31 エピローグ
おはよう! いい朝だね! 今日も一日頑張るぞ!
……という前向きな思考とは無縁な俺は、今日もマイナスイオン(負のオーラとも言う)を振りまき放出しながら通学路を行く。
そんな俺のマイナスイオン(負のオーラとも略)を和らげてくれる人が隣に一人。
「なんかよく分かんない設定出てきたね〜、この漫画」
姉さんはなんとも微妙な表情を浮かべながら、手に持った単行本をトントンと叩いた。二重の意味で。
俺はそれに便乗する。
「完全に後付けだな。強さインフレしてるし。テコ入れしようとして失敗してる感が半端じゃない」
「話自体は面白いんだけどね〜」
「それもマンネリ化しててインパクトないな」
「あ〜、それあるね」
「なんとかいい感じに終わらせてほしいけどな」
「終わる前提ってのが飛雄馬らしいね。けどま、私も今回は終わるに一票かな。早めに終わらせないと作品のためにならないよ!」
姉さんが作品を第一に考え、結果作家の収入源を脅かす発言を放つ。
まあ作家の人生とか、読者から見ればどうでもいい。面白い話を読めればいいだけなんだし。とはいえ、限度はあるが。
俺が姉さんの意見に頷いていると突然顔を覗き込まれた。反射的にのけぞる。
「……なに?」
「いや、なんか大仕事終わった! みたいな顔してるな〜と思って」
「それどんな顔だよ。安心しきった顔ってことか?」
「それはちょっと違うね」
「分からん……」
ほんの少しの違いに気がつくってどこの鈴丘だよ。怖いわ。
「分からないのはまあいいよ。私もよく分かんないし!」
「感覚派すぎる」
「いいじゃん。主人公路線だよ」
「女だと直情型ヒロインだと思うんだが。すごい迷惑なタイプのヒロイン」
「不遇だよね〜。……じゃなくて。飛雄馬はどうして大仕事終わった顔してるの?」
「そもそもそんな顔してるつもりないんだけど?」
つーかそんなに珍しがられると、まるで俺が普段何もしてないニートみたいだ。どうしよう。半分くらいは合ってる。
そんな俺を眺めながら、首をコクッと傾げる姉さん。非常に可愛らしく、弟の俺すら少しドキッとしてしまう。
「もしかして例の案件が片付いたんですかダンナ」
台無しだ……。
「例の案件ってなんだよ」
「ほ〜ら〜。アレですよアレ〜」
「カマかけるおっさんみたいになってるぞ姉さん」
「失敬な! 私はこれでもまだ高三だよ! 受験生だよ! 受験生なんだよ……」
「自分で言って自分で落ち込むな。さすがにそれにはついてけないから」
いい感じに俺のマイナスイオン(負のオ略)を中和してくれていた姉さんまで暗くなった。そのせいで俺たち周辺だけ、小さい子が見たら泣きだすくらい空気が重いし暗い。ブラックホール並み。
しかしそこは俺の姉さん。切り替えは早い。実は凹んでなかったんじゃないのかってくらい早い。
「話戻すけど。もしかしてこの前言ってた恋愛相談が終わったとか?」
「鋭い……」
ピンポイントすぎる。
「まあ飛雄馬の大仕事なんて、ここ最近じゃそのくらいでしょ〜。お姉ちゃんには分かるのだよ」
「そうですか」
「ちなみに、成功したの? 失敗したの?」
「は?」
成功か失敗か。かなり答えづらい質問だ。
確かにあいつらは付き合うところまで行った。だが汐留の目的は甲斐の本性を知ることである以上、達成はされていないことになる。というかそこを考慮すれば、あれは恋愛相談ではなかったのだから、姉さんの問い自体が無意味に帰す。
強いて言うならあれはただ俺を巻き込んだだけの騒動。なら俺の巻き込まれたものとはーー。
俺が答えあぐねていると、姉さんはフッと優しく微笑んだ。
「答えたくなかったり、答えられないんだったら別にいいよ。無理に知ろうってわけじゃないし」
「……おう」
姉さんが珍しくグイグイ来なかったことに少なからず驚く。
その理由が分からないだけに妙に気になってしまう。だが問うかどうか迷っているうちに学校に着いてしまった。
「そんじゃ飛雄馬、今日も一日頑張ろう!」
「……おう」
「じゃ〜ね」
下駄箱で俺と別れると、軽やかに姉さんは自分の教室へと向かう。その後ろ姿が角を曲がるまで見送ってから、俺も教室に向かって歩き出した。
歩き出したはいいものの、なんとなく先ほどのやり取りに思考が傾く。
理由はただ単に姉さんの押しが弱かっただけではない。姉さんの作った優しげな微笑みが少し引っかかった。
穏やかでありながら、微量の悲しさを含んだ笑顔。
それを見たのは随分久しぶりだ。
***
「むぅぅうとぉぉおうぅぅう!」
教室の扉を開けるとなんか聞こえてきた。
奇声を発したそいつは両腕を大きく広げ、俺に向かってイノシシのごとく突進してくる。まさに猪突猛進。
身の危険……!
