18 俺はどこのコンサルタントだよ
そろそろ空気が湿気を帯びてジメジメとしてきた頃。
休み時間の廊下を早歩きで進む。
ここは二年生の教室がある三階フロア。他学年とも交流する私も、そうしょっちゅう来るような場所じゃない。
それでもどうしてここにいるのかというと、ちょっとした偵察をするためなのだ。
目的の教室、二年一組に到着すると足を止めて、前の扉からそーっと中を覗き込んだ。
右に左にと目を動かして目的の人物を探す。まあぶっちゃけ探すと言っても、どんな顔をしてるのか知らない。その人の特徴をいくつか口頭で聞いただけ。
と、それらしき人を発見。
その人は休み時間の高校生特有の騒がしさを発揮する教室の中、ただ一人だけ自分の席で本を読んでた。
目にかかるくらいの長さの黒髪。どこか遠くを見ているように虚ろな瞳。その顔はある程度整っている。イケメンかそうでないかで分けるならイケメン。上中下で言えば中の上から上の下くらいの容姿。要するに『イケメンといえばイケメンだけどそれほどでもない』と言った微妙なラインだと思う。
そして一番特徴的なのはその人から出てるオーラだった。
こっちは微妙なラインとかじゃなくて、どんなに目をこすって見てもマイナス。右目で見ても左目で見ても両目で見ても負。
気のせいか、あの人の周囲だけ照明が暗くなってる気がしちゃう。うん、情報通りだね。
休み時間はいつも読書、ちょっと長い黒髪、微妙なラインのイケメン、そして負のオーラ。
こんな条件が当てはまるのは見た限りあの人だけみたい。
「みっけ」
そう呟いたとき、ちょっとした疑問が沸き起こった。彼は一体何を読んでるんだろ、と。
その表紙を確かめようと、じーっと目を凝らしてみる。すると、イラストが描いてあるのが分かった。
黒髪でセミロングの可愛い女の子が、黒いローブみたいなのを着て魔法陣を輝かせているイラスト。
タイトルまでは確認できなかったけど、その本が属すジャンルは分かった。ライトノベルだ。
「あれって……なんかカバーとかつけてコソコソと読むようなものじゃなかったっけ……」
ここから見た限りでは完全に抜き身。
容姿が悪くないからまだいいけど、これが三十代半ばの太ったおっさんとかだったらちょっと引いてたかもしれないなー。ってかあの人でも少し引いた。せめて隠してぇっ!
「これは情報になかったなぁ。てっきり夏目漱石とか読んでるんだと思ってた」
そんな独り言を言った時だ。
その人がいきなり顔を上げて私のいる方向を見てきた。反射的に扉の影に隠れる。
「びっくりしたぁ」
あとちょっとで見つかるとこだった。いや見つかっても別によかったかもしれないけど。
それにしても、どーしてあの人は突然顔を上げたんだろ。
ずっと同じ姿勢で首が疲れたとかじゃないだろうし。回してなかったもん。
だったら時計の確認……ってわけでもないかなぁ。時計は扉側じゃなくて窓側にあるもん。
ってことは……。
「もしかして、見てるのに気がついたとかじゃないよね……?」
けどあの人との距離は四、五メートルは離れてた。気がつくことなんてあるのかなぁ。
私、汐留朝日は、そんなことを考えて戦慄してた。
*****
その視線に気がついたのは休み時間。
『異世界式神の召喚方法』の最新巻を読んでいた俺は、まさにそれを凝視されているのに気がついた。
そりゃ、少し離れて見れば完全に抜き身で、見る人が見れば危険物だが、あいにく完全に抜き身ではない。透明なブックカバーを装着している!
本に傷がつかない上にちゃんと表紙イラストも見えるという素晴らしい代物だ。俺はこれを発明した人に感謝の言葉を贈りたい。謝謝。
とまあ今はそんなことはどうでもいい。問題はその視線だ。
このラノベを見て、あれなんだろうと興味を持ってくれたのなら嬉しい。全巻余裕で貸すし、なんなら解説する。オタクの世界へと全力で手招きする。具体的には招き猫を越えるレベルで。
だがその視線のありかは聞いて驚くなかれ教室の外なのだ。クラスルームのアウトサイドからだ。絶対通りすがりに「おや?」とかじゃない。確実に俺を狙ってる。俺、なんかしたかなぁ……。
いい加減気になったので本から顔を上げて見てみる。すると視線の主が教室の前の扉に隠れた。
……見事な反射神経、そして素早さだった。さしもの俺も隠れたのを確認するのが精一杯だった。あれは素人のできる動きじゃない。
でも隠れたところから髪の毛の束がぴょこんと出てるんだよなぁ。隠れきれてねえ。
そして茶色がかったそれは何故か「!」マークによく似た形をして小刻みに震えていた。
あれ多分アホ毛なんだろうけど、どうなってんの? 神経かよってんの?
