35 ボランティア活動【終】
「「「ありがとーございましたー」」」
園児たちのハイパーボイス間違えた感謝の言葉が部屋に響く。
もはや攻撃と化したそれは、ピンポイントで俺の鼓膜を破壊しにかかってきた。まあさすがにそこまでの威力はないので、うるさいと思う程度で済んだが。
「こちらこそ、一日だけでしたがありがとうございました」
俺も最後ばかりは丁寧に挨拶。
横にいる保育士佐々木にも軽く会釈をしてから、教室のドアを開ける。
最後にもう一度小さく会釈し部屋から出た。それと同時に小さく息を吐く。
「あー、終わった……」
疲れた。今までに味わったことのないタイプの疲れだ。筋肉痛、というより、体がだるくなる感じだろうか。よく味わった清々しいものとはまた違う。
こんな重労働を毎日とか、ホント保育士さんには頭が下がる。
あっちこっちをほぐしながら静かな、それでも昼寝の時間よりは音のある廊下を歩いていると、背後で扉の開く音がした。
振り返り視界に入るのは、今しがた俺の出てきた教室のから子供が一人出てくるところ。
あれは、確か蝉を取ってと言ってきた子だ。
「おにーさんっ!」
「ん?」
園児はトテトテと走り寄って来て、俺に一枚の二つ折りにされた紙を渡す。
「あげる!」
「お? おお、ありがと」
「おにーさん」
「ん? まだなんかあるのか?」
言われるままに紙を受け取ると、園児は呼びかけてきた。そして明るく、活力に満ちた笑顔を、おそらく無意識に作り、
「また来てね!」
そう言ってパタパタと部屋に戻って行った。
「ああ、まあ、来れたらな」
誰もいなくなった廊下で、俺は呟く。
それから渡された紙を開いて確認。
そこには色鉛筆でイラストが描かれていた。否、イラストと呼べるかは微妙なラインだろう。
赤やらピンクやら肌色やらが無秩序に使われていて、統一感なんてあったもんじゃない。描かれているものも、ただグリグリと色鉛筆を押し付けただけのようで、何が描かれているのか予想することすら困難だ。
けどまあ、ありがたく受け取っておこう。
このボランティア活動は大変だった。疲れたしなんか日焼けしたし。子供の相手は苦労がつきまとった。
それでも、悪くはなかったのかもしれない。
***
更衣室、もとい和室の前にたどり着くと、そこには紫苑がいた。
「お前何してんの?」
「ん? ああ、今鈴丘さんが着替えてるから待ってるんだよ」
「ほーん。じゃあお前らもボランティア終わったのな」
「うん。いやぁ、疲れたよ」
言って伸びをする紫苑。確かにその顔には疲労の色が滲んでいた。
「お前割と体力ある方なのに、珍しいな」
「ピアニストだからな。演奏って結構体力使うし。でも今日はあんま使わない筋肉使ったからさー」
「まあ子供の相手とピアノの演奏じゃえらい違いがあるもんな」
「いや、案外近いかもよ? 保育士ってピアノの弾けるじゃん」
「確実に本業じゃないよな」
「そりゃな。俺の方が断然上手いし」
佐々木さんが弾いたピアノは、今日何度か聞いているが、割と結構音を外してた。それにとりあえず弾いてるだけで、音の強弱というのはなかったと思う。
素人的にそう感じたんだから、専門的に学んでる紫苑的には相当酷いものに聞こえただろう。
けどわざわざそれを口に出して言うあたり、こいつガキだな。
「なんなら途中から代わりに俺弾いたし」
「お前、保育士さん困らせんなよ?」
「困ってなかったよ! 多分だけど……」
「そこは自信持っとけよ」
とはいえ自分から弾かせて欲しいと進言するとは、素晴らしい積極性だ。
と、そこで襖が開き鈴丘が出てきた。肩にはカバンを提げている。
「武藤君お疲れ様。二人とも着替えていいよ」
「うん」
「おう」
明け渡された和室に入って、俺と紫苑は素早く着替える。
男子の着替えは女子に比べて相当早い。夏場で来ているものもTシャツとズボンだけだったりするからなおさらだ。
着ていた、すっかり汗の染み付いたシャツはたたんで袋にぶち込んでからカバンの中へ。
五分足らずでそこまで済ませてから、俺と紫苑は和室を出た。
