1 恋愛コンサルタント
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「てゆーか武藤!? さっきから漫画ばっか読んでないでアイデア出しなさいよ!」
不意に上がった怒号は、すっかり人のいなくなった教室に反響した。
そのなかなかにご立腹な様子に、俺は渋々読んでいたラノベから顔を上げる。
最初に映ったのは俺を睨みつける大きな瞳。
㓛刀愛華は、机を版と叩くと青いポニーテールを揺らした。
「何?そのジト目。なんか文句あるの?」
普通に顔を上げただけなのにジト目判定をされてしまった。
俺そんなにやる気なさそうな顔してるのか……。と、微量のダメージを受けるが、今はそれよりも大事なことを抗議せねばならない。
「功刀。何回言ったら分かるんだ。俺が今読んでるのは、漫画じゃない。ラノベだラノベ。ライトノベル。リピートアフターミー、ライトノベル」
「どうでもいいわよ!」
どうでも……いいだと……?
「そんなことより早く意見を出せって言ってるの! 甲斐君が私を好きになるための!」
そんな……ことより……?
「功刀さん。そんなに急にふられても武藤君困っちゃうよ」
二連撃ソードスキルかってくらい見事なコンビネーションに、刹那の間硬直した俺を擁護する優しげな声音。
今まで俺と功刀のやり取りを静観していた黒髪セミロングのクラスメイトーー鈴丘可憐に、功刀は怒ってますオーラをしまい込んだ。
「そりゃ私だってちゃんとやってくれるなら何も言わないけどさ。でも、こいつ漫画なんか読んでるのよ! 信じられる!?」
「功刀、漫画じゃないラノベだ。それと、漫画なんて、とか言うな。全ての漫画家さんに謝れ」
「うるさいわね! やる気あんの!?」
「ねーよ……。お前の恋愛相談にやる気なんて」
俺たち三人がわざわざ放課後に残っている理由。それは功刀愛華の恋愛相談のためである。
ただ現状、相談というより恐喝といった方がしっくりくる。
「でも武藤君、本当に興味もやる気もなかったら全力で断ってたでしょ?」
「はあ……?なんでそんなこと分かるんだよ。話したことなかったのに」
「それくらいはクラスが一緒なら分かるよー」
「俺、ずっと自分の席でラノベ読んでるだけなんだけど」
「それでも分かるよ。武藤君って結構優しいじゃん」
「俺は優しくねえよ。自分の事しか考えてない」
「そんなことないって」
「……あのな」
なおも食い下がろうとする鈴丘に、俺がいかに優しくないかを語ろうとするが、
「ていうか武藤、引き受けたんだから真面目にやりなさいよ!」
功刀にビシッと指を指されてできなかった。
それにしても、それを言われるとキツイ。断り切らなかった俺が悪いのだし、だったらちゃんとやるのは義務である。
……こんなに面倒なことになるなら、頼み方がどうであれちゃんと断ればよかった。ちょうど一週間前の俺に説教。
「分かった。ちゃんと考えればいいんだろ」
「分かればいいのよ分かれば」
なんで偉そうなんだ。こいつ。
鈴丘も俺に我が子を見守る母親のごとき視線を向けてくる。
彼女の瞳はいっそ満足気ですらあったが、俺は少なからず不快感を抱いた。
***
一週間前。
「ちょっと、あとちょっとだけ待って!」
「いや何分待てばいいんだよ」
すでに三十分近く待ってるんだが。お前は問題を先送りしまくる政治家か。政治家なのか? 将来有望じゃねえか。
高校二年になってからの最初の課題提出日。係である俺は、その課題を集めて放課後に持ってくるよう言われていた。もう一人の係と一緒に。
「武藤君。ちょっとだけって言ってるし、もう少し待とうよ」
鈴丘可憐。
こいつが待とう待とう言わなければ、俺はとっくに帰ってた。
だって、俺の目の前にいるクラスメイトーー名前はまだ覚えてないがーーは、完全に課題を忘れてた。今だって答えを写してる。待つ必要なんかない。完全に自業自得。
「ありがとなー鈴丘さん。マジ優しいわー」
「どういたしまして」
「お前ら優しさの意味吐き違えてるだろ……」
それは甘さというんだ。
結局そいつの課題が終わったのは、それからさらに二十分ほど過ぎた頃だった。
「はあ……」
廊下を歩きながら大きくため息をつく。
無駄な時間を過ごしたおかげでなんか疲れた。
それもこれも全部こいつのせいだと鈴丘を見る。すると困ったように笑った。
「いやー結構待ったねー」
「俺、あいつがちょっと待ってって言った時点で持って行こうとしたんだが」
襟首掴まれて阻まれたが。
「だって、それじゃ可哀想でしょ?」
「それで何十分も待たされてたら世話ねーよ」
「課題たくさん出てたし仕方ないでしょ」
「まあ殺人的な量出てたけどな……」
俺の通う木城高校は割と学力が高い。この近辺では進学校で通っている。入試問題に自校作成問題を使わない公立高校ではトップの偏差値だった気がする。
