43 情報社会において、情報の持つ力はまさしく神の如く。
挿絵、ちゃんと載せる予定だったんですよ。
でも携帯の電源がつかなくなってですね……。いや、言い訳とかじゃなくっ。マジで!
無駄に重ーい荷物を三分の二も持たされた俺の腕は、それなりに超悲鳴を上げていた。
横にはいい笑顔を浮かべる女子生徒が一人。
「いやー、"快く"手伝ってくれてありがとうございますー! センパイ☆」
「脅迫って言葉、知ってるか?」
「やだなー、私は"お願い"したんですよー!」
「…………」
どうやら脅迫という概念が存在しない世界だったらしい。
手伝ってくれないと個人情報ばら撒きますよ、というお願い(婉曲表現)によって、俺は汐留の荷物運びを手伝わされていた。
汐留の教室は四階の端っこの方にある。お願い(婉曲表現)されたのは駐輪場だったから、それなりに距離があるのだ。確かに一人では大変である。
けど荷物運びを程度で個人情報をばら撒くとか、どう考えても等価交換の原則が成り立ってない。こいつはきっと錬金術が苦手に違いない。
「つーか、これ何でこんなに重いんだ。腕が千切れそうなんだが」
言いながら手に持った二つの段ボール箱を見る。これらひとつひとつが、米袋一個半くらいの重量がある。つまり俺は今、米袋を三つ持たされているのと等しい状況にいるわけだ。
「あー、なんか絵の具とか紙の束とかいろいろ入ってるんです。特に紙がたくさん」
「はあん、紙ね……」
紙って集まると重いからなー。なるほどなー。
で、こいつはさっきまでこの段ボール箱を三つまとめて持ってたわけだが、その細腕のどこにそんな怪力が? 米袋四つ半ってバカにならんぞ。四十五キロくらいあるぞ。
四十五キロといえば女子一人分くらいの重さか。幻想の中の。
「そんで、お前のクラスは文化祭何やるんだ? こんな大量の紙使うとか、陰陽師ごっこか?」
「何言ってるんですか……?」
「いや、紙を切ってそれっぽい文字を筆で書いて呪符に見立てて遊ぶんだよ。急々如律令! って言ったりして」
「何言ってるんですか……?」
説明したのに同じ質問を繰り返された。
そうか、理解できないか。まあ分からんでもない。
陰陽師もののラノベを読んだ影響だったが、自分でもなんであんなことしたのか分からないくらいだ。呪符(笑)はまだ取ってあるけど。
「陰陽師ごっこじゃなけりゃ何するんだよ? 神隠し?」
「全然上手くないですから。お化け屋敷ですよお化け屋敷!」
「神隠し、微妙に擦りはしてたな……。にしても定番だな」
「あれ、センパイもしかして、たかだか高校の文化祭でやるお化け屋敷にこの俺がビビるわけない、とか思ってます?」
「思ってねえ。幽霊相手にゃ、かくとうタイプも形無しだ」
「何言ってるのか分かりませんけど……。まあ、あまり舐めないで下さいよ? チョー怖いのになる予定ですから!」
言うと汐留はグヘヘと笑う。
別に行くとは言ってないんだが……まあいいか。それにゴーストタイプに敵わなくとも、その正体が人間だと分かっていれば問題ない。みやぶるを使えばかくとうタイプの技だろうと当たる。
「お化け屋敷はいいけど、じゃあ紙は何に使うんだよ」
「ああ、お札ですよ。赤い絵の具で文字書いて貼るんです。たくさん」
「陰陽師ごっこ、微妙に擦りはしてたのか……」
「だから何言ってるんですか」
まあ確かに、暗闇の中に赤で文字の書かれた呪符がたくさんあったら不気味ではある。なんか怪しい呪術儀式っぽい。たぶん蠱毒とか使う。
そんな意味もない雑談を、クッション代わりに使っていたのだろう。「それはそうと……」と汐留は切り出した。
「なんでセンパイは学校に来てるんですか? 夏休みですよ?」
「知ってる。文化祭の準備だったんだよ」
「あれ、おかしいですねー。私の知ってるセンパイは夏休みとか引きこもってるはずなんですけど。文化祭もどうでもいいんじゃないですか?」
「いろいろあったんだよ。一度引き受けちゃったんだから来なきゃだろ」
正確には暗に示された意図に気づかず頷いただけだが、まあ同じことだろう。
俺の答えを耳にした汐留は、聞こえるか聞こえないかくらいのため息をついた。
「私にもまだ、仮面取ってくれませんかぁー。それは表向きの理由でしょう?」
「うっせ。仮面ならお前がクラスの奴相手に被りまくってんだろ。俺は仮面とか被ってない。あと自分を特別みたいに言うな全然そんなことねえから」
「そうですかー? ある意味、特別だと思いますよ?」
数歩だけ前に出て、くるりと振り返る汐留。そして微笑を浮かべる。
「似た者同士、みたいな」
「そう思ってるのはお前だけだドアホ」
バッサリ切り捨てて立ち止まった汐留の横を通り過ぎる。
なんか、汐留から妙な仲間意識っぽいのを感じる。
俺の返答がつくづく気に入らないようで、あざとく頬を膨らませて着いて来た。
「もしかしてセンパイって、自分の事騙すの上手ですか?」
「は? いきなり何言ってんだ?」
「どうなんですか?」
汐留には似つかわしくない、真面目な様子である。
さっきまでは表情に冗談らしさがあったが、今はそれも見当たらない。だから俺も真実を言った。
「上手くねえよ」
それから付け足すように、
「あと自分を騙してない。俺はわりかし自分に正直な方だ。今も荷物放り出してさっさと帰りたいと思ってる」
「へえ」
分かってますよ、というように頷く汐留。
「なんか、センパイって結構難解ですね。甲斐センパイの方が簡単なくらい」
ふとその言い方に違和感を覚えた。
