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17 合唱祭編⑥

 合唱祭当日。

 木城高校の特徴をいかんなく発揮し、本日は音楽ホールに現地集合である。特徴なのかは分からないが。

 今の時代はスマホのアプリで到着場所までの電車を調べられるから便利だ。アプリに任せておけば俺は何も考える必要はない。

 少々混んでいる電車の中、俺が自分の特性を存分に発揮してぼんやりと外を眺めていると後ろから肩をトントンと叩かれた。

 もしかして痴漢と間違われた……?

 確かに負のオーラの発生源ではありますけど違いますよ、そんな犯罪行為しませんよとびくびくしながら振り向くと、そこにいたのは青髪のポニーテール。


「お、おはよう。奇遇ね」


「……おう、そうだな」


 電車内なら一人でいられると思ってたのに……。悪魔観察眼の鈴丘ならいざ知らず、人探しが苦手そうなこいつに見つかるとは思ってなかった。しかも混んでいるからなおさらだ。

 功刀はなぜだか少し目を泳がせながらわざとらしく切り出した。


「や、やー。合唱祭楽しみねー」


「俺はお前が有志合唱でヘマしないか心配だけどな」


「なっ、失礼ね! しないわよ!」


 どうだか。事あるごと目を泳がせてガッチガチになってた奴が何を言ってるんだよ。本当にこいつの目、「俺はフリーしか泳がない」とか言い出すんじゃないかと思ったもん。

 有志合唱自体には俺も少々関わっている。なんなら半分くらいプロデュースした。これで大失敗、なんて事になるのは勘弁してほしい。


「何よその疑いの眼差しは」


 言って功刀はムーッとジト目になる。

 どうやら心情がいくらか顔に出てしまったらしい。


「ああ、まあ簡単に人を信じると痛い目みる世の中だからな」


「ただのいち高校生が何言ってるのよ……」


 まあそれは俺も思う。サラリーマンのおじさん方からすれば、若造が何か知った風なことを言ってるのは腹立たしいだろう。

 が、そんなことはぶっちゃけどうでもいいと思うのが俺だ。


「ほら、なんかやっすい絵を綺麗なお姉さんが高く売りつける詐欺とかあるだろ? 美人だからって簡単に信じちゃいけないんだよ」


「び、美人……」


 なぜか功刀が頬を染める。熱か。

 そして俺の後方から「あれ……じゃあ、あの絵は……」とつぶやくリーマンのおじさんボイスが聞こえてきた。おい大丈夫かおじさん。

 まあ実際のところ合唱祭なんてどうでもいい。おそらく、寝て過ごすことになるだろうなと思いながら、退屈だと言わんばかりにあくびをした。



 ***



 音楽ホール内部はかなり広かった。学校の体育館二つ、三つ分くらいだろうか、そこにびっしりと椅子があり、全校生徒が座ってもまだ余裕がありそうだ。

 二階なんてものもあり、保護者はそこから見ることになっている。二段構造の映画館みたいだ。

 壁はなんだかギザギザとしている。たぶん高い木を使っているんだろうが、形が洗濯板を巨大化してそのまま貼り付けたみたいなので、カオスな感じがした。まあ俺の芸術センスがないだけなんだろうが。

