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 目を覚ますと美人がいた。

 まつげは長く目は大きい。長い黒髪を左手で耳にかけながら俺を覗き込んでる。右手にはおたまを持ち、着ているエプロンもあいまって新妻みたいだ。そして胸には大きな膨らみが……ってこれ俺の姉さんじゃん。


「おはよ飛雄馬。早くしないと学校遅れるよ」


 姉さんは俺が起きたのを確認するとそう言った。

 もうそんな時間か。別に夜更かししたわけでもないが、いやに眠い。

 まあそれはそれとして。


「おはよう姉さん。で、エプロン着ておたま持って起こしに来るってなんのアニメの真似?」


「ふふ〜ん。なんだと思う?」


 質問してんの俺なんだけど。しかしまあアニメクイズなら燃えるのが俺という男だ。マイアニメディクショナリーに検索をかける。


「あれか。『俺の幼馴染が一途すぎる』か?」


「正解! さっすが飛雄馬」


 姉さんは嬉しそうに笑った。

『俺の幼馴染が一途すぎる』は、今月の頭から放送されているライトノベル原作の深夜アニメだ。ハイスピードなギャグと、幼馴染との恋愛模様が魅力で俺たち姉弟はすっかりハマってしまった。

 それの一話目の冒頭がちょうど今のようなシーンだったのだが。


「でもあれ起こしに来るの姉じゃなくて幼馴染……」


「細かいとこはいーの」


 細かくねぇよ。ヒロインが姉になったとたん大問題だよ。


「じゃ、早く着替えてきな」


「おう。ああ姉さん」


「なに?」


 部屋を出ようとした姉さんに声をかけると、首だけ振り返った。


「あれだよな。制服にエプロンって萌えポイントだよな」


「え!? 飛雄馬まさかの姉萌え!?」


「俺一言も姉って言ってないんだけど?」


 だいたい萌えポイントと言っただけで萌えるとは言ってない。

 それに実姉がいるのに姉萌えってなんかいろいろアウトでしょ。


「まあいいや。早くしな〜」


「おー」


 姉さんはけろっとさらっと部屋を出て行った。

 それを見届け俺はベッドからおりる。

 制服に着替えながらふと考える。世の中の姉萌えの方々は朝、姉に起こされる俺をどう思うんだろうか。

 嫉妬したり妬んだり殺意を抱いたりしそうだ。

 今日から夜道には気をつけよう。



 ***



「さて! 今日も始めるわよ!」


 功刀の声が、俺たち以外に誰もいない教室に響きわたる。

 今日で恋愛相談も八日目だ。

 昨日、功刀に言われてから、俺も何か考えることにした。普段から漫画やラノベ、アニメを観る俺だ。その中のラブコメ作品を参考にすれば、そう難しい問題じゃなかった。


「で、武藤。何か考えて来たんでしょうね?」


 詰問するような目で俺を見る功刀。

 ふっ。昨日の俺とは違うということを教えてやろうじゃないか。


「もちろん考えて来たに決まってるだろ。俺はやる時はやる男だ」


「それ自分で言うことじゃないよー」


 鈴丘がやんわりとツッコミを入れる。

 だが功刀はそんなことに興味はないようだ。「で?」と先を促してきた。


「昨日、あるラノベを読んでいて思いついたんだ。急いで他の漫画ラノベアニメ等を確認してみた結果、実に七割のヒロインがこの作戦を使用してた」


 俺はそこで一旦言葉を切って二人の反応を見る。

 しかし俺に表情から感情を読み取るなんてことができるはずもなく、あっさり諦めた。


「その名もボディタッチ作戦!」


「うっわ何それ。そんなので今どきときめく男子なんていないでしょ」


「て言うか、ライトノベルの知識なんだね……」


 ゼロコンマ一秒で否定された。自信たっぷりに言ったのに。ちょっとショック。

 いや、まだ諦める時間じゃない


「いやいや、男子の身になって想像してみろ。朝のHR前に友達と会話してるところに、気になるあの子が登校してきて、挨拶したときにその子のたおやかな手が俺の肩に伸びてきて微笑をたたえながら言うんだよ。『ホコリ、ついてたよ』って! ドキッとするだろ!」


