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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
夏休みと文化祭
44/75

38 無計画な計画は計画と呼ぶこともはばかられる計画である。

「人類の最大の発明って空調設備だと思うんだよな」


「いやいや何言ってるの」


 現在、某ホームセンターに入ったところ。

 垂れ幕の下書きをした翌日、俺と鈴丘は今回のキーアイテムであるペンキの買い出しを役目として与えられていた。

 昨日の文男の「明日からペンキ塗りだけど、時間ギリギリだしみんなで頑張ろう」発言に、不用意に返事をしてしまったせいで、少なくとも垂れ幕完成までは来なくてはならない。

 みんなで、とはすなわちあの場にいた全員の事であり、頑張ろう、とは明日以降も来いという婉曲表現に他ならないのだ。


「えっと、ペンキってどこにあるのかな……」


「木材とかのところじゃねえの。あれって普通は木に塗る物なんだろうし」


「それはまず間違いなく偏見だと思うけど」


 とは言いつつ木材売り場に行ってみる。

 大小様々な大きさに切られた、息絶えた木たちがこれでもかと並べられていた。周囲に漂うのは自然の香りではなく、「木!」という香りだ。


「こういう風に無駄としか思えない数の資源見ると、人間の罪を実感させられるよな」


「ネガティヴだめだよ。多分無駄じゃないよ。私たちの努力次第で無駄にはならないよ」


「どっかの主人公とかが言いそうだな」


 さすが鈴丘。受け取り方が俺とは真逆だ。


「そんなこと言ってないで、ペンキ探してよー。ついでにハケと紙皿も」


「ハゲ?」


「ハケ!」


「ハケはともかく、紙皿って何に使うんだよ。ペンキ飲むのか?」


「いや飲まないから。ペンキ混ぜて色作ったりするじゃん。それ用だよ」


「『じゃん』って言われても、俺昨年来てないしな」


 しかし資源の無駄遣いも甚だしい気がする。アルミとかの皿なら、洗えば何回でも使えるのに。

 文句を言いつつもまわりを見渡し塗料を索敵する。

 だが目に入るのはウッドばかり。ペンキはどこにも見当たらない。


「うーん、みんなを待たせるのもアレだし、店員さんに聞いちゃおっか」


 確かに、今現在学校の教室では、昨日と同じメンバーが待機中である。ただペンキを探すというだけで待たせるのは気が引けるし、垂れ幕の締め切りが近い現在、わずかな時間も無駄にできない。