 とどのつまり、凡人の感覚とはまた違った空間だった。超高級そう。合唱祭でもなければ絶対来ない。

 通路を歩きながらそんなことを考えていると、ドタドタというこの場にふさわしくない足音がする。


「グッドモーニング武藤! なんだこの音楽ホール! すげぇVIPっぽい!」


 西倉があらわれた。朝からうるさい奴である。


「よう西倉。安心しろ。確かにVIPっぽいがお前は間違いなくVIPじゃねぇ」


「なにぃっ!? まさか……VIPを超えた存在なのか!? 俺は!」


「なんでそっち方面に解釈しちゃったよ……」


 ポジティブシンキングここに極まる。俺とは対極だった。


  「つーか、どこに荷物置けばいいのか知らないか?」


「おー? そりゃ自分が座るところだろー」


「いや、それは分かってるんだけどよ。俺どこに座ればいいのか分からないんだよ」


 例によってHRを聞き流しまくってたせいで、その手の連絡事項はまったく知らないのだ。俺が通路をうろちょろしていた理由である。


「あー、なんだそんなことかよ」


「そんなことで悪かったな」


 西倉はやれやれという風にため息をつき大仰に肩をすくませる。

 その仕草には非常に腹が立ったが、他の奴らに話しかけて邪険に扱われたり怖がられたりするよりはまだ楽だ。仕方なく教えを請うことにする。


「で、分かるか?」


「うーん。どうしよっかなー! 教えてあげようかなー!」


 成長しなさすぎワロタ……。

 もうホント面倒なので、今回はもっと早く単純にいくことにする。具体的には拳を大きく振りかぶった。


「だぁーっ! ごめん嘘ですすいませんっ! 教えるからその手を引っ込めて!」


 変わり身の速さも相変わらずだった。両手で顔を守るようにして、へっぴり腰のポージング。すごくダサい。

 俺が拳を下げると安心したようにダサいポーズをといて、気持ちを落ち着けるように数回深呼吸。

 そして落ち着くと満面の笑顔に半身をきってサムズアップ。


「俺それを聞くためにお前に話しかけたんだっ!」


 役立たずが……。



 ***



 混声四部合唱の美しいハーモニーが響き渡る。アカペラで歌われたそれは、ピアノという要素がない分存在感を増している。そのクオリティは、テスト明け一週間で仕上げられたとは思えないほどだ。

 そんな音色は、子守唄にはちょうどいい。

 周りが暗くなっていることもあってか、訪れた眠気に抗うのは非常に困難だった。最初から抗うつもりなんてなかったが。

 どこか遠くから聞こえてくる響きは俺を安眠へと導く。

 だから午前中が終わるのは本当に一瞬で、タイムリープしたんじゃないかとちょっとビビった。

 午前の一年生の部が終わった今は昼休み。

 ホール内は飲食厳禁なため、木城高校の生徒は皆、ホールの外の踊り場で昼食をとる。

 爆睡していた俺は少々出遅れたおかげで、踊り場の中にスペースを見つけることができないでいた。なにせ全校生徒が所狭しとシートを敷いているのだ。かなり窮屈に押し込まれている。


「…………」


 さてどうしたものか。もう便所飯しかないんじゃないか。個室でゆっくりと弁当を食すことができるのは、むしろ俺に向いているんじゃないだろうか。……よし行こう。

 こうして俺がトイレへと足を向けた時、


「あ、武藤君」


 鈴丘に発見された。その距離約十メートル。しかも間に人がわらわらといるのに発見された。もうこいつホント怖い。


「どうしたの? まだお弁当食べてないの?」


 鈴丘は近寄ってくると真っ先にそう聞いた。弁当箱を持ってうろうろしていたから分かったらしい。


「まあな。寝てたら出遅れてな」


「あー、ステージの脇から見てたよー。すごく気持ち良さそうに寝てたよね」


「…………」


 ホール内、結構暗かったんだけどなぁ……。

 こいつが微生物の動きを視認できたとしても、もう俺は驚かない自信がある。


「食べる場所ないなら実行委員の控え室で食べる? まあステージの裏なんだけど……」


「ほう……」


 ステージの裏。つまり照明を操作したり放送をかけたりする場所だ。さぞメカチックに違いない……。


「よしじゃあ行くか。案内してくれ早く」


「あれっ!? 思いのほかノリノリ!?」


 いや違う。これは早く弁当が食べたいだけなんだ。決してそのガ○ダムの中みたいな場所(勝手な想像)に行きたいわけではない。


「まあいいや。こっちだよ」


「おう」


 人をかき分けかき分け進んで行く。

 そうして案内されたのはステージ脇。もっと司令室みたいなところかと思ってた。

 だがメカメカでどこをどうすればどうなるのか全く分からない機器はちゃんとあった。赤いランプとか超点いてる。

 そしてその手前には床に直座りして昼食中の何人かの生徒。いずれも『合唱祭実行委員』と書かれた腕章をつけている。その中には見覚えのある黒髪ロングの超美人。


「おっ、飛雄馬じゃ〜ん。どしたのん?」


「出遅れて隙間がなかった」


 我が姉武藤香である。

 姉さんが俺の名前を呼ぶと周りの実行委員たちが一斉に俺の方を見、驚いたように目を見開いた後に俺と姉さんとを見比べ始めた。お前ら息ぴったりすぎない?

