26 観察眼様
音楽(もちろんアニソン)を聴きながら通学路をダラダラと一人で歩く。
いつも一緒に登校している姉さんは、日直だとかで早めに家を出て行った。
だからこその音楽。だからこそのアニソンである。
億劫で仕方がない登校時も、アニソンを聞けばあら不思議。世界が色付き始めはしないものの、ちょっとはマシになる。ちょっとは。学校行きたくねえな……。
だがそれはできない以上、腹をくくって足を運ぶしかあるまい。汐留の恋愛相談と同じだ。
夏休みまで三週間ほど。感覚的には大体一ヶ月だ。間には期末テストという一学期の最終戦争があるので、恋愛相談を受けるのは実質あと二週間弱だろうか。
甲斐自体、脈なしではないようなので、もう告白させて終わりでいいんじゃないのと思わなくはないが、そのためには告白して大丈夫だという根拠が必要だ。まさか甲斐本人が俺にそう仄めかしたとは言えまい。また、どんな屁理屈を持ち出しても、汐留は今すぐ事を起こそうとはしなさそうな気がする。あいつは安全マージンを取れる奴だ。
つまりはあと二週間頑張る以外の選択肢がない。
大雑把に脳内でスケジュールを切っていると、すぐに学校が見えてきた。さて今日も頑張りますか……。嫌々気を引き締めて校門をくぐる。
「何を聞いているの?」
「うぉっ」
唐突に左耳からイヤホンを外され、話しかけられた。反射的に構えつつその方に振り返った。
服装が制服ではない女性だ。
長めの黒髪は後頭部に団子を作り残りを背中へと流している。普段は眠たげな目はパッチリと見開かれ、子供のような好奇心がうかがえた。
俺はこの人を知っている。名前は確か……。
「永峯先生……? 何ですか」
有志合唱に人が集まらない原因だった、我が木城高校勤務の音楽教師。確か音楽のことになると目付きが変わる特性を持っていた。
「何を聞いているの?」
「…………」
同じ質問を繰り返された。音楽好きとして気になっちゃったのか知らんが、心臓に悪いことこの上ない。
「アニソンですよ。永峯先生が好きなようなんじゃないと思いま……」
「それでもいいから教えて。なんならオススメのアニメソングを教えて」
食い気味かよ。
「え、っと、『俺の幼馴染が一途すぎる』のオープニングで『キンキョリ』とかですね……」
「待って、メモる」
超高速でメモ帳を取り出しで文字を殴り書いていった。なんなんだ。いったいなんなんだ。教えてくれよジョー! ……ジョーって誰だよ。
永峯先生は書き終わるとバッと顔を上げて俺を見た。
「他にはない?」
「いいアニソンですか? そうっすね、他には……」
俺の置かれた状況には疑問しかないが、ここから逃れるには教えるしかあるまい。俺としても、アニソンからアニメ本体にまでファンが増えるのはむしろ嬉しいことだ。全力で手招き。
俺は周りの生徒たちから向けられる奇異の視線をガン無視しながら、マイアニソンディクショナリーに検索をかけていった。
そうして俺の知るオススメアニソンを紹介し切ると、永峯先生はものっそい満足そうな顔をして手帳をしまった。と同時に開かれていた目も眠そうに戻る。
「ありがとう、今度聞いてみましょう」
「はあ、そりゃどうも。で、結局なんなんですか?」
「なに、とは?」
「いや、いきなりイヤホン抜いてオススメのアニソン聞いたことですよ」
「ああ、そのことね」
そのことですよ。
「私、音楽が尋常じゃなく好きなのよ」
知ってます。有志合唱練習のときに知りました。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……え、それだけすか?」
「え? それ以上に何があるの?」
ちょっと待て。ちょっと待って。この先生話しづらい。そもそも人と話すのが得意なわけじゃないけども。
「いや、どうして聞いてきたのか分からないんですって」
「音楽が好きだからでは足りないの?」
「……いえ、やっぱいいです……」
諦めた。俺が思った通り、気になっちゃったってことでいいよ、もう。概ね正しいんだろうし。
朝っぱらから、いらない労働を強いられた感じがする。若干の疲れを感じ、さっさと教室に行って机で寝よう。そう思って立ち去ろうとすると、永峯先生がズイとその顔を近づけてきた。
「な、なんですか……?」
「あなた、見たことあるわね……」
そりゃ同じ学校の教師と生徒なんだから、仮に会ったことがなくても見たことくらいはあるだろ。と、思わなくはなかったがだいぶ顔が近いため、俺にしては珍しく動揺。声を発せなかった。
俺がその硬直から解ける前に、永峯先生は思い当たったらしく少し目を開いた。本当に少しだが。
「あなた、確か有志合唱の練習を見に来た合唱祭実行委員の子ね? 確か名前は……山田太郎君」
「武藤飛雄馬です。知らないなら知らないでいいですから。俺美術選択ですし。無理して絞り出そうとしないでください」
つーか絞り出した結果が「山田太郎」ってどういうことなんだよ。
「武藤飛雄馬君……? その名前も結構最近に聞いたわね」
目を伏せ考え出す永峯先生。俺の名前を聞くとか特殊だな。とか思っていると、永峯先生は思い出したようだ。
「一年の汐留さんが、武藤飛雄馬という生徒について教えて欲しいって来たわ」
「はい?」
「まあ、あの子は他の生徒とかのことも聞いてくるけれど」
「はい?」
とんでもないこと言い出しましたよこのミュージックティーチャー。
なに、汐留はこの先生から情報仕入れてんの? 全ての元凶はこの人なの? 合唱祭の時と同じで?