外で待機していた鈴丘と合流して職員室へ。園長に今日のお礼を述べてから校門の外に出る。
「んで、どうする紫苑。お前どこにも寄らないんだったら一緒に帰るか? 家近いんだし」
「あ、うん、どうしようかな……」
「あれ? 常盤くんも武藤君と家近いの?」
「お前の家よりはちょっと遠いけどな」
「そうなんだ、じゃあ私ともご近所さんだ」
どうだろう。鈴丘の家とはちょうど逆方向だから、鈴丘的には少し距離はあるが。
俺からの誘いに紫苑はふむと考え込む。
その様子を見た鈴丘は、あと一押しとばかり
に、
「ほら、三人で帰るのも……」
「そうだな。一緒に帰ろうか飛雄馬。バッティングセンターにでも寄ってさ」
鈴丘の言葉を遮りつつ提案する紫苑。それに違和感を覚える。
「バッティングセンターって、お前ついさっき疲れたって言ってただろ。なのにわざわざ運動しに行くのかよ」
「渋るなよー。滅多に会わないんだしいいだろ? 二人で楽しく話そうぜ」
「いや、俺今日、余分な金持ってきてないし……」
「奢るよ」
必死すぎね? なんかちょっと気持ち悪いぞ。
でも滅多に会えないのは事実だ。今日はあまり話せてないし、反対する理由も、もう特にない。
「そこまで言うなら構わんけど……」
お前はどうする? とばかりに鈴丘に視線を送る。
彼女は困ったように笑いながら首を横に振った。
「ううん、私は遠慮しとこっかな。結構疲れちゃったもん。バッティングセンターは無理そう。それに男同士の積もる話もあるだろうから、私いてもね」
「そうか」
「ごめんね、鈴丘さん」
「大丈夫だよ。それじゃね」
彼女は小さく手を振り帰路を行った。
たぶん理由は後者だろう。こういうところで変に気を使うのが鈴丘だ。
鈴丘が角を曲がったのを確認し、俺は紫苑へ向き直る。
「そんで、バッティングセンターってどこにあるんだよ? 俺ここら辺詳しくないから分からん」
「ん? まあ付いて来なって」
「……まあ、構わんけど」
歩き出した紫苑の隣に並んで付いて行く。
角を幾度も曲がり、俺が一人じゃ確実に元の場所に戻れないくらい進んだ頃、ちょっとした広場が見えてきた。
ちょっとした林と住宅街との間にあるため、ここは完全に日陰だ。おそらく日中でも日光が当たることはないだろう。揺れる木々も相まって、少し君が悪い。
だからなのか、夏には嬉しいこの涼しい場所も、人の気配は感じられない。
賭けてもいいが、こっちには絶対バッティングセンターはないと思う。あっても心霊スポットとかだ。結構ガチで近づいちゃいけないタイプのやつだ。
そんな広場で、紫苑は立ち止まって軽く辺りを見回す。
「ちょうどいい場所だなー」
「うん何が? バッティングセンター行くんじゃねえの? それともしばらく見ないうちに使う言語が変わったのか? 実はバッティングセンターって人のいないところって意味だったりすんの?」
「いやいや、使う言語は日本語のままだから。あとバッティングセンターってのは嘘。わり」
「は? じゃあ奢ってくれるみたいなのは?」
「あー、じゃあ後でジュースでも奢るよ。それでいい?」
「別にどうしても奢って欲しいわけじゃないから何でもいい。強いて言うならラノベ」
「高いじゃん」
あははと笑う紫苑は楽しそうだ。
まさか本当にただダベるためだけにここに来たのかと思ってしまう。
だが、そうでないであろうことは、なんとなく分かっている。
「紫苑、なんか俺に言いたいことでもあんのか?」
前置きは一切なし。いきなり本題に切り込む。
そうでなくとも、ついさっきのやり取りがクッションになってくれている。ある種の前置きの役割を果たしている。
だったらもう本題にしても構わないはずだ。
しかし紫苑はふざけた雰囲気をすぐに崩そうとはしなかった。
「あれ、なんで? どうしてバレちゃった?」
「わざわざ鈴丘を先に帰らせた時点でバレバレだ」
紫苑はガキっぽいが、それでもしっかりしているし真面目だ。ちゃんと相手の言うことは最後まで聞くという常識が身についていないような奴じゃない。
そんな彼が、鈴丘のセリフを途中で遮ったのはひどく不自然だ。
