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12 合唱祭編①

この合唱祭編は作者が、「そう言えば合唱祭をネタにした話って見たことないなぁ」というお約束への反骨精神によって書かれたものです。面白くなるように頑張ってはいますが、後々の展開や物語が向かわんとするところとはおそらく無関係ですのでご了承下さい。

挿絵(By みてみん)


 月曜日は憂鬱だ。昨日まで休みだったのに、どうして今日は学校に行かねばならないのかと考えてしまう。まあ仕方ないか。学校だもの。

 そんな気だるさをそのまま形にしたような顔で朝食をとる。味のりを箸を使って器用にご飯に巻く。食べる。美味い。けど気だるい気分は消えなかった。


「飛雄馬〜、どしたのん? 負のオーラがいつもよりも濃いよ?」


 テーブルを挟んだ向かいから姉さんが話しかけてくる。そうだろうか、という意味の視線を送ると小さく頷いた。


「あ、もしかして告白して振られちゃった!?」


「溶けろ」


「溶けろ!?」


 食い気味で言った言葉に大げさに驚く姉さん。

 死ねという代わりに言ってみたんだが。こっちの方が伝えたいことそのままに表現が柔らかくなってる気がしない? しない……?


「大体なんでそんな発想になるんだよ」


「土曜日に疲れた顔して帰ってきたじゃん」


「いやだからなんで?」


「思春期の悩みの代表例〜」


「悩んでる前提なのか……」


 俺のオーラそんなに濁ってたんだ……。イオンで考えると超絶マイナス。だから今の俺はちょっとしたパワースポット。


「まあ確かに土曜は疲れてたけど、そういうんじゃなくて。なんかいろいろあったというか」


「告白失敗?」


「くどいしそれ面白くない」


 辟易として言う。

 いろいろ、の部分はさすがに説明するのが面倒以前に難しかった。

 それに誰かが騙されて傷つけられたなんてことはむやみに広めない方がいいと思う。それが例え家族でも。


「まあ飛雄馬が悩んでないならいいんだけどさ〜。でもあれだよ? 好きな子できたらちゃんとお姉ちゃんに相談するんだよ?」


「なんでそこ限定?」


 もっと勉強とか見てほしいんだが。


「そういえばもうすぐあれだよね! あれ!」


 だが姉さんは俺の疑問には答えずに唐突に話題を変える。テンションもあがっていた。いつものことなので気にならない。

 あれ。あれってなんだ。もうすぐあることといえば……。


「中間テストか」


「やめてよ飛雄馬……。お姉ちゃん忘れてたのに……」


 今度は唐突にテンションが下がった。地雷だったらしい。


挿絵(By みてみん)


「というか忘れんなよ。姉さん今年受験生だろ」


 何を隠そう俺の姉、武藤香(むとうかおり)は高校三年生。大学受験を控えた受験生である。テストの点数や内申がどのくらい受験に影響するのは知らないが、頑張っておくに越したことはないはずだ。


「そうだよ〜。お姉ちゃんは受験生です。だから少しでも勉強のことは忘れたいじゃな〜い」


「いやその理屈はおかしいから」


「とにかく! 私が言ってるのはテスト……のことじゃなくて、合唱祭のこと!」


「テスト」の部分だけテンションが下がったのに気を取られてちゃんと聞いてなかった。がっしょーさい?


