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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
45/75

39 例えば自分のクラスにお笑い芸人がいたら楽しいだろうか。

 翌日以降、鈴丘はダブダブだったシャツの襟部分をいい感じに縫って来た。胸元は完全ガードだ。

 そんなわけで、締め切りまであと一日。

 ペンキ塗りの進捗状況上々だ。この分なら余裕で間に合うだろう。

 ただ、全く余裕のないものが一つ。

 そう、台本である。

 聞けば本来予定されていた締め切りを三日踏み倒しているらしい。

「大丈夫なのか」と片山に問うたら、すんごい深刻そうな顔で「信じて、待つしかないよ……!」と言われた。余裕は微塵もなさそうだ。

 仕方なく、現時点で進められるものからやっていく。

 だから今も飽きもせず、炎天下の中ただひたすらにペンキを塗っているわけだが……。


「なんで人が減ってるんだ……」


 昨日まで来ていたのは俺を含めて五人。しかし今日来ているのは四人。一人足りない。ばっくれか。ばっくれたのか。俺だってばっくれたいのを必死にこらえてるのに。


「なんか山岳部の合宿があるから三日来れないって言ってたよ。富士山登るんだって」


「作業丸投げして自分は日本一の山に挑戦ですかそうですか。高山病にかかって苦しめばいいのに」


「ひどい言いようだな!」


「つーか、誰よりもやる気がない自信がある俺が来てるのに、他の奴が来ないのっておかしいだろ」


 なんかもう何らかの悪意を感じる。俺を陥れるための誰かの罠なんじゃないか。最後には、そして誰もいなくなったとかにならないか。


「仕方ないよ、部活なら。高二の夏って貴重だし。部活にとっても大切な時期だしさ」


「そりゃそうだろうな」


 分かる。その理屈も気持ちもよく分かる。


「けどこの集りの悪さは、大変だよねー」


 俺の気持ちは鈴丘が代弁してくれた。

 そうなのである。クラス内参加率十分の一。これは悪意があると見てしかるべきだろう。

 つーか、俺を差し置いて文化祭準備サボってるやつがいると考えると、普通に腹立つ。ホントクラス内行事をバックれるなんて最悪の行為だ。


「大変だろうけど頑張ろう! ほら、口より先に手を動かして」


「はーい」


「……うい」


 俺の究極まで自分を棚上げした脳内弁論は誰にも届かず、笑顔で労働を強制された。

 労働を強制しつつ、自分でもちゃんと作業をしているので、文句の一つも言えない。

 仕方なく手を動かす。

 絵筆で縁を囲い、ハケでその中を塗る。

 単純作業ではあるが、単純作業であるがゆえにきつい。

 塗ってー塗ってーまた塗ってー……。頭の中で延々と流れる謎のメロディ。それに耐えながら作業を続けること一時間。


「ちょっと休憩にしとうか」


 片山の一言でみんな一斉に絵筆を置いた。そして次々と木陰に避難して一息ついた。


「なあ、さっきから思ってたけど、垂れ幕せめて木陰に入れないか?」


 さっきからずっと日向での作業だ。木陰といえど大して気温は変わらないが、いい加減に耐えかねて提案すると、首を横に振られる。


「今日も結構早めに来てたんだけど、日陰は全部他のクラスに取られちゃっててね。ここも一応午後になれば影は差すけど」


「ほーん」


 言われてみれば確かに日陰はすべて占領されている。今俺たちが入っている木陰も、はいれてせいぜい六人なので、作業のできる広さではないのだ。


「ほんと、他のクラスの人早いよねー」


 話に入ってきたのは鈴丘だ。


「片山君、八時には来てたのにそれでも駄目だったんだもん」


「それが分かるお前も相当早く来てたんだな。八時なんて、俺まだ寝てたぞ」


「片山君のすぐ後に来んだよ。あと、武藤君もっと早く起きてよ。迎えに行ったときにまだ寝てるっていわれるの結構つらいんだよー?」


「ういうい、善処する。姉さんにも同じこと言われたし」


「善処する理由って私じゃないんだ……」


 ぷくっと頬を膨らませる鈴丘。そういう顔は紫苑にしてやれ。

 それにあくまで善処するだけだ。生活習慣はそう簡単には変わらないんだぞ。


「えーっと、二人はいわゆるそういう関係……?」


「違う」


「ち、家が近いだけだよっ」


 勘ぐる片山に間髪入れずに釘をさす。


「ああ、そうなんだ。てことは幼馴染?」


「二次元と三次元を一緒にするなよ。家が近くイコール幼馴染という方程式は存在しない」


「う、うん。いや別に二次元とか関係なくそう思っただけなんだけど」


 なんだよ、同志が見つかったと思ったのに。

 俺の落胆など意に介せず、片山は「よし!」と気合を入れた。


「それじゃあ暇つぶしに、自作のコントでも披露しようかな」


 うん?