そんな学校にいれば当然たくさんの課題が出るわけで。生徒たちは、毎週どころか毎日悲鳴を上げているのだ。
まあ俺は出されたその日に終わらせたわけだが。
「ね? 仕方ないでしょ?」
鈴丘はそう言うとニコッと笑った。見るからに人の良さそうな、汚れを知らなそうな笑顔だ。それを見てしまうと、自業自得と言うのははばかられる。
そうやって無駄話をしているうちに教室についた。
中に入って机の上に置いてあったカバンを肩にかける。
早く帰って録画しておいたアニメを観よう。勉強は……まあどうでもいいか。
と、挨拶はしておかないとな。
「じゃあな、鈴丘」
「うん。また明日」
たぶん明日は話さないと思うが。俺、基本的に自分の席でラノベ読んでるし。
教室を出ようと、扉に向かっていた時だ。
「……?」
ふと、視界のはしに何かが入った。
見ると、誰かの机の中にピンク色の手帳が入っている。
おいおいバカかと思いながらそれを手に取る。
木城高校には俺が所属する全日制の他に定時制がある。
ザックリ説明すると昼のあいだは全日制、夜のあいだは定時制がこの校舎で授業を受けるのだ。
だから俺たちが使っているこの教室も夜は違う人が使うことになる。
当然、机や椅子なんかも同じなのでいわゆる置き勉……教科書やノートを机の中に入れたままなんてことはできない。したら問答無用で捨てられたりする。だから忘れ物なんかには気をつけるように散々言われてたのだが……。
「頭のネジ抜けてんじゃねーの…」
こんなに目立つもの忘れるとかどんだけバカなんだろう。それにしても漫画やラノベのバカキャラはなぜあんなに愛されるのだろうか。まあ今はどうでもいいか。
手にとったはいいもののどうしたものかと考える。
先生に預ければいいとは思うのだが、職員室に入るのは抵抗がある。あと緊張する。教師に話しかけるとか地獄。と、考えたところで今同じ教室にいる奴の存在を思いだした。
「おい、鈴丘」
俺が声をかけると、鈴丘は首だけ振り返った。
「どうしたの?」
「いや、これ机の中に入ってたんだが、先生に預けといてくれないか?」
手帳を見せながら言う。
「構わないけど、別に武藤君が行けばいいんじゃないの?」
「俺、職員室、入りたくない」
「なんで?」
キョトンと首を傾げられた。
「入りたくないもんは入りたくないんだよ。なんか空気やだし」
「うん……まあいいけど。それよりそれ誰のか分かる?名前書いてあったり、書いてる内容で誰のか分かれば、直接渡した方が早いから」
「おう」
言われるがまま手帳を裏返すが、名前らしいものは書いてない。
それならと今度は中身をチェックする。学校に持ってくるような物なら危険なことも書いていないだろう。
直後、俺は自分の行動を後悔した。
開いた手帳。その中にはいくつもの写真が貼ってあった。ちょうどスクラップブックのようになっている。
それだけなら特になんてことはないが、問題は写真の内容だ。
写真には必ず、特定の男子(イケメン)が写っている。というかクラスメイトだった。ちなみにこいつの名前も覚えてない。
友達と話しているイケメン。あくびをしているイケメン。ボーッとしているイケメン…etc……。
危険も危険。超危険。
明らかに盗撮した類のものだった。
「なんだこれ……」
変態が僕のクラスにいる件について。そんなラノベっぽいタイトルが浮かんだ。(現実逃避)
「どうしたの?」
俺が絶句していると、鈴丘が不思議そうに聞いてきた。そのままこっちに来て手帳の中身を見る。
「………」
鈴丘も固まった。サロン○スで戻るかな。
「あー……見なかったことにするか?」
「そうする」
即答だった。
そうと決まれば話は早い。先生に全てを丸投げしよう。信じてるよ先生。
そう思い手帳を閉じた瞬間ーー。
バンッ、と勢い良く扉が開かれ人が跳びこんで来る。青髪のポニーテールの美人だ。たぶん同じクラス。
走ってきたのか息が乱れ、頬はうっすらと赤くなっていた。たいぶ焦っているようだ。
ポニーテールは俺と鈴丘を認識し、一瞬怪訝そうな顔をする。
続いてその目は俺が持っているものへと向かう。次の瞬間には驚愕へと表情を変化させた。
…おまわりさんこいつです……。
「え、えーと二人ともどうしたの?こんな時間に教室で二人っきりで……」
動揺したのか裏返った声でポニーテールは聞いてきた。隠すの下手すぎる。
「わ、私たちは課題提出して来たところだけど……㓛刀さんはどうしたの?」
対する鈴丘もぎこちない。
俺と同じように気がついたようだ。
それにしても鈴丘も声に動揺がバリバリ出てる。ギャンブル苦手そう。
「わ、私?私は忘れ物を取りに来て……てゆーか、む、武藤君?だっけ、その手帳……」
功刀はそう言いながら例のブツを指差す。
俺はその功刀の様子を見ながら考える。
