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アプリアル!  作者: 華月蒼.
第一話―――「アプリアルファイト」
3/18

1-1.いつもと違う依頼

 

 

 

 僕と梓は、依頼主クライアントに呼び出された場所まで赴いた。場所は喫茶店で、僕らは店の奥の観葉植物の影になる席に座る。初めて来る店だが、気の利いたマスターだ。もしかしたら、他の同業者が根城にしている店なのかもしれない。


 テーブルを挟んで、一人掛けの肘掛け椅子が二脚と、ソファがあった。僕たちはソファにそれぞれ腰かける。奥が僕で手前側が梓が座るのが、僕たちのお決まりのパターンで、同時にクライアントへの目印にもなっている。


「しっかし、遅いな」


 梓がイラつきを隠さずにそう言う。僕たちが席についてから、まだ30分と経ってはいない。こういった職業柄、約束の時間を超過する人間が多すぎたためか、僕の待ち時間に対する認識は、かなり甘くなっていた。梓に言わせれば「ゲロ甘」らしい。(ちなみに梓の待ち時間に対しての間隔は辛口だと思う。某カレー店の言い方で言えば「10辛」よりもまだ辛いだろう)


 端末に入れてあるゲームアプリをてろてろといじり始めた梓を放っておいて、僕は店の様子を観察し始める。もしかしたら依頼主は既に来ていて、僕たちが見つけられてないだけかも、なんてことも無きにしも非ず、だ。


「まぁ気長に待ちましょうよ、コーヒーでも飲んで」

「橘は落ち着きすぎなんだよ!イライラしねーのかよ、こんなに無駄な時間待たされて!」


 お子様舌のためコーヒーが飲めない梓を尻目に、僕は優雅にコーヒーを口にする。この店のブレンドは、ちょっとクセがあるな、と思いながら、窓から通りを確認する。


 梓がクリームソーダに乗っていたバニラアイスをツンツンをスプーンで弄んでいると、植木の向こう側からひょこりと女が顔をのぞかせた。その気配に梓がギロリと睨みを効かせると、女はヒュンッ、と音でもなりそうな勢いで顔を引っ込めた。


「何だよ、男がクリームソーダ頼んじゃダメなのかよ!」

「…そういう問題でもないと思うけど…?」


 そう不貞腐れながらさらにバニラアイスを虐める梓。

 そんなことをしているうちに、先ほどの女が梓の目の前に立った。


「ごめんなさい、席を間違えていたみたいで……」


 そう言って下げた頭を上げながら、淡い茶色の髪を顔から避けるように直す女。申し訳なさそうに笑う瞳の色も淡い色の青というよりも水色に近い。


「ヒカリさんとアルトさんで、お間違いないですよね?」

「えぇ。貴女は?」

「今回依頼させていただく」

「ハナハナさん(仮名)。待ち合わせの目印は、淡い茶髪のロングヘアとオフホワイトのジャケットとスカートのアンサンブル」

「えぇ、間違いありません」


 彼女の言葉を遮るように、梓が依頼時に知らされた名前と目印を答える。相変わらず不機嫌そうな梓に、ハナハナ(仮名)は再度謝るように会釈をする。


 ちなみに、彼女の名前が仮名としてしか知らされていないのは、単にプライバシーの問題だけではなく、情報屋という特殊な稼業に対する依頼としての、安全対策でもある。もちろん、彼女が僕たちに尋ねた「ヒカリとアルト」という名前も、情報屋として使っている偽名だ。


 この業界は、基本的に嘘と虚構で成り立っている。そこから真実を掴み出し、クライアントに提供するのが、プロ(情報屋)だ。


「どうぞ、お掛け下さい」


 立たせたままというのもどうかと思ったので、彼女を座るように促す。


「早速ですが、ご依頼の内容を改めて、お聞かせ願えますか?」


 彼女の分のカプチーノが運ばれてきてから、僕はそう尋ねた。依頼の時にメールで軽く概要は聞いてはいるが、やはり詳しく抑えておきたいところもある。


「というか、メール見たけどさ」


 ところが、彼女が口を開くより早く、兄が話し出す。どうやらご機嫌はまだまだななめのままらしい。


「ウチは、情報屋なわけで、何でも屋じゃないんだよね。アプリアルファイトの大会に出場しろとか、情報屋の業務じゃないんだよねー」


 そういえば、梓の機嫌が悪いのは、今に始まったことではなかった。この依頼のメールが来た時から、既に梓の不機嫌メーターは上昇し続けていたのだった。そもそもこのハナハナという女性からの依頼メールはむちゃくちゃで、見ようによっては、というか見ように寄らずとも、アプリアルファイトの出場者を増やそうと言う運営の策にしか思えなかった。


 アプリアルファイトの大会は、ブームという事もあって、さまざまな団体が主催をしているのだが、やはり人気のある大会とそうでないものに分かれており、人気の無い大会の主催者たちは出場者をかき集めるのに必死だと言う。


「大会運営のための出場者募集、ということならば、今回のご依頼はお引き受けできませんが…?」


 口の悪い梓の言葉をオブラートに包みなおして、もう一度ハナハナに問う。

 ハナハナは、違うんです、と勢いよく首を横に振り、否定する。


「私がお願いしたいのは、大会の優勝賞品についてなんです」

「やっぱり出場しろってコトなんじゃねーか!しかも優勝って! 優・勝・っ・て・!」


 彼女の言葉に遂に梓がブチ切れた。無理もない。アプリアルファイト大会で優勝する、という事は、有象無象の猛者たちをなぎ倒し、血で血を争うような戦闘の頂点に君臨することを意味する。つまり、僕たちに「死んで来い」と言っているのと同義だ。


 しかし、彼女の瞳は揺らがずにいた。

 どうやらハナハナの依頼の話しだけでも、聞かなければいけないようだ。

 

 

 

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