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13 合唱祭編②

 木城高校合唱祭。

 ピアノによる伴奏を使わずにアカペラで歌うことが原則とされ、中間テストを挟んだ短く厳しい練習時間で極限まで完成度を高めることでクラスの団結力を上げる行事。

 その合唱祭の目玉となるのが有志合唱。

 その名の通り、有志の者による合唱。クラス合唱よりも短い時間でそれよりもさらに何段階か上のレベルを完成させるものだ。これにだけは音楽教師による伴奏がつくこともあり、毎年その合唱を見るために来る保護者もいるくらいだ。

 それ故に、有志合唱の出来は合唱祭の明暗を分けることになる。



 ***



 ザワザワと騒がしい会議室。これから合唱祭実行委員による会議が開かれようとしている。

「有志合唱の対策について」

 私、鈴丘可憐は、そう書かれたプリントとにらめっこしていた。

 今年の有志合唱は、集まった人が極端に少ない。驚くことに八人しか集まっていないのだ。これは、前の年の三分の一ほどらしい。

 このままではかなり地味なものになってしまう。合唱祭において、有志合唱は目玉の一つだ。確かに早くなんとかしなければならない。


「はーい、じゃ喋るな! 喋ったら死ぬぞ!」


 前方からそんな声が聞こえてきて、喧騒はピタリと止んだ。何人かが苦笑いをしていたが、ほとんどの人は黙って前を向いている。もう慣れたみたいだ。

 私も見習って前を向く。

 合唱祭実行委員長。名前は武藤香。美人でスタイルも良く、その上明るい。実行委員のみんなからの人望もある方だ。


「えーと、もう皆さんご存知だとは思うけど〜、有志合唱がピンチです。少年漫画の主人公じゃないので、土壇場でなんとかなるとは思えません」


「………………」


 たまに何を言ってるのか分からないところは武藤君に似てる。名前も武藤だし。

 ……あれ? もしかして本当に姉弟なのかな。似ているといえば似ている気がする。特に前髪とか鼻とか口とか。

 まあまとっている雰囲気というかオーラというかが全然違うけど。

 なにせ実行委員長のオーラは何というかキラキラしてる。あの辺りだけ照明が明るい気がした。

 対する武藤君のオーラは暗い。いやだからと言ってどうこう言うことはないけど。ただ、なんかあの辺りだけ照明暗いなぁと思ったことはある。

 そんな私の思考に関係なく会議は進んでいった。


「最低、何人くらいいないとダメですかね?


「ま〜全部で十六人はほしいね〜。一パート四人ずつ」


「実行委員の中から何人か選出することは?」


「ん〜、当日は実行委員忙しいからねぇ〜。有志合唱が歌ってる間は私たち、優秀賞とかいろいろ決めないといけないし」


「それじゃあ一人ずつ声かけていくしかないですかね」


「そだね〜。友達とかを直接、ちょっと強引に誘っちゃおう。僕と契約して、有志合唱に入ってよって!」


 実行委員たちと武藤委員長の何度かの問答の後、基本方針が決まった。

 ていうか強引なんだ……。あと最後のなんだろう。契約?

 有志合唱のことを片付けると、今度は当日までの練習時間、割り当てる教室など、様々なことを決める。

 ようやく終わる頃には会議開始から四十分ほど過ぎていた。この会議は放課後、合唱祭練習の後に行っているので、もうすぐ最終下校時間になってしまう。木城高校には定時制があるので、最終下校時間が早いのだ。


「それじゃ会議は終わりで〜す。友達を有志合唱に強引に誘うの忘れないでね〜」


 武藤実行委員長の少し怖い発言を最後に、皆は三々五々会議室から出て行く。

 私もカバンを持って部屋から出る。

 するとそこで肩を叩かれた。振り返ると美人がいる。


挿絵(By みてみん)


