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最近の俺はコンサルタント  作者: サクラソウ
恋愛相談編リターンズ
30/75

27 思考

「なあ、お前は本当に(、、、)甲斐のことが好きなのか?」


 すっかり人気のなくなった校舎内。窓から射す夕陽が逆光となって、肝心の彼女の表情は見えない。

 だが教室に広がった空気は緊張を帯びていた。

 沈黙が流れる。俺も彼女も動かない。その緊迫を嫌ったのか、彼女は身動ぎして口を開いた。


「……どういうことですか? センパイ」



 ***



 俺は、こと鈴丘の観察眼においてなら、かなりの信用を置いている。

 俺の事を普通に覚えていたり、教室内で起こったことをよく見ていたり、俺の受け答えを学習していたり。並々ならぬ眼力である。

 だからこそ彼女の言った、あるいは忠告したことは簡単に無視できない。


 ーー暗い様に見えるんだよね。

 ーー無理して、頑張って笑ってるみたい。


 これらの言葉の意味するところを考えざるを得ない。その言葉から考えられる汐留朝日という人物像を想像せざるを得ない。

 人の気持ちを疑うなんて、なんて醜悪で歪んでいるのだろう。それでも思考を止められない。頭の隅に撒かれた種は、強く根を張ってしまっていて引き抜くのは骨だ。

 鈴丘は、一般的に優しい子だ。

 彼女が放つ言葉は、そのフィルターを通して彼女が認識した事を表している。それゆえに、鈴丘は物事を好意的に捉えている。


 ーー無理して、頑張って笑ってる。


 これだけを見れば、どちらかというと良い印象を受ける。イメージとしてはプラスだ。

 だが鈴丘のかけている優しさというフィルターを排すると、また違う受け取り方ができる。

 無理して頑張って。すなわち、意図的に、作為的に、ともすれば計画的に。

 それはおそらく、ただの愛想笑いではない。

 愛想笑いではないのなら、作為的に笑うことには必然的に理由が生じることとなる。

 そうやって無理をして明るく振舞っている理由はなんだ。

 元が暗ければ、無理をする必要はない。理由があるはずだ。

 手始めに、明るく振舞うことによって生じるメリットを考えよう。

 まず、他人からの印象は良くなるだろう。

 他人からの印象が良くなるとどうなる。ごく当たり前のことだが、友人は増えそうだ。

 そういえば、汐留はクラスの中心らしい。それは自分で言っていたことだ。信頼されているとも言っていた。

 そこから俺は、クラスの中心ゆえに、様々な情報が集まってくるのだろうと想像したのだ。


「……?」


 いや待て。それならあの手帳はなんなんだ。

 そうして得た情報をわざわざメモを取る必要はない。無駄極まる。

 それに永峯先生曰く、汐留が俺のことを、ひいては様々な人物のことを聞いてくるらしい。自然に情報が集まって来るはずの彼女が取る行動としては不自然だ。

 これは一体どういうことだ……。

 気づけば俺は自分の部屋で、刑事や探偵のように推理を重ねていた。

 いや、これは推理ですらない。仮定に憶測を重ね、新たな仮定を作り、そこにまた憶測を重ねている。

 何度も繰り返すようだが、意味がないであろうことは分かっている。

 けれど、感じてしまった違和感は早いうちに取り除いておきたい。

 この違和感を放置することはしてはいけないのだ。あの日駅前でそうしたように、違和感正体、もしくは原因をはっきりさせなければならない。

 そうしなければ何かに失敗するかもしれないし、後悔するかもしれないから。

 しばらく考えるが、汐留が情報を手帳に書いていたことや、自ら集めに行っていたことへの合理的な理由は思いつかなかった。

 そもそも俺は汐留朝日という人物をちゃんと見てはいなかった。

 アホ毛で感情表現したり、情報通だったり、物事を考える方だったり。

 表面的なところならば、二週間近く一緒に過ごしていれば分かる範疇なら知っている。だが内面はほとんど知らない。彼女自身の情報が圧倒的に足らなすぎる。


「……さすがに、無茶だよな」


 俺がやろうとしていることは、いわばピースの足りないパズルを組み立てることと同じだ。それどころか、そのピースすら粗悪品かもしれない。

 違和感は放っておきたくない。

 しかし欠陥のある問題は問題たり得ない。解くことのできないものに取り組むのはただ時間を浪費するだけだ。

 後回しにした方が良さそうだ。

 そう決めかけた時、ふと思い至った。

 もし、順序が逆だったとしたら……?

