番外編6 テスト勉強(下)
グダグダな勉強会は、最初に日本史から始まった。功刀が赤点必至レベルに危険らしいからだ。
こいつらが来るまで世界史をやっていた俺だが、日本史も同じ暗記系の科目だ。数学とかにならなかっただけ良しとしよう。
「俺日本史すっげぇ勉強してるかんな! 問題出してみろよ武藤!」
「お、おう」
無駄にテンションの高い西倉に若干以上引きつつノートを開く。
わいわいきゃっきゃと楽しく勉強している姉さんと女子二人を尻目に、とりあえずざっと問題にできそうなところを探した。
今回の日本史は江戸時代後期から明治時代前期頃がテスト範囲だ。相手は西倉だし、すぐ分かるサービス問題を出してやろう。
「では問題です。新撰組の局長は?」
「近藤勲!」
「それ○魂」
案の定な間違え方しやがった。
当の西倉は何が間違ってるのか分からないようで、非常に不満げだ。お前の相手させられてる俺の方が不満だっつの。
「正解は近藤勇な」
「馬鹿な!?」
「馬鹿はお前だ」
「そうか、馬鹿にならないくらい、俺は天才だよな……!」
はいはい面白い面白い。
しかしこいつまさか……。
当然浮かび上がった疑念を確かめるために、俺は次々と問題を出す。
「じゃあ新撰組の副長は?」
「土方十四郎!」
「……新撰組の一番隊組長」
「沖田総悟!」
「徳川幕府の十四代目征夷大将軍は?」
「茂茂!」
今の問答で疑念は完全に的中した。
間違いない。こいつは。こいつはーー
「お前○魂で日本史勉強しただろ……」
「なにぃっ!? なぜ分かった! ……あれ、なんでそんな可愛そうなものを見る目になってんの? ○魂で日本史勉強したっていいじゃないか!」
「……じゃあ天保の改革を行った老中は?」
「水野忠邦!」
「そこは当てんのな……」
こいつの勉強の仕方偏ってんなぁ……。別に俺のことじゃないからいいんだけど。
だが姉さんに教えてあげなさいと言われた手前、何も教えずにさようならというわけにはいかないだろう。
「いいか西倉。まず絶対条件として○魂で日本史勉強すんのはやめろ」
「なんでだ!」
「いや、坂田銀時とか実際は存在してねえからな? 万事屋も定春も神楽もいないからな? かろうじて新八はいるかもしんねえけど。メガネが本体だし」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿はお前だ」
驚愕に目を見開く西倉に俺は容赦無くツッコんだ。
「だがしかし! 俺が覚えた新撰組の面々と将軍の名前は無駄じゃないはずだ。これで勝つる!」
「勝てねーよ。そいつらの名前全部実際とは違うんだよ」
微妙に似せてるから完全に無駄というわけではない。しかし似てる分、本物と混同して混乱する可能性も考えられる。知能の低い西倉にとってそれは致命傷だ。つーかこいつは間違ってると分かってても○魂verの名前を書きそうだ。
「ふっ。お前に何と言われようと、俺は自分の勉強法を変えるつもりはない。俺は俺の信じる道を行く……!」
「へー……」
えらいキメ顔で放たれた言葉は、そこだけを切り取ってみればこの上ないほどの名言だ。他人に左右されずに自分の道を行くというのはなかなかできることではない。
しっかりとした根拠があり、なおかつきちんとした結果が残せるのであれば、誰も文句は言えない。格好良くすらある。
ただ西倉の場合、そのどちらもが足りていない。足りていないならまだしも、マイナスの可能性が高い。
ついでに言えば、西倉渾身のキメ顔がちょっと気持ち悪い。
西倉の容姿自体は特別悪いというわけではない。実に平均的な顔と言えよう。
でもキメ顔は気持ち悪かった。