「ってことは、甲斐のことはもう分かったのか?」
汐留は知らないことを恐れる。そんな彼女が、甲斐翔と付き合っている理由は、甲斐の裏の顔を知ることだ。
裏の顔、すなわち甲斐の不良としての顔。俺は一応知ってるが、その事は言わないで置いている。
「相変わらず、ちょいちょい探りは入れるんですけど、全然ダメですねー」
「……そうか」
難解だとかなんとかだとかは、印象の問題だったらしい。
まあ汐留が甲斐の事を好きでなくても、甲斐は汐留のこと好きだからなぁ。バレたらあいつ汐留に捨てられるし、そこはちょっと気の毒だ。
と、教室についた。
「んじゃ、これここに置いておくぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ん」
扉の近くに段ボール箱を置くと、適当に返事をしてその場から立ち去ろうとする。
腕が重い。筋肉痛にはならないだろうが、久々に無理をした。
凝り固まった腕の筋肉を揉み解しながら数歩行くと、不意に聞いておいた方がいいことを発見した。
「なあ、汐留、ひとついいか?」
「はい? なんですか?」
訝しげに、それでいて知的好奇心を感じさせる瞳で見つめられた。
いや、別に大したことじゃないんだが。
「うちのクラスでポスターとか描けそうな奴いるか分かるか?」
「えー……」
うへえという顔、やめてほしい。
片山はポスター描ける人をクラスLINEに送って確かめるような事を言っていたが、絵を描ける奴ってのは基本的に内気なイメージがある。ポスター描ける人いない? と聞いても、手を挙げてくれない可能性はあるのだ。
だからあらかじめ描く事のできる奴を知っておくのは有効だ。
「そのくらいは自分で知れると思うんですけど。私、情報屋じゃないですし」
「俺のクラス参加率の低さを知ればんな事言えなくなる」
「そうでした。確かにそうでした。……仮面うんぬんの話だと思った私がバカでしたよ……」
ボヤきながらも教えてはくれるようで、手帳を手際よくめくっていく。
ある一ページでめくる手を止め、再度ため息をつきながら教えてくれた。
「功刀センパイは描けますね。結構上手いです。センパイ、割と話すのに知らなかったんですか?」
「は? 功刀? マジか。知らなかった」
でもひとつだけ心当たりはある。垂れ幕を塗るとき、あいつはやけに手際よくやっていた。普段から描いてるんじゃないかってレベルだった。
なるほど、隠れ絵描きだったのか……。隠れてるかは知らないけど。
ああでも、ポスターの話になったときに一度も功刀の名前が出なかった事を考えると、隠れてはいるのか。
「まあ感謝しとく。助かった」
「はいはい、運ぶの手伝ってもらいましたし、このくらいは構いませんよ。本当はホイホイ教えるようなモノじゃないですけど、今回は特別です」
「おう、そうか。じゃあな」
「お疲れ様です」
その場を後にする。
歩きながら、今度は汐留と交わした会話を思い出していた。
仮面だとかなんだとか、考えるのも馬鹿馬鹿しい。そんなもの、人間なら誰しもつけてるものだ。どこに行っても付けていたり、家族の前では外したりと、程度の差はあるが。
だから汐留の理論だと、人類皆友達になる。んなアホな。
自分を騙す、という事にしても同じだろう。
自分にひとつも嘘をつかない人間はいない。それも、ラノベなんかでよく見かける「あいつの事なんか別に好きじゃないんだからね」から「俺はやればできる子だ。やらないだけで」まで程度の違いはある。ただ、嘘をつく理由は誰しも同じだ。
自分を、自分の心を守るため。
そのためには何としてでも、例え不本意でも無理があっても自分を騙す。
だから、人は皆嘘をつき通せていない。どんなに人を騙す事が得意だとしても、自分を完全に騙す事は不可能だ。嘘をついた時点で、心のどこかでは気づいているのだから。
それは俺にも言える事だ。
*汐留朝日視点*
荷物を教室の中に運び入れながら、武藤センパイとの会話を思い出してた。
あの人は私と似てる。
それだけは確かだという、確信にも似た思いがある。
どうにも捉えどころがなくて、口癖と行動が一致しなくて、核心に迫ろうとするとバッサリと切り落とされてしまう。武藤飛雄馬という人間を、誰にも悟らせないようにしてるように。
もしくは、ただ単に自分に踏み込んでほしくない人なのかもしれない。
けど、普通だったらちょっとおどおどするくらいの所まで踏み込んでると思う。実際はおどおども動揺もしないんだけど。
ああもう、わっかんないなぁ。
ただ、知らない事が、分からないことが怖いはずなのに、あのセンパイに対してはあまりそう思わない。
甲斐センパイも仮面を被るには被ってるんだろうけど、なんか違う感じがするからなぁ。ちょっと怖い。
なんだけど武藤センパイはそうでもない。
あれかな。基本的に他人に興味ない人だからかな。私のことを面倒だと思っても、どうにかしてやろうとは思わないだろうって分かってるからかもしれない。
あとひとつだけ、今の会話で分かったことといえば。
ううん、分かったっていうか、分かった気がしたって感じだけど。
武藤飛雄馬は仮面を被るって所で私とこの上なく似てる。
けど似ているのはその一点に限るのかもしれない。
他の部分、例えば仮面を被る相手とか、被る理由の系統とか。そーゆうのは、私とは全く違うのかも。
これは、たぶん乙女の勘。
自分のことを、花も恥じらう、いわゆる乙女とは思わないけど。
漠然とした、可能性の話。




