41 文化祭の準備におけるひと時の休息【下】
イラスト付ける予定だったんですが、テスト期間中につきまだ出来てません。出来次第載せます。
音楽ホールは、合唱祭の時に使ったのと同じところだった。
相変わらず格式がたかそうな場所である。普通に生活しているだけだったら絶対に行かないような場所。
そんな場所に男女が三人。
「人類最大の発明は空調設備だ……」
「前にも似たようなこと言ってたよ、武藤君」
「中学時代にも似たようなこと言ってた記憶があるなぁ」
「…………」
一瞬で俺のボキャブラリーの少なさが露呈した。そんなにしょっちゅう言ってたか、俺。
「なんにせよ、ここで一旦別れんだよな。確か」
「んー、そうだけど、まだ出番まで時間あるなぁ。ちょっと周ってみる?」
「音楽ホール内で何を見るんだよ。時間あるんだったらもうちょっと遅く出れば良かっただろうに」
「違うところに寄ってから来るっていう発想が出ないあたり、さすがだよね」
鈴丘に呆れられてしまった。しまったが、今に始まった事ではないので構わない。
「それに音楽ホール内でも色々見るものあるよ?」
「例えば?」
「他の人の演奏」
「それ同じ音楽家の視点じゃねえか。いいか、一般人は音楽に興味はないんだぞ。アニソンしか聞かないんだぞ」
「それは武藤君だけだから。私は普通にクラシックも聞くし」
「あれ、ここアウェー?」
二人が敵にまわった。ピンチだ。オタクがピンチだ。いや、俺はオタクレベルに達していないが。
しばらくそんな他愛もない、言い換えればどうでもいいことを話してると、どこからか視線を感じた。
どうやら暑さでやられた索敵能力が回復してきたらしい。
どこのどいつだと振り返り、右から左に向かって注意深く索敵する。
「き、きき、奇遇ね……!」
俺らから三メートルくらい離れたところにいる女が硬直し、どもりながらも言葉を発した。
不審者である。
室内だというのに目出し帽を被りサングラスをかけている。着ているものは比較的普通のものなのにも関わらずだ。
当然俺の少ない知り合いの中にこんなアレな人がいるわけがない。
「奇遇ね」と言われても何が奇遇なのかも分からない。だから言ってやった。
「ドチラサマデスカ」
「き、きき奇遇ね……!」
リピートすんなよ。ドラ○エか。
「あれ? 功刀さん?」
「き、きき奇遇ね……!」
「は? 功刀?」
言われてみれば、帽子からはみ出している青髪は功刀のものだ。というか、鈴丘が見間違えるはずなんかないから、この不審者は功刀だろう。
「なに? 知り合い?」
「一応知り合いだな。いや待て、こんな怪しい奴は知り合いじゃない」
「失礼ね!」
紫苑に説明すると、硬直から解けた功刀が抗議してきた。ズビシッと人差し指を突き付けてくる。
「あのな、室内で帽子にサングラスなんて怪しいことこの上なしじゃねえか。大体なんでお前ここにいるんだよ」
「それはその、なんとなくっていうか。そ、それに怪しくないわよ! これはその……お、おしゃれよ!」
「無茶言うな……」
帽子が目出し帽じゃなければギリギリセーフだったが。あと外でもそれなりにセーフだったかもしれない。
あれ、そう考えるとそんなに怪しくないような気がしてきたぞ。
と、肩を叩かれた。
紫苑が耳打ちしてくる。
「紹介お願い」
「ん? おお」
確かに、放置は悪かったな。
