24 デート作戦
六月も後半になり、だいぶ寝苦しくなってきた。
本来土曜日や日曜日は平日なんかと違いとてもすっきり爽やかな気分で目覚めるのだが、この時季はそうはいかない。
俺は頭の奥に残る重さを無視して起き上がった。
部屋はすでに明るい。カーテンを開けると、梅雨としては珍しく太陽が、雨に濡れた地面を照らしていた。
その暑い日差しと雨の湿気が相乗効果を発揮して、暑い上に超ジメジメするという地獄現象が起こっていた。思わず、うへえとなる。
それからはっと嫌な予感が頭をよぎる。
慌ててスマホで時間を確認すると、時刻はとうに十時を回っている。
「うっわ……」
あかんやつちゃうん。
急いでベッドから降り、寝巻きから普段着へとトランスフォーム。
ポケットに財布とスマホ、ついでに汐留から預かった例のブツを入れると部屋を出た。
時間的にはギリギリだろうか。遅れたら何をされるか分かったものではない。
急いで階段を駆け降りると、
「飛雄馬〜? どしたのんそんなに焦って。どこか行くの?」
ちょうど通りかかった姉さんに話しかけられた。
だがあいにくそんなに話している時間はない。
「おう、ちょっとな。動物園まで」
「動物園!? 近所に動物園なんてないよ? 結構遠出になるよ!?」
「ああそうだな」
動物園。それが汐留の選んだデートスポットだ。
それじゃあ結局動物の話しかしないんじゃねえのと思わないではなかった。だが口を出すのも面倒臭くてそのまま放置した。
その動物園だが、姉さんの言う通り近くにはない。なんか電車を乗り継ぎしないとたどり着けない場所にあったはずだ。
休日ヒッキーの弟がなぜかそんな場所に行こうとしているのを見れば、そりゃ姉さんだって驚く。
「そっか〜。飛雄馬についに彼女ができたんだね……。お姉ちゃんなんだか視界がボヤけるよ……」
と思ったら変な勘違いされてた。
「ちょっと待て。俺に彼女はいねえし、出かけるのもデートのためじゃねえ」
いや一応デートのためかもしれないけど。
「じゃあなんで動物園行くの? 飛雄馬動物けっこう好きだけど、休みの日にわざわざ行くほどじゃないでしょ?」
「止むに止まれぬ事情があるんだよ」
「え〜、やっぱり彼女ができたんじゃないの〜?」
「そんなつまらんことばかり考えてないで勉強しろよ。姉さん受験生だろ」
「一日くらい休んでも大丈夫だよ〜」
「死亡フラグ言うな。そんなこと言ってピンチになった姉を間近で見たせいで安全マージンたっぷりの勉強するようになる俺まで想像できたからマジで勉強しろ」
「了解です提督ぅ!」
「誰が提督だ」
何コレだよ。
と、こんなことをしている場合ではない。
汐留が言っていた時間までそんなに時間がないのだ。
「じゃあ俺は行ってくるから」
「うん! 行ってらっしゃいませ御主人様!」
「誰が御主人様だ」
満面の笑みで送り出す姉さんに軽いツッコミを入れつつ玄関を閉めた。
遮るものがなくなってまともに日光を浴びる。
「……すげえ暑い」
夏になればもっと暑くなるとは分かっていても、このジメジメ感には耐え難いものがある。
サンシャインが肌を焼き、何もしていないのに汗が噴き出してくる。
やっぱ行くのやめようかなぁ。外には危険がいっぱいだなぁ。そもそも俺が行く意味ないよなぁ。行く意味、ないんだよなぁ……。
ものすごい勢いでやる気が減退していった。
こうして引きこもりは生まれていくのか……。そんな悟りを開きつつ、玄関のノブに手をかけた時だった。
スマホが震え着信音 (アニソン)が鳴り響く。
それはさながら前へ進めという神からの掲示……。まあ、俺全く神様信じてないけど。
取り出すと画面には非通知の三文字。普段なら無視だが、日光と暑さで心が折れかけていた俺は、特に考えもせずにそれに出た。
『センパイ何やってんですか! 時間結構危ないですよ!?』
汐留からだった。
電話越しにでもアホ毛が怒りマークになっているのが分かる。
「今家を出たところだっての。……戻ろうとしたけど」
『なに面倒臭くなってんですか!』
無茶言うな。面倒臭いものは面倒臭い。
「つーかちょっと待とうか。お前メールアドレスだけでなく電話番号まで手に入れたのか……」
『話をすり替えないで下さい! いいから早く来て! 十秒以内に!』
ブチっと切られてしまった。
思わずため息をつく。
