33 ボランティア活動【中】
ボランティア活動について大まかな説明を受けた後、俺たちは各々担当させられるクラスに分けられた。
俺が三歳児クラスのムラサキ組。紫苑と鈴丘が二歳児クラスのももいろ組だ。
各々分けられたとか言ったが、実際俺がハブられた形だ。
にしても夏休みのボランティアで偶然出会った少女が同じクラス担当とか、紫苑のラブコメ主人公臭が凄まじい。
その論法でいくと、俺は主人公の親友ポジションになってしまう。不遇すぎて辛いあのポジションだ。
が、俺は別にモテたいわけではないので構うまい。親友ポジションは一番気楽だから、むしろウェルカムだ。
そんなわけでムラサキ組。
ムラサキ組の教室は、広さが十二畳ほどだろうか。
スライド式のドアから入ってすぐ右側に園児用のトイレと、掃除をするときに使うと思しき水道がある。
もう少し進むと、パステルカラーで塗られた壁が見えてくる。園児たちそれぞれのロッカーやピアノ、小さい本棚などがある程度の秩序を保って置かれている。
それらに埋められつつも、残った八畳ほどの空間が、子供たちの遊ぶ空間だ。
そこでワイワイキャッキャと積み木やら折り紙やらで遊ぶ子供たちを前にして、俺は部屋の隅っこで直立不動だった。
別に小さい子供にも話しかけられないとかじゃなくて、見ててくださいと言われたのだ。
それが様子を見ていればいいのか、それとも遊びの相手をすればいいのか分からないため、現状に至っている。
しかしうるさいな……。
人数的には学校の教室の方が多いのに、声の大きさではダントツでこっちが上だ。こんなに騒いでいて疲れないのだろうか。
まあ保育園なら昼寝の時間もあるのだろう。後先考えずに居られるわけだ。
自由っていいなぁと思っていると、スライド式のドアが開いて保育士さんが入ってきた。
俺を更衣室(鈴丘着替え中)に案内した人だ。エプロンの胸あたりについている名札には、佐々木と書いてある。
その保育士佐々木は、ピアノの前まで移動すると口を開いた。
「はーい、みんな時間だからお片付けして。急ぐ急ぐ」
その声に反応した園児たちは、かなりマイペースでありながらも、各々が遊んでいたおもちゃや絵本などを片付け始める。ただ声量はまったく衰えず、むしろ大きくなっていた。楽しそうで何より。
五分近くの時間をかけてようやく片付けが終えた園児たちに、今度は整列が命じられる。
再びガヤガヤと騒ぎながら、ダラダラと動き始める子供たち。
佐々木さんに「早くしなさい」と怒られるまで、本当にスローモーであまり綺麗とは言えない列が作られる。これだけでも五分と少し過ぎた。
「はい、それではみなさん、おはよーございます」
「「「おはよーございまーす!」」」
大声量。園児たち声でけー……。子供が息を合わせるとこんなにも威力が出るのか。
「今日は、先生たちのお手伝いをしてくれる、ボランティアのお兄さんが来ています!」
「おぉーっ」と目を輝かせる子供たち。そんなところに俺みたいな常時負のオーラ発生体を放り込んでいいのだろうか。
そんな不安もあったが、佐々木さんに自己紹介をうながされたので引くに引けない。そもそもここにきてる時点で詰んでる。
「えーと、武藤飛雄馬です。一日だけですが、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
気持ち声を高めに言うと、やはり大音量が返ってくる。
若干ながらも圧倒され、次の言葉が出てこない。
そのフォローかどうかは分からないが、佐々木さんは、子供たちに向かって今日の予定や、注意事項を述べ始める。
何人かはまだチラチラ俺のことを見てくるものの、少なくとも注意は俺から逸れたらしい。
さて、負のオーラのことだが、一つわかったことがある。
園児たちは単体でも超がつくほどのプラスオーラを出しているのだ。だから俺の負のオーラも、いい具合に中和されていて、園児が顔を引き攣らせたり、泣いたりすることはなかった。
とりあえずは一安心ということか。
***
外遊びらしい。
この炎天下の中でである。
それなのに子供たちは、皆満面の笑みで外に走り出して行った。もちろん全員日射病対策に麦わら帽子を被っているが、それで得られる涼しさなど高が知れている。全員汗だくだ。
ただ、汗だくだからといって、遊ぶのをやめる者は一人も見えなかった。追いかけっこ勢の多いこと多いこと。
俺の仕事は、園児が危険なことをしないか見るのと、一緒に遊んでやることだそうだ。
燦々と降り注ぐ太陽の下、俺は少しでも日光から逃れようと木陰に入る。
「暑い……」
思わず口からこぼれ落ちた言葉は、蝉の声にかき消された。
もう嫌だ……。ジメジメするし。暑いし。蝉鳴いてるし。つーか蝉マジでうるせえ。