珍しく鈴丘も功刀もカラんで来ないと思ったら新手か……? まったく勘弁してほしい。
さて教室の外に出て敵の顔を拝んでやろうかと思案する。
だが顔を見ても特にすること、できることがないのは事実だ。そして見に行って見つかった場合自分から面倒ごとに飛び込むことになりはしないか。
というか、あのアホ毛の子が俺に用があってしかもそれが面倒ごとだと疑わない俺、完全に末期。ここ最近色々面倒だったからな……。
平穏を守るためにもやはり読書に戻ろう。面倒臭いし続きも気になるし。
そう結論を出したところで鳴り響くキーンコーンカーンコーンという音。チャイムだ。
ちっ、そんなに読めなかった。
ため息をつきながら最新巻をしまっていると、教室内に戻っていく二年生の声に混じって切羽詰まった「あああぁぁあっ!」という声が聞こえてきた。続いて廊下を全力疾走する足音。
そちらに目をやると茶色がかったアホ毛のショートカットの女子がいた。走るリズムと連動して、アホ毛がコミカルに揺れている。多分さっきの子だ。
焦りすぎだろ……。
***
退屈な授業を聞き流し、休み時間に『異世界式神の召喚方法』を読んでいるうちに放課後になった。
もちろんそれまでに最新巻もしっかりと読破することができた。まさかヒロインが死ぬとは……。たぶん一巻で出てきた生き返らせる術使うんだろうな。
ボーッと今後どうなっていくのか考えていると後ろから肩を叩かれた。
「んあ?」
振り返る。見知らぬ女子だ。いや見たことはある。おそらく同じクラスだ。
「武藤君、教室掃除」
「お、おう」
グイと箒を押し付けられ自然と受け取ってしまう。ご、ごめんね? 名前覚えてなくて。
しかしHRの時も読書していたから自分が掃除当番だということも聞いてなかった。
例のアホ毛の子のこともある。仮に接触を図ろうとするなら当然、放課後になるだろう。だから速攻で帰って見つかる間もなく逃走しようと思ってたんだが。
仕方なく箒でゴミを集める。
単調でかなり退屈な作業だが無心(ボーッとするとも言う)になれば苦にならない。
十五分ほどでゴミ捨てまで終わった。
さて帰るか、とカバンを手に取り肩からかける。掃除中、休み時間の時の視線は感じなかった。もしかしたら今日接触する気はないのかもしれない。何の気なしに扉を開けるとそこには一人の女子がいた。
茶色がかった髪はショートカットで運動部のような印象を受ける。頭のてっぺんからぴょこんと飛び出たアホ毛とパンダの顔をした髪留めが特徴的だ。その目は獲物を見つけたと言わんばかりに爛々と輝いていた。
凄まじい面倒ごと臭。
彼女が八重歯を覗かすのと俺が動き出すのはほぼ同時。
目を逸らしあくびをして、僕はあなたの事を認識していませんよを全力でアピール。そうしながらも手はポケットにあるイヤホンへと伸びている。
耳にはめるちょっと膨らんだあの部分を掴むと素早く耳に入れ全力の、今音楽聞いてるんで何も聞こえませんアピール。
だがショートカットの敵はそれを無視して声を発した。
「武藤飛雄馬、センパイですよね?」
聞こえてませーん。
心の中で言ってそいつから逃げるように早歩きを決行。下駄箱への道を急ぐ。
角を曲がり階段を降りまた角を曲がる。
しかし敵は思ったよりも執念深く、同じように早歩きで追っかけてくる。
「センパーイ。聞こえてますかー? 聞こえてますよねー? 聞こえてて無視してますよねー?」
聞こえてませーん。つーか何も聞きたくありませーん。
声に出さずに宣言。歩くスピードをアップ。だが奴はやっぱり追ってくる。
普通ここまでされたら聞こえてると思っても諦めそうなものなんだが。なかなかタフな精神をしていらっしゃる。
このままでは埒が明かない。と、先の方にトイレが見えてきた。これだ!