全然神の掲示ではなかったが、やはり行くしかないだろう。
せめて曇ってくれていれば良かったのにと嘆きながら、俺は駅への道を走りだした。
***
汐留たちは学校近くの駅で待ち合わせらしい。
功刀の時と同じだ。
ふとその時の光景が思い浮かぶ。
もし甲斐がそのつもりなら、また止めに入る必要があるだろう。
あいつはそうそう同じことを繰り返すような奴ではないから、特に何もないかもしれないが。そこは神のみぞ知る、だ。
そして俺は、やはり流れに身を任す。
甲斐が汐留に本性を表すならそれも良し。表さないならそれも良し。
どうせ告白して成功したら通る道だ。早まろうが関係なかろう。
むしろ、より暑くなる前に済ませられて良かったと考えねば。
そうやって考えたことを確認していないと心が折れそうだった。
なんで俺はこんな日に外に出てるんだ……。
駅で甲斐を待っている汐留を見ながら、俺は太陽にジリジリ焼かれている。
『センパイ、暑いです』
「うっせ。こっちのセリフだ」
汐留のいる方を見ると、アホ毛が力なく項垂れているのが見えた。
汐留とはそこそこ距離を取っている。甲斐に俺がいると気づかれるわけにはいかなかったからだ。
ゆえに汐留とは顔を合わせて喋ってはいない。
耳に装着したイヤホン型のそれ。小型のインカムだ。
どこからどうやってこんなもんを仕入れたのかは知らないが、これでデート中の話し声を聞くことができる。さらにこちらからアドバイスを送ることもできる。
ただし通信可能なのはだいたい八十メートル程度とのことだ。
まあそれだけ離れられれば、甲斐に見つかることもあるまい。
それにしても暑い。これだから夏は嫌いなんだとブツブツ不満を言いながらスマホで時刻を確認。
現在待ち合わせ時間の五分前だ。
と、遠くから見覚えのあるイケメンが汐留へと駆け寄った。
『ごめん、待った?』
『いえいえー、まだ待ち合わせ時間前ですしー』
インカムから聞こえる声。そのうち一つは甲斐のものだ。
「ちゃんと来たのか……」
自分でもよく分からないが、少なからず安堵した。
するとインカムから呼びかけられる。
『ちゃんと来たってどーゆーことですか?』
思わず発してしまった一言を、汐留に聞かれていたらしい。
「なんでもねーよ。ただの独り言だ。いいからお前はそっちに集中しろ」
言うとトントンとインカムを叩く音。了解の合図だ。
どうでもいいけど、インカムでデートのアドバイスとかデート・○・ライブかよ。
まあ何はともあれ、私たちの戦争を始めましょう、だな。
***
クーラーの効いた電車を一つ乗り継いで、ー時間弱。降りた駅から何分かで動物園らしい。
ちなみに電車内では一つだけ車両を異にして見守っていた。
そんなわけで動物園。
俺が最後に来たのはいつだったか。
基本何でもどうでもいい俺だが、小さい頃はそれなりにいろいろなことに興味を持っていたと思う。
だから習い事をしていた時期もあった。理由の半分は、姉さんがやっていたからだった気がするが。
そう考えると俺、姉さんに懐きすぎだろ。今はそうでもないはずだが。たぶん。たぶん……。なんかだんだん自信がなくなってきた。
回想を挟んだりしながらも、甲斐に見つからないように常に五十メートルほど離れて進む。
特に周りの景色にも興味はないので、とりあえずインカムから聞こえる甲斐と汐留の会話に目を傾ける事にする。どっちにしろ興味はないんだが。
『甲斐センパイって普段は何してるんですかー?』
『普段って?』
『学校も部活もない日とかです』
『うーん、あまり部活がない日ってのがないからなぁ』
『あー。てことは今日は貴重な休日だったんじゃないですか?」
『気晴らしにはちょうどいいし大丈夫だよ』
普通の会話だ。超普通の会話だ。
興味もねえ。面白くもねえ。だけど他にすることもねえ。オラ、こんな休日嫌だ。
というか本当につまらない。せいぜい甲斐が猫かぶってるなあくらいの感想しか出てこない。なんだこれ。
もう帰っちゃおうかなぁ。でも引き受けた責任がなぁ。と思っていると動物園が見えてきた。
一旦物陰に隠れて二人が中に入るのを確認。俺も受付へ。
「えと、大人一人で」
「一人、ですか。一人、ですね。分かりました。六百円です」
「……はい」
