34 ボランティア活動【下】
園児たちと一緒に昼食を取ると次は昼寝だ。園児たちは。園児たちは……。俺も昼寝したいんだけど。
子供の相手というのは意外と疲れるものだ。
話は聞いてくれないし。何言ってるのか滑舌悪くて聞き取れないし。仮に聞き取れても支離滅裂で「そっかー」と合わせることくらいしかできないし。
それともう一つ、攻撃が容赦ない。
全部手打ちだからいいものの、これで腰の入ったボディーブローとかだったら俺も本気を出さざるを得なかっただろう。俺が本気を出せばその速さゆえ、園児たちが追いつくこと俺に追いつくことなど不可能だろう。まあただ逃げるだけなんだけど。
そんなわけで、俺の体力はだいぶピンチだった。運動が苦手なわけではないが、休みなしでこんな重労働を続けてたらクタクタだ。
休憩が欲しい……。
いや、俺以上の重労働をしている保育士さんを前にして言うことでもないが。あぁ、保育士は楽そうだとか言ってた自分を殺したい。
そんな思いが顔に出てたとは思えないが、子供たちが全員寝静まったあたりで、保育士佐々木が口を開いた。
「それじゃお兄さん、一旦休憩を。着替えに使ってもらった和室で。時間になったら呼びに行きますから」
「あ、はい。分かりました」
心の中で保育士佐々木に敬礼。
静かにムラサキ組の教室を後にする。
廊下を足早に、しかしなるべく足跡を立てないようにして歩いて行った。
木城保育園の園児全員が昼寝に突入したため、園内はすっかり静寂に包まれていた。午前中の喧騒が嘘のようだ。
こうして騒がしさから離れると、子供たちはやはりうるさいんだなと思う。いや、悪い意味じゃない。凄まじいパワーを持ってるんだなということだ。
そんな事を考えながら歩けば、和室にはすぐに着いた。
すぐに着いたんだが、出るときには開けておいた襖が閉まっている。つまり誰かが中にいるということだ。
「……また着替え中とかじゃないよな」
一度踏んだ轍は踏まん。見たい気持ちはありながらも、俺は襖を軽くノックする。
「はーい」
よく知った声が聞こえた。まず間違いなく紫苑だ。なら問題ない。躊躇せずに襖を開く。
「お、よーっす飛雄馬。お前も休憩?」
「あ、武藤君」
紫苑と鈴丘が、ちゃぶ台を挟む形で座っていた。
決して広くない部屋で男女が二人きりとか確実にフラグじゃねえか。
ほぼタイムラグなしでそんな考えが浮かび、俺は邪魔だと瞬時に判断。ゆっくりとフェードアウトしようとするも、その前に気になるところがあった。
二人の間にあるちゃぶ台。その上には大量の新聞紙。畳には新聞紙を丸めて作られたと見られる棒の山と、ちゃぶ台に収まりきらなかった新聞紙の束が所狭しと置かれていた。他にはセロハンテープがいくつか、ハサミも二、三個転がっている。
「休憩だけど、お前ら一体何してんの? 新聞紙丸めてもそこまで強度ないから、チャンバラしてもそんな面白くないぞ。すぐフニャッフニャになる」
「ああ、それ分かる。繋ぎ目とか特に脆いよな。この間もあっさり折れたし」
「つい最近もやってたんだね……」
よく分からない流れで紫苑の唯一の弱点であるガキっぽさが露呈した。なるほど、最近までやってたからあんなに巻くの早いんだな。
しかし鈴丘が割と普通に紫苑に絡んだ。俺の知らないところで仲良くでもなったらしい。
まあどっちもコミュ力高いし、仲良くなろうと思えば割とあっさりなれるんだろう。俺とは大違い。
それはそうと何してるのか全く説明されてないんだが? という視線に鈴丘が気がついた。
「えっとね、近々あるお遊戯会? で使うから、新聞紙丸めて作って欲しいんだって。休憩時間ついでに」
