21 クッキング2
「今どき手作りのお菓子渡したくらいで、ときめくもんなんですかねー」
汐留が袋を下ろしながら言う汐留の声は、俺たち以外に誰もいない放課後の家庭科室に小さく反響した。
「いいか汐留、科学文明やらなんやらが発展しまくっているから、昔の人より現代人の方が頭が良いってわけじゃないんだぞ。脳の構造は変わってない。現代人は昔の人より無駄に多くの知識を詰め込まされてるだけなんだ」
「はあ、だからなんなんですか?」
「昔は手作りお菓子を渡してときめいてたけど今は違う、なんてことはない」
「それ真っ向から流行否定してますよね」
呆れたと言わんばかりに返された。
「知るか。だいたい必死こいて流行追いかけてる方がおかしい。今流行りのアニメだから観ないと、なんて考えじゃ良作には出会えん」
「私がいけないんですかね? 例えがまったく分からないです……」
汐留は脱力しながらもエプロンを付けていく。
お菓子を作って憧れの甲斐センパイに渡しちゃおう☆なる提案をしたのはおとといのこと。最初は渋々だった汐留も、まあいっかと折れ、汐留所属のバレー部が休みの水曜日に行うこととなった。
というか俺は本来、料理に立ち会うつもりはなかった。頑張ってねと言って放置の予定だったのだ。
だが汐留の「でも味見役が必要じゃないですかー?」という言葉で、面倒臭いと抵抗したものの強制参加。功刀の時のようにどちらかの家で、というわけにもいかなかったので家庭科室を使わせてもらっている。
「つーかよく家庭科室使わせてもらえたな」
わざわざ一生徒のために教師の監督なく使用を許す、なんてまずありえないことだろう。しかも理由が理由だ。当然疑問が沸き起こる。
汐留は「あー」と頷くとアホ毛を星型に変化。キャピッという笑顔を浮かべて、
「私、家庭科の先生の弱味握ってますから☆」
「えぇー……」
怖い。笑顔が怖い。黒すぎるだろこいつ。一体どんな弱味なのやら……。
俺がドン引きしていると、エプロンを付け終わった汐留は「よしっ」と気合いを入れた。
「それじゃあこれから作っていこうと思います!」
「おう、俺はラノベ読んでる」
「やる気が感じられないです!」
汐留が悲痛に叫ぶ。仕方ないだろ。ガッシャンガッシャンドッカンドッカン失敗しまくる漫画展開は期待できないの、功刀の時に学んでるし。
汐留は叫んだものの、すぐには動き出さないで俺の取り出したラノベを凝視してくる。
「……なんだよ」
興味あるのか? あるなら貸すぞ? 全力でオタクワールドへ手招きするぞ?
「いえ、別になんでもないですよー」
言うと汐留はクルッと向きを変えて手を洗い始めた。なんなんだ……。
まあ何はともあれ、調理スタートだな。
***
作るのはクッキーだ。今回も俺は指定していない。汐留が勝手に決めた。
俺ふとラノベから顔を上げると汐留は袋から材料を取り出すところだった。
小麦粉、バター、バニラエッセンス等々、最後に卵が出てくる。だがその卵、明らかに普通ではない。一目見ただけでそれが分かった。
まず特筆すべきは大きさだ。通常の鶏卵の五分の一ほどの大きさしかない。次に挙げられるのは模様だろう。白地に黒の斑点がついている。
そして極め付けはパックに巻き付けられた紙に施された文字だ。『うずらの卵』と書いてある。
……あ、あっれー?
「ちょっと待とうか汐留。俺はお菓子作りに詳しいわけじゃないから分からないんだが、お前が作ろうとしてるのはうずらの卵を使うクッキーなのか?」
思わず聞いてしまった。
汐留はボウルに伸ばしていた手を止めて振り向いた。
「別にそうは書いてませんけど、でもうずらの卵の方が、ゆで卵にした時美味しいじゃないですかー」
うん、そんなにゆで卵食べないから分からんけど。
「だからそっちにしたと?」
「そうですよ?」
当然でしょ、といった風に言われた。え、俺間違ってんの?