 確かに顔面偏差値的に俺が残念すぎるかもしれないが、それでも悪いというわけではなくて平均値だと思うのだが。まあ姉さんと比べられたら誰が相手だろうと霞むだろうけど。

 奴らはしばらく見比べたのち、じっと俺の顔を注視してきた。そしてハッと納得がいったように頷くと昼食へと戻っていく。なに、なにに納得したのねえ。


「あ〜なるほど、そーゆーことね。なら飛雄馬〜、こっちゃこいこい」


 言って姉さんは自分の隣をぺしぺしと叩く。

 俺は小さく頷くと寄って行ってそのまま腰を下ろして弁当を広げた。

 その時驚愕の表情を浮かべている鈴丘が目に入る。


「む、武藤君が……素直に人の言うこと聞いた……!?」


「……は? 何言ってんのお前……」


 この世に姉の言うことを聞かない奴がいんの? ねえいんの?


「ま〜、飛雄馬はツンデレさんだからね〜」


「男のツンデレって需要なさそうだな」


「つんでれ……?」


 たははと笑う姉さんにテキトーな返しをする。その横では鈴丘が未知の単語の意味を考えていた。


「でも可憐ちゃん。飛雄馬ってこんなんでも昔っから結構素直ないい子なんだよ〜」


「え!? そうなんですか!?」


「幼稚園とか小学校低学年の頃はいつもボーッとしてたし〜」


「あ、それはちょっと想像できます」


「なあお前の俺の評価ってなんなの……」


 ちょっと心配になるところだった。だって鈴丘、誤魔化すように笑ってるんだもん。


「まあそれはそれとして、有志合唱の方はどうなんだよ?」


「ん〜? 順調で心配ナッシングだから安心して!」


 満面の笑みでサムズアップ。

 その動作はまるっきり西倉と同じだったが全然腹が立たなかった。

 ……ここまでくると、あいつのも才能だな。いやうちの姉が可愛すぎるだけなんだろうけど。


「言っとくけど反響がそんなになくても恨むなよ。半分以上は紫苑の提案なんだからな」


「わ〜かってるって。ダメだったときは紫苑クンちにイタ電するよ!」


 歯を輝かせながらイマイチ本気か冗談か分からない口調で言われてしまった。というか本当にやりかねない気がする。

 紫苑、南無三。

 骨くらいは拾ってやろう。



 ***



 午前に爆睡したからか、午後はあまり眠気がなく、全ての合唱を聞くことになった。二年生と三年生では行事への力の入れ具合が違うようで、なんとなく三年生の方がクオリティが高い気がする。

 それらをぼんやりと聞いていると、時間の流れに意識が傾かなくなっていく。気がついた時にはもう大トリの有志合唱だ。


『次のプログラムは、有志合唱です。よろしくお願いします』


 そうアナウンスが呼びかけると、舞台袖から緊張でガッチガチに強張った功刀とその仲間たちが出てくる。 

 そしてその後ろから金管楽器や木管楽器を携えて出てくるのは吹奏楽部の部員たちだ。

 それを見た瞬間にホール内がざわつく。


『今年の有志合唱の伴奏は、吹奏楽部の方々が担当してくれます』


 そう補足するようにかかるアナウンスに、生徒たちの中から「マジで?」というセリフが聞こえてきた。マジだ。

 紫苑の言う通りに、永峯先生にピアノを頑張ってもらうのも良かったが、それだと生徒と教師との間の熱量の差がはっきりと見えてしまうだろう。それにそれだけで確実に派手になるかは微妙だと思った。