「あー、やっぱりか。さすが飛雄馬。鈴丘さんも、話があるんだろうなってことは分かってたみたいだけどね。だから自分から先に帰るって言ったんだろーし。やっぱ気遣いができる子だね」
「そういう奴だからな」
「はは、お互いよく理解してるって感じ? 幼馴染とはいえ、妬けるなぁ」
「別に理解しあってねぇ……って、ん? 妬ける?」
紫苑の口から出た一語が気になって思わず復唱した。と同時に紫苑をまじまじと見る。
ついさっきまで纏っていたふざけた雰囲気が綺麗さっぱり消え去り、翻って真面目な顔で俺を見ている。
俺はあの表情を幾度か見たことがある。
あれは、紫苑がピアノを演奏するときのものだ。その瞬間に、全力を投入する時のものだ。
紫苑は口を開きかけ、刹那の間躊躇うも、最後には言葉を発した。
「俺は、鈴丘さんが好きだよ」
「おいお前告白する相手間違ってんぞ」
びっくりしたー。
何がって俺が告白されたらどうしようかと思った。
そうでなくても、なんで鈴丘への好意を俺に言ったのかってところにびっくりした。
一体なぜか。答えはひとつだ。今まで俺が経験してきたことから自然と分かる。
「恋愛相談……」
口の中だけで呟いた言葉だから紫苑には聞こえていまい。
しかし紫苑は訝しげな顔を作った。
「なんでそんな嫌そうな顔してんの?」
どうやら自慢のポーカーフェイスが崩れてしまっていたようだ。
それも無理からぬことだろう。それは過去二回にわたって俺を苦しめたのだから。苦しめたっつーか、時間を削り取ってったつーか。
だが紫苑は、俺の渋面から違うことを読み取ったようだ。
「まさか、お前も鈴丘さんのこと好きなのか?」
「なんでそうなった。違うわ」
ツンデレでもなんでもなく、あいつのことなんかなんとも思ってない。
「そうかー。よかったー。親友と恋敵とか絶対嫌だったからさ」
「うん、別に知らんけど」
「じゃあなんで嫌そうな顔してたの?」
「…………」
言うか言わないかを刹那迷う。
けど、こいつならいいだろう。
「恋愛相談でもされるんじゃないかと思ってな。あまりいい思い出ないからうわっと思っただけだ」
「へえ、それって高校の人に?」
「まあ」
「なんだ。高校にも見る目のある奴いるじゃん」
「それ皮肉にも取れるんだけど」
自分で言うのもなんだが、俺は相談を受けるタイプじゃないと思う。
「別に皮肉じゃないって」
「どうだかなー」
頑なな俺に紫苑は困ったように笑う。
「まあ安心しなよ。俺は恋愛相談をお願いしようと思って言ったんじゃないから。ただ単に、言っておこうって思っただけで」
「は? なんでだよ」
俺に言っておく意味がわからない。別に恋敵宣言みたいなのでもないだろうに。俺、別に鈴丘のことなんとも思ってねえし。
「まあ、一応だよ。親友にはこういうこと言っときたいなっていう俺の自己満足。メールとか電話より、直接言いたかったからさ」
「だから鈴丘を先に帰らせたのか。真面目だな」
「真面目じゃないよ。自己満足だって言ったろ」
「……なるほど」
その考え方は分からんでもない。いや、大いに分かる。
自己満足で行ったことで、必ずしもその自己中心性が相手に伝わるとは限らないのだ。
往々にして違う受け取り方をされる事がある。
「だからさっきも言ったけど、恋愛相談なんかじゃないよ。どうしても仕方がない時以外は、こういうのは人に頼ることじゃ無いと思うからさ」
そう言う紫苑は、心の底から俺に頼るつもりはないように見えた。少なくとも、そのどうしても仕方がない時以外は。
「やっぱお前、真面目だよ」
思わず苦笑が溢れる。
ガキっぽくて、でも真面目。そういうギャップを見せていけば、基本誰でもなんとかなるだろう。紫苑なんだから。
だから手助けを求められても、俺には何もできないだろう。
でも一応、応援する気持ちはある。
「まあ頑張れ」
とりあえずこう言う事しかできない。
紫苑は俺のなんとも微妙なエールに無邪気に笑って返した。
「言われなくても頑張るよ」
今回の話には実体験含まれてません。大丈夫です。僕は無事です。