キリッとしようとして奥のバカさ加減が垣間見える瞳。自信満々さが逆にうざい眉。若干以上釣り上げられ、なんとも残念な口。
ふむふむ。
「姉さん。俺にこいつのお守りは手に負えない助けて」
「えー、やだー」
「……せめて、顔を上げて答えて欲しかったよ」
一瞥もしないとかどういうことだ。姉さんの西倉への扱いひど過ぎるだろ。一周回って俺への扱いがひどいとも言える。
そんな姉さんの両隣にいる少女たちも苦笑を隠すことができない。
しかし助け舟を出すつもりはないようで、すぐに勉強を教えてもらうため姉さんに向き直った。
西倉と関わりたくないという解釈で構わないだろう。
「じゃあ西倉。もう日本史やめて世界史にするか……」
「俺世界史すっげぇ勉強してるかんな! 問題出してみろよ武藤!」
さっき日本史で言ったこととまったく同じ事を言う西倉。
満面の笑みだが、もう不安しか感じない。
「中国における三国時代にあった国で、魏、呉、もう一つはなんだ。ほれ答えろ」
「あー、そうそう、三国志な。そういや三国志と言えばさー、ゲームあったじゃん?」
「あったな。無駄にたくさん出てる印象あるな」
「それ今度アニメ化されんだってさ! 観ようぜ!」
「ほう、俺TUEEEになること必至な感じしかしないけど面白そうだな。PVとか公開されてねえの?」
「まだだな! たぶん万策尽きてるな!」
「PVないだけでその判断は可哀想だろ。作らない時もあるんだろうし。それに一話始まる前から万策尽きてるなら放送延期にならね?」
「なるほど!」
俺TUEEE系はそこまで嫌いじゃない。度が過ぎてたら大嫌いだが、ある程度の節度さえ守っていれば普通に観る。何も考えずに観られるところが優れたところだろう。たぶん。
「けどそうだな。そろそろアニメ切り換わる時期だよな」
「だなー、あと一週間くらいで変わるよなー」
「『俺の幼馴染が一途すぎる』も明後日には最終回だな」
「あれアニメオリジナルで終わるんだってさ!」
「それは知ってる」
そうしてしばらく西倉とアニメ談義をしていた。
うるさい、うざい、うっとおしい、の3U揃っていることで有名な西倉は、ことアニメ関係に関してはそうでもない。俺の知らない情報を教えてくれたりして非常に便利だった。
便利とか言うと、西倉が情報デパイスみたいになってしまうが、概ねその通りなので仕方ない。3U揃ってる分、情報デパイスに劣ることもある。
「飛雄馬〜、どうでもいいけどちゃんと勉強しなよ〜」
姉さんの一声で我に返った。勉強すんの忘れてた。
「西倉……お前図ったな」
「え? 何が?」
ポカンと口を開けた間抜け面を見せつけられた。こいつ何も考えてねぇ……。
「あと飛雄馬、私お昼作るから、可憐ちゃんと愛華ちゃんの相手もよろしくね」
「え? こいつらここで昼飯食ってくの?」
「まあ折角だしね〜」
おいおい冗談じゃないぞと女子二人を見やると、控えめに頷かれた。
「別に私は家すぐそこだし帰って食べても良かったけど、まあその、折角だし……」
「私の家ここから結構時間かかるから仕方なくね! ご馳走になろうと思ったのよ」
ご丁寧に理由まで説明してくれる。
なんだこれ。俺ずっと昼までの辛抱だと思ってたのに。昼飯までにはみんな帰ってくれると思ったのに。これじゃあ午後も一人で勉強は叶わない。
「女神の手料理!? 是非是非ゴチになりやす!」
ただ一人。西倉だけが歓喜してた。お前は帰れ。
***
腹ごしらえを終えたら勉強再開だ。
西倉の相手はすでに面倒臭くなっていたので、部屋にあったラノベを与えておいた。
にしくらは おとなしく なった!
せかいに へいわが おとずれた!