まあいいか、どっちにしろ卵だし。分量は狂いそうだけど、ちょっと微妙な味くらいの方が良いという事もある。別に構わないだろう。
「悪い、邪魔したな。続けてくれ」
「言われなくてもやりますよー」
言うと汐留はレシピ本を開いて印の付いてあるページまでめくる。指を顎に当て、ふむふむと順番を確認している。
まあ、この分には問題ないだろう。
「よしっ」
汐留は小さく呟くと動き出す。
まずボウルに卵 (うずらの)をパックに入っていた分全部割って入れかき混ぜていく。
うん、殻が入っていたのは言うまい。功刀の時もそうだったし。
それが終わると今度は小麦粉、バター、バニラエッセンスなど次々と投入していく。
フリーハンドで……。
「なあ汐留、とりあえず分量計れ」
それアカンやつだぞー。お菓子作りでは材料の分量を厳密に計るから余りが出にくいってなんかの漫画で言ってたぞー。それ逆に言うと、厳密に計らないとやばいってことだぞー。
「えー、でもそれ面倒臭いじゃないですか」
「分かる。その気持ちは本当によく分かるし全力で同調したいところだが、お前それフられるフラグだからな」
つーか好きな人に渡すもの作ってるのに雑すぎない? もっと一途になれよ! 功刀みたいに。いやあいつは極端か。
俺の心の声が聞こえた訳ではないだろうが、汐留は小さく頷く。
「分かりましたよ」
言うと奥から計りや計量カップを持ってきてそれらとにらめっこし始めた。そして今しがた入れた材料を少し削ったり増やしたりして微調整する。
やるなら最初からやれよ……。人のこと言えないけど。
「できた!」
嬉しそうに呟くと今度はそれらをかき混ぜる。カッシャカッシャという音が、二人しかいない家庭科室に反響する。
つーか、卵の分量めちゃくちゃだったんだから、レシピ通りの分量入れてもダメだよな……。
気がついたがもう遅い。すでにボウルの中はだいぶミックスされている。ちょっとダマになったり溢れたりしてるけどしょうがないだろう。
ところで、溢れる溢れないは料理あまりしなくてもなんとかなると思うんだけど。そこんとこどうなってんの。
「あっ! そういえば」
ボーッと眺めていると、突然汐留が声を上げ手を止めた。
「どうした。ちょっと怖いんだが。すごい重要なこと忘れてて、これから作るもんが爆発物になるみたいな危険性ないよな?」
「ありませんよ! だいたいこの中に火薬入ってても爆発しませんよ!」
水分豊かだもんな。ダマになってるけど。
「普通に砂糖入れるの忘れてただけです!」
「すげぇ重要なもの忘れてんなお前」
お菓子の必須アイテムですやん。あと、それ普通じゃねえ。
「余計なお世話ですよ。センパイがラノベ読まないで口出ししてくるからいけないんです!」
「それ半分はお前のせいなんだよなー……」
だってお前、放置しておいたら炭作りそうなんだもん。
汐留は白い粉の入ったケースを手に取ると、一旦レシピ本へと目を落とし分量を確認する。
つーか白い粉って聞くとなにやらものすごく危ない薬物っぽいなーと考えながら、汐留が手に取ったケースをぼんやり見る。
……なんか、白に混じって青い粒が見える。粒の大きさもまちまちだ。
新種の砂糖なのかな、と思い蓋に書いてある文字を視認。
そこにはこう書かれていた。『洗剤』と。洗剤い!?
「このくらいかな……」
「ちょっと待て!」
それ入れてかき混ぜたら超泡立つだろうが!
今にも洗剤をクッキーの素へと投入しそうな汐留を少し声を大きくして静止。「なんだよこの変態」という目で見られてしまった。
「なんですか?」
不機嫌に眉をひそめる汐留。だがさすがにそんなことは気にしない。
「お前が今入れようとしてるのが何なのか、ちゃんと確認しようか」
「何言ってるんですか……」
アホ毛を「?」マークにしながらも、汐留はケースの蓋を確認。そして得心がいったかのようにアホ毛を「!」マークへと変化させた。そして、
「なんでこれ砂糖じゃないんですか?」
いや知らねぇよ。
***
甘い香りが家庭科室を満たす。非常に美味そうなそれは、嫌が応にも出来上がりに期待をさせる。
……というのが理想的な光景だ。
では現実はどうなのかと言うと。
「……なあ、焦げ臭くね?」
「でもレシピにはあと三分焼けって書いてあります」
「でも焦げ臭いんだが……?」
苦い香りが家庭科室に充満する。非常に不味そうなそれは、嫌が応にも出来上がりの不安を増大させる……。
つーかもう完全に失敗してるだろ。分量だいぶぐちゃぐちゃだったから、レシピ通りの時間焼き上げようとしてる時点で詰んでる。
しばらくするとチーンという小気味の良い音が鳴り響く。焼き上がった、否、焦げ上がったようだ。
「さあー、いよいよですよー」
死刑宣告がか。
そんな俺の胸中など露知らず、汐留は分厚い手袋みたいなのをつけるとオーブンへと向かう。
そして出てきたのはーー
「なにこれっ!? 真っ黒!? てゆーか臭っ!?」
黒光りする何かだった。
