29 外と内
*汐留朝日視点*
残念な青春を送ってるなーとは自分でもけっこう思う。
バレー部で重宝されてて、クラスの中心で、誰もが憧れて羨むサッカー部のセンパイとも仲が良くて。なんだけど残念な青春。
他人から見たら羨ましいくらい青春を謳してる女の子に見えるんだろーけど、自分ではそう思えない。
なんでだろって考えるまでもない。だって痛いほどよく分かってるから。
知らないことが、怖い。
自分が何の情報も持っていない相手が怖い。何を考えてるのか分かんなくて怖い。得体の知れない化物みたいで怖い。
そして、そんな自分を知られるのも怖い。
幸か不幸か、私は一人でいることには耐えられなかった。誰かと関わらざるを得なかった。
でも相手のことは怖くて関わることもできない。
だから私は、情報を集めた。
片っぱしから、役に立ちそうなものは全部、貪るように集めた。
例えばその人の興味があるものをスマフォで調べたり、その人のことを他の人に聞いたり。だから変に雑学が増えたり。
そうやって相手の表面的な部分だけを知って、恐怖を誤魔化して、封印して、なかったことにした。
相手のことをよく知ってる私は、誰とでも仲良くなれた。そして気がついたら私はクラスの中心になってた。
クラスの中心っていうポジションはそれなりに便利だった。だってたくさん情報が入ってくるから。自分で調べに行くこともあるけど、知り合いに聞いた情報も、私の知ってることにはたくさんある。
私には、仲のいい男のセンパイがいた。
先にも上げた、サッカー部のセンパイ。甲斐翔。
サッカー部部長でエース。しかもイケメンで優しいという、少女漫画から抜け出して来たんじゃないかってくらいの人。もちろんモテる。すっっっごくモテる。
なんでそんな人と私が仲がいいのかって聞かれても答えられない。
人に言うのもはばかられるとかじゃなくて、ただ単純に特に理由がなかっただけ。なんか、気がついたらよく話すようになってた感じ。
私はとーぜんこの人のことも調べた。
クラスの子や、知ってる子にさりげなく話を振ったり、先生にストレートに聞いたりして調べた。
そうして集めた情報は、やっぱり少女漫画から出てきたんじゃないかってくらい非の打ち所がないもの。
甲斐センパイが、一片の曇りもなく善人だって裏付けるようなものばかり。
けど私はそれを信じられなかった。
今までどんな人を調べても、非の打ち所がない人なんていなかったから。必ずどこかに欠点とか悪いとことかがあった。それがない人間なんて絶対いない。
私は甲斐センパイに探りを入れみた。どこかでボロを出すんじゃないかって頑張って話しかけて観察した。
けど甲斐センパイはボロを出さない。気持ち悪いくらいに出さない。
諦めないで何回も試したけど無理だった。
しばらくたった頃、私はその時のやり方に限界を感じてきて。
甲斐センパイと付き合えば、悪いところを発見できるんじゃないかって思い始めた。
*武藤飛雄馬視点*
教室から誰もいなくなってからだいたい十五分。
廊下の方からパタパタと足音が聞こえてきた。それは教室の前で止まり、一泊置かれてからドアが開かれる。
「センパーイ、用ってなんですか?」
汐留朝日は普段と同じようなノリで俺に挨拶をし、フムフム考えてから得心がいったという風に手を打つ。
「もしかして私に告白ですか? すいません、私もう付き合ってる人いるんで。代わりにいい人見つけてください。それじゃ」
「ちげーよ。何さらっと帰ろうとしてんだよ。大体甲斐と付き合い始めたってことはもう知ってるっつーの」
即行で去ろうとする汐留を慌てて止めると、面倒臭そうに振り返られた。
「はぁ、じゃあなんですか?」
「今日は、この前の話の続きをしようと思ってな」
「続き?」
訝しげに眉をひそめる汐留。その頭頂部から生えた一房の髪の毛が不機嫌そうに揺れた。
「続きも何も、あの話はもう終わったじゃないですか。終わったものに、続きも何もありません」