今、功刀が最も望まないことはこの手帳の中身を見られることだろう。しかし、すでに見てしまった以上、それは不可能だ。
ではこの状況が、面倒臭いことにならないようにするためにはどうすればいいか。
要は功刀本人が、手帳の中身を見られてないと思えばいい。知らぬが仏とはよく言ったものですね。
そうと決まれば話は早い。俺は手帳をやんわりと返そうと、口を開きかけた。
「ねえ㓛刀さん。手帳の中の甲斐君の写真って、なに?」
「……え……?」
「おい……」
だが隣に先を越されてしまった。
ちょっと鈴丘さん?何してくれちゃってんすか? せっかく俺が丸く収めようとしたのに。
㓛刀も目が超泳いでる。オリンピックの水泳でもこんなに泳がないでしょ。
だがまだ許容範囲だ。しらを切り通してくれれば、俺が調子を合わせて何事もなかったことにできるかもしれない。いや、絶対にしてみせる。面倒臭いし。
「盗撮したようなのばっかりだったけど……」
「えと……あの……え、と……」
別に問い詰めるような口調ではない。答えにくそうだったから具体的な質問をした、という感じだ。が、功刀には十分なダメージ。敗戦した雑兵を残らず駆逐するくらい見事な追い打ちだった。
このヤロウ面倒なことにしやがって、と鈴丘を見ると、ミスっちまったぁ……みたいな顔をしてる。「あ……」と間抜けな声も出していた。
やっと自分の失態に気がついたようだ。できればあと三十秒早く気がついてほしかったなー。
なにはともあれ、ここまで功刀を追い詰めてしまっては、見なかったことにするなんてできるわけもなく。
三人の間に沈黙が流れた。
……気まずい。
「あ、あのな?功刀……」
「く、ふふふ……ふふふふ……」
俺がとりあえず沈黙を埋めようと声をかける。すると功刀はおかしな声を出した。
「ふふふふふ……ははははは」
「く、功刀?」
何かに取り憑かれたのだろうか。声には少しだが狂気じみたものが混ざっている。怖い。
功刀はそんな俺の気など知らずに、バッと顔を上げると喚き始めた。
「ええ、そうよ! それは私のよ! 甲斐君が好きでちょっと隠し撮りしたのよ! なんか悪い!!?」
それは半ば狂ったようなカミングアウト。
遠くで、カッキーンと野球部のボールを打つ音が聞こえた。
鈴丘は、呆然として何も言えない。かくいう俺も、猛烈に聞いてはいけないことを聞いたような気がした。
「開き直りやがった……」
「うるさいわね!?」
あと、隠し撮りとか言うがあれは盗撮だ。犯罪だ。問答無用で有罪だ。
「はぁ…まあもういいよ。これは返すから。じゃあな」
脱力しながら功刀に手帳を渡す。開き直ったんだ。気を使う必要もなく、チャチャっと返した。
そしてそのまま帰ろうとする。
「ちょっと待ちなさいよ! タダで帰すわけないでしょ!」
「お前はチンピラか」
ジト目で振り返る。
「なんだっていいわよ! 手帳の中身は絶対に誰にも言わないでよ!? 鈴丘さんも、いい!?」
「う、うん」
「言わねーよ。面倒臭いし」
それに、単純になんのメリットもない。
誰かをいじって楽しむとかいう心理が、俺には理解できん。
俺は再び扉に向かって歩き始める。
「ちょっと! まだ終わってないわよ! タダじゃ帰さないって言ったでしょ!?」
まだあんのかよ。
再び足を止めて振り返る。
なんだろう。信用できないとでも言うつもりなのだろうか。
だが功刀が言い出したことは俺の予想を二重にも三重にも裏切った。
「あなたたち二人とも、私の恋愛相談を受けなさい!!」
……………………………………。
ホワーイ…………?
「聞こえなかった? 甲斐君が私のこと好きになるように協力しなさいってこと」
それもう恋愛相談じゃねぇよ。協定だよ。なに?お前をオタクにすればいいの?
「わ、私は構わないけど……」
マジですか鈴丘さん。そいつ犯罪者予備軍っすよ。
「俺は断る。そもそも誰かを好きになったこともない俺に、協力できることなんてない」
「うっわ! ダサっ!高校二年生にもなって」
うるせぇよ功刀。勝手にそっちの価値基準を押し付けんな。
言い返したいには言い返したいのだが、あからさますぎる挑発だ。乗る必要もない。
俺は黙って帰ろうとする。
「む、武藤君」
だが突然不安そうな声に呼びかけられて、本日何度目だろうか、立ち止まってしまった。
「私からもお願いできるかな……?その、一人じゃ不安……というか……」
振り返ると鈴丘はそう続けた。
言う通り、その瞳には不安の色が見て取れた。庇護欲をそそる表情に俺は思わず言葉につまってしまう。
本来なら断っていただろう。功刀の恋愛なんてものに俺は興味はないし、功刀に借りも義理もないのだから。
だが、鈴丘という要素がそうさせてくれなかった。
何の根拠もなく手伝おうと思ってしまいーー。
冷静に戻る前に、俺は首を縦に振ってしまっていた。