「功刀、こいつは俺の幼馴染の常盤紫苑で、今日のコンクールに出るんだ」
「コンクール?」
「ピアノのコンクールだ。あれ、まさかお前、それすら知らなかったのかよ」
「シ、シッテタワヨ……?」
「…………」
サングラス越しに、超泳いでる目が見えた。うん、触れないでおいてやろう。
気にせず紹介を続ける。
「で、こっちがなんかクラスメイトの功刀……」
「愛華だよ、武藤君」
耳打ちフォロー、ナイスだ鈴丘。耳に息がかかってちょっとくすぐったかったけど、気にしないでおいてやろう。
「功刀愛華だな。ストーカー体質だからお前も気をつけろ」
「なにその認識……。まあいいや。よろしくね、功刀さん」
握手をしようと手を伸ばす紫苑。
功刀はそれをひらりと躱し、鈴丘の背中に隠れた。顔を半分だけ出して、小さい声で言う。
「よ、よろしく……」
「俺、嫌われるようなことしたかな……!?」
紫苑が露骨に傷ついた顔で、救いを求めるように俺を見つめた。気のせいか、目もちょっと潤んでる。超かわいそう。
「安心しろ。何もしてない。何もしてないから泣くな」
「泣いてねーし!」
撫でてやろうとすると弾かれた。まあそりゃそうか。
俺は未だに過剰なまでの警戒心を露わにしている功刀に向き直る。
「で、なんで隠れてるんだよ功刀」
「功刀さん、常盤君に失礼だよ?」
俺と鈴丘で問い詰めると、功刀はますます縮こまり、顔を逸らした。子供かこいつは。
「ほら、私って男子が苦手じゃない?」
「知ってて当然みたいに言うな。初耳だ」
鈴丘に知っていたかと視線だけで問う。彼女は顎に人差し指を当て、首を小さく傾げてしばらく思案する。
「うーん、はっきりとは知らなかったけど、薄々は分かってたかも。功刀さんが武藤君以外の男子と喋ってるところ、見たことないし……」
「ほーん。ん? それって俺が男子として見られてないってことになんね?」
言った瞬間、功刀が食いついてきた。
「え! 男子として見てほしいってことなのかしら……!?」
「ぶっ飛んだ解釈すんなよ。んな事、一言も言ってねえだろ。あとなんでちょっと嬉しそうなんだ」
別に功刀に男子として見られようが見られまいがどうでもいい。むしろストーカーされると怖いから、見られたくない方に顔が乗ってる。天秤ちゃんは傾いてる。
「つーか、西倉とも話した事はあるだろ。あの時はなんで大丈夫だったんだ?」
「は? アイツは男子っていうか、ただのバカじゃない」
酷い言いようだが、西倉に関しては俺もほぼほぼ同じ意見なので仕方がない。注意する代わりに小さく頷いてやった。
「二人とも、西倉君が可哀想だよ」
咎めるように言う鈴丘だが、その目は小さく泳いでいる。ちゃんと否定しきれてはいないらしい。
あの一般的に言えば優しい鈴丘にこんな反応をとらせるとは、西倉も西倉で侮れん。全然褒めてないけど。
なんにせよ、功刀が紫苑から逃げた理由は分かった。
「というわけだ、傷つかなくても大丈夫だぞ、紫苑」
「うん、飛雄馬に二人も女子の友達がいるみたいで俺も安心したよ」
「は?」
話が飛んだ気がした。
一体何を言ってるんだこいつは。鈴丘も功刀も別に友達ではない。あえてカテゴライズするとすれば知り合いであり、クラスメイトであり、なんか割と絡んでくる変な奴らである。
だから断じて友達ではない。
いや、問題はそこじゃなくて、そもそもこいつ傷ついてねえの?
