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9 恋愛相談終わりの日

 功刀は幸せそうだった。

 何お前新婚さんなのというくらいニコニコニコニコ。すごくほんわかした空気をまとっている。

 功刀は甲斐とよく話すようになったと思う。

 嬉しそうに、楽しそうに。

 一つの目標が達成されたんだ。そりゃああもなるだろうと最初は思っていたが、功刀は異常だった。

 それは初デートが土曜日だと決まっていたからなのかもしれない。夏休みに海に行くのを楽しみにする子供のようだ。そうやって楽しみにしている様は無邪気すぎて、本当に功刀なのかと疑いたくなる。

 そんな中、恋愛相談は前と同じように行った。功刀の甲斐とのノロケ話が圧倒的な割合を占めていたが。

 だがそれでもいくつか初デートの作戦も練った。

 着て行く服、何分前に着くように家を出るか、レストランでは何を頼むか、というかそもそもどこに行くのか……。

 告白の打ち合わせと同じくらい面倒臭かった。

 もうなんだこれ……。


「いや、どこ行くかは向こうが考えてきてくれるんじゃねぇの?」


 ついに明日がデートという放課後。

 功刀の面倒臭い疑問をバッサリと切り捨てる。


「で、でも、どこか行きたいところある? って聞かれるかもしれないじゃない!」


「その時はお前の行きたいところ言えばいいだろ」


「○ィズニーランドとか?」


「遠くね?」


 そのマウスでドリームなカントリーは、突発的に提案するような近い場所にはない。


「じゃあどこにすればいいのよ!」


「鈴丘ー、どこにすればいいと思う?」


「丸投げするんじゃないわよ!」


 それお前に言われたくないのだが。


「うーん、やっぱり映画館とかいいんじゃない? 観終わったあとも映画のこと話せるし」


「なるほど!」


「超無難だな」


「他にも動物園とか水族館とかなら話題も尽きないと思うよ」


 さらなる鈴丘のアドバイス。

 でも言ってることは至極当たり前というか、情報源が二次元の俺でも思いつくようなものだ。


「じゃあそのうちのどれかを言えばいいのね?」


「そういうことだろ」


 なんでこんなに初歩的というか、その時その時のアドリブで答えるような質問の答えまで、考えないといけないんだろうか。

 ニートの子供を持った親の気持ちになった。ちゃんと就職しよ……。


「つーか、メールで直接どこ行くのか聞けばいいんじゃなかったのか?」


「あ、私甲斐君のアドレスも電話番号も知らないわ」


「は?」


 知らないってどういうことだ。

 彼氏彼女なら普通知ってるもんなんじゃないのか。


「えー……」


 ほら鈴丘も呆れてる。


「あ、LINEで連絡してるのか?」


「甲斐君、スマホじゃないわよ」


「じゃあなんで知らないんだよ」


「その、幸せすぎて忘れてたというか……」


 おいまてそこのポニーテール、ノロケんな。うっかり殴っちゃったらどうするんだ。

 と、そこで最終下校時刻を伝えるチャイムが鳴った。どうやら今日はここまでのようだ。


「まああれだ。明日デートなんだからその時にでも聞いとけよ、功刀」


「そうね。そうするわ」


 俺はカバンを手に取ると教室から出る。

 帰りに本屋でも寄って行くか。

 そんなことを考えながら空を見る。

 徐々に暗くなりつつある空には夕焼けはかかってなかった。



 ***



 駅の近くの書店に入る。

 本屋というのは不思議なもので、意味もなくぶらついているだけでも楽しい。授業や功刀の恋愛相談で消費された精神エネルギーが回復していくのが分かる。

 いるだけでダメージを受ける『呪いの間』が人混みなら、いるだけでダメージが回復される『回復の間』は本屋かアニ○イトだ。ちなみに元ネタはない。

 雑誌や教養書、ビジネス本のコーナーを素通りし、漫画とラノベがひしめく空間まで到達する。

 気になるタイトルのラノベはあるかなー。あ、あれってあのサイトに載ってた小説じゃん。書籍化されてたのか。

 そんなことを考えながら棚を眺めていると、隣の漫画コーナーに人が来たのが分かった。

 そちらに目をやると、甲斐と書いてリア充と読ませるような奴がいた。つまり甲斐だった。

 本屋というのは不思議なもので、基本的に一人で行きたい場所である。誰にも邪魔されずにぼんやりと、のんびりとしていたい場所だ。だからそこで知り合いを見つけてしまったときの行動は決まっている。

