23 尾行
「いいか、人の好みなんてそう簡単には変わらない。好きなものは好きだし、嫌いなものはとことん嫌い。人間はそういうものだ。じゃあどうやって相手に好きになってもらうのかだが、相手の好みに合わせるのが一番手っ取り早い」
早歩きと小走りの中間スピードで進みながらそんな事を言うと、汐留のアホ毛はかなり不機嫌そうに揺れた。
「はあ、そうだとして、何がどうしてどうなって甲斐センパイを尾行する事になるんですか」
「まあそう焦るな。情報収集には尾行が一番って『秩序の世界』でも言ってた」
「何ですかそれ……」
「刑事アニメだ。それは置いといて、相手の好みなんて付き合いの中でしか分からないものだ。けど好みを把握するほど交流持つのに夏休みまでじゃ短すぎる。だから尾行だ」
「なるほど、好みを知るために尾行する、ということですね」
「ああ」
と、言ったのは理由の半分だけ。実際はもう一つある。
ずばり、甲斐の本性を汐留に見せる。
今日は金曜日の放課後。ほとんど休日と同じと噂されている時間帯だ。
そんな時にデパートに入った。もしかすると、この間の頭の悪そうな不良連中と会うかもしれない。
そんな甲斐の本性を知れば、汐留も甲斐への
想いを失うだろう。自然、俺が背負っている恋愛相談という重荷からも解放される。
自分からは教えず、あくまで不可抗力として真実を伝えるいい手段だ。
当然そんな上手く行くわけないが。
実際俺は、汐留に真実を伝えるべきかどうか迷っている。だからその答えを目の前の状況に丸々委ねてしまおうというわけだ。
なんともダメな決め方の気はするが、選択の仕方なんてものは人それぞれだ。信念を持って選ぼうが、消去法で決めようが、周りに流されようが人それぞれなのだ。
で、俺は一番ダメな周りに流されるを選んでいる。
いろいろどうでもいいので実に俺好みの選び方と言える。ついでに言えば、ラノベの主人公も基本的にこれに分類される。つまり俺は二次元に最も近い人間なのだ……。
脳内で延々自分を美化しながらデパートの中へ。
首を右へ左へと動かすが当然のことながら甲斐は見当たらない。
「よし、じゃあ甲斐を捜索だ。お前はどこにいると思う?」
「さあ。逆にセンパイの方が分かるんじゃないですか? 同じ男子として」
「同じ男子でもカテゴリー的にだいぶ離れたところにいるんだが」
「いいから、どこにいると思います?」
さっさとしろと睨まれてしまったので、案内板を見ながらあいつが行きそうな場所を考える。
食品売り場……は絶対ないな。高校生的にはコンビニに行くだろう。
おもちゃ売り場……は俺ならたまに行く。というか男子ならだいたい行くんじゃないだろうか。トミカとかカードゲームとか見ると未だにテンション上がるし。一応保留。
あと雑貨……は女子の匂いがする。キャピキャピ(笑)な女子高生が、周りの人の迷惑顧みずに超騒いでいそう。行きたくない。
やっぱりおもちゃ売り場かなぁと思ったその時、本屋という表記を発見した。
そういえば甲斐と本屋で会ったことがあったな。
「よし、じゃあ本屋に行こう」
「はーい。なんか甲斐センパイはオシャレな雑誌とか読んでそうですねー」
「……お、おう」
あいにくだがあいつと会ったのは漫画コーナーだ。さらにあいつの思考回路からすると参考書フロアとかにいる確率が高いと思う。妙に大学進学を気にする不良だから。
まあそんな事はわざわざ言わない。俺たちは本屋のある階と場所を確認するとエスカレーターに乗った。
***
本屋に着いた。
本の匂い。独特の静かな空間。なかなかに落ち着く場所だ。目的もなくぶらつくにはここ以上の場所なんてないんじゃないだろうか。
だが今回は目的がある。それも本を買う以外の。
俺と汐留は右見て左見てと、横断歩道を渡る時の四歳児ばりに首を動かしていた。あれ、小学生くらいからやらなくなるよな。
雑誌コーナーやらなんやらと通って行くが、甲斐は見つからない。ハズレだったのだろうか。
「いませんねー」
汐留が本屋だというのに少しもボリュームを抑えずに声を発した。うるさい。
「で、センパイ。さっきから何見てるんですか?」
「あ? そりゃ甲斐を探してるに決まってんだろ」