「二年一組の鈴丘さんだよね?」


 武藤実行委員長はそう確認した。


「はい。そうです」


「飛雄馬、私の弟が同じクラスだと思うんだけど、分かる?」


「あ、やっぱり姉弟だったんですか」


「なに! 貴様、いつから気づいていた!」


「ついさっきですけど……」


 なんだかおかしなテンションの人だ。武藤君はいつもこのテンションに合わせてるのだろうか。

 ハイテンションの武藤君……。うん、想像できない。

 というかなんで私に話しかけたのか。


「そうか〜。じゃあ、飛雄馬のクラスでの様子って分かる?」


「え?」


 なんでそんな事を聞くんだろうか。普通に本人に聞けばいいのに。


「いや〜聞いても『普通』って答えが帰って来るだけでちゃんと話してくれないんだよね〜。だから気になるっていうか」


「ああ、そうなんですか」


 感じた疑問をタイムリーで解消される。まるで心を読まれたようだ。

 それにしても、姉をぞんざいに扱う武藤君。なんだろう、こっちは簡単に想像できる。


「だからお願い! まあ分かるならでいいんだけど。ホントに分かるならで。分からなくても怒ったりしないから」


「だ、大丈夫ですよ。分かりますよ。確かに武藤君は一人でいること多いですけど、ぼっちとかじゃないですし!」


 なんとなくこの人の考えていることを察してしまった。自然、フォローをいれてしまう。


「へ〜、ぼっちじゃないんだ。え? じゃあ飛雄馬って友達いるの?」


「ちゃんといますよ。西倉君って人とは割と話してますし。あと私ともう一人功刀さんとも話します」


「え!? 飛雄馬って女の子と喋るの!?」


「え? はい」


 尋常じゃない驚き方。お姉さんの中での武藤君の評価が気になる。


「そうなんだ……。それは良かったけどびっくり」


「まあ自分から話しかけることは少ないんですけどね」


「なるほど〜。なら納得」


 実行委員長はいかにも納得といった様子でうんうん頷いている。ホントにどんな評価なんだろう。


「だけどついこの前まで、その功刀さんの恋愛相談を私と一緒に受けてたりしてましたよ」


「……へ?」


 私の言ったことがすぐに理解できなかったのか、相槌を打つまでに少しの時間がかかった。さっきのよりも、驚き具合が大きかったらしい。

 けれど実行委員長はすぐに目を輝かせると、ものすごい食いつき方で言った。


「その話、くわっしく聞かせてもらえないかな?」



 *****



 家の中はシンと静まり返っていた。それはもう少々不気味なくらいに。姉さんはまだ合唱祭実行委員があるらしい。だから今俺は一人だ。

 カバンを置くと二階のベランダに行き、洗濯物を取り込んだ。両親共働きのため、風呂掃除、夕飯準備、そして洗濯物は俺と姉さんの担当だ。まあ俺は料理が出来ないので、洗濯物と風呂掃除を自動的にやらされている。

 だから洗濯物を畳むのは手慣れたものだ。姉さんや母さんの女性下着にもひるまない。ひるまないだけで極力見ないようにしてはいるが。

 それが終わると今度は風呂掃除。こちらも手慣れたもので、十分ほど過ぎればかなりキレイになる。排水口に詰まった髪の毛もなんのその。極力見ないようにはするが。

 それらが終わった頃に姉さんが帰ってきた。


「たっだいまー」


「おー、おかえりー」


 風呂自動と書かれたボタンを押してからリビングに行くと、ちょうど姉さんがカバンをおろしているところだった。


「なあなんでそんな嬉しそうな顔なのなんかあったの」


 何故か姉さんは上機嫌で、キャピキャピとした空気をまとっていた。まあ割といつもキャピキャピではあるが、今はいつも以上に。


「んー? さてなんででしょう」


「質問したの俺なんだけど……」


 問題を出されてしまった。面倒だが、話が進まなそうなので付き合うことにする。


「あれか。告白して成功したのか」


「溶けちゃえ」


「溶けねぇよ」


 食い気味で言われたセリフにツッコミを入れる。朝にした会話を想起させた。


「で、結局なんなんだよ」


 聞くとさっきまでの嬉しそうな顔から今度は楽しそうな顔になる。


「飛雄馬〜、ついこの間まで恋愛相談受けてたんだって〜?」


 ……はい……?