「ああ、なるほど、そうなのか。じゃあ頑張れ」
「いやいや、なんでそんなにナチュラルに受け流せるんだよ。今のは飛雄馬も手伝う流れだっただろ?」
俺は俺の休憩時間を過ごそうとラノベに手をのばしかけたら紫苑に止められた。
仕方なく俺は道理というものを教えてやることにする。
「でも作れって言われてるのはお前らなわけで、俺じゃないだろ。だったら俺は関係ない。俺は俺の道を行く」
「それ屁理屈だよ武藤君……」
そう言いながらも、鈴丘はなんとも微妙な顔をしている。言いくるめられたらしい。しかしその向かいに座る男は違かった。
「じゃあ俺から頼むわ。手伝って。はいこれ」
「う、え?」
差し出された新聞紙の束を、俺は反射的に受け取ってしまう。
手の中の新聞紙を見てほんの一瞬硬直した俺に、紫苑は爽やかな笑顔を向けてきた。それこそ女子が見たら一目惚れするレベルの。
しかし幼馴染であるところの俺は見逃さない。勝利の喜びが無邪気にも含まれているのを。
「あー、もういいよ、俺の負けで。手伝えばいいんだろ」
「そゆこと」
「はぁ……」
せめてもの抵抗としてため息をつきながらちゃぶ台の前に腰掛ける。
とりあえず新聞紙を丸めればいいわけだから。
完成品がこっちの積まれてるやつで……これが十枚重ねてんのか。
手に持って確認すると、意外に強度があることが分かる。ただし、こうするには相当キツく丸めなければなるまい。
渡された新聞紙から十枚見繕い角を合わせて重ねる。
端っこからチマチマとズレを調節ながら巻いていく。なるほどこれはかなり根気のいる作業だ。だが俺は園児たちの相手という重労働を経験してきた。この程度朝飯前だ。
そうやって一人孤独な戦いを繰り広げていると、鈴丘がぼそりと口を開いた。
「それにしても常盤君、武藤君の扱い慣れてるんだね」
「ん? まあね、一応幼馴染みだし。どういう反応するか分かるから。どうすれば言い返せなくなるのかも」
「だからあっさり武藤君に手伝わせられたんだねー。あんなに簡単に折れる武藤君初めて見たもん」
「まあ、飛雄馬って根は単純だからね。だから対抗策とか立ててきて、それを打ち破って、でまた対抗策立てられての繰り返し」
「どんな対抗策?」
「基本全部屁理屈だよ」
「……お前ら、本人のいる前でする会話かよ。扱い慣れてるとか、単純とか。言っちゃなんだが俺ぐらい面倒臭い奴もそうそういないぞ」
「「自覚あったんだ……」」
「わざととしか思えないタイミングで息合わせるな。なんだここ。アウェーか」
俺のいいところが一個も挙げられないところに悪意を感じる。自分でもいいところがあるかは分からないけど。
ジト目の俺を見たフォロー上手な鈴丘はなんとかしようと慌てだした。
「大丈夫だよ武藤君! ほら、子供の扱い上手いんだし」
「それ理屈でも屁理屈でもなくて超理論だからな。つーか俺子供の扱い上手くねえよ」
「いやいやいや、本当だって。見てたけど、なんやかんやでちゃんと付いて行ってたし。プールの時押さないでって注意した時もちゃんとしてたよ!」
「そこは俺も鈴丘さんに同意かな。注意するところでちゃんと注意するのは大切なことだよ」
「ほう、子供に一番精神年齢の近いお前が言うと説得力が違うな」
「フォローしたのに罵倒されたんだけど!? 別に俺ガキっぽくないし!」
「そのセリフがすでにガキっぽいよな。ついこの間まで新聞紙で剣作ってた奴が何言ってんだ」
「うっ、男子なら大体そんなもんだろ……?」
「いや、少なくとも俺は作ってないし。最後に作ったのは高一の夏だ」