 クラスの中心となったから情報が集まって来たのではなく、情報を集めたがゆえにクラスの中心となったのだったら。

 それなら、メモを取る行動も情報を自ら集めに行くことも説明がつく。

 そして、この場合の汐留にとってのメリット、いや目的は、クラスの中心となることだということになる。

 彼女はクラス内カースト上位の座を手に入れるために無理に明るく振る舞い情報をかき集めた。

 思えば俺に恋愛相談を持ち込んできたところもおかしい。

 確かに功刀の時も相手は甲斐だった。俺がその甲斐と付き合うところまで持って行ったことは事実だ。それは奴の策略だったわけだが、対外的には付き合わせることに成功したのだ。俺は噂に疎いが、チラリと耳に入ることはある。

 世論では甲斐と功刀は随分早く別れたとなっている。対外的には、失敗と映るはず。

 それなのに汐留は俺に頼んできた。それもかなりしつこく。

 完全に成功するよりも、失敗する可能性の方がはるかに高いことは、彼女にも、彼女だからこそ分かっていたはず。

 ここから、彼女は本気で甲斐と付き合おうとは思っていなかったのではないか。

 思えば、雑に受け答えをするところも何回か見られた。

 彼女の第一目的がクラス内カースト上位のキープであるなら、甲斐の彼女というステータスは相当有利に働くだろう。

 が、あくまで有利というだけで、確実に必要なわけではない。

 汐留は安全マージンを取れる奴だ。一応やってみようと思ってもおかしくはない。その上で、必須でないなら全力で取り組まなかったのも理解可能である。

 もちろん、今まで俺が考えたことは憶測だ。なんの根拠もない、ともすればただの妄想だ。

 それでももし、汐留が恋愛感情など関係なく甲斐と付き合おうとしているのならーー

 撒かれた種は成長し肥大し、もはや無視できなくなっていた。

 悲観的で有名な俺も、さすがに馬鹿げているとは思う。

 ただ、カマをかけるくらいなら構わないだろう。



 ***



「言葉通りの意味だよ。お前は本当に甲斐のことが好きなのか?」


 静かに返した汐留に、俺は真剣そうに言った。

 汐留は再び沈黙。アホ毛のシルエットが所在なさげに揺れた。


「……当たり前じゃないですか。そうじゃなきゃ、恋愛相談とかしないでしょ」


 発した声には棘がある。いつもの軽い声とは間違っても異なる、攻撃的なものだ。

 そこで俺はあえて言う。


「本当に、か?」


「どうして疑うんですか」


 夕日が雲で隠れた。自然と逆光もなくなり、俺のいる位置からも、彼女の表情が見えるようになる。

 普段のように表情豊かではない。無表情だ。

 いや、それも少し違う。口角が少しばかり上がっている。それが意図的なのか、そうでないのか、鈴丘のような眼力のない俺には分からない。


「逆に聞こう。疑われるような心当たりがあったりするのか?」


「あるわけないですよ」


 これ以上の問答に踏み込ませない言い方。だが俺はそれを無視する。


「それじゃあ、なんで俺に恋愛相談を頼んだ?」


