36 人手の足りない文化祭の準備には、誰であろうと駆り出される。
七月が終わりました。
それすなわち、八月の始まりを意味すると同時に、夏休みの終わりが刻一刻と迫っていることも示します。
学校行きたくねえなぁぁぁ……。
夏休みもこれからという八月頭。俺の意識は早くも夏休み終わり頃。冷房の効いた部屋で天井を見上げながら、ただただ諸行無常を憂いていた。
どうして時間って過ぎるんだろうか。休みで時間が止まればみんな幸せなのに。
呆れるほどアホなことを考えているのは理解しているが、理解していようと止まらないのが人間の思考。いらんところをぐるぐる巡って、最終的に「今こうしている時間こそ非常に無駄」という結論に至った。よし、ラノベ読もう。
夏休みの宿題を開始二日と、プラス一日でコンプリートした俺は、時間が有り余っている。
だから撮り溜めしていたアニメは全部観た。観ようと思っていた過去作も観た。買いだめしていたラノベや漫画も、日に日に残りの量を減らしていき、今はあと数冊というレベルだ。
これを全部読んだら、わざわざ買いに行かねばならないだろう。
ボランティア活動で夏の暑さを重々承知してしまった身としては、夏場の外出は避けたいところだ。
そのためにはネット通販で購入! と考えるには考えたのだが、ラノベを選ぶ時の感覚がどうもしっくりこない。
具体的にどう違うかは明言できないものの、漠然としたこれじゃない感があるのだ。味気がないとでも言うのだろうか。
だから外出はしなければならない。これは必須。いつかの俺がそのうち頑張ってくれる。
未来の俺に責任をなすりつけていると、傍に置いたiPhoneが振動する。
俺に連絡を寄越す人物は限られている。
家族、ごくごく稀に中学時代の友達、あと紫苑。
紫苑からの連絡だとしたら、あいつの言っていたどうしても仕方のない状態になったということだ。それは面倒臭い。
なんにせよ、誰かからの連絡は早いうちに確認しておくべきだ。
俺はiPhoneへと手を伸ばし待ち受け画面を確認する。そこにはLINEに一件のメッセージがあるという表示。相手は……。
「鈴丘?」
もしかして紫苑絡みのことか。もしそうだとしら良い方の何かか悪い方の何かか……。なんかすごいフワフワしてる。
とりあえず開いて要件を確認した。
『文化祭準備、今日あるけど行く?』
見なかったことにした。
ボク、ブンカサイジュンビなんて、シリマセン。
冗談じゃないそんな面倒臭そうなもん。
定時制のある木城高校は、あらゆる活動が十七時半以降禁止される。
部活動然り、生徒会活動然り、自習室然り。
そしてその中には文化祭準備も含まれる。
木城高校の文化祭、通称木城祭は、夏休み明けの一週間後に行われるのが通例である。
夏休み明けから一週間。
それだけ短い時間で、しかも十七時半以降の活動が禁止された状態で、文化祭の準備を終えるなど不可能だ。時間を操れないとまずできない。
ゆえに木城祭は夏休み中に文化祭準備をほとんど終わらせることになっている。具体的には夏休み入って一週間後から終わりまで丸々。夏休み中なら日中好きに使えるだろ? ほら使え。という計らいだ。
計らいと言ったが、俺にとっちゃ拷問にしか思えない。
どうして暑い中わざわざ登校して、えっさほいさよく分からん物の準備をせにゃならんのだ。アホか。
幸いこれは自由参加。家でラノベ読んでても誰も俺を責められない。そもそも俺が来てるか来てるかを気にする奴なんかいない。
そう踏んでいた俺は死んだ。
鈴丘という超観察眼と優しさをダブル装備した強敵がいるのを忘れてた。暇なはずの人で来てない人がいたら、一人一人に連絡取りそうだ。優しいんなら見逃して欲しい。
まあ知らんぷりしてれば問題あるまい。
連絡してきたの知っといて知らんぷりという行動がすでに結構アウトな気がするけど、問題あるまい。
俺の夏休みは、誰にも邪魔させない。
***
そう言っていたな。すまんがあれは嘘だ。
「飛雄馬〜、お客さんだよ〜」
鈴丘による連絡から二時間が過ぎた頃。時刻は十三時という昼下がり。
ノーノックで俺の部屋のドアが開け放たれ、入ってきたのは一人の女性。俺の姉の、武藤香である。
「お客さん? 俺に? 誰だよ? 紫苑か」
「それは出てみてのお楽しみ。玄関にいるから、ほら、レッツゴ〜!」
「あん? なんだそれ。意味分からん。あと押すなよ。歩きにくい」
嫌な予感は禁じ得ないが、お客とあっては出ないわけにはいかない。
なぜか姉さんに背後を抑えられ、退路を塞がれた状態で俺は階段を降りる。その間にも姉さんは俺の背中をちょいちょい押してきて危なかった。
階段を降りればそこは玄関フロア。
姉さんによって綺麗に片付けられた玄関には、ここに入るのは二度目の少女が一人。
俺のクラスメイトであり、つい二時間前に連絡してきた鈴丘可憐だ。
鈴丘は夏休みにも関わらず制服を着ていて、肩には通学用カバンまでかけている。
そしてその顔は、ムーっと俺を睨みつけていた。
「…………」
頭の回転のいい俺は、瞬時に全てを理解した。
なまじ回転が無駄に良すぎるせいで、すでに逃げ道は完全に塞がれていることまで理解した。詰んだ。
「えーっと、一応聞いておく。なんでお前ここにいんの?」
「LINE、既読ついたのに返事が全然ないから、何かあったのかなって香さんに連絡取ったの」
「あ、既読か……」
見てないことにすらなってなかった。
LINEを全然使わないせいで、既読という機能そのものを忘却していた。
「そんで、飛雄馬はどうして女の子からの連絡を無視したりしたのかな〜?」
背後では姉さんがニコニコと笑いながら、クマくらいなら殺せそうな殺気を放ってくる。あの、怒ってらっしゃる……?