夏休みも例外なくヒッキーな俺は、当然冷房の効いた部屋で過ごしている。暑さにはとことん弱い。外に出てから約二十分。俺はすでにノックアウト寸前だ。主に精神的な方面で。
木陰でボーッと園児たちを眺めていると、数人の男の子が俺の元へと駆け寄ってきた。その手には虫かごと虫取り網が握られている。
「おにーさん! セミとってー!」
「セミとってー!」
「え、蝉?」
まさかうるさい蝉にブチ切れて、ついに子供達が牙を向いたのか。とも思ったが、子供達の目はキラキラ輝いている。単純に興味本意っぽい
「蝉取るのはいいけど、どこにいるか分からないな」
「いるよ! そこに!」
園児のうちの一人が、ズビシッと俺の後ろの木を指す。
いや、それは分かってるんだけど。
「どの辺りにいる?」
「そこだよそこ! 上の方にいる!」
「えーと、どこ……?」
「そこだよ! 見えないの? おにーさん目わるーい!」
「はは……ごめんごめん。教えてくれるか」
「そこだよ!」
だからどこだ。お前さっきから「そこだよ!」しか言ってないだろ。分からねえよ。
どうやらこれ以上の説明は期待できなさそうだ。諦めて目を凝らし探してみる。
すると一匹、騒々しく鳴く蝉がいた。ただいるのは三メートルは上の方だ。俺が背伸びしてもジャンプしても届かない。園児が持ってきた虫取り網も、長さ五十センチくらいしかないから無意味だろう。
「ちょっと届かないな……」
正直にそう言うと、男子園児たちは「えー」と残念がる。
つーかお前ら、三人くらい減ってない? もう飽きてどっか行ったのかよ。サザエさんだってもうちょっと根気あるぞ。
しかし残念がられても仕方ない。届かないものは届かないのだ。だから今すぐその腹パンやめろ。地味に痛いから。
「まあ蝉さんだって生きてるんだ。一週間の生涯を籠の中で過ごさせるのは可哀想だろ?」
「かわいそーう」
「一週間しか生きられないのー?」
「そうだ。だから放っておこうな」
「はーい!」
元気よく手を挙げる園児たちに、ならばとアスレチックの方を指差す。
「よしじゃあ向こうで遊んで……」
「じゃあおにーさん、一緒におにごっこしよ!」
「え?」
……きなさい、と続くはずだった俺の言葉は封じられた。
ノーと言えると日本人である俺は、当然断ることができるが、しかし直々に誘われてしまってはどうしようもない。
「お、おう、いいよ。鬼ごっこ。誰が鬼やるんだ?」
「………」
何故かポケーっとそっぽを向いていらっしゃる園児方。ちなみに今のやり取りで飽きた奴らが三人ほどどっか行ったため、俺の前に残ってるのは二人だけだ。
「おーい? どした?」
「おにーさん! かくれんぼしよ!」
「ん? かくれんぼ? 鬼ごっこじゃなくて……?」
「おにーさん鬼ね! ほら、隠れよっ!」
「うん!」
「え、いや、ちょっ……」
そして誰もいなくなった……。
園児二人は連れ立ってダッシュで滑り台の向こうへと消えていく。
「自由か」
子供の思考回路どうなってんの。
致し方ない。鬼をやってやろう。ちょうど後ろに木あるし。
木に向き直り、いーち、にーい、さーんと数える。十まで数えると「もういいかーい」と決まり文句を声のボリュームを上げて言った。しかし返ってくるのは子供たちが戯れる喧騒だけ。まだらしい。
再び木に向き直り、さっきと同じことを繰り返す。繰り返す。繰り返す……。
六度目くらいでじれったくなってきた。
待つの面倒臭い。これだけ経てばまだ隠れてないなんてこともないだろ。
「探すか……」
かくれんぼといっても、隠れる場所は園庭のどこかに限られている。滑り台やアスレチック、水道の後ろなど。さすがに砂浜に埋まって土遁の術というのはないはずだ。
辺りを見回していると、つい先ほどよりも園庭で遊んでいる園児が増えていることに気がついた。
不思議に思い注意深く観察する。
増えてるのは俺の担当してるムラサキ組の子よりも小さい子供。麦わら帽には桃のマークが描いてある。ももいろ組か。
その中に、セミロングの女の子を見つけた。
鈴丘は何人もの園児に囲まれ、一人一人に笑顔で接していた。かなり人気なようだ。近くには紫苑の姿もあったが、鈴丘ほど人気はないらしい。比べてみるとかなり悲惨だ。
まあ、現在が周りにいない俺が言うことではないか。比べたら涙が出てくるくらい悲惨だし。
と、鈴丘が視線を上げ、俺と一瞬目が合った。彼女は胸元で小さく手を振り、再び園児の相手に戻っていく。
ふむ、アニメなんかでたまに見るヒロインの萌え仕草だな。たぶん控えめな感じが奥ゆかしさを感じさせるのだろう。奥ゆかしさは古来から日本の女性の美を形作ってきたものだから納得できる。
……なんてことを考えている場合じゃなかった。かくれんぼの最中だ。
取り急ぎ近くにあったアスレチックの裏を覗き込んでみる。