「それは……センパイが功刀センパイの恋愛相談を成功させたからに……」


「成功したと、本気で思ってるのか? たかが一週間足らずで別れたことが?」


 対外的には、そうなっているはずだ。


「……確かに成功とは言えないかもしれないですね。でも藁にもすがる思いでってことも考えられるんじゃないですか?」


「そういう風に反論できる時点で、藁にもすがる思いでってのは違うだろ」


 言うと汐留はその身を小さく震わせた。


「お前は本当に、甲斐のことが好きなのか?」


 三たび沈黙が訪れた。三度目のそれは、先の二回より長い。

 畳み掛けるように俺は言う。


「お前はクラス内カーストにこだわってる。その中で上位にいたいと思ってる。だから甲斐の彼女という肩書きをステータスとして欲しがった」


「…………」


「もちろん絶対に必要なわけじゃないから、あくまで安全マージン的に、バッファを取るつもりだったんだろうけど。……当たってるか?」


 瞬間、彼女の肩が震えた。アホ毛も不自然に揺れる。

 カマをかけるにしても、今のは蛇足だっただろうか。

 メンタルも強く、ある程度ポーカーフェイスの上手い奴だから、少しきつめにかけたんだが。普通の女子だったら泣いていてもおかしくはないかもしれない。女子どころか男子とも大して関わっていない俺には、そこのさじ加減は難しい。

 汐留は口を開かない。その目は俺を拒絶するように見ている。

 やがて汐留は目を伏せ諦めたようにため息をついた。


「どうして疑うんですか?」


 先刻発した言葉と同じだが、わずかにニュアンスが違う。その意図を汲み取れずに目を細めた。


「なんか……鋭いと思ったけど、結構抜けてるんですね。鈴丘センパイとはちょっと違うのかなんなのか」


 後半は小声でほとんど独り言だ。

 汐留は伏せた目の焦点を再び俺へと合わし、そして言った。


「センパイが疑った通り、私は甲斐センパイのことが好きなわけじゃありません」


 太陽を覆っていた雲が動いてしまったのか、またも夕陽が逆光として教室内に差し込む。

 汐留朝日の姿は、再び影となった。



 *汐留朝日視点*



「いい作戦を思いついたから教室に来い」というメールが来たのは放課後。私の所属するバレーボール部の、次の試合に向けてのミーティングが終わった頃でした。

 今日の部活はミーティングだけだったから、私はすぐさま「了解ですっ☆」と返信。

 陽は傾いて、空は夕焼けに染まる、なんともロマンチックな風景。そんな教室に入るも、私を呼び出した武藤センパイはいません。呼び出した側なのに。

 仕方なく窓の外を眺めていると、それから十分くらいして当の武藤センパイはやってきた。

 いつも他のセンパイにもしている通りに完璧な元気な後輩キャラそのままに話しかけたけど、こっちもいつも通りぞんざいに扱われた。

 それも今思えばいつも通りではなかったかもしれない。

 私は(くだん)の鈴丘センパイじゃないから人の表情とか、その他もろもろを読み取ることはできない。けど、今日の武藤センパイはいつもとちょっと雰囲気が違かったような気はする。

