16 合唱祭編⑤
「わぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「姉さんうるさい」
「ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ……」
「うるさいっての」
「今叫び終えたじゃん」
月曜日の午後。合唱祭まで残り二週間。
家に帰ってくるなり突然発狂し始めた姉さんをなだめると、思ったよりも冷静な声が返ってきた。
発狂した理由は聞かずとも分かる。
「有志の人が集まり切らなかったからって叫ぶ必要はないだろ」
「なくはないよ〜。叫ぶことで色々な邪念を振り払うんだよ!」
「振り払ったのはどっちかっていうとストレスだよな」
なにせ「あれ、これやばくね?」と先週の金曜日に気がついたらしく、それからずっと人集めに邁進していたらしいのだ。しかも全然集まらないときた。そりゃストレスも溜まる。
読んでいるラノベから顔も上げずにツッコむと、姉さんは疲れたように唸る。
「本当にどうしようかな。有志合唱中止はできないし、人も集まらないし……。合唱祭の目玉なのに〜」
木城高校の有志合唱は他の学校よりも力が入っていて完成度も高い。中止なんて無理だろう。
まあ目玉たり得てるのは永峯先生の功績であり、だがその一方で人が集まらないのも永峯先生のせいだということを考えると皮肉なものだ。
「もうこのままやるしかないだろ」
「でもそれじゃあ地味になっちゃうでしょ」
確か現在の有志合唱参加者数は十一人。一パートあたり三人の合唱なんてのはさすがにショボイかもしれない。いくら完成度が高くてもだ。
「つーか人を集めるのって、この人数じゃないとダメとかじゃなくて派手さの問題だったんだな」
「そうだよ〜。でもタイムリミット過ぎちゃったしな〜」
「でも有志合唱やらないわけにはいかないし、やる以外の手はないだろ」
「え〜」
言うと姉さんは小さくため息をつく。
そしてやれやれという風に首を振り、
「もう駆け引きめんどいから普通に頼むね。なんとかしてよ〜。飛雄馬〜」
「えぇー……」
助けてドラ○もーんばりに頼まれた。
せっかくいい感じに面倒事を押し付けられないように会話してたのに。これはダメかもしれないと思ったときからずっとどうやって躱すか考えてたのに、これは普通に想定外。
「姉さん合唱祭実行委員長だろ。人集めはまあ仕方なかったけど、これはもう委員会内で片付けろよ」
「それができたら苦労しないよ〜」
「なんでできないんだよ」
「妖怪の仕業?」
「それな。勉強したくないのも、全部妖怪の仕業だ」
「あ〜あるよね〜。テスト前に憑くあの妖怪」
「部屋がキレイになったり集めた漫画読み直したりするよな」
「そうそう! で、気がついたら寝る時間になってるんだよね〜。……話脱線してない?」
「ちっ」
ひゅうまの うやむやにする!
しかし ねえさんには きかなかった!
