20 行った先で
面倒臭いことになった……。面倒臭いことになった……。
大事なことだから二回言ってみた。なんならもう一回言ってもいい。面倒臭いことになった……。
汐留の想い人の正体を聞かされた放課後。俺はベッドの上で全身を投げ出し自らの行動の浅はかさを嘆いている。
これがもし甲斐ではなく他の奴だったら。恋愛相談自体が面倒でもここまでにはならなかったろう。
だが、よりにもよって甲斐だ。何週間か前の土曜日、裏の顔をさらけ出したあいつなのだ。
無論学校での変化といえば、俺、功刀、鈴丘に関わろうとしなくなった程度で、実害はなかった。それゆえ、クラスの連中はもちろん、生徒間では甲斐は今だにイケメンサッカー部部長のモテ男というポジションを守っている。
だから汐留が甲斐を好きだとしても何ら不思議なことはないし、甲斐の人気度から言ってその確率の方が高かった。
なのにその可能性を廃して考えていた。何故か。疲れていたからだ。
思えば最近のストレス(主に汐留のせい)で少し寝不足でもあった。睡眠の、重要性!
と、いらんパロディはやめておいて。気がつかなかったのは単純に汐留に興味がなかったからだろう。
「さてどうするか……」
ボソリとつぶやき、思考をこれからの事へと切り替える。
汐留の恋愛感情はまず本物だろう。それは俺をあれだけ追い回していたことから推測できる。
そして俺は甲斐の本性、ひいては告白することによって起こり得る可能性、つまり功刀の時のようなことが起こるかもしれないと分かっていながら、相談を受けることになるのだ。
それは、だいぶまずいことではないだろうか。何がかはよく分からんが。
本当にどうしようか……。
今からでも断る……のは一度引き受けるとはっきり言ってしまった以上できない。
じゃあ汐留に甲斐を諦めさせる方向、つまり告白させない方向に誘導する……には具体的にどうするんだ。本性を見せるとかか。
だがあいつが素になるのは休日。どこにいるのかも分からないし、汐留をどういった口実で連れ出すのかもキツイ。そして休みの日にわざわざ外に出たくない。
なんだこれ。ひたすら俺があたふたするだけの展開じゃないのか。なんかのラノベで読んだことあるぞ、こんな感じの。
俺が一人絶望していると扉をノックする音がした。その扉が開かれ入ってきたのは姉さんだ。
「あん?」
「飛雄馬〜、生きてる〜?」
「半ば死んでる」
「それ生きた化石ってこと?」
「ゾンビの方が近い」
「バイオハ○ードね〜」
なんだこの会話。
「そんで姉さん。何の用?」
「今日は漫画の最新巻発売日だったわけだけど〜、読ませてもらおうかな〜と」
「…あ……」
忘れてた。汐留と甲斐とに板挟みみたいになってて。
「『あ』って何さ。『あ』って」
「忘れてたの『あ』だな」
「どこにも『あ』って入ってないよ! ……え、忘れてた?」
俺の雑な返事の意味するところを遅まきながら気がついたのか、姉さんが言葉に詰まるのが分かった。
と思ったらその表情をみるみる驚愕へと変えていく。わざとなんじゃないの、というくらいに。つーか多分あれ半分以上わざとだな。
「飛雄馬が唯一の趣味である漫画を買い忘れた……!?」
「いや、唯一じゃねぇよ。アニメ観賞と読書(ラノベに限る)もある」
「実質一つだよ!?」
そうかなぁ……。いや確かに大体同じだけど。
「まあいいや。悪いけど姉さん、買いに行ってくれん? 今からまた外出るとか嫌だから」
続きは読みたいものの、外に出るのが億劫なので姉さんに頼んでみる。
だがその答えはイエスではなく「えー……」と本気で面倒臭がるトーンだった。まあ姉さん、割とヒッキーだしな。
そう思ってると姉さんは次の瞬間、閃いた! とばかりに手を打った。
「じゃあ一緒に行こう!」
「どこらへんがじゃあなんだ」
記憶が正しければそれって順接の接続詞だよね。何も順接してないよね。
「細かいとこはい〜の。漫画買いに二人で本屋行こうって話なんだから〜。二人ならそんなにメンドクサくないよ!」
「理論跳躍しすぎだと思うんだが」
