番外編 アニ○イトwith鈴丘
「なあ……お前なんでついて来んの?」
有志合唱の人集めをあらかた終えた放課後。
校門を出たあたりから背後にある気配。それは常に一定の距離を保ってついて来る。なんなの尾行なの俺何かしたのと、カーブミラーを使って確認したところ鈴丘だった。
「い、いや。別について行ってるわけじゃないよ?」
「そんなに目を泳がしながら言われてもな」
動揺顔に出すぎだから。全力でポーカーフェイスしようとしてるのが分かるのも残念なポイントだ。
それについて来てるわけではないなら俺が早歩きになった瞬間同じように早歩きになったり、俺が立ち止まったときに同じように立ち止まったりしたのは一体なんなんだ。
家の方向が同じなんて言い訳じゃ説明できんぞこれ。ほとんどストーカーだぞ。功刀か。
鈴丘は誤魔化すように笑ってから追い詰められたせいか頬を染めると、
「い、いや。帰る方向も同じだし、一緒に帰るなんてどうかなーとか……」
「断る」
「即答!?」
即答どころか食い気味に言った。
いやだって意味わかんないし。休み時間だけでは飽き足らず、下校時間までドレインしようというのか。時間泥棒どころか時間強盗か。
「いいじゃん。家に帰るまでの間ちょっとお喋りしようってだけなんだから」
「いいかどうかは俺が決める。つーかなに、何をお喋りするんだよ」
「え、えーっとそれは……中間テストのこととか……」
「気持ちが落ち込むだけだよな」
「そ、そうかなぁ……。功刀さんとしたら盛り上がったんだけど」
どういうこっちゃ。あの問題ありえなくなーい? って感じだったのか。それなら共通の嫌な奴の話は盛り上がる法則に当てはまる。
「とにかく俺は一人で帰る。俺の時間は誰にも邪魔させない」
ちょっと声を作りながら言うと鈴丘は「おー」と感心するような声を出し、
「ん? あれ? 別にかっこいい事言ったわけじゃないよね……?」
「ああ言ってない。なに騙されそうになってんだよお前」
ただの自己中発言だから。かっこいいどころかむしろ無様だから。
「それに俺、今日はアニ○イト寄って帰ろうと思ってるからな」
ダメ押しとばかりに宣言する。別に行くつもりはなかったのだが、そういえばあのラノベの新巻もまだ買っていないしちょうどいいだろう。一緒に帰らない理由としてなら十分だ。
と、思ってたのだが。
「アニ○イトってアニメグッズとかがあるお店だよね?」
「うん? まあそうだが」
なんかよく分からない反応をされた。それに何か不審なものを感じつつも正直に答えると、彼女はあごに指を当てしばし黙考し、
「私も行ってみたい」
そう、頬を染めながら宣言した。
***
駅のほど近く、八階建てのビルの最上階にアニ○イトはある。俺は普段通り、そこにたどり着くまでのエレベーターなう。ただ一点のみは普段とは違っていたが。
「へー。結構上の方にあるんだねー」
黒髪セミロングの女子が俺の隣にいた。物珍しそうにエレベーター内部を見渡している。いたって普通のエレベーターなんすけどね。
一緒に帰りたくはなかったが、来るものには全力で手招きし、去る者は四肢を斬り落としてでも追うのが俺のアニメ道。アニメショップに行きたいという鈴丘の宣言を止めようとは思わなかった。
まあ行きたいなら場所調べて一人で行けよとは思ったが。
ボーッとしているとすぐに八階につき扉が開く。
視界に広がったのはドリームでマウスなテーマパークなど足下にも及ばない、本物のネバーランドでハッピースマイルな空間。学校で消費されたSAN値が一気に全回復した。今ならお空も飛べそう。
「おー、わー」
隣からアホな声が聞こえてくるが気にならない。今の俺は仏様よりも寛大なんだ。
「で、お前なんか見たいコーナーとかあるか? この間お前に教えたアニメなら多分そこらへんにグッズあるぞ。あ、ガチャガチャも出てたかもしれないな」
「へ? あー、先に武藤君が見たいところでいいよ」
「そうか」
ならとエレベーターを降りてすぐのところを右に曲がる。すると手前に漫画の新巻コーナー、奥にはアニラジのCDやアニソンCDがずらりと並ぶ楽園が配置されてる。
俺は並んでいた新巻の一つを指差して鈴丘の方を振り返った。全力で手招き。
「この漫画はお前に教えたやつと同じ雑誌で連載されてるやつだな。来期にアニメ化が決定されてる。キャストはドラマCDから引き継いでるからかなり豪華で注目度も高い。俺も少し見てみたが、恋愛ものが好きなら読んでおいた方がいい作品と言えるな」
「武藤君の目が輝いてる……」