というわけで俺は一人での勉強に精を出せる。
面倒で仕方なかった数学も、西倉に比べれば何段階かマシに思える。
解き方確認、問題演習、答え合わせを延々と繰り返し繰り返し、着々と熟練度を上げていた。
女子二人は引き続き姉さんに勉強を教えてもらっている。
すっかり静かになった部屋に、問題の解き方を教える姉さんの声だけが響く。
と、突然姉さんが口を開いた。
「わ、私は愚かだった!」
「香さん……?」
「武藤のお姉さん……?」
怪訝そうに鈴丘と功刀が声を上げる。
そんな声に反応せず、姉さんはまくしたてる。
「そうだよ……。女の子二人が男の子の家に来たらそれは完全にフラグかもしくはイベントじゃん。しかもたぶんすっごい大切なタイプのイベントだよね。ってことはここで何かのフラグを立てないと、どのヒロインも攻略できなくなっちゃう可能性もなきにしもあらず。なのに私は自分から進んでヒロイン二人に勉強を教えちゃってる。自分の勉強したくないからって理由で勉強教えちゃってる。ここは主人公直々に勉強を教えないとフラグなんて絶対に立たないのに。あまつさえちょっと個性的な子の相手を丸投げしちゃってるし。これはクリアできないパターンだよぉ……! どこかでセーブしとけば良かったって思うパターンだよぉ……! やばいよ! この状態を脱却するには……脱却するには……」
なんかブツブツ言ってる。ヒロインとか主人公とか聞こえた気がする。あと丸投げって聞こえた気がする。丸投げしてる自覚はあったんですかそうですか。
鈴丘と功刀は、姉さんが何を言っているのかさっぱ分からないらしく、頭上に五、六個クエスチョンマークが浮かんでる。
西倉に至ってはラノベに夢中でピクリとも動かない。ラノベって便利だな。
「飛雄馬!」
「うん?」
ブツブツ呟いて何事かを頭の中で処理し終えた姉さんは、ズビシっと人差し指を向けると言い放った。
「お姉ちゃん今から自分の勉強するから可憐ちゃんと愛華ちゃんに勉強教えてあげて! フラグを立てて! そうじゃないと私が嫌々自分の勉強する意味がないから!」
「何言ってんだー、おーい。姉さーん。おかしくなってんぞおーい」
フラグを立ててってなんぞや。
「じゃあ頑張ってね!」
有無を言わさず部屋を出ていきなさった。
閉められたドアを数秒見つめる俺と鈴丘と功刀。ものすごい微妙な沈黙がこの場を支配した。
その沈黙を破ったのは鈴丘だ。
「え、と……それじゃ」
困ったように、照れたように振り返り、そして一瞬視線を下に落とす。ほんの少しの躊躇ののち、彼女はしっかりとその言葉を言った。
「武藤君、勉強教えてください」
「……ぅい……」
まあ、姉命令とあらば仕方あるまい。フラグは絶対立てないけどな。
ちゃちゃっと二人の前ーーちょうど机を挟む位置に移動する。
机の上にあったのは、俺が今やっていたのと同じ数学の問題集とノート、それから教科書だ。数学を教えれば問題なかろう。
「で、どこを教えればいいんだ? 先に言っとくが、応用問題は教えられるか分からないぞ」
「大丈夫だよ、私も功刀さんも基本問題を教えてもらいたいだけだから」
「そうか。で、どこが分からないんだ?」
尋ねると功刀はフフンと胸を張る。
「愚問ね。どこが分からないのか分からないのよ!」
「そこは偉そうにするところじゃねえからな? 間違ってるからなそれ」
数学というものは積み重ねだ。基礎の方でつまずいたままだと、後々にも響いてくる。どこが分からないのかすら分からない、といった事態にも簡単に陥る教科だ。
しかし教える方としても、そんな状態の奴は非常に厄介なわけで。
ひとまず功刀は放置し、鈴丘へと向き直る。
「私は、ここの証明がどうしても分からなくて……。なんでいきなりこの式に変形されちゃうのかなーって」