なんかすごい怪訝な顔をされてしまった。そりゃ男性の一人客は珍しいだろうが、いくらなんでも失礼じゃねえの? いや気にしないんだけどさ。
チャチャッと払うと俺も動物園の中へ。甲斐と汐留を追う。
と、発見。奴らはキリンを見ていた。
『そういえばセンパイ知ってました?』
『何が?』
『キリンの首の骨の数って人間と同じらしいですよ』
『えっ、そうなんだ。知らなかった』
『あとキリンって水飲まなくても生きていけるんですって』
『え? なんで」
『なんか葉っぱにある水分だけで十分だとか。だからサバンナの他の草食動物と違って乾季に移住はしないんです』
汐留が知識を披露していた。
キリンの首の骨がなんとやらまでは知っていたが、水を飲まなくても大丈夫なのは知らなかった。
けど本来は動物園って男の方が知識を披露するもんなんじゃないだろうか。
まあ、本人たちが楽しんでいるならいいんだが。
と思っていたら二人が移動した。
動物には目もくれず、ちょっとした隙間やなんかに隠れながら距離を詰めずに追いかける。
その間、通りかかった飼育員さんやカップルに怪訝な視線を投げかけられた。家族連れからはあからさますぎる警戒をされた。
自業自得だからどうにもならないのが腹立たしい。確かに汐留たちを追いかける俺はちょっと怪しい。警備員とか呼ばれてもおかしくないかもしれない。
それはさすがに面倒臭いので、リスクを承知で隠れることを止めた。まあある程度距離はあるし大丈夫だろう。
一応念のために、甲斐の死角に隠れるように、そして足音を立てないようにはするが。
すると前の二人が突然立ち止まった。
その視線の先を追うと、ジャイアントパンダがいる。
『おぉーっ! パンダちゃん!』
汐留のアホ毛が犬の尻尾よろしく超揺れているのが遠目からでも分かった。
そういえばあいつ、パンダの髪留めつけてたな。パンダは好きなのだろう。
『汐留さん、パンダ好きなの?』
『好きなんてもんじゃないです! 私の人生の半分を構成してるんです!』
『そ、そうなんだ……』
そうなんだ……。
あの甲斐がちょっと困ってるのが声から分かった。表と裏を使い分けさせたら右に出る者はそうそういないであろう奴が、だ。あれは相当だな。
『わぁー、竹食べてる……。女神……!』
説明板によるとあのパンダ、オスなんだけどな。
『そうだね、可愛いね』
『甲斐センパイ、知ってます?』
『ん? なにが」
『パンダってネパール語で竹を食べるものって意味なんですよ。それってつまり、パンダちゃんは竹を食べてるところが一番可愛いって事だと思うんです! てゆーか絶対そうです! 竹最強です!』
『そ、そうだ……』
『あとパンダちゃんってクマの中では唯ー前足で物が掴めるんですって。ってことはパンダちゃんちょーオンリーワンですごく可愛いと思いません!?』
『そ、そう……』
『それからパンダちゃんって群れとか作らないで単独行動なんですよ! ぼっちとかソロ充って聞くとマイナスイメージしかないのに、それがパンダちゃんだって考えるとすごく可愛すぎて可愛すぎて半端ないです! マイナスイメージをプラスぶっちぎりまで持って行っちゃうパンダちゃん最強すぎます! もうあの子が百獣の王でいいです! ライオンとか知りません!』
いや知らねーよ。こいつ甲斐の相づちを聞く気まったくねえ。食い気味で言ってる。「そうだね」くらい言わせてやれよ。テンション上がりすぎだろ。
汐留からヘルプの合図はもらってないが、放置しておくとそのまま柵を越えてパンダと戯れ始めそうだ。
俺はトントンとインカムを小突いて汐留の意識をリアルへと引き戻そうとする。
『それでですね……!』
アホ毛ブンブン振り回しながらなおも続けようとしていた。
だめだこいつ止まらん。
それならと、今度は呼びかけることにする。
「汐留、ストップ。待て。暴走しすぎだ。甲斐が引いてる」
『パンダちゃんのぬいぐるみってしっぽの色が黒のこと多いんですけど、実際は白なんですよ!』
暴走トレーラーかこいつは。なんなんだよその止まることを知らないパンダ知識は。アニメのことを語らせた時の西倉か。
すまん甲斐、俺にこいつは止められない。
俺は潔く諦め、インカムから流れてくるパンダ知識を聞きながらパンダを眺めていた。
汐留の暴走はその後四十分にわたって続いた。
汐留さんの話……ちゃんと終わるのん……?