なんだその二人でいれば話しかけれる、みたいなコミュ障っぽい考え方。
「細かいことはいいんだって。そんじゃ今から五分後に準備完了して玄関に集合ね〜。ハイよーいドンっ!」
そんな勢いだけの号令を、さも当然のようにかけると、姉さんは風のように去った。あとに残ったのは開けられたままのドアだけ。閉めろよ。
「……つーか、もう決定事項なんだな」
俺の意見なんかガン無視の所業だった。
とはいえ、姉命令なら仕方ないか。姉命令だったら逆らうわけにはいかん。なにせ姉命令だ。
そんなことを考えながら財布をポケットへと入れた。
***
電車に乗って学校の最寄り駅で降りた。
家から一番近い本屋がここなのだ。アニ○イト、という手もあったが、いらんもん衝動買いしそうなのでやめておく。
そんなわけで本屋に入る。
「そんじゃ私はテキトーにぐるぐるして来るね〜」
「おう。俺は漫画かラノベコーナーにいる」
言うとすぐさま別行動が開始される。
俺たち姉弟は本屋の空気が好きである。なので、来たら三十分ほどダラダラしてから目的のものを買うのが常だ。何故かアニ○イトとは違って衝動買いはしない。
足を引きずるように歩いて漫画コーナーを目指す。空気は好きだが、入った瞬間にSAN値が回復しないのもアニ○イトとの違いだ。
やがて色とりどりの背表紙や表紙がひしめく漫画コーナーが見えて来る。やっほう。
ボーッとそれらを眺める。
あの漫画の表紙の女の子可愛く描けてるなー。あっちの漫画は画力がイマイチだな。なんだあの中ニ感満載のタイトル。
そんなどうでもいい思考で時間を無駄にしつつも目的物だけは確認しておいた。帯には「アニメ化決定!」の文字が踊っている。観なければ……!
十数分過ぎた頃だろうか、
「えー? そんなに面白いの?」
「面白いよ! ぜひ読むべしだよ!」
どこからか声が聞こえてきた。女の声が二つ。こっちに向かって来ている。
知らない人と同じフロアを眺めている、というのも居心地が悪い。あの声の主がここ目当てとも限らないが、一応脱出しておこう。
「でも私そんなに少年漫画は読まないから……」
「刑事ものは神だから大丈夫!」
そんなセリフに、この場から退避しようとしていた俺は反射的に足を止めてしまった。そういえば凄い身近に刑事もの好きな奴がいたなぁ……。
そんな思考を挟んでしまったせいで逃げ遅れた。
「あれ?」
「あら?」
「…………」
棚の影から姿を表したのは見慣れた二人。
鈴丘と功刀に見つかった。どちらも制服姿だ。あれ、なんか面倒ごとの予感……。
そう思ったとき背後から聞こえてくる足音。次の瞬間には後ろから抱きつかれた。バランスを崩しそうになるも、ギリギリのところで踏みとどまる。倒れて陳列されていた漫画に被害が出なくて良かった。
「やっほ、飛雄馬〜、見つかった?」
「見つかった。見つかったから離れろホント」
姉さんから逃れようと動くがそうは問屋が卸さない。より強くホールドされ、二つの富士山いやエベレストが背中へと押し付けられる。姉だからなんとも思わないっての。
とそこで姉さんが鈴丘と功刀に気がついた。
「およ? 可憐ちゃんじゃん〜。隣の子はもしかして功刀さんかな?」
俺もそちらを見ると、二人は硬直したまま動かない。顔を真っ赤にし、口をわなわなと震わせている。
数瞬の沈黙。
先に硬直が解けたのは鈴丘だ。
「……お……」
「お?」
「お二人は……そういうご関係で……?」
ほら、面倒臭い。
***
「な、なるほど……。武藤のお姉さん……。いや、お義姉さん……?」
「なに言ってんだお前」
近くのカフェにてよく分からない誤解を解くこと十五分。耳から煙を吹き出しかけてた鈴丘と功刀はようやく落ち着いた。
鈴丘は姉トゥルーエンドの方向に、功刀は俺に彼女がいたという方向に勘違いしていたようだ。同時に二つの誤解を解く事になるとは。疲れた。
俺はコーヒーを口に含んで一息つく。
というか別にカフェ来なくても良かったと思うんだが。たかが十五分程度で終わる話だったんだし。
まあ姉さんがあそこで話そうって言ったから仕方ないか。姉命令だもの。