そんな思いを込めた「は?」だったが、幼馴染には見事に通じたようだ。
「音楽家はメンタルが強いんだよ。どんなに批判されても、挫折しても、必ずあの黒い箱に向かうからね」
「ああ、そう」
そうやって胸を張る姿は、確かに決して折れない心を体現していそうで、やはりガキっぽかった。だって胸張る時点で若干幼い。
「あ、だいぶ話し込んじゃったな。そろそろ行かないとだ。それじゃあね」
どうやら余裕を持っていた時間もそれなりに潰せたようだ。
小さく手を挙げて行こうとする幼馴染に、俺は声をかける。
「まあ、頑張れよ」
「頑張ってね!」
「…………」
俺が雑に応援し、子供の発表会を見に来た親のテンションで鈴丘が激励を送り、功刀が無言で見送った。
「頑張るよ」
彼の背中には迷いがなかった。
***
肩を叩かれて目を覚ました。
舞台上では、見たことのない少年が演奏をしている。どうやら俺は寝落ちしていたようだ。
「ダメだよ、武藤君。寝ちゃ」
「あー、おお。いや、別に紫苑以外の演奏聞いてもしょうがないから寝かしといてくれても良かったんだが」
「そんなこと言わないの」
諭された。
それなりに正論ではあるけど、だったらもう一人爆睡してる功刀も起こすのが筋なんじゃないのか。
など不満はいくらでもあるが、無駄に話し込んで邪魔をするのもいけない。素直に聞くことにする。
奏でられている曲が何なのかは分からない。かろうじて分かるのは、課題曲だということくらいか。みんな同じの弾いてるし。
その上で受ける印象を言わせてもらえば、単調だ。曲がというより、弾き方が。
俺が寝落ちした理由はここにある。
特に引き込まれもしない演奏をしかも同じ曲を長々と聞いていれば、飽きもするし眠くもなる。早い話が最高の子守唄になる。
多分、決して下手ではないのだろう。むしろ上手いのだと思う。
ただ、クラシックに興味のない素人が聴くには、いささか退屈すぎた。
今にも瞼が落ちてきそうだ。
「武藤君」
「ん、ああ、起きてる起きてる」
本気になった鈴丘の観察眼から逃れられない。なんだよ。フォークアイかよ。
「つーか、お前よく起きてられるよな。信じられん」
「クラシックも普通に聞くって言ったじゃん」
「だからって起きてられるもんかね」
いくらアニソンだって、連続でずっと同じやつが流れてたら飽きてくる。飽きてくりゃ寝むくなるのが世の定めだ。
「そんなこと言ってないで、そろそろ常盤君の番だよ」
「お?」
見れば演奏は終わっていて、演奏者が客席に向かって礼をするところだった。
なんというか、拍手とか起こらないんだな。粛々と執り行われてる感じだ。
俺のコンクールのイメージ、○月は君の嘘に毒されすぎか。
名も知らぬ演奏者は達成感からか、胸を張って退場していく。まるで試合を終えた選手のようだ。
そうだ。彼らにとって舞台上とは闘いの場。己を披露する場。多くの観客の視線が自分一人だけに向けられるのだ。
そのプレッシャーは、さぞかし凄まじいだろう。紫苑の言っていたメンタルの話も、あながち嘘ではないのかもしれない。
と、紫苑が舞台袖から出てきた。
さっきまで来ていた普段着ではなく、黒いスーツに身を包んでいる。
表情には焦りや緊張、ガキっぽさは見られない。凛々しい、というのが最適だろう。ちょっとかっこいいじゃねえか。
足取りにも迷いや、そういった感情は感じられない。完全に集中しているのだろう。
そこには覚悟があった。自信があった。矜恃があった。かつての誰かのように。
紫苑は舞台の中央で止まると客席に向きなおり、礼を一つ。強大なプレッシャーを物ともせずに、舞台にある光沢を持った黒い箱へと向かった。
深呼吸を一つ。独特の緊張。一瞬の静寂。まるで時間が止まったかのようなーー
「……!」
音が奏でられた。
もとをただせば一つ一つの音でしかないそれは、互いに重なり織りなすことで音楽へと変貌する。
カラフルだとか、音が色づいているだとか、そういう感想は抱かなかった。
ただすごいと思った。
ついさっきまで同じ場所に座っていた奏者とはレベルが違う。紫苑の奏でるそれは、今日何度も聞いた課題曲でありながら、そうと認識させないほどの力があった。
多分、何かを想うだけでこうはならないのだと思う。
連日に及ぶ、血の滲むような努力があってこそ、想いを音に乗せるだけの技量を得るのだろう。
反対に、いくら上手くてもそこに乗せる想いがなければ意味をなさない。
紫苑は一途だ。ただ一途に、今俺の隣で目を輝かせている女の子の事を想って弾いていた。
そうだな、言葉にすれば「俺を見ろ!」といったところか。
あるいはそれは俺の勘違いかもしれない。音楽に関してはまるっきり素人だ。すごいとは思っても、どんな想いをそこに乗せているかなんて正確に分かるわけがない。
だけど。
親友の一途な想いが成就して欲しいと、少しだけ本気で思った。
***
コンクールの後、功刀という邪魔を交えてゲーセンとかに行ったのは別の話だ。
まあ鈴丘と紫苑もいい雰囲気だったと思うしいいだろう。
功刀がなんでいたのかは、最後まで謎だったが。




