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15 合唱祭編④

タイトルを『最近の俺はコンサルタント』に変更しました。

「飛雄馬〜」


 夕食時。

 リビングにあるソファに寝転がりながら西倉に借りたラノベ、『俺の幼馴染が一途すぎる』を読んでいると声をかけられた。


「なんだよ」


 聞き返しながら顔を上げると、エプロンを着て夕飯の準備をしている姉さんが視界に入る。今日の夕飯も美味そうナリ。


「いやね? 有志合唱の方はどんな感じなのかなぁ〜っと思ってさ〜」


「どうもこうも、とりあえず知り合い全員には声かけたよ。んで一人参加してくれることになった。もう一人はそいつ自身は参加しないけど、友達に声かけてもらうことになってる。あと一人は殴った」


「お〜、早くも一人ゲーットだね! まあ知り合いが少なすぎるのは残念だけど、予想の範囲内だし。……え、殴った……?」


 遅ればせながらも俺の発言を理解した姉さんが絶句する。小声で「あらら〜」と言うのが聞こえた。


「大丈夫〜? 怪我とかさせなかった?」


「大丈夫大丈夫。一生消えない恐怖心を植え付けたくらい」


「怪我より質が悪いっ!?」


 確かに体の傷は消えても心の傷は消えないとか言うもんな。

 でも本当に大きな傷なら後遺症が残って本当の意味では消えないし、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間だ。心の傷も時間をかければ割とあっさり治る。


「まあいいや。そんなことより有志合唱のこと」


 いいのか……。まあ俺としてもどうでもいいわけですが。


「もう知り合いに声かけ終えたし任務達成だろ。達成してなくても、もう何もできないから詰みだ」


「いやいや〜、恋愛相談のときはたくさん意見もらったって言ってたよ?」


「鈴丘情報か? あんなのラノベとかからネタ持ってきただけだし。合唱祭ネタって全然見かけないんだからどうにもならんし」


 つーか、鈴丘と姉さんがどんどん仲良くなってきてる気がする。


「そっか〜。まあさすがになんとかなると思うけどね!」


「だといいなー」


 だが解決するかどうかは微妙だろう。やる気のある奴ならとっくに名乗り出てるだろうし、やる気のない奴に声をかけても望みは薄い。やりたくないことはわざわざやらないだろう。なにせ『有志』合唱だ。そこに強制力はない。

 ネガティブな方向に傾いている思考を自覚した時、不意に苦味を感じるような匂いがした。

 姉さんと一緒に眉をしかめ、はたと思い当たり恐る恐るキッチンの方を向くと、


「姉さん……焦げてね?」


「……ぜ、絶望したぁぁっっ!!」


 蓋をしたフライパンから立ち昇るのは灰色がかった煙。換気扇を回していたせいで気がつくのが遅れたらしく、それはもはや手遅れなのが見て取れた。

 前、俺が一人で料理に挑戦した時みたいになってる……。

 長らく見ていなかった光景がそこにはあった。


「ヤッバスッ!!」


 叫んだ姉さんは音速を超えてフライパンまで接近。火を止め蓋を開けると今まで押さえつけられていた煙がモアッと舞い上がった。それは瞬く間に広がっていき姉さんを包み込んでしまう。というかこっちまできた。他人事じゃねぇ。