「それ割と近い過去じゃない?」
鈴丘にツッコまれてしまった。
そんなこと言われても、あの類のものはふとした瞬間いきなり作りたくなるんだから仕方ない。
と、ようやく一本目を巻き終わった。セロハンテープで何ヶ所か留めて、きっちり固定する。
新聞紙の棒の山にそれを加えてから、二本目を作るべく、俺は新聞紙の束に手を伸ばした。
「それに、子供の扱い云々なら確実に鈴丘の方が上手い。よく分からんけど大人気だったろ。しかもあんなに囲まれて笑顔を崩さないとか、もはや人間業じゃない」
あの年の子供は誰かが話してるとか考えずに喋り出すから、一人一人が何を言ってるかを聞き取るのは非常に難しい。聖徳太子でもなければ無理だ。
「けど私ができてる時点で人間業だよ。私人間だもん。それに、子供たちすっごく可愛いよ」
「お、おう」
「なんかね、ほんとに二頭身くらいの大きさの子がいるんだ。その子のほっぺがプニプニしててすっごく可愛いの」
「ああ、いたね。あんま喋らない子だけど」
紫苑の言葉に大仰に頷く鈴丘。
「そこがまた可愛いの」
「お、おう。そうか」
それコミュ障超モテるってことにならないか。
子供が大好きという鈴丘の目は輝いていて、よくある「子供が好きな私可愛いアピール」でないことが分かる。だから全く嫌悪感はない。むしろ好印象ですらある。
が、特にどう反応すればいいか分からない俺のリアクションは、鈴丘にはご不満だったようだ。
「えー、リアクション薄いよ。武藤君は子供可愛いと思わなかったの?」
「いや、別に……」
「別にって?」
「……可愛くないとは思わなかったな。特に」
ムーと、以前拗ねた時と同じような表情を作る鈴丘に、俺はあっさり降伏した。
別に保育というのが面倒なだけで、子供が嫌いなわけではないし、嘘は言ってない。
俺の答えに鈴丘は、
「だよね!」
と満足そうに頷くと作業へと戻っていった。素直な(良く言うと)ことで。
会話は終了したようなので俺も作業に集中する。
「鈴丘さんも、よっぽど上手いよね。飛雄馬の扱い」
「だから扱いとか言うな。ガキのくせに」
「ついに『っぽい』が消えた!?」
紫苑が悲痛な叫びを上げるが、俺は無視した。
確かに鈴丘はなんか俺の扱い上手いけども。頑張って抵抗しようとしてるんだから言語化しないでほしい。功刀や汐留の恋愛経歴みたいな案件もう嫌だし。
***
夏を侮ってはならぬ。
現在十六時。普通なら太陽も沈み始める時間帯。
しかし夏の太陽はしぶとく地面を照らし続けていた。そして当然、気温も下がらない。昼と比べれば十分涼しいが、それでも暑いことに変わりがない。存在しているだけで汗が出てくる。蝉もまだ鳴いてるし。
そんな中で本日二度目の外遊び。
昼寝で体力を回復した子供たちは、昼間から全く衰えを見せないはしゃぎっぷりだった。
「おにーさん、ほら、これが魔法の砂なの」
「おう、そうか、すごいな」
地面を掘り起こして出てきた、湿っただけの土を指差す園児に合わせつつ、俺も地面を掘る。
男子園児曰く料理らしい。
横に置いてある小さいバケツいっぱいに白い砂が入っている。あれが米とのことだ。
ちなみにお塩とか言って、見た目何も変わらない白い砂をひとつまみ入れていた。米炊くのに塩はいらねえよ。パスタ茹でるんじゃないんだから。
バケツの隣に置いてある皿には、乱雑に抜かれた雑草が並べられている。あれは野菜らしい。俺には雑草にしか見えないけど、子供の目には豪華な食材として写ってるんだろう。
で、ここまで砂やら雑草やらを現実的な食材に見立ててるのに、どうして魔法の砂が出てきた。料理に魔法は必要ないし、砂はもっと必要ない。
