42 問題とは、忘れた頃や起きて欲しくない時に限って起きる。
文庫祭の準備で問題が発生したのは、ピアノのコンクールの翌日だ。
原因は台本が未だに上がってこない事。
それによって、現場ができる作業がもうなくなってしまった。
垂れ幕は描いた。テープなどの必ず必要となるであろう資材の購入。大まかな役割分担……。
締め切りが引き伸ばされるごとに「そういえばあれは今のうちにでもできるんじゃないか」「あれも、まあできなくはないか」「ギリギリ、これも、まあ、うん一応」と現場は動き、ついに「もうやる事ねえよ」となったのだ。
現時点で台本の締め切りは一週間オーバー。夏休みは残り二週間とちょっと。小道具の作成などの時間を考えるともう余裕がない。詰んだ。
というか、夏休みすぎるの早いな……。二週間とちょっとで学校行かないととか心が折れそう。
ともあれ本当にやばいらしい。
らしい、というのは、鈴丘に聞いた話であるからだ。本当にやばそうな顔していたから相当だろう。
で、今俺は、緊急会議とやらに駆り出されている。なんでだ。
「鈴丘、俺が今ここに存在している理由を説明してくれ」
「う、うん? なんか突然哲学的だね」
「哲学的じゃない。俺なんでここにいんの? って話だ」
「あー、やっぱりそっちだよねー」
俺のやる気なし症候群にも慣れてきたようだ。極めて冷静に返された。
「別に武藤君を参加させたわけじゃなくて、今日来てる人で会議しちゃおうってことだから」
「それ、俺帰ってもよくね」
「よくないよ!」
「なんで」
「なんでも!」
「納得いかねえ……」
なんて力ずくな説得なんだ。というか、もはや説得ですらない。しかし帰ることは許されないらしい。
「そうやって帰りたがるわりに、アンタちゃんと来るわよね」
そう俺を評するのは功刀だ。
「そういうお前も、家族旅行から帰ってきてからだいたい毎日来てるな。律儀なこった」
「ほ、褒めても何も出ないわよ……!?」
褒めてない。皮肉った。
会議をする場である教室には、夏休みにおける文化祭準備で常連の五人が揃っている。あとは脚本担当を待つのみだ。
「ごめん、遅れた?」
ガラリと扉が開く音とともに入ってきたのは体育着姿の男子(名前は知らん)だ。首にはタオルがかけられているあたり、部活を抜け出してきたらしい。
つーか、台本って運動部の奴が書いてんのかよ。もっと根暗そうな奴が書いてるんだと思ってた(偏見)。
「大丈夫、遅れてはないよ。まだ他にも来てない人いるし」
反応したのは片山だ。やんわりとフォローをいれた。
実際まだ時間にはなっていない。
……いや待て、まだ来てない人がいる? このメンバーで話し合うんではないのか。
まあ、それもそうか。割とせっぱつまっている状況だし、各役割の代表くらいは来てしかるべきだ。
そんなことを考えながら、さらに数分待った。
最初に入ってきた運動部男子のほかに、六人の男女がそろった。いずれも名前は知らないが、顔は見たことあるしクラスメイトだろう。ほとんどが運動部だ。
各々が適当な席に座り、黒板を向く形で会議は始まった。
「それで、脚本の進捗状況はどう?」
黒板前に立つのは片山。彼が進行役を務めるようだ。
文化祭実行委員の単刀直入な問いに、やって来た七人の男女は顔を見合わせる。なんというか、「お前が言えよ」の応酬を感じた。
「えーと、まだ本文は書いてません。設定の段階で……」
「まだそこ?」
「ごめん」
設定の段階って……。一週間前もそんな感じじゃなかったか? 全然進んでないじゃねえか。
「頑張ればいつまでにできそう?」
「それは脚本組のみんなと相談しないとちょっと」
「多分、あと一週間あれば」
「でもそれじゃあ劇の練習する時間が……」
劇の練習は当然の事ながら人が揃わないとできない。
現在の文化祭準備への出席率から考えて、練習の時間が一週間と少しでは足りなさすぎるだろう。
と、重要な事実に気がついた。
脚本係って一人じゃねえのか。
様子を見るに、やって来た七人全員がそうらしい。
おそらく「俺やるー☆」「じゃあ私もー☆」「そんじゃ俺もー☆」というノリの応酬で、こいつらが脚本に決まったに違いない。