「ゲホッゲホッ」


「無事かー。姉さゲホッ」


「窓! 窓開けて!」


「イエス、マム」


 なるべく煙を吸い込まないように手で口をおさえ、窓まで行くと勢い良く開け放った。

 そうして咳き込みながらも次々と窓を開け放ち、事態があらかた収集した頃にはすでに三十分ほど経過。得たものは炭になった魚が二尾だけというわけの分からない状況だった。


「……冷凍食品温めようか」


「おう」


 まあ何はともあれ、火事にならなくて良かったということで。

 それと西倉、ごめん。

 君のラノベ焦げ臭くなってるかもしれない。



 ***



 水曜日。

 有志合唱メンバー収集のリミットはどんなに粘っても来週の月曜日だそうだ。

 それを過ぎると練習時間の問題でクオリティが望めなくなるそうだ。その時間がどこからきているのかは知らないが、実行委員が言うなら間違いないのだろう。

 そして、土日を除くと実質的な猶予は今日を入れて四日ほどになってしまう。

 幸い実行委員とこの俺の尽力により、何人かは確保できているものの、まだ目標人数には足らない。残り時間はごくわずか、ピンチだ。


「へー。じゃあ順調なのね」


「うん。目標には足りないけどね」


 だが全く同じ状況を目にしても、人は違う感想を抱くものらしい。

 その証拠に俺とは正反対に順調と言ってる奴もいる。ほら、顔を上げるとすぐそこに……。


「お前ら……ここに来るのが様になってきたよな……」


 甲斐の一件以来、やけに絡んでくる二人がいた。例によって机と机がドッキングされていた。マジで何ツールドラゴンだよ。さらに進化してライフス○リームドラゴンになるかもしれない。

 不満そうというよりも、諦めの境地に達して言うと、これまた例によって功刀がムッとしたような顔になる。


「何よ。文句あるの?」


「文句はあっても言う気はないな」


 もうありのまま全てを受け入れようと思う。それに彼女らの方を見なければ一人で食べているのと変わらない。そう、大事なのは気持ちの持ちようだ。

 とは言っても情報収集はする。


「で、鈴丘。有志合唱、具体的にはどれくらい集まってるんだ?」


「えーっとね。男子が六人、女子が五人だったかな」


「とするとあと男子二人、女子三人か」


 男子の伸び率が大きいのはやはり甲斐のおかげだろうか。突き詰めると俺のおかげになるな。

 それでもまだあと五人集めなければならない。やはり余裕はあまりないだろう。


「声はかけてるから大丈夫だよね」


 だが鈴丘はあくまで楽観視だった。


「お前な……もう少し悲観的に考えろよ」


「え? でもなんとかなりそうだし……」


「やる気のある奴とか言われてやる気を出す奴はもう名乗りを上げてるに決まってるだろ。有志合唱の募集が始まってからだいぶ経ってるんだし」


 やる気のある奴は最初に名乗りを上げるだろうし、言われてやる気を出す奴はここ数日の実行委員による呼びかけで、ほとんど集まっているはずだ。今残っているのは、言われてもやる気を出さない奴のはずである。俺なんかが良い例だ。


「でも悪い風に考えても意味ないじゃん」


 そんな鈴丘の疑問を俺は一蹴する。


「楽観的にばっか見てたらそれ以上のことなんてしないだろ。悲観的に見ることで次の策を練ることができるんだよ」


「え? じゃあ武藤君はまだ何か考えてるの?」


「何言ってんだ。そんなのもちろん考えてるわけないだろ」


「悲観的なだけっ!?」


 ああそうだ。悲観的でしかも何もしない。それこそが俺の持ち味。

 まあふざけるのを抜きにしても何も思いつかないのは本当の話だ。人を集めるというだけならいくつか方法はある。例えば有志合唱のイメージチェンジをする。例えば有志合唱に入ることによる特典を用意する。

 だが前者は時間の問題があるため無理があるし、後者も有志合唱入っただけで内申を上げるというのも考えものだろう。

 だから現時点で人を集めるためにできることは、それこそ呼びかけくらいしかない。


「まあこれだけ集まらないかもフラグ建てとけば大丈夫だろ。たぶん集まる」


「またよく分からないこと言ってる……」


「フラグ……フラッグ……フロッグ!? つまりカエルってことかしら!」


「…一人で何言ってんだ……?」


 理解できたことを喜ぶように表情を明るくする功刀を軽く一蹴。

 もう絶対俺よりも功刀の方が意味分からないこと言ってる。全然理解できてねぇしどっから来たよカエル。

 そんな功刀を苦笑いで見ていた鈴丘は、不意に視線を上に上げると、


「ていうか功刀さん、時間は? 昼休みって有志合唱の練習……」


「え? あ、やばっ」


 時計を見た功刀はパンを食べるスピードを上げた。どうやらだいぶギリギリの時間らしい。


「有志合唱の練習って昼休みにあるんだな」


「うん、放課後はクラスの練習だからね。朝か昼休みしか練習時間取れないんだ」


「へぇ」


 思ったよりも過酷だった有志合唱。昼だけならともかく朝もとは。確かにここ最近朝に功刀を見かけることはなかったが、練習だったのか。

 功刀は瞬く間にパンを食すと立ち上がり小走りで教室を出て行く。


「それじゃ行ってくるわね」


「あ、ちょっと待って。私も行くから」


 そう言って鈴丘も立ち上がる。こちらはすでに食べ終わっていた。

 それにしてもなぜ鈴丘まで行くのだろうか。いや、どうでもいいか。

 雑に自己完結してから毎度お馴染み姉さんの卵焼きを口に入れる。これは……売れるっ!