 俺は熟練の忍者のようにスルリとラノベコーナーから遠ざかろうとした。

 ひゅうまは にげだした。ドロン。


「あれ? 武藤?」


 しかし まわりこまれて しまった。

 呼び捨てで呼ばれていることを不思議に思いながらも俺は軽く挨拶をする。


「よ、よう。甲斐」


 そういえばこいつとは校外学習以来喋っていない。

 別に友達なわけでも積極的に関わってたわけでもないので、自然ではあるのだが。

 あ、呼び捨てになったのはあれだろうか。森で迷ったことを受けての軽蔑とかだろうか。

 決して親睦が深まったとは考えない飛雄馬クオリティ。


「何してるの?」


「いや、ただラノベ見てただけだが。お前は?」


「俺も漫画見てただけだよ」


 そう言うと甲斐は視線を漫画に戻す。

 ふむ、例の週間少年誌の単行本か。


「買おうとしてるのか?」


「え? ああ、面白そうなのがあったら買おうかなと」


 後ろからズイと覗き見ると、甲斐は少し距離をとった。やっぱり嫌われてるっぽい。仲良くなりたいわけじゃないからどうでもいいが。


「とりあえずお前が今手に持っているやつはやめておけ。十週打ち切りのやつだ。ギャグ漫画だったんだが、ギャグを入れる場所が悪い。絵も雑。低年齢層には人気そうだったけど高校生男子が面白いと思うレベルじゃないな」


 言い終えてから甲斐を見るとさっきよりも距離が離れてた。笑顔も若干引きつってる。


「く、詳しいんだね……」


「そんなでもない」


 ちょっと毎週その週刊誌に載っている漫画を全部読んでるだけだ。ぜんぜん大したことじゃない。

 甲斐はそれじゃあと、今度は違う種類の笑顔になる。


「これはどういうやつだよ?」


 少し口調が砕けてきてるなと思いながらもその漫画の説明をする。まあ俺の感想なんだが。


「それは二十週で打ち切りになったやつだな。ジャンルはバトルファンタジー。連載期間が短いせいで設定がよく分からないところもあったが、後半はなかなか面白かった。先の読めない展開、といったところだな」


「へぇ〜、そうなんだ」


 甲斐は含むように言うと、今度は違う漫画を指差す。


「じゃあこれは?」


「それは四年くらい連載してるやつだ。一時期はアニメ化もされた。内容はギャグとバトルで特にギャグを入れるタイミングが上手い。超面白い。十巻くらいまでは」


「ふ、ふ〜ん、ホント詳しいのな」


「そんなでもない」


 先ほどのと似たようなやり取りを繰り返す。やっぱり引かれてるのかね。


「なんでそんなに詳しいんだよ? 休日とか何してるの?」


「アニメ観て漫画読んでラノベ読んで、眠くなったら寝てる」


「そんなんじゃ大学受験失敗するよ? 人生の分岐点なのにそんなんじゃねぇ」


 そう言ってやつは笑顔を作る。

 だが純粋な笑顔ではない。嘲笑だということは俺にもなんとなく分かった。

 なるほど、漫画の説明もとい批評をさせたのはちょっとした布石か。

 どうやら甲斐は俺をいじめたいらしい。いや、いじめるというよりはちょっとしたやり返しか。校外学習での一件を。

 もっと爽やかイケメンキラキラリーンだと思ってたが。ちょっとやり返すためとはいえこんなに不自然な流れを作るとは。負けず嫌いなのだろうか。

 まあそれはともかく、バカにしてくる奴には全力で応戦するかテキトーにあしらうかする。それが俺だ。そして今回は前者が選ばれた。選ばれたのは、前者でした。


「そういうお前も明日は功刀とデートらしいな。功刀に聞いたぞ。お前こそそんなんでいいのかよ?」


「ん? デート……あ。……別に少しくらい遊んだっていいだろ」


 なんかデートの部分の反応が悪かったなこいつ。忘れてたのだろうか。


「だったら俺もアニメ観ることに問題はないよな。それに俺の大学受験が失敗してお前困るのか? そうじゃないならわざわざなんで触れたんだ? あれか、俺のこと好きなのか。ホモなのか」