 なんにしても、私は疑われた。

「お前は本当に甲斐のことが好きなのか」と。

 そーやって聞いてきたことにどんな思惑があるのかわからなかった。

 日差しは向こう側に差してて、私はセンパイのことをよく見えるはずなのにわかんなかった。

 それがすごく怖くて反発した。私の中の触れられたくないところに、このセンパイは踏み込みかけているのかと。

 どーやって私を疑うことになったのか、早い話ちょっと不安になったから。演技や振る舞いは完璧だったはずなんだけどなー。

 否定した私を、だけどセンパイは引き下がらないで、私を疑い続けた。

 挙句、クラス内カーストのためにセンパイ達を利用しようとしたのか、とまで聞かれた。

 だからーー



 *武藤飛雄馬視点*



「俺の言葉を認めるってことでいいのか?」


 問いに彼女のシルエットは軽く頷いた。


「ええ、全部センパイの言う通りです。すごいですねー。私、なにかボロ出してました?」


「いや、少なくとも俺は気づいてなかった。お前の気持ちを疑ったのは、ある人の助言からだ」


「ある人? もしかして鈴丘センパイですか?」


「……なんで分かったんだよ」


 一応名前伏せたのに。


「なんでって、私が鈴丘センパイ苦手なのってあの観察眼が怖いからですよ。バレちゃいますからね。全部」


 確かに、鈴丘の助言がなければ俺は汐留の本質について考えなかった。全てはあいつがよく見ていたからだろう。


「一応鈴丘の名誉のために言っとくが、あいつは見てても何も分かってないぞ。お前を見て素直にどんなだったかを俺に伝えただけだからな。そこから考えたのは全部俺だ」


「それもなんとなく分かってますよ。『優しい人』なんですよね」


「一般的にな」


 やはり汐留の情報収集力は凄まじい。この学校にこいつの知らない奴などいないのかもしれない。


「それで、センパイは私を疑って、それでどうして問い詰めるまでしたんですか? センパイにとっては関係のない、それこそどうでもいいこと(、、、、、、、、)ですよね?」


 どうでもいいこと、という部分を強調される。俺の口癖。何週間か一緒にいれば自然と分かるものだろう。

 だから彼女は言っているのだ。この件はこれまでだ、と。口を出すな、と。


「確かに俺にとっちゃどうでもいいことだな。なんせ俺、基本的になんでもどうでもいいし」


 ほとんどのことに興味がない。それが俺だ。

 けど、ある程度ダメだと思えることもある。


「誰かと恋愛関係になることは、そういうことじゃないだろ。好きでもないのに告白したりするのは、相手を騙すのと変わらない」


 気持ちのないそれは不誠実極まりない。もし一方に気持ちがあるとしたらなおさらだ。相手の気持ちを欠片も考えない行為だ。

 汐留は俺の言葉に一瞬アホ毛を揺らし、しかしそのシルエットは動かさない。


「"どうでもいい"とか言ってる人とは思えない言葉ですね」


 返ってきた声には余裕がある。隠していたことを暴かれた奴のものとは思えないほどに。

 だがおそらく、それが汐留朝日という少女なのだろう。

 そうやって無感動なところは俺に似ている。


「……そうでも別に構わねえよ」


「へえ、それでセンパイはどうするんですか? 私を疑って、私を問い詰めて、私の隠していたことを暴いて。それで私に説教をするんですか?」


 そう言われると少し困る。

 俺はどうしたいのだろう。汐留のやろうとしていることは、甲斐の時同様あまり見過ごすことのできるものではない。

 だが甲斐は自分に想いを寄せる女の子を、功刀と同じように騙したことはあるのだろう。あの時の奴は、初めてという感じはしなかった。

 目には目を歯には歯を、という言葉がある

 古代メソポタミア、バビロン第一王朝のハンムラビ法典の言葉だ。その本質は同害復讐法。甲斐もこの機会に人の痛みを知るべきなのではないだろうか。

 俺が結論を出す問題ではないのは明らかだが、こんな発想が出てくるのはそれは裏を返せばやはり"どうでもいい"と思っているからだろう。

 どうでもいいなら、俺がこの問題に関与する意味も必要もない。

 第一、汐留は甲斐の彼女というステータスを絶対に欲しいものではないことを肯定した。かなり微力ではあったが、俺という協力者がいなくなれば、甲斐自体に接触することもないだろう。

 なら、もう何も起こらない。俺がどうこうする必要はどこにもない。


「何もしない。ただ、俺が受けてた恋愛相談からは身を引かせてもらう。関わるのは面倒臭いからな」


 はぁと息を吐く汐留。


「構いませんよ」


「そうか。じゃあな、汐留」


「さよなら」


 俺は肩にかけていたカバンを背負い直し、教室を後にする。

 しばらく行ったところで、俺はふと立ち止まる。だが振り返らない。すぐ歩き出した。

 話は終わりだ。まあ恋愛相談を想定より早く切り上げることができただけで良しとしよう。

 俺は帰路に着いた。

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