それで役割を果たせているのなら構わないが、今のように他の部署に迷惑をかけるのはいただけない。
そもそも大人数でアイデアを出し合っても、必ず面白いものができるとは限らないのだ。バ○マンで言っていた。
そんな七峰もどきな連中は困ったように、
「でもこっちもまだ本文は書けてないから」
「現場になんとかしてもらはないと」
顔を見合わせる彼らは、どこか無責任さが漂う。
「一週間待てば、いいものができるの?」
別に糾弾するようでもなく鈴丘は問うた。
「いいものができるように頑張るよ。ね?」
「うん。それはもう」
「うちらもいいもの作りたいし」
次々と上がる賛同の声。それを聞き届けた鈴丘は、議長である片山へ向かい直ると、
「みんなこう言ってるし、頑張ろうよ!」
「う、うん。まあ完成度は高いに越した事はないけど……」
締め切りを待ってあげる鈴丘の甘さが発動した。こいつは絶対編集者になれない。
片山の言いたい事は分かる。一週間後に必ずできるという保障がないじゃないか。といったところか。
すでにタイムスケジュールはギリギリで安全マージンもバッファもあったもんじゃない。躊躇するのも分かる。
だが現場、より良いアイデアがあるわけでもない。
「そうだね……」
「なあ、設定に行き詰まってるって言ってたけど、そもそもどんな話にしようとしてるんだ?」
決定を下しかけた片山を遮って口を開いた。これは聞いておくに越した事はない。
設定というからにはギャグ方面ではないのだろう。それは、出来上がったものによってはクラスメイト全員の黒歴史となる可能性を秘めている。
ギャグ方面なら多少失敗したところで「まあギャグだし」で済ませられる。
だがシリアスなものはある程度本気でやる分、失敗したら結構きつい。それこそ目も当てられなくなる。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、脚本係どもは責任を押し付け合うように視線を交錯させる。
そのうち誰ともなしに口を開いた。
「ミステリーなのかな? 舞台は現代日本なんだ」
ふむ。
「主人公は深夜の電車に乗るんだけど、周りに人は誰もいないの。まだそんな時間じゃないのにおかしいなと思って、隣の車両に移動するけど、やっぱり誰もいないと」
ふむ。
「で、なんか色々あって時間と空間がループしてることに気がついて……」
ふむ?
「ループから抜け出すために悪戦苦闘するという……」
かなりガチな内容だった。どこのミステリー小説だよって感じだ。そりゃ設定に行き詰まる。
つーか登場人物が主人公しかいないのは駄目だろう。せめて美少女ヒロインがいなければ。そのヒロインは黒髪ロングを推奨したい。
「とりあえず、電車がループの舞台って事でいいんだよな?」
「そうだよ」
「だとさ、片山。電車のセットみたいなのってまだ作ってなかっただろ。脚本待つんなら、その間にそれ作ろう」
俺の指示を受けた片山は一瞬面を食らってから、「そうだね」と頷いた。
「あと脚本係と現場とでもうちょっと情報伝達したほうがいいと思うんだが。そうすりゃ決定した小道具から用意できるだろ」
「そうだね。じゃあ脚本係は、進捗状況を随時俺に教えてください。脚本の締め切りは一週間後厳守で」
「了解」
「ごめんねー。遅れてて」
「ちゃんといいもの作るから!」
とりあえず今できるのはこのくらいだろう。キャスト候補者を募るのは、登場人物が出揃ってからだろうな。
本当、ギリギリだ。
まあ、俺には大して関係のない事だが。
***
「この中でポスター描ける人いる?」
脚本係たちが部活に戻ったあと、片山は残ったそこそこやる気のある連中(俺を除く)に声をかけた。
つーか、なんで脚本係は部活に戻ってんだ。脚本係描け脚本。もしくはその行き詰まってる設定をどうにかこうにかいい感じにしろ。
まあなんにせよ、片山は現在ポスターを描ける人をご所望らしい。
「俺らに絵心がないってのは垂れ幕塗った時に判明してんだろ」
片山もダメ、鈴丘と功刀もダメ、俺は論外、その他の二人もアウト。このチームに唯一足りていないもの。それは画力だ。若干一名やる気も足りない。
「だよなぁ。漫画みたいにコマ割りして面白いセリフの入ったポスターとか描いてほしかったけど、ダメだよなぁ」