「え、コントって……」


「お笑い番組で芸人さんがやるやつよね?」


 俺以外の女子たちも頭上にクエスチョンマークを浮かべる。


「そうだよ!」


 対する片山はいい顔だ。


「へ、へぇ!」


「す、すごいねー!」


 さらに対する女子たちは気を遣った。そりゃそうとしか言えないだろう。

 片山はそんなお世辞に一切気がつく素振りなく、自信たっぷりといった様子で前に赴く。


「いやいやいや、ちょっと待て。お前大丈夫か? 学校行事でテンション上がりすぎて、女子にいい格好しようと普段は絶対にしないことをした結果、人生の一ページに一生消えない黒歴史を刻む普段はクラスで目立たない男子みたいな立ち位置になろうとしてないか。なんかよく分からんけど大爆死する未来しか見えないぞ? 死ぬぞお前」


 どうでもいいどうでもいいな俺も、この時ばかりはガチで心配した。そんな悲惨な現場に遭遇するとか絶対やだぞ。黒歴史の製造なら他でやってくれ。

 片山はそんな俺の思いにこたえてはくれない。その歩みを止めることはしなかった。


「それでは始めます。コント、コンビニ」


「俺ちょっとトイレ行ってくる……」


「まあまあちゃんと見てってよ」


 がしっと、襟をつかまれた。

 嫌だよ。だってなんかコントの名前がもうアレじゃん。なにがアレかって言われるとよく分からないけど失敗臭がする。

 ふと横を見ると、鈴岡がすがるような視線を向けてくる。観察眼が大したことない俺でも分かる。置いてかないでと訴えているのが。

 さすがにそれを無視するわけにもいくまい。潔く腹をくくることにした。



 ***



 はっきり言おう。なめてましたと。

 片山が披露したコントはものすごく完成度が高かった。

 繰り返し、間の取り方、そしてストーリー。どれをとっても、少なくとも素人目には悪いところなど見当たらない。端的に言ってプロってた。


「なんか、すまん……」


「なんでっ!?」


 侮っててすんませんでした。

 思わず謝ってしまう。自分のクラスにこんな才能のあるやつがいたなんて考えもしてなかった。


「すごいよ! 面白かった!」


「うん! ちょー笑ったよー!」


 女性陣もこの手のひらの返しようである。

 周りにいる他クラスの連中も、何事かとこっちを覗き見ていたが、途中からは普通に笑っていた。


「いやあ、照れるなあ」


「他にも何かできない?」


「できるよ。けどそれは次の休憩で。じゃあ作業に戻ろう」


 唐突に現実に引き戻された。

 そうだった。お笑いライブ見に来てるんじゃなくて、垂れ幕塗りに来てるんだった。

 思い出すと、片山のコントでちょっと上がったテンションがサァーッと下がっていった。


「どうでもいいけど、この人数で塗るの、結構きついよな……」


「そんなこと言わないで、早くしよ?」


 どんな時でもポジティブ鈴丘。俺の懸念、というかやる気のない発言も華麗にスルーだった。

 これにて休憩終わり。

 次々にハケや絵筆を手に木陰から出て行く。

 せめて後二人くらいほしいなぁと思いつつ、俺も直射日光降り注ぐコンクリートの地に踏み出した。


「ご、ごめんなさい。遅れて」


 声が聞こえたのはそんな時だった。

 声の主は青いポニーテールをリズミカルに揺らして、小走りにこっちに向かってくる。

 ストーカー体質が若干ある、功刀愛華である。

 救世主(メシア)だ……。俺が初めて功刀の到来に心から感謝した瞬間だった。

 彼女は肩で息をしながら止まると、


「あれ、鈴丘さんも来てたのね」


「うん、来てたよ」


「つーかお前、来れるんならなんで最初から来なかったんだよ」


「家族旅行があったのよ。北海道に一週間。それがなければ今日から七日前くらいから来てたわ」


「なんでそこ具体的な数字なのか分からんけどなるほどな」


 そういう理由なら何も文句は言えまい。

 なんにせよ、戦力が増えたことは素直に喜ばしいことだ。


「んじゃお前はなんかその辺り塗れよ」


 適当な位置を指差しハケと絵筆を手渡す。

 功刀は一瞬の硬直ののち、ちょっと頬を赤らめてそれを受け取った。

 よし、作業開始だ。

 と思ったらまたしても声が聞こえる。


「俺えええっ! 参☆上!」


 ドタドタとひどく不恰好な足音を立て現れたのはキングオブバカで定評のある西倉だ。

 五十メートルくらい先から猛然と全力疾走してくる。


「武藤うううっ! ひっさしぶりいいっ!」



「お、おー、久しぶり……」


「ぴぎゃっ!?」


 猪突猛進。

 俺に向かって一切速度を緩めず突進してくる西倉を、ひらりと半身を切って躱す。

 直後背後で何かと何かがぶつかる音と、西倉の無様な悲鳴が聞こえた。

 そして落ちてくる葉っぱが数枚。ついでにうっさい蝉も一匹落下した。グッジョブだ西倉。


「なんで避けるんだよ!」


 おそらく初めてであろう、俺の西倉での脳内感謝には抗議の叫びで返された。