「ああ」
鈴丘の方は分からない箇所がえらく具体的だ。あらかじめ分からない箇所を絞っておいて、教える側に必要以上の迷惑はかけまいとする配慮だろうか。
ともあれ証明問題なら公式も一緒に出てくるため、どこが分からないのか以下略の奴にも説明は可能だろう。
「とりあえず功刀も見とけ。えーっと、まずこっちの式をこっちに代入してだな……」
ノートに代入の図を書いていると、フワッと漂う甘い香り。
目線だけ上げて見ると、鈴丘と功刀の顔がえらく近いところにあった。俺の手元を覗き込むため、机へと体重をかけ前のめりになっている。
その拍子にちらりと見えた鎖骨に一瞬視線が固定されるも、俺の自制心は全力で抗いなんとか説明を続行した。
「えっと、そんでグラフがなんかこんな感じになるから、三ページくらい前に書いてあった公式が使えるわけだ。で、この形にしないと証明できないから、あとは無理やり共通項くくったり、ないのにわざわざ作り出したりして完成」
「「おぉー」」
「いや、そう感心されても……。基本問題だぞ」
「でもこの問題は難しいって先生言ってたよ?」
「難しかろうがなんだろうが、姉さんが教えてくれれば全て理解できる」
「アンタ本当お姉さんのこと好きよね」
「違うな功刀。好きとかそういうんじゃない。姉と弟とはそういう宿命なんだ」
「また無茶な嘘ね」
嘘ではない。事実だ。姉と弟で生まれた以上、姉には弟の勉強を見る責務があり、弟もまた、姉の頼みはなんでも聞かねばならない義務がある。釣り合ってない気がするのは俺だけじゃないはず。
なにはともあれ、俺の拙い説明で理解してもらえるなら話は早い。
その後も勉強会は続き、五時頃になってからお開きとなった。
全員が帰ってから十分後に母さんが帰ってきたので、ギリギリといえよう。
あまり親に、二人きりでないとはいえ女子を家に上げたことは知られたくない。
ああ、あと西倉みたいな奴と知り合いということも。
***
テスト返却日。
俺の方の点数はまあいつも通りだった。
八十点台が二つ、平均点より少し上が六つ、残りは全て苦手科目で、なんとかギリギリ赤点を回避した形だ。
俺が特になんの感慨も持たずに答案を眺めていると、トテトテとこちらに向かってくる足音。
「武藤君、ありがとね。勉強教えてくれて」
鈴丘は微笑を浮かべながらそう言った。
「おう、どうだったよ?」
「うん! いつもより十点くらい多く取れた! 教えてもらった教科は」
なんか最後に付け足されていたが聞かなかったことにする。まあ鈴丘のことだから赤点ということはないだろう。
「で、お前は?」
「へっ!?」
鈴丘の背後に守護霊よろしくくっついている功刀に声をかける。
彼女はビクッと肩を揺らしたのち、恥ずかしそうに目をそらしながらポソリとつぶやいた。
「まあ、その……今回は点取れたわよ。赤点一個もなかったし……」
いつもは赤点取ってるのかよ。しかもいくつか。
「だからその……教えてくれてありがと」
言って彼女は微笑んだ。
それは功刀が俺に向けた最初の笑顔だったんじゃないだろうか。
もとの素材が良い分、その笑顔には確かな破壊力がある。
でもこいつストーカー体質なんだよなぁと思いつつ、まあそのお礼はきちんと受け取っておく。
「おう、どういたしまして。半分くらいは姉さんの手柄だし、姉さんにもお礼言っとけよ」
「うん」
「そうね」
かくして、一学期の最後の難関、期末テストは幕を閉じた。
もうすぐ夏休みだ。自由な時間が訪れる。
ああちなみに。西倉は普通に爆死したそうだ。追試と補習の嵐だと言っていた。
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