といった疑問は無意味ということを、俺は今日一日で学んでいる。当人がそれでよければいいのだ。他者の疑問は当人にとっては愚問なのだし。
……だからって延々と黒い土採取させられんのはきついんですよ。
「なあ、これってどのくらい集めればいいの?」
「えー? たくさん!」
「そうかー、たくさんか」
終わりの見えない作業だ……。
土をシャベルで掘ってはすくい、専用のバケツへと入れる。
こっちのバケツは米(白い砂)が入ってるやつよりも大きい。いっぱいにするには相当時間がかかるだろう。
ため息を押し殺し、俺は機械俺は機械と自分に言い聞かせる。
そう、俺は機械だ。マシーンだ。黒い土を集めるだけに作られたロボットだーー。
「こんなにいらない」
園児は無慈悲にも、集めた砂の半分くらいを捨てました。
「……おお、そうか」
他に返す言葉なんてねえ……。別に捨ててもいいんだけど、なんか、こう、なんかなあ。
俺が軽く絶句してる間に、園児は米(白い砂)を魔法の砂(黒い土)に投入。グッシャグッシャと混ぜ始める。
それだけでは物足りなかったのか、野菜(雑草)もぶち込んでシャベルで豪快にかき混ぜた。豪快すぎてちょいちょい砂が溢れてる。
しばらくすると完成したのか、小皿に分けて渡してきた。
「おあがりよ!」
「うん、ありがと」
お前食○のソーマ知ってんのかよ。幼稚園児が読むにはちょっと教育に悪い気がするんだけどなぁ……。
この子の未来をちょっと心配しながら、俺は食べる真似をしようとする。
箸もスプーンついてないな。
仕方ない。ここはインド形式でいこう。
「あむあむ、ん、美味い美味い」
「僕も鬼ごっこするー!」
「うん?」
いくら何でもおかしすぎる返答に顔を上げる。
園児はダッシュでお友達との鬼ごっこをしに行っていた。
「せめて片付けはしろよ」
なんども思ってるけど自由すぎる。
バケツやらをそのままとはいかないので、中身を適当な場所に捨ててから全てあるべき場所へ。
多分あの子は将来ゴミ屋敷に住むことになるな。今のうちに片付けの習慣をつけさせるべきだと思う。
まあそれは俺の役目ではない。親がなんとかすんだろ。
一仕事終えた感覚に首を回していると、腹の辺りにいきなり衝撃がきた。
咄嗟に受け止め確認。おままごとをしていたのとは違う園児が、なぜか抱きついてきていた。
君男だよな? 俺ノーマルなんだけど。
「どした」
「ねえねえ、おにーさんはさ、女の子に好きって言われたことある?」
「は?」
唐突だった。
なんの脈絡もなく、突然恋愛遍歴を聞かれた。やっぱ子供って自由だなと思いつつも、俺は正直に答える。
「んー、ないなー」
「そうなのー? 僕はあるー!」
お前狙ってる? 狙ってるよな? 狙ってやってんだろ?
男子高校生の心をピンポイントで抉る、単純でありながら超高威力を誇る攻撃だ。ポ○モンで言うといちげきひっさつに相当する。高威力どころか即死級だ。
だがレベルは俺の方が上。いちげきひっさつは自分よりレベルが上の相手には通用しないんだ。
俺だってノーダメージとはいかないが、そこら辺をどうでもいいと思っているだけに、膝から崩れ落ちはしなかった。
なんとか引きつった笑顔を浮かべ大人の余裕を見せる。
「おー、そうかー」
「ちゅーもされたー」
「……おー、そうかー」
いちげきひっさつを二連続で同じ相手に出すとか、確実にオーバーキルだと思う。
「お兄さん女の子に好きって言われたことあるー?」の下りは実体験です。それはもう特大のダメージでした。ぐすん。