「ライトノベルコーナーから一歩も動かないでよくそんなこと言えましたね!?」
「あん? 何言ってんだ。そんなことあるわけ……あ、本当だ」
「マジトーンじゃないですか!?」
「そりゃな」
だってそこにラノベがあったら吸い寄せられるのが世の常じゃないか。ブラックホール並みの引力だぞ。吸い込まれたら二度と出てこれないぞ。
そこまで言いはしなかったが、汐留はすんごいジト目で威圧してきた。
そこそこの迫力。だがまだ姉さんには及ばん。
とは言え当初の目的を忘れるわけにはいかない。
「まあここはハズレだったみたいだし、次行くか」
「言われなくてもです。どこにいると思いますか?」
「え、また俺が決めんの?」
「当たり前です」
んな当たり前ねえよ。
が、反論は時間の無駄だ。本屋にいなかったとなると残りの候補は限られてくる。
「おもちゃ売り場だな」
「ふざけてんですか?」
すっごい冷たい目だった。どうやらさっきのジト目はまだ本気を出していなかったらしい。
「いや、汐留落ち着け。おもちゃ売り場とか、男子にとっては永遠のドリームなんだぞ。大の大人が遊○王やったり、ガン○ラ作ったり、全て妖怪のせいにしたり」
「知りませんよ! てゆーか最後、おもちゃ関係ないですよね!?」
「売ってんじゃねえの? 妖怪○ォッチ」
「それこそ知りませんよ!」
ビシッと指を指された。アホ毛も怒ってる。
「もう面倒臭いから行こうぜ。こうしてるのも時間の無駄だし」
「センパイがいらないボケ入れたんですからね!?」
「お前がいらんツッコミかましたんだろ」
互いに責任を押し付ける会社とかの偉い人みたいなことをしながら本屋を出る。目指すはおもちゃ売り場だ。
瞬間ふと、視線を感じた気がして振り返る。
だが見えるのはラノベが陳列された棚や、これでもかと並べられた週刊少年誌くらいだった。
気のせいだったらしい。そう結論付け、俺は汐留の後を追った。
***
「見当たりませんね」
金曜放課後と言っても一応は平日。子供もちらほらとしかいない中に、妖怪○ォッチを見て喜んでいる男子高校生は見当たらなかった。
よく分からない変身ベルトや、遊ぶ子供が怪我をしないように限界まで配慮されたヒーローの武器などを見ながらも索敵した結果がそれだった。
まあ、妖怪○ォッチで喜ぶ男子高校生などいるはずもない。端的に甲斐がいなかっただけだ。
「確かにいないな」
「どこかの誰かのせいで時間を無駄にしましたね」
「この世に無駄なものなんてないって美咲先輩が言ってたぞ」
「誰ですかそれ!?」
「宇宙人だな。宇宙人」
ルールを守って楽しく決闘なカードゲーム、前より値段が上がってる気がするなと思いながらテキトーに返す。
するとなぜか汐留もそれに視線を移し、ケータイを取り出してポチポチやり始めた。なんなんだか。
何はともあれ、ここに甲斐はいないようだ。
「そんじゃ汐留、次はどこを捜索する?」
「えー、まあセンパイに任せてもどうせハズレますしいいですけど」
真実ではあるがちょっと失礼なことを言うと、汐留はアホ毛を「?」にして考え始める。
そしてポンと手を打つとアホ毛で電球を作った。
「服売り場じゃないですか?」
「服?」
確かにあいつがいても違和感はないが、それは果たして放課後にフラリと寄るところなのだろうか。
「買いはしないまでも、ちょっと見て行くくらいはするんじゃないですかねー、知りませんけど」
「テキトーだな、お前……」
想い人を知ろうとする温度じゃないだろそれ。
「いいじゃないですか別に。ほらセンパイ、行きますよ」
「ほいほい」
だんだんやる気がなくなってきているが、行かないわけにもいかない。
無駄なコントを挟みまくってるせいで三十分ほど経過しているのだ。
と、早歩きの汐留が突然速度を落とした。
「どうした。見つかったのか?」
「いえ、あの人なんだろって思いまして……」
「……?」
汐留が指差す方向を見てみる。そこには妖怪○ォッチのグッズが並べられている。人気コーナーなんかでよく見かける小さい液晶もあり、妖怪○ォッチのエンディング映像を垂れ流ししていた。
その眼前、そこだけ人が寄り付かずにぽっかりと穴が開いている中心。見慣れた奴がただ一人ヨーデルヨーデルしている……!