「そうだな。じゃあ行ってらっしゃい鈴丘」


「私が聞きに行くんだねー……」


 ちょっと呆れたような声を出された。


 当然のことながら店員さんに聞くとすぐに目的のブツは見つかった。

 すぐさま会計を済まし、木城高校で領収書を書いて貰った。これでミッションのほとんどが終了だ。


「よし、じゃあすぐ戻ろっ」


「おう」


 会計を済ませた袋を片手に高らかに宣言する鈴丘。

 当然ながら、今の俺は何も持っていない。完全に手ぶらだ。

 女子に荷物をもたせて、その隣を歩く男子は手ぶら。

 袋は大して重くなさそうだが、なんとなく全部任せることに抵抗を覚えた。店員に話しかけるのから会計まで、全部鈴丘がやってたし。

 だったら荷物持ちくらいするのは筋だろう。


「ん」


「へ?」


 鈴丘は差し伸ばされた俺の手を不思議そうにキョトンと見つめる。それから小さく首を傾げた。


「いや、荷物」


「へ……? へっ!?」


 次に上げられるのは驚愕の叫び。大袈裟じゃね。


「だ、大丈夫だよ! そんなに重くないし、学校そんなに遠くないし! 気にしないよ!」


「お前が気にしなくても俺が気にするんだっつの。ほれ、貸せ」


 言って半ば奪うように袋を受け取った。

 おかしい、荷物持つだけなのにそれまでの工程が面倒だぞ。

 鈴丘はしばらくまじまじと俺の顔を見ていたが、最後には顔を赤くし優しく笑って、


「ありがと。やっぱり優しいよね」


「優しくない。色々任せちゃったことに対してバランス取ろうとしただけだ。罪悪感を和らげようとしただけだ。優しさじゃない」


「うん、でもありがとね」


「……おう」


 俺に善意なんてこれっぽっちもないが、そうであっても礼を言いたいのであれば、俺の口出すところではない。

 夏の日差しのせいか、俺の体は少し熱を持っていた。



 ***




 学校に戻るとすぐに着替えた。

 夏休みとはいえここは学校。校則で制服登校が定められているのだ。

 しかしペンキで制服を汚すわけにはいかないため、作業中に限り、汚れてもいい服になる事を許されている。

 俺も押入れの奥から引っ張り出してきた、全く着てないTシャツに着替えた。

 それが終わると作業の準備だ。

 来ていた人数もメンツも昨日と同じ。

 文男と俺、さらにもう一人の男子を加えた計三人で、エッサホイサとブルーシートを運ぶ。

 このブルーシート。馬鹿でかいだけあって重さもそれなりにあるのだ。

 それが終わると今度は下書きの済んだ垂れ幕を、これまた男子三人でエッサホイサと運ぶ。

 垂れ幕も垂れ幕で馬鹿でかいため、やはり結構な重さがある。というかブルーシートと同じくらい重い。素材の問題だろう。


「さて、何色に塗ろうか」


 あらかたセッティングが終わると、文男が開口一番にそう言った。


「……もしかしてノープランだったのか?」


「恥ずかしながらね」


 なんでだよ。俺と鈴丘がペンキ買いに行ってるうちに考えておけよ。

 そんな俺の思いも後の祭り。敷いてしまったものはしょうがない。しょうがないのは分かったから、配色考えんなら一回冷房の効いた教室に戻らね?