カクンと直角に曲がるように男子トイレに逃げ込む。後方で「ああぁあっ!?」という声が聞こえた。……いや聞こえてない。
「ふう」
一息つく。
先も言ったように敵はなかなかストロングメンタルを持っている。何分か過ぎるのを待ってからここを出ても普通に待ち伏せているだろう。となれば方法は一つ。
俺はトイレの窓を開けた。換気用なのか何なのか分からないそれは、人一人くらいなら通れるくらいの大きさがある。
幸いここは一階。窓から出たといってもノーロープバンジージャンプをすることにはならない。
先にカバンを外に投げてから、窓の淵を掴み腕に力を込めて体を持ち上げる。淵に足を乗せると一気に外にエスケープ。
綺麗に着地を決め腕を軽く回す。
さて、靴取りに行って帰るか。そう思った時だ。
隣の、女子トイレの窓が開いた。
「えぇー……」
マジですか。
窓からぴょこんと出てきたあのアホ毛は「怒り」マークこと、浮き出る血管を模しているように見える。怒ってらっしゃる……?
さすがに逃げるのがしんどくなってきた。というかこの分だと仮に今日逃げ切れたとしても、明日以降ずっと同じような追いかけっこをする羽目になりそうだ。
「はぁ……」
仕方なく腹をくくることにする。
取り敢えず話を聞くことにしよう。全部ちゃんと聞こう。そしてその上で全て断ろう。それでグッドエンドだ。
……まあ、こいつの用がなんなのか全く知らないんだけど。つーか誰だこいつ。
スタッと軽やかな動きで着地したその動きは、運動部のものだろう。小柄で素早そうだ。上履きの色から判断して俺の一個下、一年生だろう。
奴はキッと俺を睨みつけ人差し指をつきつけると、
「なんで逃げるんですかっ!」
ちょっと涙目でそう叫んだ。かなりの声量。はいはい悪かった悪かった。
さてどう答えたものか。と思ったが、こちとら何でも断る気満々である。よって取り繕う必要はないだろう。
「なんか面倒臭そうだったから」
「酷くないですか!?」
キレのあるツッコミだった。将来は漫才師かな。
「こんな可愛い後輩が話しかけてるのに面倒臭そうはないと思います!」
「……うん、俺、お前のこと知らないしな……」
後輩ってこともついさっき知ったことだし。大体可愛さとかで言うなら姉さんの方が上だと思う。姉さんに勝てるのなんてそれこそ大人気モデルとかぐらいかと。
「あぁ、そうでしょうね。人との関係が希薄で名前を覚えないみたいな情報もありましたし……」
「情報?」
「気にしないでください」
うん、まあ追求すると面倒そうだしいいか。
「で、お前誰だよ」
さっさと話を先に進めたい。率直に問うと、先ほどまでの昂ぶった気持ちを落ち着けるように深呼吸をし、
「私は一年の汐留朝日です」
自分の名を名乗った。
はいはい汐留さんね。それでその汐留? さんが俺に何の用よ、と目だけで先を促す。
「武藤飛雄馬センパイでいいんですよね?」
「んー」
「お願いがあって来ました」
「ん?」
「なんか返事雑じゃないですか!?」
別に雑でもいいだろ。聞く気はあるんだから。あくまで聞くだけだけど。
面倒臭い奴だなーとジト目で見てると、しおど……のアホ毛からしなしなと力が抜けていった。
「あのー、センパイ? 聞いてます?」
「んー」
「聞いてません?」
「んん」
「どっちですかっ!?」
え、前のはイエスで後のはノーじゃねぇの。姉さんとの会話では成立してたんだけどな。
つーか話が前に進まねぇ……。誰のせいだよ。俺か。
「聞いてるっつの。で、なんだよ。そのお願いってのは」
俺が問うと、しお……は辟易としたようにため息をつく。
だがそんな表情もすぐに変えて、いたずらっぽい笑みを作ると、
「センパイ、私の恋愛相談に乗って下さい」
そんなわけの分からないことを言った。
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