反射的に足を上げてつま先をバカの方へ向けると、バカは止まらずそのまま突っ込んできた。
「ぐえっふ」
肺から空気が漏れ膝から崩れ落ちる。その動作がやけにスローモーションに見えたのは気のせいだろうか。
西倉は腹を押さえながら「ぐおぉ」と呻く。
「どうしてだ……ベ○ータ……!?」
「え、そんなシーンあったっけ?」
「腹に穴が空いて死ぬんや……。本望ですやろ……」
「それ殺る側のセリフだし、腹じゃなくて胸だな」
さらに言えば失敗してる。
「なんでだよ……。慈悲なさすぎるだろ武藤。いきなり蹴ることないだろ!」
「お前が足を差し出した場所に勝手に突進してきただけだろ。俺は悪くない」
「超加害者側の思想!」
西倉がうずくまったまま驚愕の叫び声を上げる。
かなりの大声だったが、特に視線を感じることもない。不思議に思って教室内を見渡すと、みんな本を読んだり談笑したりして微動だにしてなかった。慣れたっぽい。
「ところでなんで突進っつーか、抱きつこうとっつーかしたんだよ。気持ち悪いな」
「そう! それなんだよ武藤!」
突然ガバッと起き上がると指を突き付けてくる西倉。別に蹴り痛くなかったんじゃないのか疑惑が浮上した。
「もうすぐ夏コミだから一緒に行こうぜ!」
「やだ」
「即答うぅ!?」
相変わらず大袈裟なリアクションだ。
「だいたい、もうすぐじゃないだろ。あれって確か八月後半じゃなかったか? 二ヶ月近くある」
「お盆だよ!」
「ああそう。行ったことないから知らん」
学校以外の時、極度のヒッキーである俺は、当然のごとく夏休みもヒッキーである。本当に必要最低限しか家の外に出ない。
夏コミというものを知ってから、一応興味は持っているが、さすがに行こうとは思わなかった。
真夏の炎天下の中あんなに人がひしめき合っている場所に行ったら、五分と経たずに倒れる気がする。いや、熱中症ではなく人混み酔いで。暑い中の人混みは通常の三倍の威力を誇るのだ。
そんなことを知らない西倉は、俺の「行ったことない」発言を耳にして硬直した。そのまま微動だにしない。
いつもうるさくて無駄に動きの多い西倉のこの姿は珍しいことこの上ない。とりあえず写真に収めておく。
と、次の瞬間奴は動き出した。
「お……」
「お?」
「お前だけは同志だと思ってたのにいぃぃいっ!」
「うおっ」
俺の傍を駆け抜け、廊下に跳び出してった。
「うわぁぁぁあんっ!」という声が響き渡り、そしてフェードアウトしていく。
すっかり慣れていたクラスの連中も、さすがにこれには驚いたらしく、西倉が出て行った扉を見つめている。
……うむ。さてどうしたものか。
まあ西倉だしどうでもいいか。
***
それからしばらくすると、鈴丘と功刀が仲良く談笑しながら教室に入ってきた。
鈴丘は俺に気がつくと真っ直ぐこっちに向かってきた。一方功刀は俺を確認して、しばしの躊躇いの後ゆっくりと鈴丘について来た。
その態度が不思議で少し観察してみるが頑なに目を合わそうとしない功刀。意味が分からん。
「おはよ、武藤君。昨日はどうだったの?」
「……おはよう鈴丘。どうだったって?」
「甲斐君のこと」
「……どうだったもなにも、別に何もなかったな」
実際何もなかった。俺がただ、二人と話をしただけだ。それによって何かが変わるということも、特にはない。
だから何もなかった。
「そっか。武藤君がそう言うなら安心だね」
鈴丘はそう言って優しく微笑んだ。
そこまで信頼されてる理由がさっぱり分からないが、それで安心してくれるなら構うまい。
昨日俺が残った目的は甲斐と話すことだけではなかった。それをわざわざ説明するのも面倒臭い。
「そんでお前は何しに来たんだよ。功刀」
今までチラチラとこちらを見るともなしに見ようとして結果ほとんどガン見していた少女はビクッと肩を震わせた。
「べ、別に? 私がここにいるのはいけない事じゃないでしょう? 普通よ?」
「どう見ても普通には思えないんだが」
特に全ての語尾に疑問符をつけるところが。
しかし思い返せば甲斐が汐留と付き合い始めた事を俺に伝えに来た時。その時から若干テンションが安定してなかった。功刀はああいった絡みをしてこない。……と思う。注意深く観察なんてしてないから分からないけど。
「功刀さん、何かあったの?」
「別に何もないわよ。鈴丘さん」
「あれ、私と話すときは普通なんだ……」
「そんな『何かしたの?』って視線向けられても心当たりなんてねーよ」
「えー、ほんとにー?」
「さっきの無条件の信頼はなんだったんだ」
からかう様に放たれた言葉にいたって真面目に返すと、鈴丘は功刀に向き直った。
「じゃあ功刀さん、武藤君に何かされたの?」