「お前な、終物語だって"終"って銘打ってんのに続終物語って出てんだぞ。終わったものにも続きはある」
「またよく分からないことを……」
そうでなくても「疾風伝」になったりとか、「re」が付いたりとかして続くことはある。
とはいえ汐留はさっぱり理解していないようで、アホ毛が完全に「?」マークになっている。
「なんにせよ続きは続きだ」
「強引に片付けに来ましたね」
「うっせ。面倒臭いからさっさと本題入るぞ」
俺は汐留の頷くのも待たずに問いかける。
「お前が甲斐と付き合った理由はなんだ?」
「へ……?」
驚いたように、あるいは呆れたようにアホ毛を揺らす汐留。その目は確実に「何言ってんだこいつ」と言っている。
だが俺は至って真面目だ。
「お前は甲斐と付き合うのは絶対に必要な条件ではないと言った。それに俺も恋愛相談から降りた。なのにどうして甲斐に告白するなんていう、リスキーな行動に打って出たんだ?」
「……別にそんなの、どうだっていいじゃないですか。今となっては、センパイには本当に関係のないことなんですから」
あの日の教室の時のように突っぱねる口調だ。
「嘘の悪事をバラす時は往々にして、さらに大きな悪事を隠すための場合と、罪を被る場合がある。今の状況なら後者はあり得ないから、よって前者だ。コナンとか相棒でも似たようなことあった」
「訳のわからない理屈持ち出しますね。センパイ」
「訳分からなくはないだろ」
少なくとも今言ったことに関しては、かなり筋が通ってると思う。コナンも右京さんも流石です。
「それにしても、センパイって言ってることと行動が一致しないですね。どうでもいいって口癖みたいに言って、っていうか口癖なんでしょうけど。だけど私を放って置かずにこうやって問い詰めてる……」
そこで汐留は口をつぐみ、刺すような、しかし敵意のない瞳で俺を見つめた。例えるならそう、容疑者の事情聴取をする刑事のような……。
「センパイは本当に、どうでもいいって思ってるんですか?」
「知るか」
一蹴した。
俺が汐留にカマをかけた時と立場を逆にしたシチュエーションを、俺は間髪入れずに一蹴した。
あまりのクイックレスポンスに、汐留もポカンと口を開けている。
「どうでもいいとかよくないとか、それが自分の本心かって考えるのがもう既に面倒臭いしどうでもいい。つまりはお前の質問自体もかなりどうでもいいし答える意義すら見つからない。だからどうでもいいんだ」
そもそも俺が汐留を問い詰めていたはずである。俺が問い詰められていたわけではない。
本来あるべき姿でないなら元に戻すべきだ。始原だ。
「あ、そうですか……」
汐留は一瞬、呆れの境地に達した様な視線を向けるが、すぐに考えるような表情になった。
そうしてしばらくすると、諦めた風にため息をつく。アホ毛を不安げに揺らしながら、彼女は俺を見て言った。
「分かりました。全部教えますよ」
「は?」
「私がなんで甲斐センパイに告白したのか、教えます」
***
彼女は洗いざらい教えてくれた。
知らないことが怖いことも。それを知られることも怖いことも。
汐留は終始自分の身体を抱くようにして守っていた。感情表現豊かなアホ毛も萎れていた。だから教えてくれたことはすべて事実だろう。
もちろん、こんな短時間でつじつまの合う話を作れるはずがないという、理屈的な考えもあるが。
いや、矛盾している箇所なら一箇所だけある。
「どうして急に話す気になったんだ?」
脅したわけでも、確たる証拠を提示して追い詰めたわけでも、ましてや拷問したわけでもない。
少しややこしいが、「知らないことが怖い事を、知られるのが怖い」彼女が、俺にこのことを教えた理由が気になった。
そこが唯一の矛盾点。決定的におかしいところ。
「あ、そのことですか。うーん、そうですねー。これは言った方が良いのか悪いのかー」
奇しくも俺が授業中に考えていた事を言い出す汐留。まあその路線の考え方は今回間違っていたわけで、問題は全く別のところにあった。