「えーと、その情報どうやって仕入れたんだよ怖いわ」


「飛雄馬のクラスの鈴丘可憐さんに聞いたの。家すぐそこなんだね。一緒に帰って来たんだよ〜」


「マジか……」


 というか姉さんも鈴丘が近所だということを知らなかったらしい。まあ姉さん自身も俺に負けず劣らずヒッキーだから仕方ないが。

 あれ……? もし姉さんが鈴丘と仲良くなったら俺の動向筒抜けじゃね? 変なことしているわけではないが、なんか嫌だな。


「つーか、あいつと姉さん、接点なんてあったのかよ。……あ、合唱祭実行委員か」


「せーかい! さっすが飛雄馬」


 なるほどそれなら納得。鈴丘が合唱祭実行委員なのは今知ったが、それ以外にこの時期学年を越えた接触はない。姉さんは俺同様ヒッキーだからなおさらだ。


「それでその恋愛相談のことをいろいろ聞いたんだ〜。大活躍だったらしいね〜」


「なんだよ。一から十まで全部聞いたのか?」


「うん。土曜日のことまでバッチリ」


 パチンと姉さんがウインクをする。

 それを弟の俺じゃなくてクラスの男子にすればものすごくモテそうなんだが。

 まあうちの姉さんと釣り合う奴なんてそうはいないけどな。いても全力で阻止する予定。


「それで、なんでも色々な問題があったけど冷静に原因を考えて、的確に解決したとか」


「いや、あれはそういうんじゃないと思う」


 どうなってもいいから余計な思考が入らないで考えられただけだし、自分で問題を作ったこともあった。

 だから、あれはそういうんじゃない。


「まあ飛雄馬がそう思ってるなら私は何も言わないけど、頼みたいことは頼むよ?」


「頼みたいこと?」


 なんだろう、嫌な予感がする。


「合唱祭の有志合唱がピンチなのは知ってるでしょ?」


「お断りします」


 予感的中。先んじて断っておく。


「できるだけ早く人を集めなければなりません」


「おい俺断るって言ってんだろ」


「そこで飛雄馬になんとかしてもらおうと思います! わーパチパチ」


「………………」


 笑顔をまとったまま姉さんが小さく拍手をする。

 断るって言ってるんですけど……。耳聞こえないのかよ。耳鼻科行け耳鼻科。ユーマストゴートゥー耳鼻科。


「引き受けてくれるよね!」


「引き受けねぇって言ってるんだけど!?」


 ホント話聞いてほしくて聞いてほしくて震える。

 言うと姉さんはむーと頬を膨らませ不貞腐れましたをアピールする。だが俺は知っている。この段階は別に不貞腐れていないということを。

 この人が本気で不貞腐れるときは口をきかなくなる。周りとの接触を全て拒絶し無反応無表情を貫くようになるのだ。よって今のこの顔は俺に何かを頼む時の顔だ。

 しかし姉が弟に頼み事をするというのもなんとなくおかしい気がするのだが。


「そんな顔してもやらないからな」


「むー……」


「いくつだよアンタ……」


「十七。あとちょっとで十八」


 今のは律儀に答えてほしいところじゃないから。そんな歳なのにそれはどうなのって意味だから。


「ひゅーうーまー。たーのーむーよー」


「………………」


 無言でいると間延びしたように言われる。

 可愛い姉だ。断るのがいけないことだと思ってしまいそうなくらいに。普段はキャピキャピして、しっかり者の姉なだけにこういう頼まれ方はくる。

 引き受けてしまおうか……いや冷静になれ面倒臭いぞこれは。いやしかし妹なんじゃないかというくらい可愛い姉が……いや騙されるな、ここで引き受けたら姉さんの思う壺だ。

 よし大丈夫だ冷静だ。


「引き受けてくれたらラノベ買ってあげるから〜」


「分かったやる」


 こんなに可愛い姉の頼みだもん。聞かなきゃいけないだろうどう考えても。

 即答すると姉さんは明るい笑顔になって抱きついてきた。


「飛雄馬ありがとー!」


「お、おう……」


 胸が当たってる当たってる。当たってるんだけど姉だからなんとも思わないというイリュージョン。

 早く離れてくれないかな……。


「よーし、それじゃあご飯作っちゃおうかな!」


 言って姉さんがパッと離れる。

 リビングに向かい、エプロンをつける姉さんの後ろ姿を見ながらふと思い至ってしまった。

 …………………………。

 やられたぁ……。

 完全に姉さんの思う壺だった。やっちまったぁ……。くそ断りてぇ。

 だが一度引き受けてしまった以上それはできない。せいぜい頑張らなければならない。

 なに、功刀の恋愛相談の時は終わりが見えなかったが、今回はちゃんと合唱祭という終わりがある。三週間で終わる保障がある。

 だからこの前よりは楽なはずだ。はずなんだ。楽であることを願う。切に。

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