確かに奴のアニメオタクレベルは相当だが、まさか全てを妖怪のせいにするアニメも網羅しているとは……。
そいつは周りの液体窒素レベルに冷たい視線も気にせずに一曲分踊り終わると、「ふー」と満足そうに息を吐いて額の汗を拭っていた。
「頭、大丈夫なんですかね。なんかセンパイのクラスにいた人によく似てる気がするんですけど」
「人違いだ。見ちゃいけません。さっさと服売り場行くぞ」
「あ、はい。そうですね」
幸い奴はまだこちらに気がついてはいない。まだ間に合う!
死角を通り陳列棚に隠れたりしながらその場を離脱した。
***
服売り場は基本的に俺と関係ないフロアである。
服は母さんや、たまに外出した姉さんが買ってきてくれるのだ。自分で行く意味がない。
確か鈴丘と功刀と一緒に来た事くらいしか服屋に関する記憶がない。
そんな俺は現在、ほとんど縁を切っている服売り場にいる。
だが、
「見つからんな」
「ですね」
実は目を隠す能力でも持ってるんじゃないのというくらいに見つからない。ミスディレクションの可能性もある。
「もうここ出ちゃったんですかねー」
「どうだろうな。俺はアニ○イト以外の店で三十分以上過ごすことって全然ないが、甲斐のことはな……」
「同じ男子なのにそこまで違うものなんですか?」
「さあ知らん。そもそも友達の数自体そんなに多くないからデータとしてはまったく信用できないな」
「悲しい青春を送ってるんですね……」
「一歩下がって哀れみの視線を向けるな」
当人がそれで良ければいいんだよ。よくちっさい子供が貰ったお小遣いをすごいもったいない使い方しようとしてても、当人がそれでよければ良いんだよ。その代わり後悔しても知らん。
俺が抗議の視線を向けると汐留はたははと笑った。
「まあ、私もわりかしそうなんですけどね」
「あ? 何なんて? 声が小さくて聞こえん。小さい時の俺か」
「なんでもないですよ。それで、どうします? ここにもいませんし」
「ああ、もう残ってるのって雑貨と食品売り場くらいだな」
つまりこの二択になる。
「じゃあ雑貨で」
「了解。行く、か……?」
視線を感じて振り返る。
だが俺の背後には特に誰もいない。いや、遠くの方、エスカレーターで下の階に降りる人影があった。そいつは別にこちらを見ていなかったが関係ない。
「甲斐だ」
「ぅえ!? どこですか!」
「いやもう見えなくなった。エスカレーターで下に行った。追うぞ」
「了解です!」
俺と汐留はすかさずダッシュ。と言っても全力疾走は他の人の迷惑になる。軽く小走り程度でエスカレーターに向かう。
なんか背後からもパタパタと複数の足音が聞こえてきた。が、今はそんな事を気にしている場合ではない。
エスカレーターも小走りで降り、ついに甲斐を捕捉。
彼我の距離はだいたい五十メートル。振り返られれば気付かれてもおかしくない。
俺はちょいちょいと汐留の肩をつついて隠れるように促す。
汐留は俺の意図を察して近くの陳列棚の陰へと入った。俺もそれに続く。
そこから顔だけ出して標的を確認。
一人だ。いつかの不良たちはいない。甲斐の手にも何も握られていない。ということは買い物をしたわけではないようだ。
今までどこにいたのかは知らないが、もう逃がさん。地の果てまで追いかけまわしてやる。
物騒極まりないが、それくらいの気持ちで臨む。隠れる場所を変えながら甲斐を追う。
「なんか、こういうの微妙に楽しいですね」
「誰かが言いそうなこと言うな。ほれ、行くぞ」
「てゆーかセンパイ。こっちって……」
「出口だな。他のところ行くんじゃねえの」
ちょうど甲斐が出て行くところだ。ちんたらしてたら人混みに紛れてしまう。
そうならないためにすぐに動く。
外に出る。そして甲斐を再び捕捉。
だが奴は駅に直行。何の面白味もなく、すごい普通に改札をくぐって行った。
「……帰るつもりですねー」
「……そうだな」
ほとばしる無駄な努力感。尾行した意味がびっくりするほどなかった。
俺たちはなんとも情けなく脱力した。
異議、糾弾、罵倒、お叱りなどをお待ちしております。
どうでもいいけどここのネタ、伝わってんのかな……。