なかなかに手強い。必殺技まで封じられるとは思ってもみなかった。
「まったく。地味なのがマズイんだったらもうあいつら踊らせたらいいんじゃね? ほら、歌って踊る感じ」
「何ザイルよ……。却下する!」
四十八人いるやつかもしれんだろ。あれ、実際はもっといるらしいけど。看板に偽りありすぎだろ。
「じゃあもういっそダンス部の奴らに頼んでバックダンサーやってもらえば?」
「合唱にバックダンサーってすごくカオス! ていうかうちの学校ダンス部ないよ! 却下する!」
シュールな笑いが沸き起こりそうだと思ったんだが。爆笑してもらえれば自然と派手になるし。
「衣装作ったり花持たせたりする」
「なにそれスクールアイドルっ!? アイカツしないからっ! 却下する!」
思いつくことを次々と言ってみるものの、その全てをことごとく却下される。まあ我ながら雑だとは思う。
「もう飛雄馬〜。真面目に考えてよ〜」
「いや、本当はこれ姉さんが考えないといけないんだが?」
ため息をつく姉さんにジト目で抗議すると、小さく舌を出して頭をコツンと叩いた。「いっけな〜い。てへぺろ」というセリフがお似合いだった。
「だってお姉ちゃんがこういうの向かないの飛雄馬も知ってるでしょ〜。ニュー境地の開拓は若者に任せるのだよ」
「ひとつしか歳違わないんだけどな」
だが確かに姉さんは昔からこういう状況の収拾は苦手だった。頭は良いはずなのに、何故か少年漫画の主人公的な正面突破しか図れないのだ。その代わり俺がその手のことは比較的得意になったのだが。
「何はともあれ、俺が姉さんに頼まれてオーケーしたのは人集めだから。できる限りはしたけどダメだったんなら俺はもう関係ない」
言ってこの話はもう終わりとばかりに手をシッシと動かす。
すると姉さんはキョトンと首を傾げた。
「私、なんとかしてってお願いしたんだよ? 人集めてじゃなくて」
「は?」
そうだったかしらん? とマイメモリーに家宅捜査を開始する。探し当てたメモリーカードの破損したデータを全力で復元。次第に取引の内容が明らかになっていく……。いや、ただ思い出してるだけだが。
思い出した記憶には確かに、「なんとかして〜」と頼まれた瞬間網膜に焼きついた姉さんの麗しき顔があった。
つまり、人集めを依頼されていたわけではなかった。
前後の会話から勝手に人集めを頼まれたと思い込んでいただけのようだ。なんだよこの推理小説みたいな叙述トリックもどき。
「あー……」
なんとかするように行動しなければならない責任が生じていた。勘違いしてたのは俺が悪いんだし。
回避しようしようと考えてた時間、普通に無駄だったな……。
「飛雄馬〜」
「あー、分かったから。一応考えてはみるから。良いアイデア浮かばなくても仕方ないと思えよ」
失われてしまった時間にさよならバイバイしながら返すと姉さんは満面の笑みを浮かべ、
「さっすが飛雄馬! ありがたいっ!」
「うぉっ」
突然抱きついてきた。
読んでいたラノベは咄嗟にテーブルに置いたので無事である。どこまで読んだか分からなくなったけど。
この姉さんの笑顔を見ると、過ぎ去った時間なんてどうでも良くなってくるから不思議。そして託された面倒事もそこまで嫌じゃなくなってくるから神秘。
俺はふと、シスコンの定義について考える。
俺はシスコンのレベルなのだろうか。だが世の兄や弟は少なからず姉や妹を大切に思っているものだし、そうとなればみんなシスコンになる。そうか、世界はシスコンなんだ。
世の理を見つけてアンビリーバボー。
***
夕飯を済ませてから自分の部屋へと戻ると、俺はさっそく思考を始める。
まず問題はこのままだと合唱祭の目玉である有志合唱が大変地味でしょぼいことである。
一番ストレートな解決方法は人を集めることだ。確かに今日がリミットではあったが、少しくらいは大丈夫だろう。まあ明日から中間テストが始まるわけですが。
だがこの案はもう無理だろう。ただでさえ実行委員が一週間ほど声をかけ続けたのだ。永峯先生という原因を無くさなければ意味がない。
が、人の考え、ましてや教師というある程度固まった考えを持つ者を、この短期間で変えられるわけがない。それにあの先生はただ無駄に一生懸命張り切って教えているだけであって悪気はない。少なくとも悪い印象は持たなかった。以上の点からこの案は却下。
そもそも有志合唱を常識の範囲内で派手にすれば誰も文句は言わないのだ。
とすると、やはりアイドル的に歌って踊ってラブライブするしかないと思うんだが……。
でも有志の連中は歌の練習だけで手いっぱいだろう。つーかそれもう合唱祭じゃねぇ。
ということは、これ以上有志の連中に負担を強いることなく、かつ合唱に合う方法で派手さを演出しなければならないということ。
では一体どうすれば派手になるのか。そもそも少人数での合唱が地味になるのは全体の声がそこまで大きくならないからだろうか。それとも舞台上が寂しいからそう見えるだけなのか。
前者ならマイクをいくつか設置すればなんとかなりそうだ。後者なら何か飾りでも……。
いや、マイクなんぞ使ったら合唱の味は消えるだろう。飾りを作る時間もないし、どんな飾りにするかのアイデアもない。大体、当日はどこかの音楽ホールを借りるのだ。飾り付けをするのは現実的ではない。
では照明を工夫するか……?
