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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
50/75

44 締め切りを守ると豪語する作家を信用した編集者は往々にして痛い目を見る。

 一週間が過ぎた。

 否、正確には六日が過ぎた。

 脚本の締切である一週間を待たずして、脚本係が根を上げたのだ。

 いわく、あと一日で文章書くとか無理。

 何言ってんだ自業自得じゃねえか。俺はこれを聞いたとき真っ先にそう思った。

 なぜなら脚本係どもは、この期に及んで文章を書く時間を要求してきたからだ。

 これ以上待つことはできないと言い張る片山。んなこと言ったって時間がないと書けないんだから仕方ないだろうと食い下がる脚本係ども。

 両者の意見は平行線をたどり、ほとんど水掛け論になっていた。クラスのLINEで。正直他所でやってほしかった。

 一時間に及ぶ第一次LINE内闘争により、このままでは埒があかないと結論づけた片山は、再び会議を開くこととした。ちゃんと教室で開くやつだ。

 それが今日、俺が来る予定はなかったのに学校に来た理由だ。前回の会議に参加していた手前、二回目は面倒臭いから行きませんと言えないくらいの分別を、悲しいかな俺は持っていた。

 必要なメンツが揃うと、会議の火蓋は切られた。


「それで、脚本係りの言い分は?」


 開口一番に飛んだ片山の質問は、心なしか責める色がある。


「言い分もなにも、時間が足らないからもう少し待ってってだけだよ」


 対する脚本係りも負けてはいない。昨夜と全く同じ言葉で応戦する。


「でも、もう本当に時間がない。夏休みも後一週間くらいだし、文化祭までだって二週間切ってるんだよ」


 木城高校の文化祭は、夏休み終了から五日ほど経ってから開催される。夏休みに事前準備が許されるのに引き換え、猶予はちょっと少ない。

 それに片山の焦りは、残り日数というよりも演技の練習に使える時間に原因があるだろう。

 演技の練習はキャストが揃わないとできない手前、その見解は残り日数よりもシビアになる。そう考えると一日も無駄にできない。


「時間がないのは知ってるけど、台本ないと何もできないんだから待ってくれてもいいじゃん!」


 脚本係の誰かが当然のように言った。

 そうだそうだ、片山の言ってることはおかしい。そんな空気が、脚本係たちに広がる。

 その振る舞いは、自分に責任の一片もないといった風だ。


「時間がないの知ってるなら、締め切り延ばそうとするよりも、まず本文書けよ!」


「書いてるよ! 書いてるけど間に合わなそうだつたから締め切り延長してって言ってんだろ!」


「あのペースでしか進んでないのにちゃんとやってるなんて信じられるか!」


 両者次第に語調が荒くなっていく。

 ……ああ、こりゃダメだな。

 不毛なことこの上ない。互いに妥協点を探るならいざ知らず、ただ自分の意見を言ってるだけだ。

 このままだと互いの気に入らないことを言い合う大会とかになりそうだ。

 目の前の光景をそうやって極冷静に、冷ややかに視界に収めながら、俺は一つあくびをする。さっさといい感じに決着付かないかなー、と。


「武藤君、武藤君」


 不意にチョチョイと服が引っ張られた。

 見ると鈴丘がどうにも不安そうに眉を寄せている。


「どうしよ、喧嘩になっちゃうよ……」


「喧嘩?」


 言われてもう一度会議の状況を見る。

 確かに言い争ってはいるが、一応議論の体裁は保っている。殴り合いにもなりそうにない。


「喧嘩にはならないな。水掛け論だろ、なっても」


「えー、でも」


「なんだよ」


 ジトっとした視線を投げかけられて言葉に詰まった。


「この前は武藤君、なんとかしてくれたじゃん。だから……」


「今回も? 嫌だよ面倒臭い」


 この前は脚本係も片山も冷静だった。

 でも今は違う。双方とも、それなりに頭に血が上ってる。こういう状態のに口を挟むと、完全に標的が俺になるんだ。

 何年か前、親父と母さんが喧嘩してるの仲裁しようとした時、なんか知らんけど俺が怒られたし。未だに意味がわからねえ。

 だからまあ、今回は静観させてもらう。

 鈴丘はしばらく納得のいかない表情をしていたが、途中ではたと気がついた。


「……できないわけじゃないの?」


「は?」


 いきなり言われて何の話か分からず首をかしげる。


「だから、なんとかできないわけじゃないのかなーって」


「……? あ……」


 自分の発言を顧みて気が付いた。面倒臭いからやらないとは言ったが、できないとは一言も言ってない。

 予想もしてなかった穴を突かれ、シラを切ることも忘れていると、これまで静観していた功刀が咎めるような視線を俺に向ける。俺だけに向ける。鈴丘は?