 見ると西倉は額が真っ赤で目に涙を溜めていた。お前よくその程度で済んだな。


「突進されたらそりゃ避けるだろ」


「お前はいつまで普通とか一般とかに甘んじてるつもりだぁぁぁ!」


 至極真っ当な意見は、しかしわけの分からん言い草にかき消される。

 何を言ってるのかさっぱり分からないが、まあ戦力が増えるのは歓迎すべき事態だろう。

 と、そこであることに気がついた。


「なあ、お前なんでバリバリの私服なんだ?」


「ほへい?」


 休日でも登校時は制服着用が義務付けられているのがここ机上高校。

 その例に洩れず、俺も鈴丘も、そして今しがた来た功刀も来た時は全員制服だった。

 今は垂れ幕作業中なので、汚れてもいいシャツを着用しているが、帰る時にはまた制服に着替えることになるだろう。

 しかし西倉はどこで売っているとも知れないダサいシャツに、小学生が履いていそうな半ズボンといういでたちである。

 だからこそ気になったのだが、西倉はまったく分からないという顔をする。


「俺はただ、いい天気だやっほうっ! って外歩いてたら、偶然功刀ちゃん発見したからとりあえず尾行したんだよ。そしたらここに着いた」


「ストーカーじゃないっ!」


 今まで決して関わろうとしていなかった功刀が、その表情を嫌悪百パーに染めて西倉を睨んだ。

 つーか西倉、テスト勉強でうちに来た時とやってる事がまったく同じじゃねえか。やってる事どころか言い回しまでまったく同じ気がするのは気のせいか?


「もうストーカーでもなんでもいいから、来たんならとりあえず手伝え。ほれ」


 話を切り上げ予備の塗り塗りキット☆を差し出す。するとカクッと首を傾げられた。


「何を手伝うのんのん?」


「垂れ幕塗るのをだよ」


「あー、なるほどなるほどぉ。あ、いやいやシッテタヨ?」


「嘘つけ」


 そんなに目を泳がされたら信じるものも信じられんわ。


「とにかく塗りゃいい」


「かしこまっ! 要はここにスバアンッと俺のセンスをクリエイトッすればいいんだよな? よしいくぞー!」


 言うと西倉はハケをジャブっとペンキに浸す。

 そしてばら○もんのごとく豪快に一筆を振おうとーー


「待てい」


「ばらかもんっ!?」


 横蹴りで垂れ幕に向かう軌道をずらした。バランスを崩した西倉は再び木に激突。


「何すんだよっ! せっかく俺が大御所殴って島流しにされた書道家みたくめちゃんこカッケー文字書いてやろうとしたのにぃ!」


「書くな。誰も望んでねえから。それに書くんじゃなくて塗るんだよ」


「塗る感じで書けとっ!?」


「書くな。塗るんだよ」


「そうか、なるほど」


「おう、理解できたか?」


「理解できました師匠! つまり書こうとするんじゃなく、塗ろうとする事が書の極意なんですね!」


「お前何一つ欠片もこれっぽっちも分かってねえじゃねえか。あと師匠じゃない」


「え!? 破門ですか!」


「お前面倒臭い……」


 会話が噛み合ってねぇー。同じ日本人と喋ってるなんて、とてもじゃないけど信じられん。


「おーい、誰かこいつなんとかしてくれ……」


 俺と西倉がゴチャゴチャやってる間に、何事もないかのように作業に入っていたクラスメイトの面々に声をかける。

 ……次々と目を逸らされた。

 分かる。気持ちは超分かる。こんなのの相手なんてそりゃしたくないだろう。けどそれは俺も一緒な訳でね?

 つーか功刀のやつ、えらい綺麗に素早く塗ってくなぁ。なんか手慣れてんのかなぁ。という現実逃避を挟みつつ、ため息をつきながら西倉に向き直る。

 仕方ないのだ。この状況下においては、人一人といえど貴重な人員。放置しておく手はない。

 それが例え、西倉であったとしても。

 まあ西倉の場合、放置しておくほうが逆に危ない気はするが。


「いいか西倉。もう一回言うぞ?」


「うぃーっす」


「といっても簡単な事だ。お前はデザイン画の通りに塗ればいい。それだけだ」


「模倣ばかりじゃ何も進歩しないぞ!」


「模倣も出来ない奴が進歩する事もねえんだよ。いいからその溢れんばかりのオリジナリティーみたいなのは一旦しまって……」


「お褒めに預かり光栄でーす!」


「別に褒めてねえから。とにかくデザイン画の通りに塗れ。それだけだ。できるか?」


「おっ、見ろ見ろ武藤。アリが行列作ってんぞ! 巣見つけて水流し込もうぜ!」


「…………」


 俺は何故こんな奴相手に話しているんだろう……。

 どうやら西倉に期待するのは間違っていたようだ。戦力としてなんてとてもじゃないが望めない。早々に戦力外通告だ。

 早くもアリの巣を潰すという小学生レベルの行動をしに行った西倉の後ろ姿を見ながら、俺は作業に戻った。

 クラスメイトたちからの同情の視線が逆にきつかったです。

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