「まあよかったよ。法律無視してなくて……」
ホッと鈴丘も一息つく。だが甘い。
「いいか、鈴丘。妹トゥルーエンドのラノベやら何やらはかなりあるが、姉トゥルーエンドのそれらはない。だからそんな心配は最初から意味がないんだ。杞憂だ」
「根拠が何言ってるか分からない上にすごいフワフワしてる!?」
何を言う。十分すぎる根拠だろうが。
「そうなんだよね〜。実妹エンドはあるのに実姉エンドはないんだよね〜。ってことは私も妹みたいに振舞った方がいい?」
「根拠が何言ってるか分からない上にフワッフワだぞ。絶対やめろ」
「お兄ちゃん、メロンパン買ってきて! ダッシュ☆」
「パシリじゃねーか」
オラ、そんな妹、嫌だ。姉の方がいい。確実に。
そんな時、功刀の見開いた目に気がついた。
「なんだよ」
「武藤と普通に話せてる……?」
「ね、すごいよね」
「なんかその言い方だと俺が日本語話せないみたいに聞こえるんだが」
お前ら俺よりも現代文の点数低かっただろうが。
「まあアニメとかのネタだからね〜。普通の人には分からないよね〜」
微笑を浮かべながら姉さんが言う。それに二人は苦笑することしかできていない。姉さん引かれてますよ。
しばらくの沈黙。二人がその沈黙を埋めるようにカップへと手を伸ばしそれを口に運ぶ。口をつけたその瞬間を見計らったかのように姉さんが再び口を開いた。
「で、飛雄馬はどっちの子と付き合っているのかね?」
「「ゴフッ」」
サラッと投下された爆弾は凄まじい威力。
漫画みたいに吹き出したりはしなかった。だが功刀は盛大にむせ、鈴丘は動揺したのか少しこぼしていた。隣の席にいる客の視線が痛い。
そして爆弾を放った張本人は二人のリアクションを楽しむように目を細めている。たちが悪い。
「どっちとも付き合ってねぇよ」
「ま〜たまたぁ〜」
「うっせ。つーか姉さん、言ってみたかっただけだろ」
「うん☆」
周囲が輝きそうな満面の笑みだった。すさまじい美人ではあるが、やっぱりたちが悪い。
「だって〜、私のポジション的にはこうやってかき乱すのが正解でしょ?」
何言ってんのこの姉。
「ポジションもなにも、俺がモブキャラな時点で姉さんに役割はない」
「こんなイケメンなモブキャラいないよ〜。ね、可憐ちゃん、愛華ちゃん?」
姉さんがやっと落ち着きつつある二人を見ると、バッと顔を逸らされていた。そりゃそうなるわな。
「姉さん、俺イケメンじゃねえから。あとなに困らせてんだ」
「ふっふっふ〜ん。面白いからいいじゃな〜い。じゃあ次の質問ね〜」
「「えぇっ!?」」
二人の悲鳴にも似た声が重なった。
姉さんの満面の笑みが、今はどこか空恐ろしい。この人、存分に楽しむ気だ……。
俺の予想通り、それからしばらく姉さんの質問は止むことがなかった。
***
「ふう……」
再び俺の部屋。
ベッドに体を投げ出し息を吐く。漫画買いに行っただけなのに超疲れた。それはもう、汐留うんぬんの事がどうでも良くなるくらいに。
大体において、俺が気に病む必要はない気がする。
甲斐が功刀にしたのと同じことを汐留にするなら、まあ見逃すことはできない。
だが甲斐は俺と汐留に繋がりがあることは把握しているだろう。汐留は毎日のように俺に協力を要請、もとい強要しに来ていたのだ。
それが分かっている限り、あいつは危ない橋を渡ってまで同じことはしないはずだ。あいつの頭は悪くない。
甲斐が同じことをしないのであればどこにも問題がない。
短期間で誰かの気持ちを変えたりすることは俺にはできない以上、汐留はフられるかもしれないが。
けどまあ俺が受けたのは恋愛相談だけで、甲斐と付き合わせてというお願いではない。問題なしだ。
そもそも汐留がどうなったところで俺には関係ないしどうでもいい。
……もし甲斐が同じことを繰り返したら。
まあその時はその時だ。その時になったら考える。もう今日は面倒臭い。
そこまで考えたあたりで疲れが本領を発揮したのか、意識が遠くなっていった。
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