「ちょっと、うるさいわよ。会議中でしょ」


「現状は会議っつーか言い争いだろうがよ」


「う、否定はできないけど……」


 なんにせようやむやにできるチャンスだ。ありがたく使わせてもらう。


「とにかく鈴丘よ。言い争いだとしても会議だし、もう話は終わ……」


「功刀さん、武藤君が今の状況なんとかしてくれるって」


「え、そうなの?」


 受け流された。

 これは、紫苑流俺に仕事させる時の法……!?

 俺のそこそこしっかりしたサボる口実を途中で遮るなりして制した後、「飛雄馬が〜やってくれるって」と味方を増産することで、なし崩し的に俺を労働力の一部とする高等技術だ。

 しまった油断した。鈴丘は俺の扱いが上手いという紫苑のお墨付きをもらってるんだから、十分に気をつけるべきだった。

 そんな思考も今となっては後の祭り。鈴丘と功刀の期待に満ちた視線が降り注いできて、さしもの俺もたじろいだ。

 二対の瞳からなんとか逃れようと身をよじるが、彼女らはそれを許してはくれない。最終的に根負けする。

 そもそも紫苑流俺に仕事させる時の法を使われた時点で不可避だ。俺の負けだ。

 前を見据え、ひとつだけ、小さくため息をついた。


「なあ」


 普段よりも気持ち声を張った。

 声量としては足りなかっただろうが、それなりにヒートアップしていた場には、これで十分だった。

 突然乱入してきたもの好きに、この場にいる全員の視線が集まる。ただ、脚本係と片山からはあまり歓迎されていないようだ。

 だがそんなものには動じない。直接殴りかかられたりさえしなければ、敵意の視線なんて大したものじゃない。

 それに必要とあらば、その場の空気を理解した上で無視するのが俺だ。


「片山、脚本の本当のデッドライン……これまでにできてないと詰むってのはいつだ?」


「は……?」


 いきなりなんだと言う風に眉をひそめる片山だが、それでも一応答えてくれた。


「本当は今日にでも演劇練習始めたかったけど、二日後だよ。それでも毎日みっちりやってなんとかならないんじゃってところだ」


「そうか」


 今日にでも、とは言っているが、最初の脚本の締切日から考えて、本来なら一週間前には始めてるスケジュールだったんだろう。

 つーか、前回の会議でも精一杯譲歩してたんだな。デッドラインの一日前を締め切りに据えてたとはなかなかだ。


「で、脚本係は何日ほしいんだ?」


「え、いや、具体的には特に。多ければ多いほどいいけど」


「テキトーだなぁ……」


 俺が言えることではないが。


「今日から全力で書いて、いつまでにはできそうなんだ?」


「み、三日あれば……」


「三日ね……」


 デッドラインの一日あとか。そりゃ片山だって怒るわ。

 例えば週刊誌。今から印刷しないと間に合わないって言ってんのに、「あと二時間待って!」とか言う作家はふざけんなってなるだろう。現状はそれによく似ている。


「だから、二日で書けって言ってるだろ!」


「こっちだって無理だって言ってる!」


 この部分だけ切り取れば、無茶な仕事を押し付ける上司と部下だが、仕事が無茶になったのは脚本係の自業自得だ。同情の余地はない。

 とすれば取れる選択肢はある。


「二日だな」


 再びヒートアップしそうだった場に、俺はまた水を差す。

 脚本係が全員「はぁ? なに訳の分からんことを言うとんのじゃこのアホンダラは」という顔をしたが無視。


「脚本係は二日後までに何が何でも、全身全霊で原稿を書け。二日徹夜くらいすればできんだろ」


「ちょっ、なに言ってんだよお前!」


 脚本係の一人、スポーツ刈りの男子生徒が叫んだ。

 それを皮切りとして脚本係からは大抗議の嵐。


「二日じゃ無理だって言ってんだろ!」


「なに勝手に決めてんのよ!」


「だいたい二日で書けなかったらどうするんだ! 他の台本用意してる時間なんてないでしょ!」


「他の台本、な」


 そこが鍵だ。

 そもそも片山は締め切りを押し付けるだけで、次善案を出さなかった。

 それは単純に頭に血が上ったから思いつかなかったのもあるだろうが、それだけではないだろう。

 脚本係はすでに何度も締め切りを破っている。今回に至っては、もう本当にやばいというラインにも関わらず破りにかかってきた。そんな奴らのことを信用できるわけがない。

 信頼は築くのは難しいが、壊すのは簡単だ。

 安易に脚本係に譲歩したらいけないという事が嫌ほど分かっただろう片山にとって、今回の締め切り会議は正念場だっただろう。

 一方で脚本係もまた間違っていない。

 締め切りを延ばしてもらって当然という態度はおかしい。だが、今この場において、脚本が書けるまで待ってもらうという選択は間違っていると言い難い。

 もし脚本が書けなかったら、劇すらできないのだから当然だ。代わりの脚本がない現状ならなおさら。

 だから、次善案を、脚本係が間に合わなかったときの台本を用意してやればこの会議を続ける意味はなくなる。


「他の台本の事だが、片山、お前書け」


「……は?」


 沈黙が訪れた。

 俺が突然異世界の言語でも使ったみたいな空気になってる。

 なんとかしろと俺に言ってきた鈴丘や功刀ですらもクエスチョンマークを隠せていない。

 凍った空気から最初に抜け出したのは当事者である片山だ。


「ちょっと待ってよ。俺脚本なんて書けないよ?」


「なに言ってんだ。コントの脚本なら書けるだろ」


「そりゃ書けるけど……」


「でも」と続ける片山を手で制して、俺は全員に聞こえるように喋る。


「いいか、文化祭でクラスがやる演劇は大きく二種類に分けられる。シリアスとコメディだ。前者はよほど上手い台本を書くか、いい感じの既存の台本を用意した上で十分練習しないとキツイ」