「え、と、それはな。普通に面倒臭かったから……」
「めんどうくさかったぁ〜?」
「じゃなくて、か、かったるかった……」
「かったるかったぁ〜?」
「ホントマジスンマセン姉さん」
「謝るのは私にじゃなくて可憐ちゃんにだよねぇ?」
「ホントマジスンマセン鈴丘サン」
「う、うん。何もなかったならいいよ。大丈夫だよ。だから、その、香さんも落ち着いて……」
「うん、落ち着く〜」
ころっと、それこそ実は怒ってなかったんじゃないかというくらいあっさりと素に戻る姉さん。しかし忘れてはいけない。姉さんが怒った事実はなくならないのだ。
具体的には、怒られた人に一生消えないレベルの恐怖を刻みこむ。
人は多分、怒鳴りつけられるよりも静かに怒られる方に恐怖を感じるのだ。俺がそうだし、はたから見ていた鈴丘もちょっと怖がっていたことからも分かる。
すっかり殺気(濃密かつ超鋭い)を引っ込めた姉さんは、「で?」と俺に向き直る。
「飛雄馬、文化祭準備行くんでしょ?」
「その言い方だと行くのかどうかを質問してるんじゃなくて、行けって命令してるように聞こえるぞ」
「まあ事実行けって言ってるんだけどね」
「ヤダ」
冗談じゃない。
どうして夏休みの貴重な一日を、行かなくてもいい学校で過ごさにゃならんのだ。アホか。
「なんでよ。どうせ飛雄馬暇じゃん」
「暇だからその時間を望まないことのために使えってのは暴論だろ。だいたい俺は暇になるために二徹してまで夏休みの宿題を片付けたんだぞ。自らの労力によって得た時間を何に使おうが俺の勝手だ。俺の自由だ。誰にも干渉されたくないしさせない。俺は家から一歩も出ないぞ」
「ずいぶん長々と言うねぇ〜……」
「よっぽど行きたくないんでしょうね……」
姉さんと鈴丘がちょっと引いていらした。二人揃って「うわぁ」みたいな顔をしてる。
「いいかね飛雄馬。高校二年生の夏休みは一度しか来ないんだよ〜? 後から振り返って、ずっと家から出ない青春時代を過ごしてたことに気がついたら、どう思うかな? たぶん死にたくなるよ残念な青春を過ごしてたぁ! って」
「そんなこと言ったら四十歳の夏も五十歳の夏も一度しか来ないだろ。だからって四十歳の夏はああ過ごしてればっていちいち憂う奴見たことない」
「くっ、なかなかやるね、飛雄馬……」
「まあな」
論点ずらしただけだけど。
「じゃあこれでどうだっ! 文化祭準備って結構楽しいぞ!」
「猛暑の中太陽に照りつけられながら学校に行って、大して仲も良くない連中にこき使われるのが楽しいわけないだろ」
「これ機に友情が芽生えるかもしれないよ!」
「この程度で友情が芽生えてるならもうすでに芽生えてる」
「ぐぬぬ……」
わざと出したとしか思えない呻き声を発しながら、渋面で沈黙する姉さん。次々に繰り出す文化祭準備に行くメリットをことごとく粉砕されてよほど悔しいようだ。
……これはあと一押しで行かないで済む。
「それに姉さん、去年の夏に全然家から出なかっただろ」
「ふぐっ!?」
「お外嫌い〜とか言ってダラダラしながらリビングでアニメ観てたよな?」
「おふっ!?」
「で、俺が文化祭の準備に行かない理由を聞いた時になんて言ったっけ?」
「え、えぇーと……」
「面倒臭いから行かない〜って言ってたよな」
「ハイイイマシタ」
ちょうど一年前に俺と全く同じことを言っていたのを思い出したのか、姉さんはガクリと肩を落とす。
そして漂ってくる敗者のオーラ。鳴り響くゴングの音(俺の脳内で)。どこからどう見ても完全に俺の勝利。
つい何分か前まではただ姉さんにビビるだけだったが、今では完全に立場が逆転した。逆転勝利だ。
そんな姉弟のノリと勢いだけの空気をぶち壊したのは、たった今まで空気化していた鈴丘だった。
「えっと、武藤君。勝った? ところ悪いんだけど、やっぱり来て欲しいかな」