「私は知らないって言ったのだけれど」
「ああ、そうすか」
と思ったら違ったらしい。やっぱり色んな人に聞いて情報集めてるんだろうな、あいつ。やはり怖い。
情報は速さが重要という誰かの言葉を思い出している俺に、永峯先生はさらに問いかけた。
「武藤君、汐留さんって知ってる?」
「まあ、一応は」
「そう、どうして私のところにそんなこと聞きに来たのか分かる?」
「そこまでは知らないです」
「そう、それならいいわ。遅刻しないようにね」
言って永峯先生は職員専用口から校内に入って行った。時計を見ると、そろそろチャイムが鳴る頃だ。
俺は、小走りで教室へと向かった。
***
ギリギリで教室に滑り込むとちょうどHRが始まるところだった。なかなか面倒な先生に捕まってしまったが、アニメファン増加に貢献できたと思えば腹も立たない。教室のドアを開けた時に四十近くの視線を浴びて、ちょっと入りにくかったことも水に流そう。
HRが終わればすぐに一時間目の授業が始まる。
ぼんやりと黒板を見つめ授業を聞きつつ、たまに板書を写す。一時間目なのに早くも眠気が到来して嵐龍レベルで暴れ回っているが、なんとか意識を保っていた。
と、視線を感じて眠気が引いていった。
当てられたのかと一瞬思うも、授業は普通に進行している。
じゃあもしかして汐留か? 恋愛相談を頼まれた時を考えると、それが一番可能性がある気がしてきた。
とりあえず目だけを動かして視線の出所を探した。
そしてすぐに出所を発見。した瞬間プイと顔をそらされた。その拍子に青いポニーテールが揺れる。
「……?」
俺、何かしただろうか。
とはいえ授業中に視線を投げかけられるような事をした覚えはない。顔に何かついているわけでもなさそうだ。意味分からん。
気にしたら負けと判断し目を黒板に戻すと、同じ方向からまた視線を感じた。ジィーっと見てくる。何ソリュート・デュオだよ。
そうして向けられる視線を無視し、スルーして挙句受け入れてる間に授業は終わった。
次の授業は体育だ。早く更衣室に行って着替えないと、授業に遅れてしまう。
体育の授業は好きではないが、今やっているのはバスケだ。○子のバスケを観たせいで、自分がキセキの世代なんじゃないのと思ってる今ならいける! 髪、黒だけど。
今のテンションを落とさないうちに、更衣室へ向かおうと体育服を手に取り、教室を後にする。
すると背後からパタパタという足音が聞こえてきた。
「武藤、ちょっと待ちなさいよっ」
俺のことが見えるなんて、さてはイーグルアイか!? と脳内でふざけながら振り返る。
「なんだよ、功刀」
彼女は立ち止まるが、小走りしてきた反動か、後頭部から垂れ下がる青い尻尾は所在なさげに揺れた。
「ちょ、ちょっと聞きたいことがあるのよ」
授業中の視線はそれか。
「聞きたいこと? 時間かかるなら後でにしてくれ。次体育だし……」
「今がいいのよ! ……じゃなくて、ええっと、そんなに時間はかからないから感謝しなさい!」
「ああ、そう。もうなんでもいいや。で、なんだよ」
功刀は一瞬目を横にスライドさせてから、言った。
「あ、あの子とはどういう関係なの?」
「アノコ?」
カズノコの仲間か?