「お前ほんとギャグ好きだな」
劇の内容にも合ってねえ。
「じゃあコマ割りパターンは諦めて、デザインで誤魔化してそれなりにオシャレにしたレタリングとかできる人いない?」
「…………」
当然のように手は上がらない。レタリングもちょっとアレなのも、垂れ幕の時に判明してる。
俺らの反応を見て、片山は深いため息をついた。それに心を痛める少女がこの場には一人いる。
「わ、私でよければ描くけど……あまり上手くないよ?」
「ほんと? 鈴丘さん。助かるよ!」
例のごとく鈴丘だ。
ただ、俺は何となく、漠然とした嫌な予感を感じた。それは垂れ幕を塗る作業中に無意識に気がついていたことかもしれないが。
「鈴丘、念のため、黒板にどんなポスター描くつもりなのか描いてみろ」
「え? なんで?」
「だから念のためだ。一応だ。安全マージンだ」
「……? うん」
訝しげな表情を作りながらも、彼女はチョークを手に取り、一瞬思案すると線を引き始めた。
迷いなく、堂々と描き進めていく。ただその迷いのなさも超素人っぽかった。俺と大差ない。
隣から功刀の「うわぁ……」という声が聞こえた。
「できた!」
「あー……」
自信満々にチョークを置いた鈴丘を尻目に、俺は思わずため息をついた。
なんというか、アレだ。かろうじて人型ということは認識できるレベルだが。
「そのキャラクターが手に持ってるのってなんだ?」
「警察手帳だよ!」
「着てるのは?」
「トレンチコート!」
「…………」
とてもじゃないけど見えない。
警察手帳は爆弾みたいだし、トレンチコートはどっちかっていうとマントだ。そしてその下は何も着てない。
結論だけ述べよう。危ない人にしか見えない。そうそうポリスのご厄介になりそうなやつだ。
それではここで功刀さんの様子を確認してみましょう。青ざめています。
いや、功刀に限らず、ここにいる全員が微妙な顔をしていた。
「チェンジで」
「えっ」
片山の決定に、この場にいた鈴丘以外は頷いた。
まあ、危ない人が描かれたポスター貼るわけにはいかないもんな。防犯ポスターじゃないんだし。コートの下なにも来てないからR指定付きそうだし。
というわけで今日はお開きになった。
イラストを描ける人はLINEで聞いておくことになった。
それに電車のセットを作ろうにも、材料がないのだ。妥当な判断だろう。
その材料を買うにも、なんか書類を書かないといけないとかで、鈴丘と片山は居残りだ。
俺一人で帰路に着いた。
最近は鈴丘と一緒に帰ることが多かったからか、隣が妙に涼しい。
しかし隣に誰もいないのが本来の俺の姿。たまに隣に誰かいるのは姉さんだけでいい。
そんなことを考えながら歩いて、駐輪場に差し掛かった。
するとどこからか賑やかな話し声が聞こえてきた。
駐輪場のすぐそばには、垂れ幕を描いたりした作業場がある。たぶんそこだろう。文化祭を楽しむ学生(笑)が祭りの空気にあてられているに違いない。祭りはまだだというのに。
どこにそんなエネルギーがあるのかと不思議に思いつつも、実際は微塵も興味ないので完全スルーだ。
「お、重い……。すごい重い」
偶然耳にしてしまったその声に一瞬足を止めた。
見れば、駐輪場に一人の人影。
手に持った段ボール箱は目の高さまで積み上がっていて危なっかしい。足取りもフラフラとおぼつかない。
段ボールに隠れたせいで顔の九割は見えないが、ちらりと覗いたパンダの髪飾りと、頭頂部から生えた一房のアホ毛が、何よりも彼女の正体を物語っていた。
関わるのはよそう。
時差もタイムラグもほとんどなしに結論付けた俺は、気がつかれないように校門に歩き出す。
なんで? だって面倒臭そうじゃん。
が、俺の逃避行は即座に見咎められた。
「あれ? センパイ?」
前方を確認しようと、段ボール箱の横から顔を出した彼女によって。
無視することもできたが、そうすると後がそれなりにホラーである。ホラーっていうか情報危機である。機器と危機がかかってる。
だからなんとか立ち止まった俺の判断は間違っていないはずだ。
「あー、やっぱりセンパイだー。お久しぶりでーす☆」
汐留朝日は、獲物を見つけたチーターの様な目をしながら、嗜虐的な笑みを浮かべた。