「違げぇよ!?」


 甲斐が鋭く言うが俺は気にしない。


「まあぶっちゃけお前がホモだろうが俺にとってはどうでもいいけどな」


「ホモじゃねぇって!」


 甲斐がそう言ったところで周りの視線を感じた。

 迷惑そうな目線、静かにしろよという視線、早く続きを話しなさいという女子の視線。最後の多分腐女子だな。

 まあこれ以上続ける意味もあるまい。

 そもそも甲斐に仕返しされそうになってイラついたりはしなかった。ただ面倒臭く、どうでもよかっただけだ。


「甲斐、場所が場所だから俺はこれで帰るぞ」


 俺はそう言って回れ右をする。


「あ、おい」


 甲斐が呼び止めようとしたが、ここがどこだか気がついたようだ。それ以上は何も言ってこなかった。

 自動ドアを通って外へ出る。

 今日は甲斐の意外な一面を見た。

 常に笑顔を絶やさず、爽やかなイケメンオーラを振りまく。女子にモテて、コミュ力が高い。

 こんなところが俺の今までの甲斐の評価だった。

 だがここに、カッとなりやすい、というのを入れるべきだろう。

 まあやり返そうとした相手に返り討ちにされたのだからイラつくのは分かるが。もう少し沸点の高い奴だと思っていた。

 だから先ほどのことは意外だ。

 ああ、あと忘れっぽいのかもしれないな。功刀にアドレス教えてなかったらしいし、デートのことを言ったときも、反応が悪かった。

 完璧な人間などいない。

 当たり前のことではあるが、甲斐にも欠点がいくつかあるようだ。

 まあだからと言って、何がどう変わるということはない。これからも奴と積極的に関わるつもりはない。


ーーおもちゃを前にした犬みたいだった


 ふと、鈴丘の言葉を思い出した。

 確か功刀の告白のときだったはずだ。

 それは無邪気な顔という意味なのか、それとも……。

 顔を上げると、空に雲がかかってきていた。

 どうやら一雨降りそうだ。

 濡れるのが嫌な俺は駅へと足早に向かった。



 ***



 土曜日。

 八時半に目が覚めた。

 いつもはもう一時間ほど寝ているのだが、今日はそういうわけにはいかない。

 鈴丘に功刀と甲斐のデートを影ながら見守ろうと言われているのだ。

 断ろうとした。無論断ろうとしたのだが、ちょっと気になったので行くことにした。

 ほら、いつか自分が行くことになった時の参考にと思って……。何十年後だろうなぁ。


「準備、するか……」


 小さくつぶやくと、部屋の脇から一年近く放置されていたワンショルダーのバッグを取ってくる。

 服はいつも通りテキトーに選んだ。まあ姉さんが前にコーディネートしてくれたものを覚えておいて、その通りに選んだというだけだ。

 ものの一分で身支度を整えた。え? 髪の毛? ノータッチっす。

 髪もずいぶん長いこと切りに行っていない。目元にかかるくらいにはのびている。


「………………」


 さすがに放置は憚られたので手ぐしでとかす。これでよし。

 休みの日の姉さんは俺よりも長く寝ているので、今まだ就寝中だ。音をあまりたてないように階段を降りると、玄関を開けて外へ出た。

 空はどんよりと暗い。

 分厚い雨雲がかかっている。

 天気予報では曇り止まりだったが、念のため折り畳み傘を持って行く。

 右側に歩いて行き、角を左に曲がったところに鈴丘がいた。


「おはよう、武藤君」


「おう」


 あくび混じりに挨拶をする。


「つーかなんでこんなに時間早いんだよ? 確かあいつらの待ち合わせって十時だろ?」


 ここから彼女らの待ち合わせの駅まではゆっくり行っても四十分くらい。今の時刻は八時四十分。遅くても九時二十分には着く。四十分無駄。


「途中コンビニで朝ご飯とお昼ご飯を買っておこうと思ったから」


「朝飯は食ってくるなって言われてたから分かるけど、なんで昼飯まで?」


「武藤君! これは張り込みと同んなじなんだよ! 張り込みにはコンビニで買ったあんぱんと牛乳、これ常識っ!」


 目が輝いてた。何この子無邪気すぎる。そして刑事もの好きなのかこいつ。


「いやそんな刑事ものみたいなのいらねぇから。求めてねぇから」


 言うと功刀は楽しそうに笑った。


「まあそれは半分冗談だよ」


 半分本気やん……。


「お昼は二人とも何処かのレストランとかに入るでしょ? 一緒の店に入るのもバレちゃうかもしれないから、外でパパッと食べようと思って」