いや、音楽ホールを借りる手前、その照明の練習はできない。ぶっつけ本番では不安がある。目玉の有志合唱で失敗するなんてあってはならないことだろう。
「はぁ……」
ヴィクトリーへの活路が見えずにため息をつく。
どうも事態は思ったよりも深刻そうである。箸にも棒にもかからない感じだ。
もう少し俺に合唱祭への思い入れがあったら何か思いつくかもしれないんだが、あいにくかなりどうでもいいのでむしろ思考スピードが落ちてる。
「はぁ……」
もう一度ため息をつきながらベッドに倒れこんだ。
そして倒れこんだ姿勢のまま再び思考を開始する。
衣装を着させるとか、花を持たせるとか、バックダンサーをつけるとか。さっき姉さんに却下された案も含めて検討、そこから派生して新たなアイデアが浮かばないかを検証する。そして浮かんだアイデアの実現性を考える。
だがしばらく経ってもやはり思いつかない。大体の案は、音楽ホールを借りるからや、カオス、予算がないといった理由で却下されてしまう。手詰まりだ。
音楽の知識といえばアニソン! くらいの俺にこんな事を考えさせるのがそもそもの間違いな気がしてくる。こういうことはもっと音楽に精通している奴に任せるべきだ。そう、例えばピアノを幼稚園時代からやっていて、今は音楽を専門的に学べる学校に通っているような……。
「…いるじゃん……」
そんな友人、というか幼馴染がいることを思い出した。灯台下暗し。ちょっと意味違うかな。
俺はすぐさまポケットをまさぐりスマホを発掘。滅多に開かない連絡先をオープンし、そいつの名前を探す。探すと言っても俺のスマホには家族と親戚、中学までの友達が数人くらいしか入っていない。だからすぐに見つかった。
俺は少し迷ってから通話ボタンをタップする。もしかしたらピアノの練習をしているかもしれないと思ったのだ。だが、そんな心配は必要なかったようで、数コール後にガチャリという音がして声が聞こえる。
「よっす飛雄馬。久しぶり」
「おう、久しぶりだな。紫苑」
常盤紫苑。
幼稚園の頃から中学まで同じ学校に通っていた幼馴染。今はそこそこ離れた音楽の専門学校に通っているらしい。
「俺は、ショパンやベートーベンやバッハを越えて、国一番の作曲家になる! 作曲王になる!」と言っていたのは記憶に懐かしい。ところでショパンとか越えても国一番止まりなの? 現代のレベル高すぎない?