だが返ってきたのは戦慄の表情だった。
「なんだよ。普段から割と澄んだ目をしてるだろうが」
「普段は結構絶望した瞳してるよ? それにいつもは負のオーラ出してるし。今はすごいプラスだけど……」
「そうかよ……」
自分で自分のオーラは分からないが、鈴丘が言うならそうなのだろう。つまり場所が場所なら俺はモテるということではないのか!? いやその理屈はおかしいし理屈ですらない。そしてモテたいわけでもない。
続いてCDコーナーを見ていると、鈴丘が言った。
「なんか、結構通路狭いね。お店自体もそこまで大きいわけじゃないし」
「いや、通路が狭いのはそうだがここはアニ○イトの中では広い方だぞ。グッズがガッツリ置かれてるから相対的に狭く感じるだけで。つまりここのグッズの充実具合は素晴らしいということだ」
まさにヘブン。
「いつもより饒舌だね」
「うっせ」
そんなやりとりをしながら店内を回る。
すると突然ザワッときた。殺気だ。
聖地でなんてもん放出してんだ、と発生源へと目を向ける。
そこにはチェックのシャツをズボンにインしたりしている、いかにもオタク! な男性客が数名いた。
奴らは俺が振り向いたのを確認すると、目を背けるどころか一層洗練かつ強化強化強化あぁ! された殺気を余すとこなく俺に向けてくる。超睨んでくる。黒いオーラがすごい。あそこだけ照明が暗い。
……うむ、まあ気持ちは分かるというか想像できるというか。そりゃリア充死すべしマジで爆発しろ、みたいな空気にはなるだろうな。
だからと言ってこんな聖地であんなモン向けられるのは気分が悪い。それはもうかなり。
やられたら無視するか全力でやり返すというマイルールの後者に従いテーマを実行する。
つまり、全力で殺気を向けた。
するとオタク☆たちは「ひいっ!?」という間抜けな叫び声を上げて、そそくさと退散して行った。
うむ、勝利。と頭の中でヒーローインタビューに答えていると鈴丘が肩を叩いてくる。
「なんだよ?」
「え、えーと、なんで怖い顔してたのかなーと思って」
どうやら見られていたらしい。
「いいか鈴丘。やられたらやり返すのが人の常なんだぞ。だから法律は犯罪者を罰するんだ」
「斬新な法解釈!…… まあ、言いたくないならいいけどさ……」
俺とお前付き合ってるって見られてたから殺気向けられた、なんてことは確かに言いたくない。言ったら空気がおかしくなるだろう。
それに、言ったらこいつは何かと気にしそうだ。なら言わないほうが良いに決まってる。
そんな会話もありながら店内をぐるぐるぐるぐる……。
グッズコーナーの最後の方になった時だ。
俺自身はさほどグッズを集めることに執着していないので、このあたりのコーナーは流し見──鈴丘に布教できそうなものは片っ端から説明したが──で通っていた。だからそれを特に気にも止めずにラノベコーナーへと入ろうとした。
瞬間、首に激しい圧迫感。続いて後ろに引っ張られバランスを崩すもギリギリ踏みとどまる。襟首を掴まれたらしい。
なんだなんだと見ると鈴丘の目がこの世の全てを浄化せんばかりに輝いている。子供のように無邪気な表情は、将来何かの悪徳商売に引っかかりそうだ。
「武藤君、あれなにっ」
声が踊ってる。
彼女の視線の先を見ると、そこには警察手帳を模したスマホケースがある。
「ああ、『秩序の世界』っていう近未来型のSF作品だな。刑事課のチームが凶悪犯罪に立ち向かって行くっつー……」
「買うっ!」
俺の説明をバッサリ切って鈴丘は例のスマホケースを手に取った。
遅ればせながら思い出したが、鈴丘は刑事物が好きなんだったか。だから目を輝かせてたのか。すげぇキラッキラしてたな……。
「いや、まあ買うのは個人の自由だが、一回作品も見とけ。ドラマとかの刑事物とは全然違うからな。哲学的側面あるし。その葛藤とかが面白いんだが、お前の好きなやつかどうかは……」
「でも刑事物なんだよね?」
「ああ」
「それなら問題ないよ!」
なんだその基準。
「まあ問題ないならいいんだけど」
「うん!」
そう頷く鈴丘は子供っぽい無邪気な笑みを浮かべている。
普段落ち着いているだけにこういう面はギャップだよなぁと思いつつ、俺はラノベコーナーへと歩みを進めた。
***
結局鈴丘は例のスマホケースに加え、『秩序の世界』既刊七巻を全て購入した。しめて約四千円。お前金持ちすぎじゃね?
ちなみに俺は買っていなかったラノベの新巻を一冊だけ購入。しめて約七百円。もう財布には十円玉と一円玉が数枚ずつしかない。俺金なさすぎじゃね?