「まあ、確かに」


「んで後者。コメディだったら、自分たちで台本書いてもそれなりのものが割りと簡単にできる。その上で多少演技に難があってもまあ許される。だってコメディだしって感じでな」


「いや、コントだって芸人さんは何時間にも及ぶ練習と研鑽があってね……」


「俺ら別に芸人じゃないだろ」


 片山がなんか業界事情を説明してきたが、今は関係ないので封じた。


「コメディならご大層な設定もいらない。なんならノリだけで書いたっていい。練習時間との兼ね合いを考えても、現状最善だな」


「武藤君、君は一つ勘違いをしてる」


 俺の弁舌を最後まで聞き終わった片山は、不満そうに眉をひそめながらそう言った。


「なんだよ?」


「コントは、いや、お笑いはそんなにそこが浅いものじゃないんだ。間ひとつ取っても、かなりの修練が必要に……」


「ああうん、お前のこだわりは分かったから。そこら辺はいざ練習って時に考えるとして、今は二日で書けるかどうか教えてくれ」


「なんとも言えないよ。それに、それなら俺が書くより既成のやつ持ってきた方がいいと思う」


 その反論は予想していた。予想していたという事は、俺には却下するだけの根拠がある。


「既成のやつじゃあ現状にピッタリくるのを探すのが骨だ。作っちゃった電車のセット、使わないわけにはいかないだろ」


「ああ……」


 他にもキャストの数調整が大変とか、まあいろいろあるが、納得してもらえたようなのでいいだろう。


「舞台は電車の中。あと開演はここなんだから、教室内ってのもアリだな。登場人物は現時点で出るって決まってる奴らに合わせればいい。できるか?」


 今までは訝しげに俺の話を聞いていた片山も、このプランがそれなりに有用なことに気がついたのか真剣な表情で顎に指を当てる。

 しばらくブツブツ言ったあと、「うん」と自信満々に頷いた。


「きた。降りてきたよ笑神様が! これはいける。これはウケる!」


「要するに?」


「できる!」


「そうか。んじゃ決定だな」


「ちょっ、ちょっと!」


 まとまりかけた会議に、突如として待ったが投げかけられる。脚本係の一人だ。


「そんなホイホイ勝手に決めるなよ。いきなり俺らの脚本は使わないで、片山が書くやつ使うって言われたって納得できるわけないだろ!」


 そうだそうだ、と声が上がる。

 なるほど、確かに彼らからしてみれば理不尽なことこの上ない話だろう。だが一つ忘れていることがある。


「お前らが二日で仕上げればいいだけだろ」


 あくまで片山のは次善案である。本来の台本が早く上がるなら使うことはない。


「だから二日じゃ無理って言ってるだろ! それを無視して二日以内に仕上げろなんて、使わないって言ってるのと変わらない!」


「無理でもなんでもやれ。さっきも言ったが、徹夜とかすりゃ間に合うだろ。つーか間に合わせろ」


「……っ」


 ものすごい睨んできた。互いを隔ててる机さえなければ、すぐにでも殴りかかってきそうな勢いだ。

 純度百パーの敵意だったが、それでもまだ甘いと言わざるを得ない。俺に言わせれば、落ち着いた敵意の方がよっぽど怖い。

 そうして余裕を持つ俺の態度が気にくわないのだろう。奥歯を噛み締めるのが分かった。

 それでも暴力には訴えず、きちんと言葉でもって反論してくる。


「そんな風にして書いたやつが、完成度の高いものになるとは思えない……!」


 それは前回の会議でも言っていたこと。

 完成度の高いものにしたい。

 鈴丘は共感できたのだろう。だから彼らの方を持つようなことをしたのだ。結果、グダグダになってしまったわけだが。


「例えば、なんでもいい。テレビで放送されてるようなドラマの台本を手に入れて、その通りに演劇をしたとする。短時間の練習で、すごいものができると思うか?」


 答えは否だ。

 元が良くても、それ以外の要因でダメになることはいくらでもある。

 脚本係の面々は今度こそ言い返せない。

 全員押し黙り、教室には一時の静寂が訪れる。

 俺はダメ押しとばかりに、最後に一言付け加えた。


「こっちサイドは締め切り伸ばして十分妥協してきた。今度はそっちが妥協する番じゃないか?」

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