次の瞬間オーブンを開けたことにより、その中で充満していた臭いが一気に広がった。今までの焦げ臭さが倍くらいになった。ちょっとまったマジ臭い。なんだこの地獄。
「汐留、とりあえずそれ置いて換気……!」
「は、はい……!」
手で鼻と口を覆いながら窓へとダッシュ。勢い良く開け放ち顔を一旦外に出す。
新鮮な空気を吸い込み、息を止め次の窓へと再びダッシュ。
それを何回か繰り返すと、いくらか地獄も遠ざかっていった。
ただその代償として、「焦げ臭くね!?」という声がグラウンドの野球部から聞こえてきた。尊い犠牲に、アーメン。南無阿弥陀。
落ち着いて再びクッキー……というかサムシングを見る。
真っ黒だ。少しの隙間もないほど真っ黒だ。地獄の底から生まれたがごとく、禍々しいまでの黒さだ。逆にここまで黒くできるなんて一種の才能なんじゃないのと一つを手に取ってみる。
小さい頃、バーベキューをした時に触った木炭と大差なかった。
「これ、なんだ……」
クッキー……? いや違うこれはダークマターだ。
あいつ、ほっとかなくても炭作りやがった……。
絶句していると汐留が満面の笑みを浮かべ、
「さあセンパイっ! 味見をどうぞ!」
「汐留、炭は人間が食べるものじゃないんだぞ?」
「やだなーセンパイ、クッキーは炭じゃないですよー?」
「クッキーだったらな。でも少なくともこれは違う。炭だ」
「またまたー、ちゃんとクッキーですよ! たぶん……チョコクッキー? とかなんじゃないですかね?」
「ないですかね? じゃねぇよ。作ったのお前だろうが。つーかどんだけ俺にこれを食わせたいんだよ。お前が例えSだったとしても、俺はMじゃないんだからな」
「私だってSじゃないですよー。見た目が悪くても味は良いかもしれないじゃないですか!」
言うと汐留はパチンっとウインクする。それは確かに可愛いものではあったが、あいにく今の俺には悪魔にしか見えない。
そりゃ確かに見た目で判断することは浅はかではあるが……だがさすがにこれはあり得ないだろう。普通にゴミだ。焼却処分だ。
「汐留、作り直し」
「ええぇっ!?」
ピッとゴミ箱を指差すと聞こえてくる悲痛な叫び。つーか何で驚いてんだよ。当たり前だろうが。
まあ何はともあれ今回得た教訓は、漫画みたいに失敗しなくても、ものすごい不味いのはできるってことだな。
***
材料を買い足して来てから再挑戦した。ちなみに今度は普通の鶏卵だ。
先ほどやったのと同じ手順を踏んでいく汐留を俺はボーッと眺める。本当ならラノベ読んでるんだが、洗剤入れられたら敵わんからなぁ。そして恐ろしいことに、入れても気がつかないかもしれないときた。怖いわ。
そんな俺の懸念もお構いなしに汐留はクッキーの素をかき混ぜていく。今度は水分多すぎるが、ちゃんと砂糖入れてたしいいだろう。
そして再びオーブンの中へ。
先ほどとは違って香ばしい香りが漂ってくる。
しばらくするとチーンという子気味のいい音が鳴り響いた。
「おお……!」
出てきたのはなんとしっかりきつね色に焼きあがったクッキー。さっき作ったのがブラックなサムシングだと信じられないレベルだ。
「さあセンパイ! 味見をどうぞ! 言っときますけど美味しいからって全部食べるとかダメですからね! かと言って一個だけ残すとかもダメですからね!」
「うっせ、分かってるわ」
その点は姉さんの作った物に及ばなければ大丈夫だ。
一つ摘んで口に入れてみる。サクッと言う音と共にクッキーの味がした。卵の殻が入っていたが十分人に渡せるレベルだろう。
「うん、これなら大丈夫だろ」
「本当ですか!? ちょっ、私も味見してみよ……!」
言うと汐留も自分が作ったクッキーへと手を伸ばす。口に入れるとカッと目を見開き、次の瞬間には拳を天高く突き上げた。
「美味しい! 私天才!」
まあさっき炭作ったのを考えると、作るたびに味がものすごい変わるって事なんだろうな。
まあそれはどうでもいい。どうせ渡すのはこれだ。問題あるまい。
汐留は「記念にもう一個食べちゃお」とつぶやいてまた手を伸ばしていた。
俺も役目は終わった。帰ろうか。と思ったが、今帰ると後々なんか言われそうなので待つことにする。ラノベを開いて読書スタート。
……何分か過ぎた頃。
「ああぁっ!?」
驚愕の悲鳴を聞いて俺は反射的に顔を上げた。
見ると汐留が頭を抱えてアホ毛をしおれさせて絶望している。
「おい、どうした?」
「…………」
一応声をかけてみると、無言でテーブルの上を指差された。
「……?」
わけも分からず人差し指の先を見ると、先ほどまでクッキーが乗っかっていた皿があった。ただし今上に乗ってるのはきつね色をした屑だけだ。
「おい……」
こいつ全部食いやがった……。
絶望が充満する家庭科室に、最終下校時刻を知らせる鐘の音が寂しく響いた。
***
その日、家に帰った汐留はもう一度一人でクッキーを作り、翌日甲斐に渡したらしい。
俺……いらなかったんじゃね?
非難、中傷、罵倒、罵詈雑言などをお待ちしておりますん。
感想、ポイント、ブックマークの方が6倍は嬉しいけど。