「…………の」
「の……?」
「あのショートカットの可愛い子は誰なの!?」
誰なの……なの……の……。
突然荒げられた声。それはまだHR前の、生徒がそろいきってない教室に嫌に反響する。
黒板近くにいた女子グループの話題が「あの二人って付き合ってるの?」に変わったのが遠巻きに聞こえた。
「あ、そういえばそんな事もあったよね。甲斐君のことがあって忘れてた……」
じゃあなんであの日わざわざついて来てまで聞いたんだ。と思わなくはないが、それも鈴丘の優しさゆえだろう。甲斐と付き合い始めた子のことが心配で心配で、みたいな。
けどその甲斐と付き合い始めた子、君たちが知りたがってた茶髪のショートカットさんなんだよね。
あと黒板近くの女子グループ。なんで黄色い声上げてるんだ。
確かに浮気を暴いて詰め寄る彼女と、その迫力にたじたじの彼氏、みたいな構図だけど全然違うから。俺から発せられてるこのどんよりとしたオーラは標準装備だから。
「それで誰なの!? てゆーか何をしてたの!?」
黒板近くの女子グループからまたもや黄色い声が上がった。すごい聞き耳だな……。
「でも功刀さん、それは私も知りたいけど、武藤君教えてくれないと思うよ……?」
「やっぱり鈴丘さんも知りたいわよね? 武藤の止むに止まれぬ事情!」
「止むに止まれぬ事情?」
「私が前に聞いたときにそう武藤が答えたのよ!」
「あ、あー。だからあの時功刀さん、なんかおかしかったんだね」
納得といった風に頷く鈴丘。
そういや汐留についての忠告を聞いた日、確かに鈴丘は功刀の様子が変みたいな事を言ってた。なるほどそれが原因か。
……いや、なんで止むに止まれぬ事情うんぬんで様子がおかしくなるんだよ。
俺は欠片も納得できないが、彼女たちにとっては衆知の事実なのだろう。二人揃って俺を見てきた。
「いや、えーと」
当然言うべきことではない。非常にデリケートなものだ。いや、ものだったと言う方が適切か。
汐留の恋愛相談はすでに終わったことで、より正しく言うならあれは恋愛相談ではなかった。なら頑なに言わなくてもいいだろう。
「ちょっと相談受けてたんだよ」
「「相談!?」」
あ、シンクロした。
「武藤に相談!?」
「え、それってなんの……? アニメのこと?」
「おいちょっと。なんだよその反応。つーか鈴丘。その言い方だとまるで俺がアニメ以外に何もない男みたいにじゃねーか」
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくてね……。えっと」
「いや武藤って結構そうだと思うけれど」
「今鈴丘がフォロー入れようとしたのに何で遮った」
なんなんだこの反応は。酷すぎやしないか。すごい失礼だぞ。
そりゃ自分が相談に向いていないであろうことは分かっているが、ここまで驚かれると思うところもある。
「まあいいわ。それで相談の内容はなんだったのよ?」
「そこはプライバシーな部分だから教えん」
「なんでよ」
「だからプライバシーな部分だからっつったろ。あと功刀。それ人に物を聞く態度じゃない」
青髪ポニテのそれは間違いなく詰問だった。
功刀は途端にしゅんとなるも、鈴丘に「プライバシーに関わるなら教えるわけにはいかないよー。武藤優しいし真面目だから」となだめられてた。つーか俺は優しくない。
と、チャイムが鳴った。
朝練組がわらわらと廊下から入ってきて、教室内で好き勝手な場所にいたクラスメイトたちは一斉に自席へと戻っていく。
鈴丘と功刀もその流れに乗って戻っていった。
俺はふと朝練組の中で中心となっている人物ーー甲斐を見る。
これといった変化は見られない、ごく普通の状態。いつも通り会話を回して周りを盛り上げている。
会話しながら席についてカバンを下ろし、そこで俺の視線に気がついたのか、顔を上げた。甲斐を目で追っていた俺とは、当然のごとく目が合う。
奴はすぐに目をそらす……ことはせずに俺を超睨みつけてきた。完全に威嚇。テメエ何こっち見てんだアァン? と吹き出しをつけたらたぶん様になる。
よく分からないが、目をそらしたら負けとでも思ってるんだろうか。
そういうことなら付き合う必要はない。こんな下らないことの勝敗なんてどうでもいい。
ついでに言うなら男が見つめ合ってるって腐な方面にしか見えない。ノーマルな俺としては不登校を実践しそうになる状況だ。
俺はすぐに視線をそらした。
ちょうど担任が入ってきてHRが始まる。
今はもう特に考えることはない。今更ながら少しの開放感を感じる。例えるならそう、テスト終わりのような。
この自由な時間を、いったい何に使おうか。
とりあえずは、俺らしくラノベでも読もう。