俺にかくれんぼをさせていた園児二人は、そこにある砂場で、山を作ってました……。
「……あれ、かくれんぼは?」
「えー、やっぱいいやー」
「おにーさんも砂つくろうよ!」
「お、おう」
つぶやくように返事をして俺は砂浜に向かう。
子供って……分からん……。
***
「おにーさん、脱がせてー」
「はいはい、ほれ、ばんざーい」
「おにーさん、あたしも脱がせてー」
「ぼくもー」
「おにーさーん」
「分かった、分かったから。順番な?」
俺は次々と幼女やショタの服をばんざいさせて脱がしていく。まだ幼くたおやかな肌が次々に露わになる。
……なんか誤解されそうなワンシーンだが、単純に着替えの手伝いをしているだけである。まだ一人で着替えが出来ない子もいるので、こうして手伝っているのだ。
そうして着替えるのは水着。お待ちかねの水遊びだ。俺としても、水遊びは楽しみだった。だって涼しくなるし。
なんとか全員が水着へと着替え終わり、佐々木さんの号令に従って準備体操が始まる。
それが終わるといよいよ水遊びだ。
園庭に設置されたプールに、一列になって入っていく園児たち。全員プールは好きらしく、ぐいぐい押され押しながら入っていく。
「おーい、押すな。危ないから。ゆっくり入れ」
「「「はーい」」」
一応注意を促すと、園児は元気に答えてくれた。けど押すのは止まらない。返事が完全に条件反射と化している。こいつらまったく話聞いてねえ。
そんな中、一人の園児が強く押されて倒れそうになる。
「っと」
咄嗟に手を出しその体を支えた。転んだところで怪我もしないだろうが、俺の今の行動も条件反射だから仕方ない。
「だから押すなって言ったろ。ゆっくり入れよな?」
「はーい」
押した子に注意。ちゃんと反省した声音が返ってきたので、大丈夫だろう。
今のやり取りを見ていたのか、他の子供たちも慌てて入ろうとはしなくなった。
あれ、俺そんなに怖かったの? できる限り優しい声音で注意したつもりだったんだが。汚れのない子供たちに消えない心の傷でもつけちゃったパターン?
一瞬心配になるも、注意した俺の様子を見ていたであろう保育士佐々木は何も言ってこない。だったら大丈夫だろう。たぶん。
プールに入った子はジャブジャブと飛沫を上げながら歩いたり泳いだりしている。
プールはそこまで大きくない。深さ五十センチほど、縦一メートル半、横三メートル程度。ムラサキ組の子供たちが全員入れば、かなり窮屈だ。
そんな狭い空間でも、子供たちは全力で遊んでいた。ただただ無邪気に、楽しく。
俺はプールに入れないので、外側から眺めることしかできない。見守ることしかできない。
自分にもこんな時期があったんだなぁと刹那の間物思いに沈む……。
ーーバシャッと。
いきなり俺に水がかけられた。
見るとこっちを見てすげー笑ってる園児、総勢七名。手に持っているのはプラスチックの水鉄砲。ああ、あれか。
「「「ばーん、ばーん、ばーん!」」」
「うぉっ」
一斉掃射。
次々に放たれる水の線を、サイドステップとバックステップ、ついでに上体を屈めて躱す。
それでもしぶきまでは回避できずに、俺のTシャツは少しずつ濡れていった。というか結構何発も食らってる。
ふっ、この時期に水鉄砲なんて武器にならん。冷たいし涼しいんだよ
。あ、風が吹いた……寒っ。
無秩序に引き金を引きまくっているのに、園児たちの張る弾幕はプロってた。隙間がこれっぽっちも見当たらない。
毎回思うけど、ころせんせーはこれをどうやって避けてんだよ。マッハ二十あっても到底避けらんねえよ。そもそも隙間がないんだから、もはや速さは関係ない。
そうこうしているうちに、子供の一人が、結構大きめの水鉄砲を持ってきた。形状的にはアサルトライフルが近い。つまり強力なやつだ。小さい頃買って欲しくて、高いからダメだと言われてたタイプのサムシングだ。
「おにーさんかくごぉっ!」
「何をだよっ」
隙間のない弾幕に強力な一発が加わった!
なんだあいつら顔超狙ってくる。しかも結構正確。
もうかなり服も濡れている。夏だから乾くのに時間はかかるまい。しかし保育園児にやられっぱなしというのも考えものだ。
よかろう、お前らが鉄砲なら俺は大砲、というよりガトリングを持ってこよう。
素早く移動し近くにあったホースを手に取る。このホースはプールに水をずっと注いでいた。当然今も、水が流れっぱなしだ。
俺はホースの先に指先で圧力をかけて水の出る勢いを強くする。そのまま弾幕の飛んでくる方へと向けた。
「くらえっ」
「きゃあぁあっっ!」
「あわっぷ!?」
楽しそうな悲鳴が飛び交い、園児軍が崩壊するのに、三秒かからなかった。
勝利。
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すんません嘘です。