 だからピアノよりもより派手に見え、熱量の差がほとんどないであろう吹奏楽部を召喚する手に思い至ったのだ。

 プロが見れば、どちらを目立たせたいのか分からないと言われたりするかもしれない。一応楽器の数は最低限ではあるが、そういう意見もあるだろう。

 だがこれは言ってしまえばたかが高校の合唱祭だ。派手である程度完成度があれば問題ない。

 指揮者が指揮棒を振り、それに反応して流れるように伴奏が始まる。そしてそこに乗っかるのは有志合唱のメンバーだ。

 人数自体は去年の半分以下。だがそれゆえに実現したこのコラボレーションは、とても一週間で完成されたものとは思えない。これも永峯先生の指導の賜物だ。まあメンバーが集まらない理由を考えるとやはり皮肉なものだが。

 周りが息を飲むのが分かる。ざわついていた会場はいつの間にか静かになっていた。


「…………」


 観客はしっかりと聞き入っているようだ。成功と考えて差し支えないだろう。

 あくまで俺の所感だが、舞台上は十分華やかだと思う。少なくとも今までのクラス合唱と比べれば断然に。

 半分以上本気で心配していた功刀も、他のメンバーと比べ妙に体に力が入っている以外はいたって普通だ。

 合唱はいつしかクライマックスを迎えている。熱を帯びたそれは、客席までも巻き込んでいくようだった。誰もが聞き入って、あるいは見入ってる。

 俺はその状況をただボーッと見ていた。

 この空間の中、俺だけが一人だった。

 俺だけが、外からこの空間を見ているようだ。

 俺だけが、違う場所に取り残されているようだ。

 そんな感覚を覚えたのは何故か、俺には分からなかった。



 ***



 合唱祭が終わって音楽ホールから出たのは、いつも帰宅する時間と大差がなかった。

 駅の人混みを姉さんと並んで歩く。

 姉さんは「可憐ちゃんも探して一緒に帰ろう!」と言っていたのだが、全校生徒がひしめく空間で索敵するのは気が引けたらしい。五分も経たないうちに、「やっぱ帰ろう!」と言っていた。


「いや〜、それにしても大成功だったね! さっすが飛雄馬。えらいえらい」


「分かったから。感謝の気持ちは分かったから。頭撫でるのやめろ」


 恥ずかしいから。マジで。

 手で手を振り払いながらバックステップで一歩分の距離を取る。

 姉さんはしばらく自分の手を名残惜しそうに見ていたが、やがて諦めたのか手を下ろした。


「それに半分以上紫苑のアイデアだって言っただろ」


 俺はそのアイデアを改定したにすぎない。紫苑にも礼を言わなければならないだろう。


「まあそだね〜。じゃあ人数集め頑張ってくれた分のなでなでをしよう!」


 その手があったか! といった風に提案、否、宣言する姉さん。


「いいっつってんだろ」


「まあまあ遠慮しないで」


「どんだけ撫でたいんだよ!?」


 姉さん俺を子供扱いしすぎじゃね? だいたいこんな道のど真ん中ですることじゃねえ。

 周りの大人が迷惑そうに見てるし。お年寄りが微笑ましそうに眺めてるし。男子集団が殺気を込めて睨みつけてくるし。

 そうやってじゃれあいながら、というよりじゃれてくるのを躱しながら歩いていると、不意に姉さんが立ち止まる。


「? どうしたんだよ?」


「ん? あ〜ほら、あれあれ。約束してたじゃん」


 そう言うと姉さんはおもむろに人差し指で横を指す。

 その指の先を見ると本屋があった。

 ……そう言えば、解決できたらラノベ買ってくれることになってたんだっけ。

 どうやらちゃんと約束は守ってくれるらしい。


「よしじゃあレッツゴー。あれだよ?言っとくけど 一冊だけだからね?」


「分かってるっつの。『異世界式神の召喚方法』の最新刊出てたと思うからそれ頼むわ。ドラマCDつき」


「高くないっ!?」


 そんな会話をしながら足を本屋へと向ける。

 俺自身大したことをしたわけではないが、何故かやけに疲れる一日だった。

頑張ったんですよ。頑張って考えたけどここが作者の限界だったんすよ……。(合唱祭がラノベでネタにならない理由を悟った瞬間)

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