「あの子はあの子よ。その、最近武藤に付きまとってたり、武藤と一緒にいたりするあの子」
ああ、汐留のことか。
「どんな関係と言われても、何もないが」
「そんなことあるわけないじゃない。この前の金曜日の放課後、一緒に駅前いたし……」
「お、おう。見られてたのかよ……」
姉さんに続いてこいつまで……。さすがに自分の注意力に疑問を感じてしまう。
そんな中、功刀は何かに気がついたのか、焦ったように早口でまくしたてる。
「見てたといってもあれよ!? たまたま見かけたというか、ちらっと見えたのよ! そのあと気になってデパートの中まで尾行したとかないから! そんなにアンタに興味ないからね!?」
「はいはい、分かったつの」
興味ないなら今この状況は一体なんなんだ。
あと全部言っちゃってるし。あの時感じた視線はこいつかよ。怖い怖い。
見られてしまったものはしょうがないが、おいそれと話すわけにもいかない。姉さんには、姉さんだから話したところが大きいのだ。その点、功刀は間違っても姉さんじゃない。ただのクラスメイトだ。
「別にあいつとはどんな関係でもねえよ。止むに止まれぬ事情があって色々あるだけだ」
関係を否定した上で、何をしているかも伏せる良手を選択。少なくともこれでこの件については何も言ってくることはないだろう。
「止むに止まれぬ事情って……?」
食いつかれてしまった。
功刀には悪いが、そろそろ更衣室に行かねばまずい。取り合ってる暇はなさそうだ。
「止むに止まれぬ事情は、止むに止まれぬ事情だ。別にお前に言うことじゃない。体育、遅れるぞ」
言うと小走りでその場を後にする。
功刀の返事は、なかった。
***
「武藤君。今日、い、一緒に帰れないかな?」
鈴丘は、本日最後の授業が終わるのを見計らって、そう俺に聞いてきた。ストレートに。
あまりに直球すぎて、どう断ろうか戸惑ってしまう。三秒程度の停滞の後、やはりこちらもストレートで返すことを選択。
「無理だな」
「うぅ……やっぱりこう返されちゃうかー……」
「予想してたのかよ……」
「一応だよ? 今までの反応からすると、そうなんじゃないかなーって」
「そうですか」
気がついたら学習してる鈴丘。無駄にいい観察眼からは誰も逃れられない……。黒子もびっくり。フォークアイ。
なぜ急に一緒に帰ろうなどと言ってきたのかは知らんが、考えるつもりもない。今日もいつも通り、一人で帰ろう。
軽く手を挙げて鈴丘に挨拶すると、俺はカバンを持って教室を後にする。が、鈴丘もそれについて来た。
「一緒には帰らないって言ったはずなんだが?」
「一緒には帰ってないよ。たまたま歩く速さが同じで、方向も同じだけだよー」
「方向はともかく、歩く速さは無理あるだろ……」
俺はノーマルモードでも割と歩くのが速い。鈴丘を見た限り、結構頑張って俺に合わせてる印象がある。
試しに急激に速度を落としてみた。鈴丘もそれに合わせる。
試しに立ち止まってみた。鈴丘も止まる。
試しにもっと早歩きをしてみた。鈴丘もそれに合わせようと、ほとんど走って歩く。
「無理あるだろ……」
「えっ、何が?」
「何がじゃねえよ、ちょっと息上がってんじゃねえか」
体力ないなこいつ。
すでに学校の敷地からは出ているが、ここまで五百メートル程度しか離れていない。無理して早歩きしても、普通は息は上がらないだろう。
「ご、ごめんね。迷惑かもしれないけど、でも話があったから……」
「話? どんな」
理由がまったくないのに一緒に帰るのは意味が分からないが、理由があるなら話は別だ。話があるというなら一応聞こう。
俺が歩く速さをノーマルからイージーに切り替えると、鈴丘は少し驚いたように目を見開いた。
「……ありがと」
「おう。で、話って? そもそも帰りにしなくちゃならんような話なのか?」
「うーん、人がたくさんいるところでは、あまりしたくない話かなぁ」
「そうか」
目だけで先を促す。鈴丘の観察眼は、それも理解したようだ。
「じゃあ、直球で聞くね。武藤君は今、あのショートカットの子と何をしてるの?」
「またあいつのことかよ……。別に深い関係じゃないっての」
