよ」
「いや、ポスター描くのは引き受けたけど、紙貰ってないじゃない……。あと何枚描くのかとか、どんなのがいいとか」
「ああ、そうか」
仕事をさっさと終わらせたいあまり、気持ちが先行しすぎていた。
どんなの描けばいいか、か。進行表には細かい指定だのは入っていない。そこら辺のことは片山に聞かないと、と思って探しかけるが、あいつ帰ったんだった。
となると先に紙を渡そう。
えーと、紙は……。紙ってどこにあるんだ。
「なあ、鈴丘」
「……なぁに」
まだ拗ねてんのかよ。
鈴丘に聞けば分かると思っていたのに、これでは聞けそうもない。つまるところ、俺の最優先タスクに鈴丘の機嫌を直すことが追加された。面倒臭っ。
「鈴丘? なんで拗ねてんのか教えては……」
「拗ねてないもん」
「だよなー」
うん、こう返ってくるだろうことは薄々分かってた。分かってだからといって、じゃあ策があるのかと聞かれたら、んなもんない。
鈴丘が拗ねてる理由が分からない今、俺にできることは特にない。
仕方なく、何かヒントでも見つかればと、ボランティアの宿題で行った保育園での出来事を思い出す。いや、高校生の機嫌を直す方法を四歳児との接し方に求めんのはおかしい。
ほとほと困り果て、やっぱり自然に機嫌が直るのを待ったほうがいいかという策が思い浮かんでしまう。鈴丘は切り替えが上手い子だし、現状ではそれが最善……?
そんな完全に逃げの案に飛びつきかけた時、ポケットに入れてたiPhoneが震えた。
こんな時になんだよと思いつつも、普段は全く震えない俺のiPhoneである。受け取る連絡は基本的に重要なことなのだ。
だから一旦思考を中止して起動した。
仕出し人は姉さん。件名はなし。
本文 : 帰りにお豆腐と食パンと洗剤買ってきて☆
仕事が増えた。
ちょっと待て姉さん。なんだこの狙ったかのようなタイミングは。つーか狙ってる?
高速で積み重なる仕事に、さしもの俺も軽くテンパる。
くそ、長文タイトル学園ハーレムラノベのラストみたいに、「俺の仕事がとどまるところを知らないッ!」って終われればどんなに楽か。
しかしここは現実。まごうことなき三次元であり、当然二次元ではない。そんなフィクション的逃亡法ができるわけもない。
「武藤、紙は?」
「お前も急かすなよ、功刀……」
ホトトギスが鳴くまで待っといてやろうぜ。
文化祭までの残りは約二週間。夏休み終了まではおよそ一週間。
今年の夏の終わりは、例年を軽く凌駕するレベルで忙しくなりそうだ。