とりあえず聞いてみることにする。
「その後の経過はどうだ? 作曲王になれそうか?」
「ちょっおいぃっ!? なんでお前は電話してくるといつもその話題から入るんだよっ! 黒歴史なんだから早く闇に葬ってくれって!」
「『俺は、ショパンやベートーベンやバッハを越えて、国一番の』」
「やめろぉぉぉおぉっっ!!」
その時のことを思い出したのか、電話口から紫苑の悲鳴が聞こえてくる。時折、ガンガンという音も流れてくる。どうやら悶絶しているらしい。何これ超楽しい。
しばらくすると、叫び声は荒い呼吸音へと変わり、変態からかかってきた電話みたいになった。かけたの俺だけど。
「なんか息切れキモいぞ。何に興奮してんだお前」
「うるっせ。大体お前だって『俺、この大会で優勝したら』」
「俺、飛雄馬くん。今部屋から出たぞ」
「来るなよぉっ!?」
ガチャンとわざとらしく部屋のドアを開けると、焦ったような声が聞こえてくる。
「今、あなたの後ろにいるの」までやらないとこれ面白くないんだけどな。外出たくはないけど。
そうやって、しばらくふざけていると本来の目的を忘れてしまう。
そういえば、と話を切り出したのはかけてから十分ほど過ぎた頃だった。
大体の事情を説明し終わると、紫苑はふむと頷いたのが電話越しに分かった。
「早い話、派手にしたいんだよな?」
「おう、もちろん常識の範囲内でだぞ。サンバの格好させるとかダメだぞ?」
「それもう合唱じゃねーよ。サンバだよ。お前は俺をなんだと思ってんだ。まあそれはそれとして、合唱の方に派手さを求められないなら伴奏に期待すればいいんじゃない?」
「伴奏?」
「そう。ピアノの伴奏。それはその熱血先生がやってもいいんだし。伴奏があるのとないのとじゃ結構違うよ?」
なるほど。簡単なことすぎて逆に気がつかなかったが伴奏を入れる、か。
確かにあの音楽大好きな永峯先生に任せればものすごいクオリティで弾いてくれそうだ。そうすれば合唱自体は目立ちにくくなるだろうが、有志合唱という項目は十分派手になるかもしれない。
やはり適材適所で他力本願だな。
「なるほど、ありがとうな。良いアイデアをもらった」
「ん、気にするな。俺とお前の仲だろ?」
「……そうだな」
「まあ頑張れ。お前は面倒臭がってテキトーにやるんだろうけど、合唱祭ってちゃんとやると以外と楽しいもんだぞ?」
「そっちのは悪いアイデアだな」
「信じないのかよ! いや別にいいんだけどさ。それじゃまたね」
「おう。ああ、ちょっと待て」
話している最中に新たな考えが浮かんだ俺は咄嗟に紫苑を呼び止めた。
「うん?」
「えーっとだな……」
紫苑を呼び止めたのは方法に確実性を持たせたかった、あるいは上げたかったからだ。
ピアノの伴奏をつける。それはシンプルかつ妥当だ。奇抜な方向にばかり考えていた俺にとっては灯台下暗しな感覚すらあった。それをちゃんと指摘してくれるとはよくできた幼馴染だ。これで美少女なら確実にトゥルーエンドだが、あいにくこいつは男……。
まあそれはそれとして。紫苑が提案したのはピアノだ。合唱祭の伴奏で使う楽器としてはかなり普通なものだ。それで姉さんの望む派手さに及ぶかは少し自信がない。
だから少々のアレンジを加えようと思った。具体的に思いついたのが、紫苑が電話を切る直前だったというわけだ。
俺は紫苑に手短に確認を済ませた。
***
通話を終えると一息ついてベッドに腰掛けた。
アレンジ案は紫苑にオーケーされた。これで失敗した時の責任はあいつ行きだ。
特に大きく案を変えたわけではない。俺の仕事は、それを合唱歳実行委員長である我が姉に伝えるだけだ。
その仕事を果たすためにベッドから立ち上がるとドアがノックされる。
「なんだよ?」
扉の向こうに向かって問いかけると、ガチャリとそれが開けられ、黒髪ロングの姉が入ってくる。
「いや〜。飛雄馬の楽しげな声が聞こえたから、考えすぎておかしくなっちゃったのかなとか思っちゃって」
「おかしくなってねぇよ……。普通に電話してたんだよ。コール」
「え……? 誰と? 可憐ちゃん?」
可憐ちゃん……? えーっと、誰だっけそれ……。あ、思い出した。鈴丘の下の名前だ。
「違うっつの。なんであいつと電話するんだよ。紫苑と電話してたんだよ」
「あ〜。紫苑クンね。通りで楽しそうな声だったわけだ〜。で、で? 元気そうだった?」
「ああ、叫んだりしてて元気だったよ」
「あ、あっれ〜。それ精神的にデッドじゃない?」
まあ精神的にダメージ与えたんだからあながち間違ってはいないが、今はそんなことどうでもいいだろう。
俺は呆れ顔の姉さんに、この合唱祭を乗り切るためのヴィクトリーロードを示した。