そうしてしばらくうんうん唸った後、「まあ別にいっか」と雑な回答を出した。
「センパイが私にちょっと似てたからです」
「は? 似てた?」
俺は一人でも大丈夫だし、知らないことに恐怖を覚えたりもしない。もちろん後輩キャラでもなく、クラスの中心などもってのほかだ。
俺と汐留の共通点なんて一つも見つからない。それこそ同じホモサピエンスだということくらいしかないはずだ。
言葉の真意を探ろうと目だけで問いかける。
「ほら、センパイって人を自分の内側には入らせないじゃないですか。さっきだって『知るか』って突っぱねましたし」
「簡単に他人を自分の内側に入れる奴なんていねーよ。それにさっきのはお前が思ってるようなのじゃない」
「あ、いや、言い方が悪かったんですかね。えーと……なんてゆーか、仮面を被って周りを誤魔化してるって感じですかね。弱いところをひた隠しにしてるみたいな」
「何をバカなことを……」
あまりに突拍子もなくてそれしか出てこない。
「バカな事でもなんでも、そう思ったから話したんですよ。てゆーか絶対似てますって。すごく嫌ですけど」
そんな彼女の口調は、ふざけてはいても確信めいたものを秘めていた。
だからこそ俺の口からは自然と否定の言葉が出る。
「似てねーっての。絶対」
「はあ、まあセンパイがそう思ってるならいいですけどね。"どーでもいいこと"ですし」
「そうだな。どうでもいいことだな」
汐留が俺に全てを話した理由は、いささか説得力に欠けるが、真実と受け取っておこう。一応話す気になったタイミングに矛盾はない。似ていないという主張は曲げないがな。
俺が座っていたイスから立ち上がり、話の終わりを暗に示す。すると汐留は凝り固まった空気を解すように肩を回し息を吐いた。
「それでセンパイ。私にわざわざあんな事聞いたのはなんでですか?」
「あ? そりゃあれだ……」
「どれですか」
「うっせ。えーと……。なんでだっけ……?」
「はいぃ!?」
汐留から上がる驚愕の声。
しかし改めて聞かれると、何故汐留に真相を問うたのかよく分からない。
確か甲斐と汐留が付き合い始めたという噂を聞いて、それで言うべきか言わないべきかという無駄な思考を挟んで、真の問題を把握したはずだ。
と、そこでなんとなく分かった。
「あれだ。悪かったな汐留。冤罪かけて」
たぶん、これが理由だろう。
自分の失態が人に与えた精神的ダメージは、謝ることでしか解決できない。甲斐が功刀にした事の時もそうだった。
まあ単純に気になったという理由も少しはあるかもしれない。
「ああ、なるほど。別にいいですよ。肯定したのは私ですし」
汐留はあっさりしていた。謝る方としても、それはありがたい。
「じゃ、私もう帰りますんで」
「おう」
すでにだいぶ時間が経っている。本来なら、俺も家に着いている頃だ。
が、俺にはまだやることが残っている。
「ああそうだ。お前、今日甲斐と帰るのか?」
「はい? 一緒に帰ったら何か都合の悪いことでもあるんですか?」
「あー、いや、別に」
実際は少々困る。
「なんですかちょっと歯切れの悪い……。気になって尾行しちゃうかもしれないじゃないですか」
「するなよ。こえーな」
「冗談ですよ。あ、それともそうじゃなかったら俺と一緒に帰ろう的な展開ですか。絶対嫌ですよ気持ち悪いし」
「地味に人を傷つけること言うな。ちげーから。もうお前さっさと帰れ」
「虫追い払うみたいにしないでください。言われなくても帰りますから。さよなら」
言うとさっさと扉を開けて出て行ってしまった。
彼女が遠ざかる足音が、誰もいなくなった廊下に響く寸前。
「でもセンパイ。私にホントのこと聞いた理由は、たぶんそれじゃないですよ……」
そんな声が、聞こえたような気がした。
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