 いつも通り美味い卵焼きを脳内で絶賛していると、


「武藤君、一緒に行こう」


 声をかけられた。たった今出て行ったはずの鈴丘だ。


「……なんで俺が行くんだよ」


 まずは理由を聞こうか。話はそれからだ。


「だって武藤君、お弁当食べ終わったあといつも本読んでて暇そうなんだもん」


「本読んでたら暇には見えないと思うんだが……」


 なんだこいつの目は。節穴か。

 俺が休み時間にラノベを読むのは暇だからではない。読みたいからだ。俺ぐらいになると毎日摂取しなければならない栄養素にラノベやアニメが追加されるんだぞ。


「つまり暇じゃないから行かない。面倒臭い」


「最後に本音が出てるよ? そんなこと言わないで行こうよ。何かアイデアが浮かぶかもしれないし」


「人集めならフラグ建てたから大丈夫だって言ってるだろ」


「刑事ドラマの人も現場百回って言ってたよ! だから行こう」


「刑事もの好きだよな、ホント」


 つーか大丈夫だから現場行く必要ないし、事件が起きてるのは現場というより今回は会議室だと思う。

 だがもし人が集まらなかった場合、面倒ごとが起こることは必至。そしてその面倒ごとは姉さんを通じて俺にくるかもしれない。

 この合唱祭の一件に丸々ノータッチなら大丈夫だったのだろうが、すでに軽く触れてしまった以上、姉さんが俺を頼る可能性もあるのだ。

 それを考えると、そもそも面倒ごとが起こらない方がいい。つまり人を確実に集めるべきだ。

 鈴丘、というかドラマの刑事の言う通り、現場百遍というのは的を射ている。そもそも現場を知らないで、問題解決の糸口を探すのも手間がかかる。


「分かった、じゃあ行くわ。言っておくが向こうに行っても見学だけだからな。絶対歌わないからな」


「大丈夫だよ。私も歌わないし」


 あははと笑う鈴丘を尻目に、俺は空になった弁当箱を片付けると席を立った。

 正直面倒ではあるが仕方ないことなんだと言い聞かせながら、鈴丘とドアの前で待っていた功刀と一緒に教室を出る。

 ただ、ポケットにラノベを入れるのは忘れなかった。



 ***



 音楽室は三階の校舎の隅の方、美術室の前にある。

 出歩かないせいで今だに校舎の構造に疎い俺も、芸術選択で美術を取っているためこの場所は分かる。

 前を歩く青髪は、後頭部の尻尾が歩くたびにリズミカルに揺れている。いつもよりも揺れ方が激しいのは早歩きのせいだ。

 音楽室の場所が分からなければ俺もペースを合わせたのだが、それだけは把握していたので相変わらず自分のペースで歩いている。だから俺と功刀、鈴丘の間には一緒に歩くよりも少し距離が空いていた。