「みんなはどうしたい?」


 文男は聞くが、誰も提案をしようとしない。

 そもそも絵心がないのは、それとイコールでデザイン能力がないという事も言える。

 だがデザイン能力がないならないで、できる事はある。


「とりあえずなんかのアニメとかラノベとか漫画のロゴをパクればいいだろ。絵なんてそんなにないんだから、それでも大丈夫なはずだ」


「なんでその三つ限定なのかは分からないけど、既存のロゴから引っ張ってくるのはいいかもね。みんなもそれでいいかな?」


「いいと思うよー」


 と文男の問いに答えたのは鈴丘だ。


「『秩序の世界』のロゴを使おうよ!」


「「「チツジョノセカイ?」」」


 俺以外の全員から声が上がった。

『秩序の世界』は、俺が鈴丘に教えた刑事もののアニメだが、まさかここまでハマってるとは思わなかった、

 俺としても、がっつりアニメロゴ風になるのは歓迎すべき事態。とはいえ、問題はある。


「あれ、ほとんどモノクロだぞ。どっちかっていうと文字の形で魅せてる。今からそんな風に文字変える時間ないぞ」


「あ、そうだね」


「ここはひとつ、『俺の幼馴染が一途すぎる』のロゴを使おう」


「「「「オレノオサナナジミガイチ……なんて?」」」」


 今度は鈴丘含め、俺以外の全員から声が上がった。というか長文タイトルすぎて、みんな最後まで言えてなかった。


「もしくは『異世界式神の召喚方法』でもいい」


「「「「…………」」」」


「それからあれもいいな。青とピンクで構成された文字の背景に丸い吹き出しのあるやつ。なんなら続ってつけて二期にしてもいい。むしろ推奨」


「いやつけないよ!」


「何からも続いてないよ!」


「看板に偽りありも甚だしいよ!」


 ○ガイルのロゴは超不評だった。馬鹿な、俺は好きなのに……。

 その他に俺が提案した物も、元ネタが一部の人にしか分からないという理由で却下をくらった。

 結果採用されたのは、今話題のドラマのロゴだ。もちろんパクったのは配色だけ。形をいじる時間はないからだ。

 どうでもいいけど何から何までノープランな気がする。どうせなら文字の形まで似せるのが普通だろうに。このまま行き当たりばったりで進めて上手くいくのだろうか。

 ともあれそれは俺の感知するところではない。文化祭の思い出とかどうでもいいし。

 そんなわけで作業開始だ。

 俺は劇のタイトル、『WAX〜エピソードオブ片山〜』の「片山〜」の部分を任された。

 ……片山って誰だ。いやそれ以前にWAXってなんだ。髪を固める例のアレか。

 あまりに突拍子もなさすぎて推測すら立てれない。どうでもいいことながら、少し気になった。


「なあ、WAXってなんだ?」


 問いかけると、俺の真正面にいた鈴丘が顔を上げる。


「え? 髪を固めたりするやつじゃないの?」


「うん、そっちじゃなくて、このタイトルのWAXってなんだってことだよ」


「ああ、脚本書いてる人がまだ言えないって言ってたよ。なんか事件の重要な鍵になるんだって」


「推理ものの予定なのか……」


 また素人には随分とハードルの高いものを。苦労するのは俺じゃないが、思わず「うへえ」という顔をしてしまう。


「だ、大丈夫だよ。頑張るって言ってたし!」


「頑張るのは当たり前だよな。それに頑張ったからって成功するとは限らない」


「もー」


 困ったような笑みを浮かべる鈴丘。


「つーか推理ものなら、お前大好物なんじゃねえの。半端なものは許せないとかないのか?」


「え? 別に大好物じゃないよ?」


「うん?」


 どういうこっちゃ。


「私が好きなのは刑事物で、推理ものじゃないもん」


「……違いがよく分からん」


「全然違うよー。例えば……」


 今にも語り始めそうな鈴丘。その表情は割とよく見るタイプのものだった。具体的には、好きなアニメを語る時のオタクとほとんど同じだった。

 これは長くなると瞬間的に悟った俺は、すぐさま話題を変更する。


「ところで、この片山ってのは誰だ?」


 垂れ幕に書かれた下書きを指差し問うた。

 瞬間、鈴丘の表情がキョトンとしたものに変化する。


「え、知らないの?」


「え、当たり前に知ってるもんなの?」


「片山君だよ。片山君。うちのクラスの」


「あん? うちのクラスに片山ってのがいるのか」


 さすがクラスメイトの名前なんて少しも覚えようとしない俺。どんなメンバーがいるのかすら分かってはいない。

 俺の発言を耳にした鈴丘はジト目を作り、周りの注目を集めないように小さな声で言った。


「文化祭の実行委員だよ。ほら、そこにいる」


「ああ、文男のことか」


「そっちこそ誰!?」


 片山とは文化祭実行委員の男子こと文男だった。というかそもそも、文男というのは俺が脳内で勝手につけた呼び名なので、本名と違っていてもなんら不思議なことはない。

 文男あらため片山は、俺らの会話をバッチリ聞いていたようで、俺に向かって控えめに会釈をした。


「どうも、片山です」


「あ、ども。武藤です」


 なんだこれ。クラスメイトの名前を覚えなかったことによる弊害はこれが初めてだ。それこそなんだそれ。

 俺と片山の自己紹介が終わると、沈黙が場を支配した。

 みんな一様に黙って、ただペンキを塗ることにのみ従事している。

 静かな空間に、蝉の鳴き声だけが鳴り響くーー。


「……蝉うっせ」


「だね」


「だよねー」


「……うん」


「うるさいよなー」


 心ここに在らずな返事が次々に返ってくる。

 誰も返事をしないと気まずいからという気遣いなのだろうが、それにしてもみんな雑すぎた。特に返事を期待していなかっただけ、逆に辛い。

 改めて考えると、このメンバーでは話題がない。

 だからか、ずっと沈黙が続いている。

 俺なんかはまったく気にならないが、他の面々にとってこの沈黙は耐え難いもののようだ。全員に居心地が悪そうな様子が見られる。

 そんな、俺でも簡単にわかるものが鈴丘に分からないわけがない。そして気がついたら優しい彼女は何とかしようとする。


「や、やー、暑いねー」


 ただし出てきたのはこんな一言。

 会話に天気の話は定石だが、それにしてもなあと思う。


「だよねー」


「……うん」


「暑いねー」


 案の定、俺が蝉のことを言った時と同じ返事が返ってきた。

 マジどうしよう……、という表情になる鈴丘。これはちょっと見ていられない。仕方ないので助け舟を出してやることにした。


「でもあれな、暑いからこそ、クーラーをガンガンに効かせた部屋で観るアニメって志向だよな。映画観てる感覚と似てるっつーか、贅沢してる気分になる。その点に関しちゃ夏万歳だ。早く帰ってアニメ観たい。アニメ観たい……。もう帰っていいか?」