「合唱祭といえば、クラスのみんなが団結する行事だよ! 嫌でもやる気になるよね!」


「合唱祭って朝練とか放課後練で睡眠時間と勉強時間が削られる行事じゃなかったっけ?」


「確かにそういう側面もあるけど……だけど本当に大事なのは本番だよ! 飛雄馬!」


「自分の番だけテキトーに歌ってあとは寝る行事」


「しっかり歌いなさい」


 諌められてしまった。いつものキャピキャピじゃなくて、姉として注意する時の声音だった。


「分かったよ。ちゃんと歌う。けどなんでそんな話題? 姉さんそんなに合唱祭好きだったっけ?」


 俺にはそういった記憶がないのだが。


「ふっふっふ。な〜にを隠そうお姉ちゃん、今年の合唱祭実行委員長なのです!」


 言って胸を張る。

 そうされるとただでさえ大きいそこが強調され凄いことになる。が、姉だから何とも思わなかった。


「なるほど、だからそんなに合唱祭にこだわるのね。でもだったらそもそも、なんで実行委員、ましてや委員長なんて?」


「じゃんけんに負けました!」


 ダセぇ……。


「それでも選ばれたからには凄いのにしたいじゃない?」


「まあその考え方はかっこいいと思うけどな」


 そういうところは姉さんらしい。

 昔から頼まれたことはしっかりとやり遂げる人だった。主に俺の面倒を見ることとかな。


「でも有志合唱ってあるじゃない? 今年はそれの集まりが悪くてね〜」


「ほー」


「だから飛雄馬の友達に……友達いる?」


「いないな」


 なにせ休み時間は漫画とラノベを読む生活だ。できる要素がなかった。

 と、前を向くと壁にかけられた時計が目に入る。ぼちぼち家を出る時間だ。


「姉さん、時間」


「んー? おっ、そうだった。今日起きるの遅かったんだった! スリリングタイム!」


 すぐさま食器を片付ける。

 別にこの時間に出ないと遅刻するわけではない。だがなんとなく律儀な俺たち姉弟は、決まった時間に出ないと落ち着かない症候群だった。

 皿を洗う時間まではなかったため、全てを食洗機に丸投げする。歯磨きもそこそこにカバンを取った。

 急いだおかげで今日もいつも通りの時間に家を出られた。



 ***



 自分の席に着くと一息ついた。

 HR十分前。まだ時間に余裕がある。読みかけのラノベでも読もうと、カバンの中を探していると向かってくる気配を感じた。


「おはよ、武藤君」


「……おはよう」


「おう」


 鈴丘と功刀だ。わざわざ俺なんかに挨拶しに来るとは思いやりのあることで。功刀は少しムッとしているように見えたが。嫌なら来なきゃいいのに……。

 俺は視線をカバンに戻すと再びラノベを探し始める。だが前の二人は動かない。

 なんなんだと思い視線を上げると功刀がモジモジしていた。顔も若干赤い気がする。


「何の用だよ」


 一向に動きだそうとしないのでこちらから口を開いた。


「功刀さんがね、武藤君に言いたいことがあるんだって。だよね?」


「え、えぇ」


「言いたいこと?」


 こいつが俺に接触する理由など数える程しか浮かばない。土曜日の事を怒られるとか、もしくはまた新たに恋愛相談を受けてほしいとか。前者であってほしい。

 だが功刀の言いたいこととは、そのどちらでもなかった。


「え、えと。ど、土曜日はああありがとう」


「は?」


 何故だか礼を言われた。

 俺は礼を言われるような事をしただろうか。まあ土曜には鈴丘からも礼を言われているが。そんな大層な事をした覚えはない。自分勝手に動いただけだ。

 だから礼を言われても困るというのが本音だ。とりあえず適当に話題を逸らそう。


「あーっと、それで、甲斐のことはどうするんだ?」


「どうって?」


「完全に諦めるのか、やっぱり諦めないでアプローチを続けたいのか」


 言った瞬間しまったと思った。

 もし諦めないと思ってるのであれば、また恋愛相談を受ける羽目になるかもしれない。


「あー、甲斐君はもういいわ」


「………………」


 しかし彼女はあっさりと、なんでもない風に答えた。


「一目惚れってことで、後から知ったことに盲目的になってたのよね。甲斐君って人当たり良いし運動もできるしテストの点も良いし、ちょっと完璧すぎるのよね」


「それ、むしろ惚れる要素なんじゃ……」


「ううん。私ってもう少しダメなところがあるっていうか、欠点丸出しみたいな方がいいというか。だから完璧ってところには惹かれないの」


「………………」


 そういうことらしい。

 俺の苦労はなんだったんだと問いたくなるが、好きなものに盲目的になるというのは分からんでもない。

 アニメでも、気に入ったものは作画のズレやストーリーの繋ぎ方の強引さに目をつむってしまうこともある。だからそこは別にいい。

 問題は欠点丸出しと言ったとき俺をガン見してたことだ。

 それどういう意味だ。確かに欠点だらけってことは自覚してるが、そういう攻撃方法はいけないと思うぞ。訴えるよ!