 ちなみに鈴丘は早歩きをする功刀に不思議そうな表情をしたあと、少し迷ってからペースを合わせていた。


「なあ、練習があとどれくらいで始まるかは知らないけど、そんなに急がないとマズイのか?」


 距離があるので気持ち大きめに問いかける。


「あと三分くらいしかないのよ!」


「校舎内移動するのにそんなに時間かからないだろ」


 隅の方にあるとはいえ所詮は校舎内。俺たちの教室の位置から考えても今ほど急がなくても間に合うと思う。


「……練習風景見ればすぐ分かると思うわよ」


 そうつぶやくのが聞こえたかと思うと、功刀はますますスピードを上げた。


「はあ……?」


 不思議に思っているうちに音楽室へと到着する。

 ドアの前で待っていた鈴丘と合流。ノックをしてからドアを開けると、そこには数人の生徒がいた。

 この学校は、履いている上履きのゴムの色が学年ごとに異なるが、それから判断するに八割型が一年生のようだ。

 ……しっかりしろよ、上級生。いや人のことは言えないんだけどさ。

 その中に一人だけ制服を着ていない女性を見つけた。

 長めの黒髪は後頭部に団子を作って残りを背中へと流している。眠そうな目は完全には開いていない。やる気のなさそうな顔をした若い女性だ。この人が先生なのだろう。

 その先生は俺たちが入ってきたのに気がつくとゆっくりとした動作で近寄って来た。


「どちら様……?」


 口調もゆっくりとしていて、聞いていると眠くなるような響きがある。

 そんな先生に鈴丘が答える。


「合唱祭実行委員です、永峯先生。一度、有志合唱の練習風景を見ておこうと思って来たんですけど、邪魔でしょうか?」


 俺、実行委員じゃないんだが。


「なるほど……。端っこにいれば、邪魔じゃないから大丈夫」


「分かりました」


 手短に確認してから永峯と呼ばれた先生は元の場所に、これまたゆっくりと戻る。俺と鈴丘は教室の後ろの方へと移動した。

 なんというか、見ていて心配になる先生だ。

 この場にいるということは音楽の教師なのだろうが、あれだけ行動がゆっくりしていて合唱や楽器ができるものなのだろうか。

 そんな風に考えながら、名も知らぬ女教師を眺める。

 永峯先生はチラリと時計を確認すると有志合唱の生徒の方に向き直り、


「さあ! テキパキやるよ!」


挿絵(By みてみん)


 …豹変した……。

 なんということでしょう。先ほどとは打って変わって張りのあるキビキビとした声。眠そうだった目は今や疲れを知らないようにパッチリと開いております!

 つまり、人格が変わっていた。え、二重人格なの……?

 ふと横を見れば鈴丘が呆然としている。知らなかったようだ。


「それじゃあ最初から。 さん、にい、いち、はいっ!」


 つい先刻からは考えられないほど素早く生徒を整列させるとすぐに新たな指示が出される。

 合図と共に歌い始める彼らの表情は真剣そのものだ。あの功刀でさえも。

 さすがは有志と言ったところか。歌そのものも、なかなか完成度の高いもののように思える。少なくともクラスでやってる合唱よりはレベルが上だろう。

 だが、


「全然ダメ」


 永峯先生はバッサリと切って捨てた。

 その言葉を俺は訝しみ、鈴丘は目を丸くする。ダメだとしても全然というほどではなかったと思うのだが。

 俺たちが驚いている間にも永峯先生は次々と直すべきところを挙げていく。なるほどさすがプロと納得できるほどにそれは的を射ていたり、そうすればもっと良くなるというものばかりと感じた。

 だがそれはあくまでプロの目線で見たときであって、有志とはいえ素人に理解できるものだろうか。

 生徒の表情には疲労の色がある。彼らは有志だ。実行委員に声をかけられて入った者もいるが、一般の生徒よりもやる気はある。

 だから理解しようとしているのだろう。全力で取り組んでいるのだろう。それでも素人は素人。教師が百パーセント納得するレベルにこの短期間ではなり得ない。

 功刀が急いでいた理由が分かった。

 この先生は音楽に関してだけ人が変わる。妥協を許さなくなる。何らかの理由で練習に遅れるようならば容赦してくれないだろう。

 そしておそらく、有志合唱に人が集まらなかったのも、集まった人のほとんどが一年生なのもそのせいだろう。

 上級生でやる気のあった者は以前の経験からこの先生が合唱練習につくことは知っているはずだ。この厳しさではリトライするのは避けたいと思うに違いない。

 それならばなぜもっと一年生が来ないのかということになる。それも簡単なことだ。噂は簡単に広まる。それこそ、押さえつけられていた煙が広がっていくように。

 上級生や、先に有志合唱に入った同級生から永峯教諭について聞いたと考えられる。そして入るのを断念した。

 事ここにきて、問題解決の糸口どころか、問題解決に最も重要となる原因が判明した。



 ***



 その翌週の月曜日。

 合唱祭まで残り二週間となったその日。有志合唱の人員確保のリミット当日。

 予想通り、人は集まらなかった。

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