 うんまあ理にかなってはいるのかね。


「そういうことならさっさと……行かなくてもいいのか」


 時間的余裕はたくさんある。わざわざ急ぐ必要はない。


「うん、じゃあゆっくり行こう!」


 鈴丘は楽しそうに言うと歩き始めた。

 つくづく早起きが無駄な気がする。



 ***



 九時四十分に功刀は駅前に来た。

 俺と鈴丘は少しだけ離れた場所の建物の陰からその様子を見る。

 襟付きのシャツにカットソーカーディガン。ふわりとしたスカートを履いて、カッコイイ中に、可愛さのあるようないでたちだ。

 なんとなく見覚えがあった。


「功刀さん、校外学習に着ていく服を選びに行った時、却下されたやつ着てる」


「あぁ」


 鈴丘の言葉で思い出した。確か却下した理由は山に合わないからだった気がする。あの時はスカートじゃなくてジーンズだったと思うが。

 だが今日のようにデートであるなら却下にならない。むしろ場の雰囲気によく合いそうだった。


「とりあえず服の方は安心だな。あとは本人だが……」


 功刀は周りをキョロキョロと見渡していた。そしておもむろにスマホを取り出すとせわしなく指を動かし、それが終わると今度は激しい貧乏ゆすりが始まる。


「まあ、大丈夫だろ」


「どのあたりが!?」


 鈴丘が横で驚愕する。

 だがまあ、多分今日は大丈夫だ。緊張とか関係なくなるだろうから。


「というかやっぱりあと十分くらい遅くても良かったんじゃねぇの?」


「武藤君、張り込みに妥協はダメなんだよ」


「張り込みじゃなくて見守ってるんだよな……?」


 そうして功刀の様子を観察したり、鈴丘と中身のないことを話しながら時間が過ぎるのを待つ。

 ふと時計を見るともう十時になろうかというところだ。


「甲斐君、遅いわね」


「まあ時計なんて各自誤差があるようなもんだからな。前後五分くらいなら許せるだろ」


「まあそうだよね。学校の時計も遅れてるとこあったりするし」


 ただし俺は五分を越える誤差は容赦無く責める。責め立てる。時間が守れないのはダメだと親にきつく言われて育ったのだ。

 それに俺くらいになると前五分ばかりが誤差になって、五分前行動は誤差の範囲になってしまうのだ。

 だからいつも十分前に動くようにしている。なんか俺、社畜みたい。

 そんな雑思考も暇つぶしには役に立つ。俺にかかれば五分くらいは暇とは言わないのだ。みんな言わないかもしれないけど。


「十時五分になったけど……」


「来ないな」


「なんで来ないんだろ」


「さあな。つーか刑事だったらもう少し根気よく待たないとじゃないのか?」


「そうだよね!」


 一瞬で目が輝いた。なんかちょっと可愛く見えてきちゃうからやめろお前。


 十時十分。

 五分遅れならまだ誤差で収まるだろうが、十分遅れは少しまずかろう。

 功刀を見ると、先ほどよりもせわしなくキョロキョロと周りを見渡している。

 その度に頭の後ろでくくった髪が揺れて、周りの人の何人かも功刀の方を見ていた。

 あまり来るのが遅いと、あいつナンパされそうだな。一応美人だし。


「甲斐君、どうしたんだろ」


「さぁな。すっぽかしたんじゃね?」


「か、甲斐君はそんなことする人じゃないと思うよ」


「なんでそう思うんだ?」


 俺はそう問う。だが鈴丘がなんと答えるのかはなんとなく分かっていた。


「クラスじゃいい人だし、サッカー部でもエースなんだよ。そんな人が悪い人なわけないよ」


 鈴丘はやはり、俺が思っていたのと同じことを言う。


「その論法でいくと、大勢の人から信頼されて投票されて当選した政治家に、汚職なんないってことになるな」


「あ……」


 鈴丘は言葉につまる。

 本当の悪人は、漫画やライトノベルなんかでいう、まるっきりの敵じゃない。

 表は善人で、いざという時に本性の、悪人としての部分が出る。それが本当の悪人だ。

 漫画でもラノベでも、主人公たちはそういった敵に苦戦を強いられる。

 夏目漱石も作品の中で言っていた。鋳型に入れたような悪人はいないと。

 甲斐は、待ち合わせ時間を三十分過ぎても現れなかった。

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