「は? なんでだよ。勝ったのに」
「いやその勝ったってのもよく分からないんだけど……それは置いといて。文化祭の準備、人手が全然足りないんだよね。だからなんだけど」
「他の人を頼れ。そうでなくても、俺一人いようがいまいが関係ないだろ。俺役たたないぞ。読書くらいしかしないぞ」
「行ったとしても手伝う気力はないの!?」
「ないな。ない」
俺のなけなしのやる気も、暑い中、学校行くだけで完全に消費されつくすと考えられる。着いてからさらに何かする気概は到底あると思えない。それに、
「そもそも俺、うちのクラスが何やるのか知らないんだが」
LHRは苦行の時間。苦行には真っ向から立ち向かわず、抜け道を探すのが俺だ。文化祭関係の話し合いの時も、当然爆睡して、次の授業に向けての英気を養っていた。
そんな俺に、鈴丘は完全なる苦笑いする。呆れ顔でないだけマシだろう。
「ウチのクラスは劇やるんだってさ。劇」
「劇か。どんなんだよ? ロミオとジュリエットか?」
「確かに鉄板だけど、違うよ。なんかよく分からないんだけど、オリジナルの脚本作ってやろうってことになってるの」
「オリジナルねえ。大人しく既存のやつやった方が楽だと思うけどなぁ。失敗しないで済むし」
「でもせっかくだし、みたいなのもあるんだよー」
「そういうのは俺にゃ分からん」
鈴丘は納得しているが、オリジナル脚本なんて悪い未来しか見えない。
つまらないものが出来上がるのはもちろんのこと。それによってキャストや裏方のモチベーションは上がらない。結果ドン引きレベルのものになるのは目に見えている。
そんなやる気のない現場に行くのは全くもって無意味だ。悪い空気を、自然発生してる負のオーラでより悪化させることだろう。
「なんにせよ俺は行かん。部屋でラノベ読んでる。そんじゃな」
「あ、ちょっと……」
呼び止めようとする鈴丘を無視してふりかえる。
すると一度は確実に倒したはずの敵が、再び俺の前へと立ちはだかった。
敵は手を持ち上げる。そこにはワイシャツと紺のズボン、それにベルトが握られていた。制服だ。
敵は、というか姉さんはニンマリと笑うと、それらを俺に押し付けてくる。
「さあ! 着替えて行ってらっしゃい!」
「いや、俺勝ったよな?」
ゴングが鳴り響いてたじゃん。俺の頭の中でだけど。
「勝負なんて何の意味も持たないよ〜」
「始めた張本人が何言ってんの?」
「いいの。とにかく今大事なのは飛雄馬が青春をエンジョイしに学校に行く事。オ〜ケイっ?」
ここぞとばかりにウインク! 確実にいらないあざとさアピールをされた。
「いや、だから行かない……」
「そんなこと言わずに! ついでに漫画とラノベも買ってきてね!」
「なるほど、なら行くわ」
「納得した!?」
鈴丘が驚愕の叫びを上げる。
ここらへん、だいぶ面倒臭い心理なのだが、ラノベだの漫画だのを買うついでに学校に行くなら大した抵抗はない。
おそらく、本を買うためだけに外に出るのも、学校行くためだけに外に出るのも、無駄と思ってしまうのだろう。
ここで本を買うことと学校という目的をフュージョンすると、合理化された気がして、じゃあ行くかなという気持ちになる。
それ全然説明できてないぞと思わないでもないが、納得できちゃうんだからしょうがない。
それについさっき夏休み中にいつかは買いに行かなければならないと思っていたところだ。丁度いい。
「じゃあ、頑張ってね!」
「頑張りはしないぞ」
いい笑顔でサムズアップしてくる姉さんを軽くあしらってから、家を出る準備のため自室に戻った。
後ろから「計算通り」という声が聞こえた気もするが、言及しないでおこう。
その後に「鮮やかな手並み!」という称賛も聞こえたと思うが、あいつには今後要注意だな。使ってくるやもしれん。
感想、大歓迎です。