「なにそれアンタの理想?」


 違う。これは俺の理想じゃない。世の男子の理想だ。だからその冷たい目をやめていただきたい。


「まあ騙されたと思って試してみろよ。デメリットはないわけだしな」


「それは別にいいけど。で、どうやって話しかければいいの?」


「は? いやいつも話しかけるように話しかければいいと思うが」


 自然にボディタッチできれば話題もなんでもいいと思うが。必ずしもホコリをとらなくてもいいんだし。


「私、甲斐君と話すことなんて全然ないよ?」


「は?」


 全然話さないってどういうことだ。


「念のために聞いておくけど、お前と甲斐はどの程度の関係なんだ?」


「席がとなり」


「……他には?」


「一年のときのクラスが同じ」


「……他には……?」


「いや特に何もないわよ」


「…………」


 思わず絶句した。八日目の真実。ずっとある程度は話す仲なんだと思ってた。


「じゃあなにか?一目惚れ的サムシングなのか?超高難易度じゃねぇか……」


「な、なによ! 一目惚れじゃ悪い!?」


 そう言って功刀は赤くなる。

 本当に一目惚れなのか……。別に悪くはないが今この状況においてはかなり面倒臭い。主に俺が。


「鈴丘はこのこと知ってたのか?」


「うん、知ってたよ。休み時間に功刀さんが甲斐君と喋ってるの見たことないし」


 超絶観察眼を持つ鈴丘にしてこの言われよう。本当に全然話さないと見て間違いない。

 よくもまあそんな関係であれだけの盗撮ができたものだ。いや、話さないからこそなのかもしれん。


「はぁ……」


「ま、まあ好きな人と話すのって緊張するし仕方ないんじゃないかな!?」


 鈴丘は慌ててフォローを入れるが、どっちにしろ俺の中の前提条件が覆された。ボディタッチなんてものはある程度話す関係で使うものだ。漫画でもラノベでもそうだった。だからこの作戦は使えない。

 となるとまずは功刀と甲斐が自然に話せるようにならないといけない。

 幸いにして甲斐は功刀と一年で同じクラスだったらしい。それなら四月後半という今の時期でも、存在を認識していないなんてこともないだろう。え?そんなのお前だけだって?はっはっは。何をおっしゃる。


「とりあえず功刀。甲斐と話せるようになろう。明日話しかけろ」


 言うと功刀はかすかに頬を染める。


「そ、それはいいんだけどさ。さっきも言った通り何て話しかければいいか分からないっていうか……」


「いやそんなの自分で考えろよ」


「それができれば相談なんてしてないってば!」


 功刀はさらに頬を赤く染めた。

 乙女だ。乙女がいる。


「可愛い……」


 鈴丘までこんなことを言い出す始末。概ね同意。

 確かに出来るなら最初から話しかけてるよな。それが難しいから隠し撮り(盗撮)してたんだろうし。

 何かアドバイスをした方がいいのだろうがあいにくそれは出来ない。人に話しかけることがあまりないため、話題を振るのには慣れていないのだ。

 とすれば頼れるのはただ一人。


「鈴丘。どうすればいいと思う?」


「え? 私? えっとそうだなぁ。まあ共通の話題で話しかけるのは常識だよね」


 ……始めて知った……。


「だから勉強の事とか行事の事とかあとはテレビ番組の事とかがいいんじゃないかな?」


「そ、そんなのでいいの?」


「いいと思うけど」


 功刀は拍子抜けしたような顔をする。別に鈴丘は特別なことを何も言ってないからな。同性の友達とも普通に話すような内容だ。

 かくいう俺もそんなんでいいのかと思った。難しく考えすぎていたのかもしれない。


「じゃ功刀。明日一応話しかけてみろ。そしてそれをきっかけにたくさん話すようになれ」


 言うと功刀は再び頬を染め。


「ど、努力はするわよ」


 そう言った。



 ***



 翌日。

 朝のHR前。俺は自分の机に突っ伏して、ただひたすらボーッとする。

 運命の日がやってきた。まあ功刀が甲斐とちゃんと喋れるかどうかというだけなんだが。

 しかしその結果によって今後の面倒臭さは大きく変動する。

 うまく話せれば今後が楽になり、うまく話せなければ面倒臭くなる。甲斐にとってはこれが功刀とのファーストコンタクトみたいなものだから、うっかり変な印象を与えようものなら……、うん。

 とにかく功刀には頑張ってもらわねばならない。

 と、功刀が教室に入ってきた。緊張した様子で席に向かう。

 甲斐はまだ来ていない。

 甲斐はサッカー部のエースだと功刀が言っていた。朝練があるのだろう。もう何分かは暇そうだ。


「武藤君、おはよう」


 仮眠をとろうと目をつぶると声をかけられた。

 目を開けると鈴丘がニッコリ笑って俺を見ている。


「どうしたの? 寝不足?」


「いや、俺はいつも眠いから」


 というかこいつの観察眼を持ってすれば、そのくらいのことは分かりそうな気がするのだが。


「だから眠い時と普通にしてる時の表情が変わらないんだね」


「…………」


 と思ったら超見てた。やっぱりこいつの観察力怖い。嘘はつけないな、これは。


「ところで功刀さん、すっごい緊張してるみたいだけど大丈夫かなぁ」


「さあな」


 曖昧に答えその方向を見やる。

 功刀は緊張のレベルが限界を超えたのか、ぽけ〜とした表情でどこか一点を見つめている。

 と、思ったらおもむろに窓の外を見た。今度はスマホを手に取りせわしなく指を動かす。そして廊下に目を向けたあと、再びぽけ〜とした顔に戻った。まさにオーバーヒート寸前。