 抗議の視線を投げかけると、功刀は赤くなった。


「べ、別に今のアンタのことじゃないわよ! 勘違いしないでよね!」


「そのツンデレなに」


 それだとやっぱり俺のことってことになるんだが。


「つん……でれ……?」


「それなに? 武藤君」


「………………」


 だが功刀はツンデレを知らなかった。それどころか隣の鈴丘も知らなかったようで質問してくる。


「今どき、アニメとか観なくても分かる単語だと思うんだけどな……」


「それはいいから。つんでれってなんなのよ」


「相変わらず上からなのな」


 しかしツンデレを説明するのは面倒だな。中二病を説明する次くらいには面倒臭い。

 というわけでテキトーにあしらうことにする。


「えーっと『異世界式神を召喚する方法』のサブヒロインが、そのツンデレキャラだったからそれを観ろ」


「誤魔化した!?」


「武藤君……」


 呆れられた目を向けられる。もう結構慣れているのでなんとも思わない。

 とそこでチャイムが鳴った。

 それとほぼ時を同じくして朝練組がゾロゾロと教室に入って来る。その中には例の甲斐も含まれていた。休むとかはしなかったようだ。

 奴は一瞬だけ俺の方を見たが、すぐに何もなかった様に顔を逸らす。そのままスタスタと自分の机へと向かって行く。

 だが鈴丘も功刀もそれには気がつかなかったようで、


「あ、えっと。まあその、お礼は言ったからね!」


 と言い功刀が去り、


「だってさ武藤君」


 と言い残し鈴丘が去って行った。

 なんというか、ちょっとした嵐だった。

 要約すると、突然礼を言われてこれまた突然罵られて、最後には質問されてそれをうやむやにした、という感じだ。わけが分からなすぎる。

 だがまあ、土曜に俺がした事は迷惑というわけではなかったようだ。



 ***



 HR委員の号令で礼をする。

 それを機に緊張した空気が緩み教室内が騒がしくなった。放課後というものは誰にとってもありがたいものであるらしい。

 俺はといえば机に突っ伏していた。

 合唱祭までは三週間だが、中間テストまでは残り二週間なのだ。もうそろそろ勉強し始めなければならない。それ故に今日は珍しく集中して授業を聞いていた。だからいつもより精神的な疲労が蓄積されたのだ。

 だが今日に限ってはそれだけが原因ではない。

 朝少し会話したあと、何故か休み時間になる度に鈴丘と功刀は俺に絡んできた。それはもう友達なのかというくらいに。

 もしかして懐かれてる? いやもしかしなくても懐かれてる。一体何があったのかは分からないが、なんか学校の面倒さが三割増しでSAN値ピンチなことだけは理解できた。

 この疲労の早期回復のため、今日は早く家に帰ろう。そしてアニメを観よう。

 そう考えた俺はカバンを持って立ち上がる。歩き始めた時に声がかかった。


「武藤君。どこ行くの?」


「お前ら今日はホントよく絡んでくるよな……」


 鈴丘だった。その後ろにはしっかりと功刀もいる。

 半ばうんざりして言うと、二人はキョトンとした顔になった。


「えー? そんなに絡んでるかな?」


「いや絡んでるだろ。少なくとも今日の休み時間はビンゴでコンプリートだ」


「何言ってんのアンタ」


「うっせ。大体なんでそんなに絡んでくるんだよ」


 聞くと鈴丘は、てへへという微笑を浮かべ、功刀は若干顔を赤くした。

 もうわけ分からん。


「うーんと、ほら。土曜日にいろいろあったでしょ?」


「あったな」


「だ、だから私たちが一人で寂しそうなアンタに構ってあげようとしたのよ」


 ……ちょっとまっていみわからない。間の論理がガッツリ抜けてた。


「いや、俺寂しくないから」


「え? 一人なのに?」


「なんだよその常識が通用しない相手に出会ったみたいな目は」


 功刀、その目は失礼だ。

 それに一人が寂しいのは常識なんかではない。ラノベ読むのだって漫画読むのだって一人じゃないとできないんだから。

 まあその作品について語り合うには一人じゃダメだが、別にそこまでして語りたいわけじゃない。だから別に寂しいわけではない。


「ぼっち……?」


「うっせほっとけ」


「ソロ充……?」


「ほっとけって」


 なんだこいつ。つーかツンデレ知らないのにソロ充は知ってるとかこいつ言葉の覚え方偏ってるな。


「でも武藤君、やっぱり一人よりも誰かと一緒の方が楽しいよ!」


 俺は君たちが絡んできたせいで、少し無駄に疲れているんだが。


「まあそれはそれとして、武藤、アンタ、カバン持ってどこに行くわけ?」


 功刀がいきなり話題を変えてくる。さっきの話題は飽きたらしい。


「カバン持ったら行くところは一つだろ」


「どこ?」


「我が家」


 ちなみにお笑い芸人のことではない。

 言うと、二人は軽く首を傾げた。


「武藤君、何か用事でもあるの?」


「いや何もないが」


「え? じゃあなんで帰るの?」


「は?」


 意味が分からない。俺、帰っちゃダメなのか……?

 どうにも会話が噛み合ってない気がする。

 すると鈴丘は俺の表情を読み取ったのか、合点がいったような顔をする。


「もしかして帰りのHRの話聞いてなかった?」


「ああ」


 HRはボーッとしている間に終わってしまうので、聞いていないことは割と多い。今日もその例に漏れず意識は飛んでいた。


「今日の放課後から合唱祭の練習が始まるんだよー。今日はあと少ししたら三十分間練習」


「え? あぁ……」


「ホントに何も聞いてないのねアンタ」


「うっせ」


 横から放たれた声を雑に返す。

 だがそうか、合唱祭の練習。去年も確かにこのくらいの時期から始まった。何もテストを控えたこの時期からやらんでもいいだろうに。それに帰る時間が四十分ほど遅くなるという忌々しいオプションまでつくときた。

 ……もういっそぶっつけ本番でいいのではないだろうか。そうすればとても幸せになれる。少なくとも俺は。


「だからまだ帰っちゃダメだよ?」


「ええっと、俺実はちょっと体調が悪くて……」


「その嘘見え透きすぎてるから……」


 だよな。

 仕方ない。これも宿命だ。甘んじて受けようではないか。

 だがそれでも帰りたいという気持ちは消え失せなかった。むしろ、ことさらに強くなった。

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