鈴丘が会計している様子をボーッと眺める。
これで鈴丘が他作品にも興味を持ってくれれば結果は万々歳だろう。連れて来たというか、連れて来させられたかいがあったというものだ。
しばらくすると鈴丘が会計を済ませてこっちへ向かってくる。途中、自分の手に持った袋を見て嬉しそうに笑っていた。誕生日の小学生かお前は。
「んじゃ帰るか。いやまだ見足りないなら残ってもいいぞ。俺は先に帰るから」
「いやいいよー。私も帰って早く読みたいし! ……ていうかナチュラルに一人で帰ろうとしてない?」
無駄な抵抗だったか。まあいい、道中俺の『秩序の世界』知識を延々と、それこそ嫌になるくらい語ってやろう。うまい具合に他作品に誘導できればなお良し。
レジ付近からエレベーターに向かって歩き始める。
この天国から出るのは、毎度のことながら気が進まないなぁと考えていると不意に鈴丘が声を発した。
「そういえばあそこだけは見て回らなかったけど何が置いてあるの?」
「は?」
鈴丘の指差す方向には確かに案内していないコーナー。言ってしまえばオタクの闇コーナー。端的に言うと同人誌コーナーがある。
主に、Rが18の。
「ちょっと見て来るねー」
俺が何が置いてあるのか言う前に鈴丘は動き出した。俺は一瞬遅れてから事態の深刻さを理解。
マズイ。まだ正確にオタクでない、しかも女子の鈴丘には刺激が強すぎる……!
「ちょっ、待て鈴丘。そこは……」
同人誌コーナーだからやめておけ。そのセリフを俺が言い追いかけ始めるのと、鈴丘がそこを覗き込むのはほぼ同時。
すずおかは こうちょくした。
「へ……? っな……。なにゃにゃ!?」
お前は猫かとツッコミたくなるが自制。
鈴丘は蒸気が出るのではないかというくらいまで顔を真っ赤に染めていた。耳まで赤だ。その無駄に高精度の観察眼はこんな時にまで仕事をしっかりこなしてしまったようで、鈴丘の頭はオーバーヒート寸前なのが伺える。
そりゃ突如として目の前にR18の同人誌の空間が広がったらそうなるだろうな。と、何処か遠くから物事を見ている自分に気がつく。さすがに現実逃避してる場合じゃないな。
「おい鈴丘、退散するぞ」
「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」
手を引くと返ってきたのはなんとも情けない言葉。というか、エラー音?
俺たちはそそくさとアニ○イトから退散した。
***
「落ち着いたか?」
帰り道、俺は鈴丘に問いかける。
アニ○イトから出てから電車に乗り、そして降りるまで、鈴丘はずつとエラーしっぱなしだった。転ばないようにするのが大変だった。
まだ完全に回復したわけではないのか、まだうっすらと頬が赤い。
「う、うん。一応大丈夫……」
そう頷く声も力ない。あれでここまで動揺してダメージ受ける純粋な子が、リアルにいてくれてお兄さん嬉しい。
「まああれだ。さっきのはオタクの闇みたいなもんだから気にすんな」
「うん……」
やはり鈴丘は力なく頷く。この件でオタクに悪いイメージは抱いて欲しくはないんだが、難しそうだな。
そんなことを考えていると、鈴丘が口を開く。
「武藤君はさ、ああいうコーナーもよく見るの……?」
「……は?」
なぜ唐突にそんな質問が出てきたのか分からずに少し反応が遅れる。
「なんか慣れてるような感じしたからさ……」
鈴丘はそう呟くように言った。
慣れてる……慣れてるねぇ……。反応が薄いとそう取られますか。それってすなわち変態ってことになんね……?
人に何と思われようと割とどうでもいいと思ってしまうところの俺だが、誤解されるというのも気分が悪い。仕方ない、ちゃんと弁解しよう。
「別に慣れてねえしあのコーナーにも入ったことは……一回だけだな。お前と同じで何置いてあるんだろと思って覗いた」
そう、あれは始めてアニ○イトに行った時。
やっほう楽園だぁっ! と陳列台を眺めていた俺は、そういえばあそこはまだ見てなかったなぁと同人誌コーナーに突入。右見て左見てどういう場所か理解するのに三秒。おんんっ!? と二度見三度見、思春期的衝動でさらに四度見してからゆっくりと後ずさったのはいい思い出だ。
ただ今でも悔やまれるのは、なぜあの時五度見六度見しなかったのかという……いやこれはどうでもいいんだった。
何はともあれそれ以来同人誌コーナーは見ていない。なんか悪いことしてる気分になるから。
「そっか、良かった……」
何故か鈴丘は安心したように息を吐いた。俺も良かった変態と思われないで。まあだからと言って世のR18ゾーンにいる方々がみんな変態というわけではないんだろうが。
さて、と。
俺は回復した鈴丘に『秩序の世界』の知識を授けることにした。
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