「大丈夫じゃないな」


 今度はきっぱりと答える。

 だってあんなになってる奴見たことないもん。完全にアウト。


「大丈夫じゃないって……。武藤君は何か緊張を和らげる方法知らない?」


「一応知ってないと言えば嘘になる」


「つまり?」


「知ってるか知らないかなら知ってる」


「よし! じゃあそれを功刀さんに……」


 それだとばかりに目を輝かすが、


「いや、功刀には多分できない方法だぞ?」


「? どゆこと?」


 鈴丘は首を傾げ、視線だけで理由を問うてくる。


「いや、この世の全てをどうでもいいと思ったり、どんな結果になってもまあいいかって気持ちになるんだよ。そうすれば緊張もなにもないだろ?」


「うわぁ……」


 鈴丘が本気で引いてる。目も冷たい。あの甘い、もとい優しい鈴丘が珍しい。


「というわけで無理だ。あいつが甲斐にどんな反応取られてもいいや、と思えるとは思えない」


「そうだね……」


 と、そこに後ろの扉が開いて何人かの生徒が入ってきた。

 見れば甲斐もその中にいる。

 功刀の体が強張ったのが、視界の端に入った。いよいよ決戦だ。

 甲斐はサッカー部の取り巻き連中と仲良く談笑し自分の席で向かって行く。

 そいつらと別れ、甲斐が座ったところで功刀が仕掛けた。


「おおおおおはよう甲斐君っ」


 なんて?

 これは……なんというか、予想通りというか。


「功刀さんがんばってー」


 横では鈴丘が小声でエールを送っている。

 だが甲斐は、功刀のつっかえまくった挨拶を意に介さずニッコリ笑って「おはよう」と返した。

 すごいな、あいつのコミュ力。


「きき、今日もあああ朝練? たったたた大変ね」


「うん。三年の先輩のしごきがキツくてさ。今年で引退だから張り切っちゃって」


「へ、へえ。ががが頑張ってるのねっ」


「まあ楽しいしね」


「甲斐君は、どっどどうしてサッカーはは始めたのかしら?」


 なんでそんなにどもれるんだよ。お前狐の式神か。

 そしてそれに動じた様子を見せない甲斐もお前何虎だよ。


「特に理由があったわけじゃないんだ。幼稚園の時に始めて、そのまま続けてる」


「つ、続けられるなんてしゅごいわよね」


「しゅご……?」


 あいつ噛みやがった。

 これはさすがの甲斐もスルーできなかった。

 功刀はすでに赤かった顔を、蒸気でも出るんじゃないかという程赤くして黙りこくる。なんとも微妙な空気が流れた。


「功刀さん……」


 横ではあの甘い、もとい優しい鈴丘が絶望してる。どうしようもないなあいつ……。

 そんな時、前の扉が開く。

 入ってきたのは担任の桂先生。

 時計を見ればすでに朝のHRの時間。


「オラー。静かにしろー。HR始めるぞー」


 桂先生が呼びかけ、クラスは静まり返る。鈴丘も自分の席についた。

 功刀と甲斐も会話を止めざるを得ない。なんとも微妙な空気を引きずってるのが見てとれた。

 これは……あれだな、うん。

 完全に失敗。

 俺のついたため息は、日直の号令にかき消されてしまった。



 ***



 その日の放課後。


「もうやだ。死にたい。死んじゃいたい……」


 いつも通り、俺と功刀と鈴丘の三人だけの教室。

 功刀が机に突っ伏し、ものすごく鬱なことを言う。それどころか周りからはドス黒い負のオーラが出ていた。まさに俺レベル。

 あれ以降、功刀と甲斐が会話をすることはなかった。それは功刀が鬱モードに入ったからではあると思うのだが。

 まあ経験上、このくらいの鬱なら次の日には治ってたりする。本当の勝負は明日からだ。


「絶対変な子だって思われた……。窓から飛び降りたい」


 死に方が具体的になった。治るどころか悪化しているような気がする。

 鈴丘ですら苦笑いしかできていない。

 仕方ない、引きずられても面倒だ。テキトーに元気付けよう。


「まあ気にするな功刀。人は失敗を経て成長するんだぞ。失敗は成功の元とか言うだろ」


「本当に成功したいときに成功しないと意味ないわよね……」


 それ、俺も思った。


「いや待て。その失敗したときよりも成功したいと思う時が、これから先くるかもしれないだろ」


「一度失敗したら取り返しのつかないこともあるけどね……」


 それ、俺も思った。

 鬱になってる奴って無駄にネガティブな方向に思考が働くから嫌だ。

 でも俺、普段の状態で功刀が言ったことを考えたな。それってつまり年中鬱ってこと? ……知らなくてもいい事実だったな。


「て言うか武藤君。功刀さん、まだ振られてないから」


 鈴丘はそう言うが、功刀の状態は振られたと言われても信じるレベルだ。


「分かってるよ。だからとりあえず、こいつを平常運転にしたいんだっつの」


 だがそれも難しそうだ。

 というか何を言っても、本人が心の折り合いをつけなければダメな気がする。

 とりあえず現段階で分かっていることは、とても面倒臭いということだけだろう。

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