「いきなり論理がぶっ飛んだ!? なんでやねん!」


 フォローしてるうちにマジで帰りたくなってきちゃった俺に軽快にツッコんだのは片山だった。

 軽快に、というかいささか暑苦しい。ベクトル的には西倉と似ている。


「つーかなんで関西弁。お笑い芸人かよ」


 言うと片山は嬉しそうな表情を作る。


「え? ほんとに? お笑い芸人ぽかった? 照れるなあ」


「なんでだよ」


 意味わかんねえよ。お笑い芸人ってそんなに嬉しい要素ないだろ。

 まあなんにせよ、静寂は破れた。流れに便乗して談笑を始めたクラスメイトたちを尻目に、俺は黙々とペンキを塗る。

 場の空気を作れるなんて、俺には案外リア充の才能があるのかもしれない。なんて、今の空気を作ったのは、正確には片山だ。俺じゃない。

 そういえば俺、昔はそれなりに友達いたよなぁ、と過去を遡りそうな思考を無理やり目の前へと戻す。今はペンキ塗りだ。

 これはやってみるとやはり大変な作業で、かなり集中力を要する。

 絵筆だのハケだのを使い慣れていないので、下書きをなぞるだけでも難易度が高いのだ。

 加えてこの暑さ、そして体制である。

 四つん這いになり、首を前に倒したこの体制は、腕と首に負担がかかる。右手は絵筆を持っているため、左腕に負担二倍ドン! だ。マジでシャレにならん。ピクピクしてきた。

 強張った筋肉をほぐすために膝立ちに戻ると、ぐるぐる肩を回した。

 その時真正面にいる鈴丘が目に入る。

 真剣な表情で、時々クラスメイトと談笑する彼女は、現在ダブダブのTシャツを着ている。

 というか鈴丘だけではなく、みんなダブダブだったり、逆に少し小さい服を着ている。ペンキで制服を汚さないためだ。

 そんな状態で前屈み、ましてや四つん這いになれば結果は火を見るよりも明らかなわけで。

 端的に言うと、結構際どいところまで見えた。

 ちょっと覗き込もうとしたら下着も見えそうだ。いや、絶対しないけど。

 数日前のあの光景を思い出しそうになる頭を振って、意志の力全開で視線を逸らした。

 集中。

 今はペンキ塗りだ。鈴丘の胸元が際どいことはどうでもいい。

 ……どうでもよくはないな。

 言うべきだろうか、言わないべきだろうか。当然言うべきだ。優しさとかじゃなく、俺がなんか困るから。

 だが今ここで直接言うわけにはいかない。世の中はセクハラに関して厳しい。一番いいのは本人が自分で気がつくこと。

 そのためにはどうしたらいいか、頭をフルで回転させる。急げ武藤飛雄馬、他の男子が気がつく前にーー。

 魔法かなんかで思考加速でもしたんじゃねえのというくらいに高速演算(誇張表現)をしていると、鈴丘が額の汗をシャツの袖で拭った。


「……ん?」


 そこで何かに気がついたように動きを止める。

 膝立ちになり、シャツの襟を確認。

 次の瞬間、顔を真っ赤にしたかと思うとゆっくりと見回す。

 ずっと見てた俺とは当然目が合う。

 完全に無言だが、彼女の目はこう聞いている。

 ーー見た?と。

 ポーカーフェイスを忘れずに首を横に振った。

 いや、そもそも際どいところまで見えただけであってそれは見えてないに違いない。

 そんな俺の思いも虚しく、鈴丘のクソやべえ観察眼は、俺のプロ級ポーカーフェイスを見破った。

 赤よりも赤く顔を染めると、


「ちょ、ちょっとごめん」


 そう言い残してどっか行った。

 どうやら際どいところまででも鈴丘基準ではアウトらしい。そりゃアウトだろ。

 どうでもいいけど、最近俺のラノベ主人公化が激しい気がする。

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