いかにもうんざりしているという風に言う。悲しいかな、相当辟易しているので、本当にうんざりした声が出た。
だが鈴丘はかぶりを振った。
「そうじゃなくてね。私が聞きたいのは何をしてるのか、だよ。武藤君とあの子がそういう関係じゃないのは見てなんとなく分かってるから」
「相変わらずいい目をお持ちで。見たらなんでも分かるのな」
ユーハバッハを敵に回した並みの絶望感だ。
「ううん。なんでも分かればいいけど、それは無理だよ。私は見えても、それが何なのかまでは分からないことの方が多いから」
「そうか」
いいカメラがあっても、撮った写真を保存するメモリーがないみたいなものか。
「そんな事より、武藤君の話!」
「はいはい、俺が何をしてるか、だっけか? ノーコメントってことにしといてくれ」
功刀と同じく鈴丘も姉さんではない。なら話す必要はあるまい。
鈴丘は俺の答えを聞くと、「はあ」とため息をついた。
「どうしてもダメ?」
「ああ」
「私が絶対誰にも言わないとしても?」
「ああ」
そもそもこいつも功刀も、他の奴に言いふらすことはしないと思う。その上でノーと宣言しているのだ。
「もう、それじゃあ質問変えるよ。功刀さん、一時間目終わったあたりから機嫌悪かったんだけど、武藤君何か知らない?」
「いや知らん。あいつっていつも機嫌悪そうだし、機嫌悪かったてのも今知った」
「そういえば武藤君、功刀さんと一時間目の後に話してたけど、何話してたの?」
「別に大したことは何も」
説明も面倒だと投げやりに答える。すると鈴丘はむーっとジト目で俺を睨んだーー大して怖くないどころかむしろちょっと可愛らしいーー後、プイとそっぽを向いた。
「やっぱ教えてくれないんだ」
不機嫌そうではあるが、何か少し違う声。
「なあ、もしかしてお前、拗ねてる……?」
「拗ねてないもん」
「拗ねてんじゃねえか……」
「拗ねてないもん」
恐る恐る尋ねてみると、明らかに拗ねてる様子で答えられた。「もん」ってなんぞや。
「いいわよ、別に。そんなにたくさん話すわけでもないし、武藤君、別に私のことなんとも思ってないだろうし、すごく仲がいいわけでもないんだし……」
「お、おう」
至極当たり前なことなはずなのに何故だろう。俺が悪い気がしてきた。
だがもう言っちゃうべきか、止めておくべきか多少迷っている間に、鈴丘はため息とともに拗ねるのをやめた。そういえば、切り替えが上手いんだったか。
「まあ、武藤君が話したくないなら話さないでいいよ」
「お、おう? まあそりゃ」
「でも、困ったことがあったら相談してね?」
「……まあ、気が向いたらな」
少し驚いて今度は俺がそっぽを向いてしまう。最近はどちらかというと頼られることが多かったせいか、鈴丘の言葉は妙に新鮮に感じた。
俺は頼ることのできないラノベ主人公ではない。本当に困ったら、頼らせてもらおう。
あくまで姉さんの次あたりにはなるだろうが。
鈴丘は俺の言葉を聞き、満足そうに微笑んだ。
「それと」
そして彼女は、何かを思い出したように言葉をつないだ。
「なんだよ?」
「う、うん。えーっと」
言葉を探すのとはまた違う。何かに躊躇うように目を泳がす鈴丘。
彼女はしばらくそうした後、目を伏せた。
「……あの子、なんか暗い様に見えるんだよね」
「暗い? むしろ明るい方だと思うんだが」
「ううん、なんて言うんだろ。無理して、頑張って笑ってるみたい……なのかな」
無理を、して……?
一週間と少し、追いかけ回されていた期間も考えれば二週間。汐留と過ごしたのはその程度だが、そういった印象を持ったことは一度もない。
「よく分からんが、見間違いとかじゃないのか?」
すると鈴丘は少し困った風になる。
「私もあまり自信があるわけじゃないと言いますか……。うん、えーっと、やっぱりいいや。忘れて」
鈴丘は取り繕うように微笑み、この話は終わりとばかりに視線を元に戻した。
「……ああ」
俺も答え、前へと向く。
二人並んで帰路を行く中、俺はふと背中に違和感を感じた。
今回のイラストは、同じなろうのユーザーさんに教えていただいたアプリを使って描かせていただきました。初めてなので、多めに見て下さい。




